コラム

星雲賞ってどんな賞?

星雲賞ってこんな賞

第48回星雲賞の参考候補作が発表された。

星雲賞はその前年に発表された優れたSF作品を表彰する賞である。ときおりSFファンの投票によって決まるという記述を目にするが、厳密にはちょっと違う。正確に言うと、毎年夏に開催される日本SF大会(以下、大会)の参加者の投票によって決まる賞だ。世界SF大会(ワールドコン)の参加者の投票によって決まるヒューゴー賞をモデルに、1970年に制定されいまに至っている。なお賞の名称は、1954年に創刊された日本初のSF専門誌(ただし諸事情により1号限りで潰れた)『星雲』に由来する。

星雲賞の特徴は、三つある。

まず第一に、一般の文学賞のようにプロの作家・評論家が合議して選ぶのではなく、上述の通り投票権に制限はあるものの、読者の投票によって決まるということ。現在ではTwitter文学賞や本屋大賞など、読者または読者に近い層の投票によって決まる文学賞もあるが、星雲賞はこの意味でかなり先駆的な存在であった。

第二に、アマチュアサークルの集まりである日本SFファングループ連合会議(以下、連合会議)が賞を運営し、出版社など企業の後援・協賛を受けず、すべて関係者の手弁当で切り盛りされていること。やや大げさに言うのなら、SFファンの情熱のみで支えられている賞なのである。このシステムで短期間ならともかく、半世紀近くも途切れることなく続いているのだから驚くほかない。

そして第三に、SFであるのなら小説に限らず多様な媒体の作品を表彰の対象としていること。2016年の各部門の受賞作を見てみよう。

日本長編部門:梶尾真治『怨讐星域』
日本短編部門:山本弘「多々良島ふたたび」、田中啓文「怪獣ルクスビグラの足型を取った男」(2作受賞。ともにアンソロジー『多々良島ふたたび』所収)
海外長編部門:アン・レッキー/赤尾秀子訳『叛逆航路』
海外短編部門:ケン・リュウ/古沢嘉通訳「良い狩りを」(短編集『紙の動物園』所収)
メディア部門:水島努監督『ガールズ&パンツァー劇場版』
コミック部門:弐瓶勉『シドニアの騎士』
アート部門:生賴範義
ノンフィクション部門:水玉螢之丞『SFまで10000光年』『SFまで10万光年以上』
自由部門:〈宇宙英雄ローダン・シリーズ〉500巻出版達成


海外部門で翻訳者の名前も併記されているのは、星雲賞では作者だけでなく翻訳者にも賞状と副賞が授与されるからである。本コラムではシミルボンの性格上、書籍を中心に見ていくが、他の部門についてもすこし説明しておこう。

メディア部門は、映画・テレビドラマ・アニメ・ゲームなど映像作品を対象としている。アート部門はイラストレーションなどアート関係の活動を対象としており、この部門のみ作品ではなく作家が表彰される。

そしてもっとも説明が必要なのは、最後の自由部門だろう。1998年に本田技研工業の自立歩行人間型ロボットP2、2000年にソニーのAIBOがノンフィクション部門を受賞したことがきっかけとなり、工業製品と書籍を対等に比べられるのかという議論が連合会議内部で起こった。その結果、他の部門に含まれない「物、事柄、及び科学技術上の成果等」(「年次日本SF大会におけるSF賞選定に関する規定」より)を対象として2002年に設けられた部門なのである。そのため、これまで受賞した「作品」も、小惑星探査機はやぶさから食玩、初音ミクに至るまで文字通りフリーダムなものとなっている。なおこの部門の参考候補作にはかならず推薦理由が付されるのだが、2016年の受賞作の場合は「いつまでたっても候補にあげられないから」という愉快なものだった。ファンらしい遊び心がもっとも凝縮された部門と言える。

怨讐星域 1(ノアズ・アーク)

