――(ビーエッジという新会社をつくらず)スクラムが直接、良さそうなアイデアを持っている人に資金を投じて、事業会社をつくるという考えはなかったのか。

春田氏 それもあり得た。ただ、パナソニックと一緒にビーエッジをつくったことで、同じオフィスでパナソニックの人間と働くようになった。日々、どういう形で事業化すべきかなどを議論している。やはり会社(ビーエッジ)という形があると、いろいろとやりやすい。

――ビーエッジは珍しい形態に思えるが、似た形の会社は他にあるのか。

春田氏 似た例を私は知らない。

――シリコンバレーにもないのか。

春田氏 ないだろう。そもそも自社からスタートアップを生み出したいという発想が、米国にはない。必要なテクノロジーなりサービスなりは買収すれば良いと思っているからだ。

 日本では企業が自らの技術を磨いて、それを核に子会社をつくる。そうした形で新事業を立ち上げようとする。だが、新事業の創造を、事業の多角化と同列に捉えるのは、まさに日本式の発想だ。米国、わけても西海岸の人たちは、「必要なら、会社を買ったほうが早い」と考える。

――西海岸にはグーグルなど優れたエンジニアを大量に抱えている会社がいくつもある。そうした会社でも、外の会社を買ったほうが早いと考えるのか。

春田氏 そうだ。グーグルの人間と話していると、「社内で新しいテクノロジーを開発して、それを会社にしたいと考える人間がいたとして、そのモチベーションや能力と、(グーグルのような大企業の)外で何かを生み出し、成り上がりたいと考えている人間とを比較したら、どちらが成功確率が高いのか」といった話をよく聞く。当然、一旗揚げようとしている外部の人間のほうがモチベーションが高い。人数も多い。だから成功確率も高いという理屈だ。

優秀な人が大企業に行く日本、それが問題だ

 そもそも米国で素晴らしく優秀な人は、「グーグルなんか入りたくない」と思っているケースが多い。

――日本企業はなぜ、新事業を自分たちでつくりたいと考えるのか。

春田氏 日本では優秀な人間は大企業に行く。それが問題だ。

 米国なら優秀な人間は自分たちで会社をつくる。だが、日本の場合、まず大企業に入って会社に貢献する、会社の収益を上げることを目的にする。そしてその方法を一生懸命考える。新規事業をやっている人間も同じように考える。こうしたメンタリティーが根付いていることが米国との違いを生んでいる。

――ビーエッジが投資を決定し、会社をつくることになった場合、社長になる人はパナソニックを離れるのか。

春田氏 いや、パナソニックの籍は残ったままだ。休職という形になる。休職して社長となり、その会社の株も持つという仕組みだ。たぶんこれは日本初のやり方ではないか。

「日本でイノベーションが起こらないのは、企業の収益が悪化していることが大きな要因だ」と指摘。「余裕がない中で決められた予算を達成しようとすると、新しいことに挑戦する余裕がない」という
「日本でイノベーションが起こらないのは、企業の収益が悪化していることが大きな要因だ」と指摘。「余裕がない中で決められた予算を達成しようとすると、新しいことに挑戦する余裕がない」という

――元の会社に籍を残したまま“起業”するというのは「中途半端」ではないか。

春田氏 パナソニックを辞めて来い、それで起業しろといったら、誰も来ない。やりたがらない。

――GCCは、(パナソニックという)大企業にいながらも起業家マインドを持つ人が応募する仕組みではないのか。

春田氏 いや、そうした人がいないから、こんな仕組み(ビーエッジ)が必要になったのだ。籍は残すが、中途半端という指摘は当たらない。皆、決意を持って創業に挑戦している。

 私自身、大企業出身だから分かるが、日本の大企業の人間はものすごくまじめだ。(パナソニックの籍が残っているとはいえ)新事業がうまくいかない場合、会社に戻って何事もなかったかのように振る舞えるかといえば、そんなことはない。

 現実的なことをいえば、家族の問題もある。新しい会社をつくる際に、パナソニックを辞めて起業するといっても家族の理解は得にくい。

――確かに、そういう問題はあるだろう。

春田氏 新事業の立ち上げに挑戦すると、社内での昇格が遅れる可能性もある。そうした課題を理解しつつ、果敢にチャレンジする人を増やしたい。このジレンマを解く方法として、ビーエッジをつくった。

 新事業に挑戦する人間は、パナソニックに籍が残っているとはいえ経営者なので、僕は「自分の給料は自分で決めろ」と言っている。これも他にはない仕組みだ。

――ビーエッジの投資対象にするかどうかの選定にかかるのは、アプライアンス社のアイデア(や社員)が対象か。

春田氏 そうだ。

――選定する際には、事業アイデアのオーナーがプレゼンするのか。

春田氏 いや、今のところはGCCで出たアイデアで実現していないものから選んでいる。私に直接、事業化したいと連絡があったケースもある。本来は定期的に開催している会議で決めるものなので、直接、説明に来られては困るのだが。

――それは、春田さんのいるオフィスに直接、訪ねてきたということか。

春田氏 そうだ。さすがに飛び込みで来たわけではなく、まずは電話があった。

――パナソニックに限らず、昔は日本から新しい商品やサービスが生まれていた。今や米国だけでなく、中国企業の後じんも拝している。

春田氏 やはり日本企業の収益が悪化していることが大きい。余裕がない中で決められた予算を達成しようとすると、新しいことに挑戦する余力がない。

 イノベーションを起こすことを真剣に考えるのであれば、誰が責任を持つのかを明確にすることが大事だ。マネジメントレベルで責任を取る人を明確にしなければ、現場にイノベーションを生み出せなんていっても、実現するのは無理だ。

――ビーエッジではこれから何社くらい、新会社を生み出す計画か。

春田氏 5社でも6社でもつくろうと思えばできるが、そうはしない。社長として責任を持って進めているが、多くの会社を立ち上げて、自分の実績にしようなどという気はない。

 本当に自分で(事業創造を)やりたいという人が出てこないとやるつもりはない。無理にアイデアを探そうという気もない。

――では進行中の会社が立ち上がったら、どうするのか。

春田氏 新事業の責任者は、当たり前だが会社を経営したことがない。だからまずは、(創業期のDeNAで自らが積んだ経験など)私が知っていることを教えていく。

 もう1つは、やめる判断をすることを教える。新事業をつくる組織を立ち上げたり、CVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)で投資をしたりする例は多いが、「どういう場合に、会社や投資をやめるのか」という基準がないケースが多い。

 だからビーエッジが投資した会社に対しては、株主として、また経営者の先輩として、「もうやめよう」と、言うべきときには言う。それが僕の役割だと思っている。

(写真/桑原克典)