アニメの10話を見て思い付いたお話です。
構想はずっとあったはずなのに完成が今になってしまい自分の遅筆が恨めしい。
私は思い出した、それは仮初めの平和でしかないと。
バラルの呪詛に縛られ、相互理解を阻まれた私たちの世界は争いの火種と隣り合わせだと言うことに。
それは穏やかな午後のことだった。ギアのメンテナンスで集められた私たちは、差し迫った脅威が迫っている訳でもなく、のんびりと本部の談話室で過ごしていた。
切ちゃんやマリアがいないと上手く会話に馴染めなかったのも遠い昔、今はクリス先輩と翼さんと談笑をするまでに成長している。
調「そこで切ちゃんがファーのついた靴を見つけて、これが欲しいデスって言い出して聞かなくて」
クリス「へー、あんまりそういうの欲しがらなそうだけどな」
調「これさえあればアタシもシンデレラになれるデスって」
クリス「ふつーガラスの靴じゃねえのか?」
調「わからないけどそれがいいらしいです」
翼「暁が言っているのは原典のシンデレラだな。毛皮の靴からガラスの靴に間違えて翻訳してしまったらしい」
クリス「それじゃあ合ってはいるのか。あいつもよく知ってたな」
調「切ちゃん、童話とかに結構詳しい。技名にするぐらいだし」
翼「まあ、その靴がシンデレラの履いてた靴とは違うかもしれないが」
クリス「常識人なのかそうじゃないのかわからないな」
調「翼さんもよく知ってましたね」
翼「私はたまたまなにかで見かけただけだ。よく勉強している暁には敵わない」
確かにリディアンに入学した当初のこと、図書室に連れていってもらったときその蔵書数に驚きつつも最初に持ってきた本が童話の本だったな。
タッタッタッタッ、小走りで足音が近づいてくる。これは……今話題の人物、切ちゃんのだ。
バーンの扉が強めに開かれる。もう、そんな乱暴にしたらダメだよ。
音の発信源に振り替えるとやっぱり切ちゃんがいた。私が切ちゃんの足音を間違えるはずがない。
当の本人はなにか面白いことでもあったような顔。これは見覚えがある、たくらみがある顔だ。
切歌「調、お待たせデス。クリス先輩、翼先輩、こんにちはデス!」
クリス「お、おう」
翼「あ、暁?」
切歌「なんデスか、翼先輩」
翼「いや、いつもと呼ばれ方が違うなと」
切歌「翼先輩もリディアンに通ってたんデスよね」
翼「ああ、そうだが」
切歌「じゃあアタシたちの先輩だし、翼先輩でもおかしくないデスよね」
……なるほど、そういうことか。自分で思い付いたのか、響さんに吹き込まれたのか。
焦ってはいるが心なしか翼さんも嬉しそうだ。
……面白そうだし、もう少し見ていよう。
翼「な、なあ、暁」
切歌「やっぱり迷惑デスか……?」
翼「そんなことはない、そんなことはないぞ!ただいきなりのことで驚いただけだ」
切歌「高校が四年制なら翼先輩も一緒に通えたデス」
翼「もしそうだったら……もっと楽しい学校生活になったのだろうな」
切歌「えへへー翼先輩!まだ遅くないデスよ」
翼「歌女と捧げたこの身だが、こういうのも悪くないと思ってしまうよ」
あ、切ちゃんが翼さんに飛び付いた。人懐っこさは響さんと双璧をなす切ちゃん、その行動は慣れたものだった。
切ちゃんは人たらしな部分がある。初めての学校生活でも私共々クラスに馴染めたのはその性格に依るところが多い。
……だけどそのせいで私がモヤモヤすること少なくない。今回は翼さんだからまだいいけど。
ゆっくりとした時間が流れていた。
しかし、私はある違和感に気がついてしまった。ほのぼのとしたこの空間で一種の殺気にも似た気配を放つ人がいる。クリス先輩だ。
クリス「お二人さん、ちょっと距離が近すぎるんじゃないの?」
切歌「そうデスか?」
翼「なに、雪音と立花もこんな感じだろう」
クリス「ちがっ、それはあのバカが強引に!」
翼「雪音と立花は仲がいいからな」
クリス「そ、それはそうと!今はいないバカより目の前の問題だ」
切歌「あ、否定しなかったデス」
クリス「うるさい!そういうことは家でやれって」
調「それは駄目です。家でやるのは私なので」
切歌「調ぇ!?」
クリス「お、おう。悪かったな……」
しまった、つい口を挟んでしまった。それも仕方がないことなのかもしれない、あまりに見過ごせない事態だったから。
外でやる分はまだ私も海のように広い心で許そう。だけど、家では切ちゃんを独占するのは私だけの特権だ。……マリアは例外だけど。
まあ、まだまだ面白そうなのでまた見ているだけに戻ろう。
クリス「先輩も先輩でなんかちょろくないですか。先輩と呼ばれれば誰でもいいんですか?いつもの威厳のある態度はどうしたんですか?」
翼「いや、そういうわけでは……。それにいつも威厳のある態度なんてとっているか?」
クリス「そうっすよ。そんなに後輩にデレデレなんてしてないじゃないですか」
切歌「つ、翼先輩はいつもはかっこいいデスけど今日は親しみやすいというか、なんだかいい感じデス!」
クリス「お前もお前で問題だぞ。ベタベタベタベタしやがって、常識人を自称するならちゃんと物事の分別をつけるべきだ」
調「そうだよ、切ちゃん。あまり私以外にベタベタしたら駄目だよ」
切歌「ええっ!こっちに飛び火してきたデス」
クリス「お前は年上で甘えられるなら誰でもいいのか?」
切歌「そういうわけではないデスけど……」
クリス「ともかくだ、その近すぎる距離感で先輩にくっつくのはやめるべきだ」
急に機嫌が悪くなったクリス先輩、これはもしや嫉妬をしているのでは?
