クリスマスイベント2019新クエスト解放のお知らせ
『こ、こほん……
「そんなノリノリでポーズまで決めていて?」
§ § §
「エレナ、涙目だったぞ」
そして、僕たちはクリスマスイベント御用達のサンタ・フォレストにやってきた。
サンタ・フォレストは【古都プロフォンデゥム】付近に存在するイベントマップである。一言で言うのならば、黒々とした樹が多数茂る冬の森だ。
ゲーム時代、クリスマスイベントは年ごとに内容が変わっていたが、そのほとんどはサンタ・フォレストで行っていた。
『ほとんど』と言っているのは、同じ年に異なる新規クリスマスイベントを同時に実施するという、ちょっと頭がどうかしているとしか思いようがない行為をしてきた事があるからで、つまりアビコル全盛期はガチャで儲かりすぎたのでそのお金をすべて突っ込んでイベントを沢山立ち上げようと言う無限ループが成されていたのであった。
シャロが説明を入れてくれる。
「師匠、このフィールドは一年中雪が降ってる特殊な土地らしいです」
「ああ……夏にイベント復刻したりしたからね」
アビコルのクリスマスイベントは豪華だ。クリスマス仕様の眷属がやたら実装されるだけでなく、この時期、主要なNPCは男も女も一人残らずサンタの格好をしている。一部の魔物もサンタの格好をしている。
そしてそれは、現実になった今も変わらないらしかった。
冬の森。本来ならば間違っても訪れない場所である。僕は暑い夏と寒い冬はほとんど外に出ない。出るのは現実世界でイベントをやっている時と卵を孵化させる時くらいだった。本当ならばこの世界でも余り出たくないのだが、この世界では疲労も寒さや暑さによる影響もないので、まあ妥協できる。
僕はいつも通りの軽装だが、ナナシノはもこもこした毛皮のコートを着ていた。指先をこすり合わせてふーふー息で温めている。
僕の力を使えばナナシノも無敵になれるのだが、それには触れている必要があるのだ。これからイベントをこなすのに、ずっと抱きしめているわけにもいかない。
「ななしぃ、サンタの格好をしなくていいのか?」
「しませんよ! さすがにあの格好は……寒いので」
「寒くなかったらするのか……」
「!? そ、そんな事は――」
ナナシノのサンタコスもちょっと見てみたい気もするが、まぁいい。NPCならばともかく、知り合いがサンタコスをしていたら僕は何を言ってしまうかわからない。
シャロもコート姿だった。まぁ、この雪の量は都内ではまず見られない。しかもちらほらと雪まで降っている。ゲーム時代はワクワクしたものだが、いくら寒さを感じなくてもちょっと勘弁して欲しい。
フラーは僕に抱きついて震えていたのでさっさと
「しかし、サンタ同士で戦うんですね……この世界だと」
「ただのイベントだよ」
エレナから聞かされたクリスマスイベントは至ってポピュラーなものだった。アビコルサービス開始一年目のクリスマスで行われた奴だ。
概要としては、ブラックサンタを狩って耳を集める。一定数集めてホワイトサンタに持っていく事で、報酬と交換して貰える。
そして、これがクリスマスイベントの肝なんだが――このイベントはボックスガチャイベントである。
ボックスガチャイベントと言うのは、簡単に言うと、『中身が決まっていて』『引くとなくなる』現実のカプセルトイに限りなく近い仕様のガチャを引けるイベントだ。
このイベントでは、耳を十個集める事で多数存在するプレゼントの山から一個選んで貰うことができる。
中身はランダムだが、入っているのは本来の眷属召喚とは異なり、素材やお金などだ。そして全部で千個しかないので、千個交換するとすべてが手に入るのである。
そして、すべてのプレゼントがなくなると、ホワイトサンタが新しいプレゼントの山を持ってくるのだ。
つまりそれは、クリスマスを潰して無限の労働をしなくてはならないという事を示していた。
