にっぽんルポ
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【社会】<孤独と罪 ある児童養護施設で>(下) 救い及ばぬ自立の苦悩
鮮やかなモミの木のリースがドアを彩る。サンタクロース姿のぬいぐるみが壁をよじ登るかわいい飾り付けも。クリスマスを前に、建物の中から子どもたちのはしゃぐ声が聞こえた。 東京都渋谷区の児童養護施設「若草寮」。今年二月、男性施設長=当時(46)=が元入所者の男(23)に刃物で刺されて死亡した。男は母親による養育が困難だとして二〇一二年から三年間、この施設で暮らしていた。 「事件直後は静まり返っていたけど、最近は子どもたちの明るい声が戻ってきてよかった」。近くに住む六十代女性は安堵(あんど)する。 「施設に恨みがあった」。そう供述した男は、四年前に退所後、都内のアパートに入居した。施設側が紹介し、保証人になった。だが仕事は長続きせず、家賃滞納などでトラブルに。施設の職員が昨年九月、アパートを訪ね、トラブルの対応に当たっていた。 社会で自立しようともがき、追い詰められていったのか。東京地検は今年五月、事件当時の精神状態から刑事責任を問えないと判断し、不起訴処分にした。だが、検察審査会は十月、「不起訴不当」と議決し、地検が再捜査している。 施設長を知る関係者は、今もショックを隠せない。「どうしたら、愛情に飢えた人間の心を埋められるのか。死ぬまで、人生をかけて問うていきたい」 ◇ 「同じ境遇の人と話すと楽になれる。ひとりじゃない」。施設や里親家庭の子どもたちを支えるNPO法人「IFCA(イフカ)」で活動する待木(まちき)洸平(20)=静岡県富士宮市=は、そう力を込める。 待木自身も六歳から十八歳まで児童養護施設で育った。高校三年の時、職員と折り合いが悪くなり、里親家庭へ。静岡大に進学したが、「サッカーに関わりたい」との望みを理解してもらえず、家を飛び出した。二カ月間、友達の家を転々とし、ホームレス生活を送った経験がある。 「親がいる子に負けたくない」。施設の外では気負っていた。施設に帰れば、ほかの入所者と生活態度や成績を比べられた。四六時中、我慢を強いられ、「ちょっとした拍子で爆発しやすくなっていた」。 そんな思いを積極的に発信し、理解を得ていくことが大切だと、待木は考えている。「苦しみの陰に埋もれた人にとって、救いの声になるかもしれない」 ◇ 家庭環境に問題があり、施設で暮らす子どもたちは十八歳になると退所し、社会に出される。だが、頼れる親はいない。孤独な当事者たちの声は、なかなか社会に届かない。 そんな葛藤を抱えながら、施設に約二十年勤め、元入所者の男に命を奪われた若草寮の施設長は、共著「子どもの未来をあきらめない 施設で育った子どもの自立支援」の中で、こうつづっていた。 「十八歳以降、社会的養護の枠から外れ、自立していかなければならない現実。それは、私たちが想像する以上に困難なものであると、改めて認識し直す必要があるでしょう」 (敬称略) (この連載は木原育子が担当しました) PR情報
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