どっちにだろうか、多分どっちにもだろう。翼さんには可愛い後輩が盗られたようで嫉妬、切ちゃんには尊敬する先輩を盗られたようで嫉妬。
だけど嫉妬してる自分自身に納得できなくて、だからこそとりあえず二人を引き剥がそうとしているのではないのだろうか。
多分一番穏便な解決法は切ちゃんが翼先輩と呼ぶのをやめて、今すぐくっつくのをやめることだろう。
しかし、私の知っている切ちゃんはそう一筋縄ではいかない。人の機微に鋭くて、だけどそこから導き出される結論が恐ろしく鈍感な子だ。
切歌「クリス先輩……」
クリス「おう、なんだよ」
切歌「もしかして寂しかったデスか?」
クリス「ば、バカ!そんなんじゃねぇ!」
翼「そうか、そうだったのか、雪音も一緒にスキンシップしたかったのか」
切歌「全く、クリス先輩は仕方ないデスねぇ」
あ、切ちゃんがクリス先輩に飛び込んだ。続けて翼さんも寄り添うように移動した。
そのままがっしりと捕まえる。前から切ちゃん、後ろから翼さん。
クリス先輩が思っていることはそこじゃないんだろうけど。真っ赤になって暴れる先輩、でも無理矢理ほどこうとしないのがいかにも先輩らしいな。あれはあれで嬉しがっているのだろう。
根本的解決ではないのかもしれないけどこれでいいのかもしれない。
……微笑ましいけど羨ましくもある。私も嫉妬しちゃいそう。
誰に?全員に。
切ちゃんに抱きつかれてるクリス先輩が羨ましい、私に抱きつくときは甘えるという感じは少ない。切ちゃんと翼さんを独占しているのもずるい。
クリス先輩に臆面もなく抱きつける切ちゃんが羨ましい、私は感情を表に出すのが得意ではないから家族以外の人にああやって抱きつくなど出来ない。
あの二人に寄り添っている翼さんが羨ましい、あの場所はいつもならば私のポジションだ。
メラメラメラ、私の中の嫉妬の炎が燃え始めてる、むーっ。
ならばどうしたらいい?答えはひとつだ。
調「私もくっつく!」
切歌「およ、調も参デスか。大歓迎デス!」
クリス「お、お前ら。熱いって」
翼「雪音、まあいいじゃないか」
クリス「ああ、もう。今日だけだぞ」
切歌「それでこそクリス先輩デース!」
調「ふふっ、クリス先輩優しい」
なんにも問題は解決してないけど、今だけはこれでいいよね。
火種こそあったものの炎上はせずに家に帰って来れた。
さてここからは私の仕事。
調「切ちゃん、お話があります」
切歌「急になんデスか?」
調「翼さんの呼び方について」
切歌「調も翼先輩と呼びたいデスか」
調「いや、むしろ逆かな。翼先輩と呼ばないようにしてというお話」
切歌「なんでデスか?」
調「切ちゃんはさ、私以外が切ちゃんと呼んだらどう思う?」
切歌「別に、仲が良くなったのだと思うデスよ」
はぁ、ここからか。半分わかっていたこととはいえ改めて目の前に現実として突きつけられると辟易とする。
切ちゃんはなんにも思わないだろう。だって切ちゃんは度を越して優しくて、お人好しで、鈍感だから。
そこが切ちゃんの良いところとは言え、どれだけ私が苦労させられてきたことか。
調「クリス先輩にとってはさ、先輩って特別な呼び方だと思うの」
切歌「特別……デスか?」
調「うん、特別。私や切ちゃんに呼ばれるのも特別なことで、翼さんを呼ぶのも特別」
切歌「なんだかクリス先輩の行動を見ているとわかるようなわからないような……」
調「これはあんまり簡単に踏み込んではいけない問題だよ」
そういうと切ちゃんは見に覚えがあるのか、うーんうーんと悩んでいる。
切ちゃんは優しい子だから多分理解してくれるだろう。だって私の大好きな切ちゃんだから。
切歌「調の言いたいことわかったデス。自分の身勝手で嫌な思いをする人がいたら嫌デスからね」
調「そうだね、切ちゃん。それと他の人に切ちゃんとも呼ばせないでね」
それは私だけの特別な呼び方だから。