疋田智さん注目・2019年のニュース自転車都市のインフラ整備に一つの答え 疋田智さん「京都市の『計画』の驚くべき成果」

 『Cyclist』と関わりのある著名人が選ぶ連載「今年の注目ニュース」。自転車評論家の疋田智さんが注目したのは、観光都市・京都市での「新自転車計画」の驚くべき成果について。自転車都市としての効果的なインフラ整備について、一つの答えを出したと評価しています。

京都市が自転車都市になっていた! Photo: Satoshi HIKITA

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 ものすごく地味だけど、ものすごく重要なニュース。今年3月に京都市から発表された「京都・新自転車計画の進捗状況と今後の方向性について」というリポートがある。その内容が、地方自治体がなすべき自転車政策ということで、非常に示唆に満ちていたのだ。

 そもそも京都市の「新自転車計画」は、今から9年前の2010年に始まった。最初に策定したポリシーが「自転車はエリア単位で考えなくてはならない」という考え方だった。A地点からB地点に自転車レーンを引っ張るというような考え方ではなく、該当の街区なら縦横すべてに自転車スペースを作るという考え方だ。だから、まずは自転車ピクトグラムと、矢羽根(方向を示す矢印のようなマーク)を、京都市役所前から1ブロック、2ブロックと描いていった。

東西と南北に、縦横に自転車ピクトグラムを整備(2018年2月、京都市中京区) Photo: Satoshi HIKITA

 今では、京都中心部の細街路には、これでもかとばかり縦横に敷かれ、細かい街路に入ると自転車マークを見ないところがないくらいになっている。するとどうだ。まずは自転車が左側通行を守るようになった。これまでは左右デタラメに走っていたのが、矢羽根通りに左側通行。これで(おそらく)出合い頭の事故が減った。

 もうひとつ画期的だったのが、これら路面のピクトグラムを整備したらクルマの平均スピードが落ちたことだ。これは歩行者にも非常に評判がよく、これまで「ドケドケ運転」をしていたクルマがおとなしくなったという(京都市の担当者の話)。

右折用バイクボックスも登場 Photo: Satoshi HIKITA

 いや、それだけじゃない。この街は昨今、異様に駐輪場が増えた。市役所前などの歩道上の駐輪場もそうだが、たとえば京都の最中心街のひとつ四条烏丸などにも地下駐輪場「御射山自転車等駐輪場」が新設された。ここの駐輪キャパシティが887台、24時間利用可能。最初の1時間が無料で、5時間100円、1日駐めても200円だ。

 入ってみたら、清潔で、車間に余裕があって、ふと見ると自動販売機で雨合羽まで売っている。「傘差し運転予防のため」だそうだ。雨合羽ひとつ100円。安い。駐輪できるのはラック部分だけでなく、子乗せ電動アシスト自転車用に、平置きの部分も用意されている。うーむ、これはいい。おそらくここは「自転車を普段利用している人」が設計してるぞ。

京都最繁華街・四条烏丸の近くにある大規模地下駐輪場、「御射山(みさやま)自転車等駐車場」 Photo: Satoshi HIKITA
雨ガッパが100円で販売されていた。担当者によると「傘差し運転を少なくするため」とのこと Photo: Satoshi HIKITA

 同じような「自転車等駐車場」が都心部だけで数えて16も設けられた。小中学生への自転車教育も充実させた。地元NPOや警察と協力して数々の安全教室を開いた。さらにいうなら、大きな交差点には右折用のバイクボックスまでできた。一歩一歩進んできた末に、京都の自転車ランドスケープは間違いなく変わりつつある。

自転車をたくさん使うのに事故は少ない

 その結果、どうなったか。目に見える結果が出たのである。まずは<表1>をごらんいただきたい。京都市が自転車総合政策をスタートさせたのが前述したように平成22年(2010年)のことだ。まずは自転車事故の総数。平成22年の翌々年から、事故数がぐっと減っていく。

<表1>自転車事故の推移と比較(※平成16年を1とした場合) 出典: 大阪市の交通事故(大阪市)、大阪の交通白書(大阪府交通安全協会)、交通事故の発生状況(警察庁)、事故統計データ(京都府警察)より京都市作成

 「翌々年から」というタイムラグは当然で、スタート年にコンセプトと施策案を決め、翌年に工程表に従って実際の施工を行うわけだから、結果は翌々年からなのである。

 全国平均と一緒に大阪市を並べているのが「あないにマナーの悪い大阪とは、ちゃいますさかいね」みたいな何となくの“イチビリ”(?)を感じるんだが、いや、公式的に言うと「最も自転車分担率の高い大阪と較べて」ということらしい。まあそんなことはいいんだが、驚かないだろうか、この減り方。京都の自転車政策は、明らかに「吉」と出たのである。

 そればかりではない。全交通事故の総数を比較しても、<表2>の通り、これまた平成24年から目に見えて減っている。

<表2>全交通事故の推移と比較(※平成16年を1とした場合) 出典: 大阪市の交通事故(大阪市)、大阪の交通白書(大阪府交通安全協会)、交通事故の発生状況(警察庁)、事故統計データ(京都府警察)より京都市作成

 私の推測では、たとえ視覚的な分離だけといえど、歩行者と自転車とクルマに、なんとなくの場所指定をすることで、クルマのスピードが落ち、全交通事故が減ったのである。その結果が、次の表3。全国20の政令指定都市の自転車分担率(全交通の中でどれだけ自転車を使うか)と自転車事故率を座標図にしたのがこれだ。

<表3>京都市の自転車利用分担率は政令指定都市の中で大阪市に次いで23.4と高いが、人口1000人あたりの自転車事故件数は0.68と低い水準を示している 出典:各市統計データ、各道府県警察統計データより京都市作成。※自転車事故件数は各都市で公表年が異なる。H26:札幌市、さいたま市 H28:名古屋市 H29:上記以外

 京都の位置が右下に鎮座しているのが分かるだろう。この第4象限にあたる部分は「自転車をたくさん使うのに、自転車事故は少ない」という最も優秀な状態を表している。岡山市、広島市、熊本市も優秀なんだが、中でも突出して京都市がスゴいことが分かっていただけると思う。

Cyclist主催のファンライドイベント「石岡 獅子頭ライド」(2020年3月22日開催)のゲストも務める疋田智さん Photo: Satoshi HIKITA

 つまり、この約10年の中で、京都という街は日本で一番「自転車が最も頻繁かつ安全に使われている大都市」という称号を手にしたのである。これを重要といわずして、何を重要といおうか。

 2019年は論理的な自転車施策とインフラが、初めてその果実を得た年なのである。

疋田智
疋田智(ひきた・さとし)

自転車評論家。自転車で通勤する人を意味する「自転車ツーキニスト」という言葉を広めたことで知られる。TBSラジオ「ミラクル・サイクル・ライフ」のパーソナリティなども務めている。最近は子乗せ電動アシストバイクを愛用するパパぶりが知られ、e-BIKEの普及にも注力。著作「ものぐさ自転車の悦楽」など多数。疋田智の「週刊 自転車ツーキニスト」

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