「雨」を題材にはるかえのSSを書くという企画を主催させていただきました。
ぜひ、色んな「雨」を読み比べてみてください。
ざあざあと数メートル先の視界を奪うほどの雨が降っている。
「凄い雨だね」
「あらかじめ雨宿り先を見つけといて良かったですね」
「へへん、私に感謝してね」
近くに公園があって助かった。
鈍色の空が怪しくて、雨が降り出すのは時間の問題だと誰もが思っただろう。
「通り雨ですかね。少ししたら止むと思います」
「それまでは動けないのかー。無理して帰ったほうがいいとかないかな」
珍しくゲームを持ってきていない部長は手持ち無沙汰のようだ。
いや、雨宿りから即ゲームをされたら俺が困るのだが。
「いそがずばぬれざらましを旅人の跡よりはるる野路の村雨、ですよ」
「なにそれ?」
「旅人の足の速さと、雨脚の速さがちょうど合ってしまっていて濡れながら旅してしまった。ちょっと雨宿りすればよかったのにという意味です」
「急がなければってことだね。だから今も我慢したほうがいいと」
「その通りです」
なんとなく覚えてた雑学が役に立った。
いや、ここは豊富な知識量があってよかったと言っておこう。
「晴翔くんは物知りだね。じゃあさ、こういう雨のことを五月雨って言ったりするの?」
「いえ、五月雨は梅雨の長く降り続く雨のことです。それと五月雨の五月は旧暦の五月なので今の六月ですね」
ちなみに俺は旧暦という言葉が大嫌いだ。
特に暑さが一向にひかない夏に、ニュースキャスターが一々「暦の上では秋です」と無駄な言葉を言うのが嫌いだ。
そろそろ今は現代であることを認知してくれ。
「あー、旧暦なのか。流石晴翔くん、何でも知ってるね」
「何でもは知りません、知ってることだけです。ああ、それと五月雨の降るときは田植え時なので、田の神に敬意を表し恋人とのデートとかは禁止されてたみたいです」
「私にそれを言ってなにがしたいのかな?」
なにかしたいわけではない。なにもできないだけだ。
今は動けないので、時間が解決してくれることを願うばかりだ。
「でもよかった。もし今が梅雨時だったら今日のデートも出来なかったんだね」
部長が不安そうに声を出した。下手すれば雨音にかき消されてしまいそうなか細い声。
ふと部長のほうに目線を向けると上目遣いで俺を見ていた。
……ダメじゃないか。俺が彼女を安心させてやらなければ。副部長としての責務だろう。
「大丈夫ですよ」
「えっ……」
「俺達は付き合ってもないし、これはデートでもないですから」
「はぁ……」
返ってきたのは、雨音にもかき消されない力強いため息だった。
そもそもどうして俺達がこんな状況に置かれているか、それは数日前まで遡る。
「晴翔くん、デートしようよ!」
「嫌です」
突然の部長の言葉につい反射的に答えてしまった。
それでも断っているあたり俺の防衛本能が働いているのだろう。
「え、どうして!?」
「いや、ごめんなさい。反射的に断ってしまいました」
「もうっ!それってひどくない?まあいいや、行こうか」
どこかテンションの高い部長、どうやら悪い予感がする。
気分は爆弾処理班だった。一つでも手順を間違えたら……。
流石に死にはしないが面倒くさいことになる、女子を怒らせると大変なんだぞ。俺はここあでよーく心得ている。
「……決定は話を聞かせてもらってからにします」
「随分慎重だね。別に変な話じゃないよ、ただ買い物に付き合ってもらいたいなって。それをデートって表現しただけで」
「紛らわしいことはしないでください。それでなにを買いに行くのですか?」
俺を買い物に誘うということは機材関係だろうか。それだったら納得がいく。
それともゲーム関係だろうか、オススメでも考えておくか。
部に必要なものという線もありそうだな。
「うーんと、服とかかな。暖かくなってきたし夏物も見たいな」
「わかりました、それでしたら」
「来てくれるの?」
「丁重にお断りさせていただきます」
「え、なんで?来てくれる流れだったじゃん!」
いや、だって服とかだったら俺は必要ないだろう。
みりあと行くか、それかここあでも貸し出しますよ。女子同士で心行くまでお楽しみください。
どうしてそんなに行きたくないのかだって?それは……。
「……俺は知っています。女子の買い物に付き合うというのがどういうことか。ここあの買い物に付き合うからわかります。
女子の買い物は長く一日中かかることがあります。俺は目的のものだけ見に行くタイプですがそれの対極にいます。
試着も繰り返し吟味に吟味を重ねます。そこまでして買うのは二軒目に戻って小物一個とか、それだけです!
