失敗も危機も経験したことがない
経営には人間学が必須です。人間に興味がない人が、人間の集団を率いることはできません。私が川崎製鉄の社長だった時代も、「人間に興味がない者を上級管理者にするな」と、口癖のように人事部に言っていました。
人間に興味を持つことは経営者として成功するための極めて大きな要素だと思います。
そのために格好のテキストが中国の古典です。『管子』にしても、『論語』にしても、あるいは『韓非子』『孫子』『史記』『十八史略』などもすべて、リーダーが危機に直面したり、塗炭の苦しみに陥ったりしたとき、あるいはその逆で、何の憂いもない絶頂期にあったとき、何を考え、どう決断し、いかに行動するべきかを教えてくれる、まことに貴重な書物なのです。
こういった話をすると、「失敗したときの話や、危機に陥ったときの話をしてほしい」と言ってくる人がいます。しかし、そのようなとき私は、「失敗も危機も経験したことがありません」と答えます。
つい一年ほど前、ある財界の会合で講師に招かれたときもそうでした。皆さん、不満顏でしたが、ある人がこう言いました。「同じ言葉を京セラの創業者、稲森和夫さんから伺ったことがあります」と。
三振せずにホームラン王になった選手がいるか
失敗を恐れていたら、何事も前に進みません。三振を恐れてホームラン王や首位打者になったプロ野球選手はいるでしょうか。手ひどい経験を含め、自分の過去というのはすべてが、成功に至るまでの貴重な経験であり、材料なのです。
2002年に川崎製鉄とNKK(日本鋼管)が合併してJFEスチールとなり、私がそのホールディングスの社長に就任したとき、このようなことがありました。合併直後に株主総会があり、株主の一人が挙手して立ち上って、「川崎製鉄のエンジニアリング事業部は数百億円という巨額の負債を抱えた結果、特損を計上した。その責任は誰にあるのか、それを追及せず、合併話でうやむやにするのはおかしい」と発言したのです。
会場は水を打ったように静まり、私がどう答えるか、皆、固唾を飲んでいるのがありありと分かりました。
私はこう口を開きました。