怨讐星域 1(ノアズ・アーク) 著者: 梶尾 真治

出版社:早川書房

発行年:2015

叛逆航路

叛逆航路 著者: アン・レッキー

出版社:東京創元社

発行年:2015

紙の動物園

紙の動物園 著者: 古沢 嘉通/ケン・リュウ/Liu Ken

出版社:早川書房

発行年:2015

シドニアの騎士   1

シドニアの騎士   1 著者: 弐瓶 勉

出版社:講談社

発行年:2009

SFまで10000光年

SFまで10000光年 著者: 水玉 螢之丞

出版社:早川書房

発行年:2015

SFまで10万光年以上

SFまで10万光年以上 著者: 水玉 螢之丞

出版社:早川書房

発行年:2015

星雲賞が決まるまで

では次に、星雲賞が決定するまでのスケジュールについて。大会の会期その他の事情によって前後することもあるが、おおむね以下の通りだ。

まず1月下旬から3月上旬にかけて、一般および連合会議に属するファングループの間で予備投票が行われ、その結果をもとに4月ごろに参考候補作が発表、5月ごろを締め切りとして本投票が行われる(また連合会議ウェブサイトの発表とは別に、今回は2017年4月9日15時00分からニコニコ生放送にて参考候補作の紹介がある)。本投票に際しては大会実行委員会から参加者宛に参考候補作のリストと投票用ハガキが届くが、近年ではネットによる電子投票も可能だ。そして夏の大会において受賞作の発表と授与式がある。(ただし2017年は特例として、7月末に受賞作を発表し、8月26日~27日の大会会期中には授与式のみ行うとのこと。投稿後にご指摘をいただいたので補足いたします)

さて、ここまでの記述を読んで、参考候補作って候補作とどう違うんだろうと思ったあなたは鋭い。平たく言うと参考候補作というのは、去年はこんな作品が出たんだなあと投票者が思い出すための目印に過ぎず、受賞作はかならず参考候補作から選ぶという決まりはないのだ。だから「参考」候補作なのである。

もし参考候補作の中に投票したい作品がない場合、各部門にある「その他」の項目に作品名などを記入して投票すれば、その作品が発表年月日など規定の定める条件に合致するかぎり有効票としてカウントされる。その作品が他のどの参考候補作よりも多くの票を集めたら、もちろんそれが受賞作となる。また投票に当たっては、すべての部門に投票する必要はない。一部門だけ好きな作品に投票してあとはぜんぶ棄権しても大丈夫なのだ。このいい意味でのユルさもまた星雲賞の特徴なのである。

受賞者には賞状と副賞が贈られる。副賞の選定は各大会の実行委員会が行うので毎年違うものになる。開催地にちなんだ工芸品を特注で作るケースが多いようだが、時には火星の土地の権利書などウィットに富んだものもある。副賞が明かされるのはたいてい授与式のときなので、今年はどんなものが副賞になるのかは、参加者にとって楽しみのひとつである。

星雲賞の傾向1・受賞した人たち

星雲賞の傾向というのは、その時代時代の影響を受けることもあって一言でまとめるのは難しい。たとえば第1回の海外部門はJ・G・バラード『結晶世界』とトーマス・ディッシュ「リスの檻」が受賞していて、ニューウェーヴ運動まっただなかであったことを窺わせる。ただ21世紀に入ってからは、近未来を舞台に科学技術的リアリティに重点をおいた宇宙小説が強いようだ。野尻抱介作品の人気はまさにそれであるし、アンディ・ウィアー『火星の人』が受賞したのもそうした傾向の反映だろう。これが小説以上に顕著なのがノンフィクション部門で、笹本祐一『宇宙へのパスポート』、あさりよしとお『宇宙へ行きたくて液体燃料ロケットをDIYしてみた 実録なつのロケット団』など宇宙開発関係の作品が数多く受賞している。

ところで星雲賞を多く受賞している作家は誰なのだろうか。集計するには難しい点が多々あるのだが、本コラムの趣旨上とりあえず小説およびノンフィクション部門に限定し、それ以外の部門で原作者としてクレジットされている場合はカウントの対象外とした。また複数の作家による合作は、各人1回とカウントしている。海外部門の翻訳者、アート部門の受賞者もカウントしていない。

このルールによれば最多は神林長平の8回。小松左京(監修ふくむ)と筒井康隆が7回で続き、野尻抱介、グレッグ・イーガンが6回、野田昌宏、梶尾真治、笹本祐一、ラリイ・ニーヴンが5回となっている。