アビコルの場合、ガチャの中身は一部のイベントアイテムを除いて『ランダム』で設定されていた。何箱開けても飽きないようにという運営の憎い配慮である。そのせいでアビコルプレイヤーにとってのクリスマスは阿鼻叫喚なのであった。
クリスマスと言ったらやっぱりサンタ狩りだな。とりあえず、目標は千セットだ。
「しかし、耳を取ってこいだなんて……残酷な……」
ナナシノは少しだけ腑に落ちないような表情をしていた。
これまでも魔物の討伐証明が耳だった事は何度かあったが、耳集めというのは確かに猟奇的なものに感じる。多分、このイベントはナナシノが想像しているものではないと思うが……。
僕はそこで天を見上げると、大きく呼吸を落ち着け、革の袋を取り出した。
中に入っているのはこの日のために貯めた魔導石である。十連召喚を一回と、単発を三回できるだけの数がある。
アビコルのボックスガチャの中には魔導石も多分に含まれているので、十連召喚を一回やって後は箱を開け、石が溜まり次第もう十連やるのがいいだろう。
この期間、サンタコス眷属が出やすくなっている。大体女キャラだが、性能もそれなりにいい者が多いし、イベント特攻(クリスマスイベントの時だけ能力が向上したり、イベントアイテムのドロップ率が上昇したりする)を持っていたりするので、ボックスガチャを回す効率のためにも一体は確実に手に入れておきたい。
そして、僕は精神を集中させ神に祈りを捧げると、森の真ん中で高らかに魔法の言葉を唱えた。
§ § §
「くそ、またこのパターンか……もう課金しないぞ」
「あるじの開くゲートはどす黒いからなあ」
現れた眷属は本来の期待値を遥かに下回るものだった。散々な結果に、雪の中ひざまずく。
このゲームではグラの良さに比例して性能が上がる。今回僕が召喚した眷属はまずグラの時点で明らかにやる気がなく、そして、実際の性能もやる気がなかった。
ゲーム時代から僕はこうだった。
人並みのパーティを手に入れるために莫大な金をつっこむ羽目になった。クレカを何回限度額まで使ったか、もはや覚えていない。高レアが出ないだけならまだマシだが、ピックアップされているはずのイベント特攻眷属すら出ないのは如何なものだろうか。
素人召喚士のナナシノが口元に手を当て、哀れみを込めた目で僕を見ている。
僕が睨みつけると、ナナシノは慌てて僕が召喚した眷属の一体――茶色の丸々としたリスを抱き上げた。
「ほ、ほら。ブロガーさん、可愛いですよ、この子も……」
「……レア度3のよくばなりすだ」
「よくばなりす?」
「知らないのか……ゲーム時代のプレイヤーたちの間では『ぱくりす』とも呼ばれていた。この話はやめよう」
問題は残りの石を使ってしまうかどうかだが……正直、出る気がしないな。僕のゲートはどす黒いらしいし。
「サンタサイレントが出ればいいのに」
「サンタサイレント!?」
「サイレントの一番の強みである『サイレント・フィールド』が使えず、『パーティ・フィールド』とかいうふざけたスキルを持っているイベント眷属だ。でもあいつもサンタ特攻は持っているし、ぱくりすよりは千倍マシだ」
「そんなものいないぞ!?」
いるんだよ。『
そこで、ナナシノが恐る恐る僕を見た。
「あの……私も一回召喚できるんですが」
「……嫌な予感しかしないな」
「ななしぃのゲートは多分光り輝いているからなあ」
いつだって運のいいヤツは僕を虐げる。僕が千回召喚して出なかった眷属を時に単発で出しやがる奴らはもしかしなくても完全なる天敵であった。
ナナシノの運がそれなりに良い部類な事は既に知っている。彼女がゲーム時代にアビコルをやっていたら、超不運プレイヤーとして有名だった僕とは相反した存在として知られていた事だろう。
まぁ、さすがに単発でレアを出したりはしないだろうけどね。
僕はプロプレイヤーで素人プレイヤーにも優しい人間だったので、止めたりはしなかった。
「ふーん、まあせっかくの機会だから引いてみたら?」
「あるじ、目が泳いでるぞ」
「えっと……では、いきますね。『
レア出るなレア出るなレア出るな。絶対出るな。