お金がないならお兄ちゃんが買ってあげようかと提案をすれば、気に入ったのがそれしかなかったと言います。
あんなに、熱心に、楽しそうに試着を繰り返していたのに、です。それだったらその小物だけ最初に買えばよかったじゃないか!」
「は、晴翔くん、落ち着いて……」
「はっ、俺としたことが少し熱くなってしまいました」
いや、ここあと一緒にお出かけするのは実際楽しいことだし、買い物でなければいいのだ。
ここあの行きたいところならお兄ちゃんどこにでも連れて行くよ。
「少しじゃなかったけどね。ここあちゃんも男子目線のアドバイスとか欲しかったんじゃないの?」
「いや、提案したのですが全く聞いてもらえませんでした」
「例えばどんなの?」
「白のワンピースと麦藁帽子」
「うわぁ……」
「ちょうどここあもそんな顔をしていました」
「それはそうなるさ……、晴翔くんの願望丸出しじゃん」
「ここあに白のワンピースと麦藁帽子が似合うのは全人類共通の認識でしょう!それなのに肩の出てる服とか、お兄ちゃんはそんな破廉恥なの認めません!」
「どうどう、落ち着いて、落ち着いて」
「はっ、俺としたことが少し熱くなってしまいました」
ここあに白いワンピースと麦藁帽子、ついでに向日葵の花束とか抱えてもらいたいな。
お願いしたらやってもらえないだろうか、無理だろうなぁ。
いや、MVに使うといえば見れるのではなかろうか、試してみよう。
「いや、少しじゃなかったけどね」
「まあ、そういうわけでお断りさせていただきます」
「えぇ、いいじゃん!行こうよ」
「嫌です。休みの日は引きこもってゲームをすると決めています」
「そんな生活じゃ不健康になっちゃうよ」
「心の健康が保てるので大丈夫です」
休日の平穏のため一歩も引かない構えだ。
とはいえ、こうなった部長が強敵なのは俺も良く知っている。
「あ、日曜日は降水確率60%ですよ」
「平気平気、さいみんじゅつと同じくらいの確立だね。当たらないことは私が身を持って証明しているから大丈夫だよ」
これは笑ってもいいネタなのだろうか?確かにゲームの確立表記はおかしいと思うのは俺もよくある。
しかし、降水確率は別だろう。知らないけど多分そう。
これは突破口がありそうだ。俺は俺の平和を守りきってみせる!
日曜日、いつもならばコントローラーを握っているはずの俺がなぜか駅前にいた。
あの後部長についには押し切られた。……俺って押しに弱いのか?
「晴翔くん、おまたせ。待った?」
「大体十分ぐらい前につきました」
「晴翔くん、おまたせ。待った?」
「いや、十分ぐらい前につきましたって」
「もう、違うでしょ。こういうときもっと相応しい台詞があるんじゃないの?」
相応しい台詞……、俺の中の知識を総動員して考える。
……一つ答えが浮かんだが、いや、これでいいのか?
「晴翔くん、おまたせ。待った?」
「いや、今来たころですよ」
「うんうん、よく出来ました」
「……ありがとうございます」
どうやら正解だったようだ。
ふん、この程度の問題は道明寺晴翔にかかれば余裕だ。
正直これに何の意味があるとは思えないが部長にとっては大事なことなのだろう。
「じゃあ行こうか」
部長は俺に気を使ってくれていたらしく、苦手意識のあった買い物だが楽しめた。
時間が過ぎ去るが早くて、惜しいと思ってしまうほどに。
「そろそろ帰りましょうか」
「えぇ、もうちょっとだけ遊びたい」
「ほら、空も暗くなってきましたし。一応確認しておきますが傘は持ってきてますよね」
「勿論」
「それはよかった」
「持ってきてない!」
「……」
だと思った。降水確率の60%って体感80%ぐらいある気がする。
俺が持ってきている折り畳み傘はそんなに大きなものではないし、それなりに降られたら傘を差していても濡れてしまうだろう。
空は今にも泣き出しそうだった。
「だったら尚更早く帰りますよ」
「大丈夫大丈夫、あそこに公園があるから。雨降った時のことも考えてあらかじめ雨宿り先を見つけておいたから」
……準備がいいのか悪いのか。多分頭が悪いのだろう。
そんな無駄なやり取りをしていたからか、ぽつぽつとついに雨が降りだした。
「あぁ、降ってきちゃいましたよ」
「早速私の公園が役に立つね」
「部長の公園ではないと思います」
馬鹿なことを話しているうちに雨はどんどん強くなっていく。
「とりあえず雨宿りしましょう」
ぽつぽつ、ぱらぱら、ざあざあと、目に見えて変化していく。
「凄い雨だね」
「あらかじめ雨宿り先を見つけといて良かったですね」
「へへん、私に感謝してね」
こうして俺らは今、不本意ながら雨宿りをしている。
「どうして自分のさいみんじゅつは当たらないのに相手のさいみんじゅつは当たるのだろうか」
「確率は誰のもとにも平等ですよ」
「そうは言うけど絶対に嘘だよね。みりあちゃんとか絶対に運がいいし、私は運が悪いし」
それは日ごろの行いが関係しているのでは?