また海外作家に注目すると、ヒューゴー賞は受賞していないにもかかわらず、星雲賞は複数回受賞している作家がいる。その代表格がジェイムズ・P・ホーガンとバリントン・J・ベイリーで、二人はヒューゴー賞に関しては受賞はおろか候補になったことすらない。。ホーガンは初めて邦訳された長編『星を継ぐもの』でいきなり受賞すると翌年も『創世記機械』で連続受賞し計3回受賞した。本人は2010年に没したものの、2013年に星野之宣による『星を継ぐもの』のコミカライズがコミック部門を制している。ベイリーも英米では人気作家とは言いがたいが、日本では『カエアンの聖衣』などで3回受賞している(『カエアンの聖衣』の本引用は受賞した旧訳版)。

この事実は、日本と海外における読者レベルの差を示すものでは決してない。むしろ日本語訳されることによって、そのような作品を潜在的に待ち望んでいた読者のもとへやっと届いたと見るべきである。作者にとっても読者にとっても幸福な出来事だったのだ。

意外なところでは、1976年のメディア部門(当時は映画演劇部門)を筒井康隆作の『スタア』が受賞しているのだが、この作品には演出家として福田恆存が名を連ねている。硬派の思想家でもあった福田と星雲賞というのは、どう考えても結びつかない組み合わせで面白い。またミュージシャンの大槻ケンヂも「くるぐる使い」などで日本短編部門を2回受賞している。大槻の場合、本人がSF好きということもあって喜びようはひとかたならぬものがあったという。

ちなみに「くるぐる使い」を含む日本短編部門の受賞作に関しては、その中から11作をセレクトしたアンソロジー『てのひらの宇宙』が創元SF文庫から刊行されている。

結晶世界

結晶世界 著者: J・G・バラード

出版社:東京創元社

発行年:1969

火星の人 上

火星の人 上 著者: 小野田 和子/アンディ・ウィアー

出版社:早川書房

発行年:2015

星を継ぐもの

星を継ぐもの 著者: ジェイムズ・P・ホーガン/池 央耿

出版社:東京創元社

発行年:1980

カエアンの聖衣

カエアンの聖衣 著者: バリントン J.ベイリー

出版社:早川書房

発行年:1983

てのひらの宇宙 星雲賞短編SF傑作選

てのひらの宇宙 星雲賞短編SF傑作選 著者: 大森 望

出版社:東京創元社

発行年:2013

星雲賞の傾向2・受賞していない人たち

逆にえっこの人が、という作家が受賞していないケースも多い。特に星新一に受賞歴がない事実は、共に御三家と呼ばれた小松と筒井が何度も受賞しているだけに際立って見える。『百億の昼と千億の夜』で知られる光瀬龍や、『幻魔大戦』シリーズなどで多くの読者を獲得した平井和正も受賞していない。

海外作家に目を移すと、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』のフィリップ・K・ディック、『ゲド戦記』のアーシュラ・K・ル・グィン、『アルジャーノンに花束を』のダニエル・キイスなどはヒューゴー賞受賞歴もあり、日本でもSFの枠を越えて人気があるにもかかわらず星雲賞には縁がない。なぜかと問われたら、『てのひらの宇宙』の解説で大森望が述べているように、めぐりあわせの問題としか言いようがないだろう。

ただ出版社別の傾向を見てみると、これも大森解説で指摘されていることだが、海外部門は翻訳SF出版の老舗である早川書房と東京創元社から刊行された作品で独占されており、特に短編部門に至ってはすべて早川書房の雑誌または書籍に掲載された作品である(※)。1970年代から80年代にかけてマニアックな海外作品を次々邦訳したサンリオSF文庫や、同様の路線を歩む国書刊行会の『未来の文学』シリーズ、海外SF作家のの日本オリジナル短編集を数多く刊行した河出書房新社の『奇想コレクション』シリーズからは受賞作は出ていないのである。この点に関しては投票者の保守性を物語っているものと考えて間違いない。

