NHKの番組『チコちゃんに叱られる』(2018年10月20日放映)で鏡映反転が取り上げられました。
この番組では、「鏡に映った人は、左右は反対に見えるが、上下は反対に見えない」ということを映像で確認した上で、なぜそういう現象が起きるのかについては、「分からない」と答えていました。
「チコちゃん」は、「分からないことが分かっている」とも言っていました。しかし、これは間違いです。鏡映反転の理由について、「分からない」ということが定説になっているわけではありません。
なぜ「分からない」のか、その理由については、「心の働き方は、人それぞれなので、誰もが納得する説明はできないのだ」と解説していました。この解説も間違いです。
「人それぞれ」であることを示す実例として、「自分の鏡映反転を認識しない人がかなりいる」という事実を紹介していました。これは、私の実験で(世界で初めて)明らかになった事実です。番組の中でも、「高野陽太郎論文より」という小さな字幕が出ていました。
しかし、これが話の全てではありません。
この番組には、文字の鏡映反転が出てこなかったことに気づきましたか?
鏡に「C」という文字が映っています。明らかに左右が反対になっています。この左右反転は誰もが認識します。「人それぞれ」ではないのです。ちなみに、この鏡像を見て、「上下が反対になっている」という人はいません。これも「人それぞれ」ではないのです。
制作会社(この番組の制作をNHKから請け負っている会社)のディレクターの方に呼び出されたとき、文字の鏡像はたくさん見ていただいたのですが、「人それぞれだから」という番組の結論とは合わないので、文字の鏡像は出さないことにしたのかもしれません。
自分の鏡像については、左右反転を認識するかどうかが「人それぞれ」になり、文字の鏡像については「人それぞれ」にならないのは何故か、その理由は、既に分かっています。鏡映反転が起こったり起こらなかったりする理由も、完全に分かっています。それについては、拙著『鏡映反転』(岩波書店)をご覧ください。このホームページにも概略が記してあります。
ディレクターの方には、「チコちゃん」が鏡映反転の理由を説明する場合、時間は5分しかないと言われました。鏡映反転の現象は、見かけよりずっと複雑なので、その説明も複雑になり、とても5分ではできません。
「5分で説明しなければならない」というのは、テレビの都合であって、「すべての現象は、5分で説明できるものだ」というわけではありません。たとえば、相対性理論を5分で誰にでも分かるように説明できるでしょうか?
ディレクターの方には、「それはいつ定説になるのですか?」と尋ねられました。正しい学説であっても、定説になるまでには、何年も、場合によっては何十年もかかるものです。私の説明がいずれ定説になると確信してはいますが、いつ定説になるのかは、知るべくもありません。「たぶん私が死んだ後でしょう」とお答えしたところ、「NHKでそういう説を取り上げるわけにはいきません」と言われ、結局、放映された番組は、「分からないということが分かっている」という間違った情報を伝えることになってしまいました。「まだ定説はない」というぐらいにとどめておけば、間違いは犯さずに済んだのですが...。
【追記】 「人それぞれだから、誰もが納得する説明はできないのだ」というのは、ずいぶんおかしな理屈です。この理屈を使うと、「インフルエンザには、罹る人も罹らない人もいて、人それぞれなのだから、インフルエンザの原因については、誰もが納得する説明はできないのだ」ということになってしまいます。「個人差がある場合には原因の究明ができない」ということになると、医学も心理学も成り立たなくなってしまうでしょう。