いや、そうならばみりあは最悪でなければならないから違うか。
「ふむ、そうかもしれません。正確には確率は誰のもとにも平等に不平等ですよ」
「なにそれ、なんだか納得いかないなぁ」
「そんなものですよ」
独り言のような会話だった。独り言を呟けば、誰かの独り言が返ってくる、そんな感覚。
ようするに会話に意味などなく、ただ時間をつぶすためのものでしかなかった。
だけども俺にはそれが心地よかった。気を使わないでいい関係性、俺は部長とのこの関係性が好きだった。
二人の呟きは雨音に消えていった。
「雨、止まないね」
「止みませんね」
「今日のデートどうだった?」
「だからデートでは……、楽しかったです。正直まだ遊んでいたいと思うほどに」
「ふふーん、そうでしょ。私だって色々考えたんだから」
「……ありがとうございます」
「だってさ、せっかくのデートだし楽しんでもらいたいじゃん。……私は晴翔くんが好きだから」
雨音は俺の視界までも遮って、彼女の顔が見れなかった。
「……まだ返事もらえないかな」
「……すみません」
俺は部長に告白された。答えることができなかった。
つまりは体のいい保留、受け入れることも突き放すこともしなかった。
なにかしたいわけではない。なにもできないだけだ。
今は動けないので、時間が解決してくれることを願うばかりだ。
「俺にはまだ答えが出せなくて」
最低だって自覚はある、だけど自嘲することすら許されないだろう。
俺は今の関係性が好きだった。彼女はそうではなかったらしい。
「……はぁ、まだダメなのか」
空を知らぬ雨が彼女の頬を濡らした。
俺はなにも言うことができない。なにも言う資格などない。
「もうちょっとだけ待って……、そうしたらいつもの私に戻るから……」
「……はい」
二人ともなにも言わず、言えず。
雨がうるさくて助かった。
「よし、いつもの私に戻りました」
声につられ顔をあげると部長は明るい笑顔でそこにいた。まるで太陽のようだった。
彼女に釣られるかのように雨も止んでいた。
「部長……」
「なにも言わないで、もう大丈夫だから」
「……はい」
彼女がこう言うのだ、俺もいつものテンションに戻さなければ。
「雨、止みましたね」
「あーあ、止んじゃったかぁ」
「止んで欲しくなかったんですか?」
「うん、だって晴翔くんと二人きりになれるでしょ」
「……別に雨が降っていなくても二人きりでしたよ」
「いや、強い雨が降っているとさ、世界から二人だけ孤立しているみたいじゃん」
「……わからなくもないですけど」
「でしょ、それに私折り畳み傘持ってきてるし」
ケロッと悪びれもなく告げられる衝撃の真実。
別に蛙ではない。
「ええっ、そうだったんですか」
「流石にそこまで無計画じゃないよ。忘れたって言えば二人で雨宿りできるかなって」
「なんだか最初から最後まで部長の手のひらの上ですね」
「肝心なところが思い通りにならないけどね。さいみんじゅつでも当てられるように練習しようかな」
「うっ。さ、さぁ、帰りましょう」
俺はこの人に勝てないのではないだろうか。
多分、いつか……。
「ええーもうちょっと遊ぼうよ。ブランコとか久しぶりにやらない?小学生以来だよ!」
「全部濡れて使い物になりませんよ」
「晴翔くんのケチ。……そういえばさブランコのことふらここって言うの知ってる?」
「いや、知りません」
「そっか、そうなんだ」
にやにやと楽しそうな顔をしている。いったいなにを思いついたのか。
「じゃあ晴翔くんに宿題をあげよう。次会うときまでに調べといてね」
「なんですか」
「鞦韆(ふらここ)は漕ぐべし、この後に続きと意味を調べておいてね」
「わかりました」
家に帰り早速部長の宿題を調べてみた。
「鞦韆(ふらここ)は漕ぐべし愛は奪ふべし」
なるほど、彼女らしいや。