だが皮肉というべきか、最相葉月による星新一の評伝『星新一 一〇〇一話をつくった人』(この本には星と星雲賞をめぐる因縁がくわしく語られている)、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』が原作の映画『ブレードランナー』、同じく「アルジャーノンに花束を」(中編版)が原作の映画『まごころを君に』、サンリオSF文庫全作品をレビューした『サンリオSF文庫総解説』はそれぞれ星雲賞を受賞している。受賞を逸した方々には悪いが、こうした星雲賞の神様(いるのかそんなヤツ)のいたずらを見つけるのも過去の受賞作リストを眺める楽しみなのである。

メディア部門でも『ゴジラ』シリーズ、『新世紀エヴァンゲリオン』シリーズ、
『スター・トレック』シリーズ(設定の異なる複数の作品をシリーズとして一括することには異論もあるだろうが、本コラムでは便宜上そう呼称する)は受賞歴なし、『機動戦士ガンダム』シリーズも安彦良和の『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』がコミック部門を受賞しているものの映像作品としては受賞していない。その意味で今回は『シン・ゴジラ』がゴジラ映画として初の栄冠に輝くかが注目される。

(※)例外が、2002年に海外短編部門を受賞したグレッグ・イーガンの「しあわせの理由」。のちにハヤカワ文庫SFの同題短編集に収録されたが、受賞時には河出文庫『20世紀SF⑥』に収録されていただけだった。投稿後にご指摘をいただいたので訂正いたします。

星新一 一〇〇一話をつくった人 上

星新一 一〇〇一話をつくった人 上 著者: 最相 葉月

出版社:新潮社

発行年:2010

サンリオSF文庫総解説

サンリオSF文庫総解説 著者: 牧 眞司/大森 望

出版社:本の雑誌社

発行年:2014

星雲賞に投票しよう

大会の参加費は毎回異なるが少なくとも1万円はするし、年度によっては参加者で宿をとらねばならない場合もあるので、それらに現地までの交通費などを合わせると結構な額になる。では万単位の金を払わねば星雲賞に投票できないかというと、そうでもない。

大会には予備登録という制度がある。これは費用が3千~5千円くらいで、手続きすると本会へは参加できないものの、プログラムブックなど委員会の発行する公式刊行物と星雲賞の投票権が得られる。筆者も2012年の大会には不参加だったが、どうしても星雲賞を取らせたい作品があったのでこの制度を活用したことがある。

今回は投票締め切りが2017年5月28日なので、本コラムが投稿された4月4日時点ならまだ間に合うはずだ(と思うのだが、本コラムを読んで投票したくなったという奇特な方がおられたら、念のため今年の大会実行委員会に確認してください)。先にも言ったように参考候補作になることと受賞資格は別問題だから、いまからみんなで投票すればシミルボンが星雲賞を取るかもしれないぞ!

冗談はさておき、自分の投じた一票が日本SF界の歴史を左右するかも知れないという感覚には、ファンとしてワクワクするものがある。そこまで大げさに考えずとも、好きな作品をサポーターとして応援するという意味で、筆者にとってはシミルボンにレビューを投稿するのも星雲賞に投票するのもほぼ同じ感覚なのである。本コラムをきっかけに、星雲賞に関心を持ってくれた読者がいればこれに勝る喜びはない。


未ログインでも大丈夫!匿名で書き手さんに「いいね通知」を送れます。

みんなで良い書き手さんを応援しよう!

※ランクアップや総いいね!数には反映されません。

いいね!(14)

コメント(0)


オリンポスの郵便ポスト
前の記事 完成度の高いデビュー作
内面からの報告書
次の記事 究極の自分語り

2019年 読書の秋はこの一冊から。

この読書人の連載

連載! 第58回日本SF大会・私的レポート

昨年に引き続き、さいたま市のソニックシティで開催されたSF大会のレポートをお届けします。 詳細を見る

連載! 第57回日本SF大会・私的レポート

2018年7月21日~22日に群馬県みなかみ町で開催された第57回日本SF大会ジュラコン。その模様をレポートします。 詳細を見る

連載! 「明るい太宰」入門

『人間失格』と「走れメロス」だけが太宰治じゃない。僕らはもっと気楽に太宰作品を読んでもいいんだ。なぜ彼の小説は「面白い」のかを解き明かす。 詳細を見る