マルチなんだから、ナナシノの戦力が強化されるのは僕にとっても非常にありがたい事だったが、僕はそう祈らざるを得なかった。ソシャゲーマーとは業の深いものなのだ。
召喚の光が発生する。色は――青だ。無種の眷属が召喚される証である。
そして、落ちてきたソレがナナシノの目の前に音一つ立てず突き刺さった。ナナシノが目を見開き、一歩僕の方に逃げてくる。
それは、先端が平べったく金色で、柄の部分は銀色をしていた。長さはナナシノの身長と同じくらいで、柄に緑と赤のリボンが巻いてある。
先は平べったく、変わった武器にも見えるが、刃のような物はついていない。ナナシノは柄を持ち上げ、眉を顰める。
「なんですか、これ? この形…………バター……ナイフ?」
時にナナシノが見せる奇妙な洞察力には感心せざるを得ない。
僕は顔が強ばるのを全力で阻止しながら言った。
「サンタスレイヤーだ……」
「え……?」
一発で出しやがった。サンタコスの超レア眷属を出すよりはマシだが、本来単発で出るようなものではない。
サンタスレイヤーはサンタ特攻最強の武器である。
サンタ特攻を持つ眷属と異なり、手持ちの眷属に装備させることでサンタ特攻を付与できるので、廃人はサンタスレイヤーをできるだけ揃え手持ちの成長した眷属に装備させるのが通例であった。
その上昇値は脅威の千パーセント。攻撃力が上がるだけでなくイベントアイテムのドロップ数も上がる効果もあり、あればあるだけ嬉しい品だ。僕は一本目のサンタスレイヤーを出すのに一万使い、二本目を出すのに五万使った。つまり、ナナシノは無慈悲である。
「え? ええ? これが……サンタスレイヤー……? 武器には見えませんがどうやって使うんですか!?」
見た目なんか関係ないのだ。アビコルはソシャゲーだぞ!
ナナシノの表情が何故か強張っている。この程度で僕の機嫌が悪くなるとでも思ったのだろうか。
大丈夫、この程度の虐げはずっと受けてきた。そもそもサンタスレイヤーは強力だが、ベースが弱ければ余り意味がないのだ。いや、意味がないことはないか……まぁ、有効活用するには育成が必須である。
大丈夫、落ち着け、ブロガー。これはただのビギナーズラックだ。こういう事もある。
と、その時、タイミングよく視界の端を黒いものが横切った。
シャロが目を見開く。ナナシノがビクリと震え、続けて目を丸くする。
「!? な、なんですか、あれ?」
「ああ、あれが……ブラックサンタだよ」
ナナシノが呆然として、ブラックサンタと僕を交互に見る。
「え!? サン……タ? どこがサンタ?」
ブラックサンタは黒い帽子をかぶり、黒い袋を背負っていた。大きさは僕と同じくらいだが、底辺に生えた足は三十センチ程しかなく、足取りが非常に危なっかしい。
ブラックサンタは僕たちを見つけると、目も口もないのに、げひげひ笑った。
「!? パン! 黒い食パンが、帽子被って袋背負ってますよ!? あれがサンタ!?」
「……さて、耳でも集めようか」
「耳って、そっちの耳!? え? バターナイフがサンタスレイヤーって……え!?」
これだからソシャゲー素人は。ただのよくある運営の悪ふざけだよ。
ちなみにホワイトサンタはもちもちした白パンである。報酬のボックスガチャの中にスタミナ回復効果があるパンが入っているのはきっと何かの冗談なのだろう。
このブラックサンタは最下級のサンタだな。アイちゃんでもサンタスレイヤーを装備すれば容易い相手だ。
クリスマスイベントは初心者も参加できるようにかなり弱いモンスターが出るのである。まぁ、そもそもパンだしね……。
「師匠、きますッ!」
シャロが叫ぶ。ブラックサンタが回転しながら襲いかかってくる。
僕は気を取り直すと、サイレントに耳を傷つけないように撃退するよう指示を出した。
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イベント期間
〜2019/12/25
更新告知:@ktsuki_novel