渡辺信一郎がアニメと音楽にもたらした融合のDNA

『カウボーイ・ビバップ』や『サムライ・チャンプルー』の監督として知られる渡辺信一郎。これらの作品で彼が生み出した「融合」のDNAは、アニメ界はもちろん、アニメを越えてlo-fi hiphopをはじめとする音楽界にまであらゆる影響を与えている。彼がもたらした影響の広がりを追うと共に、そのDNAの原点に迫る。

目次

illustration by エノシマナオミ

融合の原点『カウボーイ・ビバップ』

『カウボーイ・ビバップ』とは

『カウボーイビバップ』とは、1998年に公開されたアニメである。2071年の太陽系を舞台に、宇宙船で旅をする賞金稼ぎ、通称「スペースカウボーイ」の活躍を描く物語であり、SFの未来的世界観と、カウボーイというオールドスクールなものが組み合わされている。このアニメから、渡辺信一郎が仕掛ける「融合」は始まっていた。BGMジャズからロック、テクノまで様々な楽曲が用いられ音楽的にも実験に溢れていた作品である。

ちなみに「ビバップ」とは即興で演奏されるジャズの様式を指す。そしてこの『カウボーイ・ビバップ』はまさにビバップのようにアドリブ的に作られていたという。

音楽を担当した菅野よう子さんは、伝説的なレコーディングエンジニアであるルディ・ヴァン・ゲルダーさんを起用したほか、オーダーにない曲を次から次へと制作。監督も「こんな曲作ってきやがって!絶対に使ってやる!」と闘志を燃やし、音楽にインスパイアされて劇中のシーンを作ったり、また逆に映像にインスパイアされた曲が作られたりと、まるでジャズのセッションのようなやりとりが展開されていたとのこと。

カウボーイビバップ極上音響上映「音ビバップ」イベントレポートより

このアニメを知らないと言う人も、有名すぎるこのアニメのオープニング曲「Tank!」は聞いたことがあるはずだ。

幻の最終回

実験的要素の強かったこのアニメは当初周囲の反応は悪く、地上波放送枠がなかなか決まらず完成してからテレビでのオンエアまでに2年を要した。テレビでは全26話中12話しか放映されず、また製作から放送までに「ポケモン・ショック」や未成年による凶悪事件が起きたことで地上波では過激なシーンに規制がなされている。

当初完成していた形からテレビ放送では大幅な変更を余儀なくされた『カウボーイ・ビバップ』。そんな中テレビ版の最終回は、総集編として本編を切り貼りした映像に、登場するキャラクターたちが彼らの思想や哲学を独白していくのみという形で展開されている。本編と何の関係もないこれらの語りは、上記の抑圧に対する抗議の側面が強い。

赤ん坊に甘いものばかりを食わせると、そればかり欲しがって肝心の栄養のある食事を受け付けなくなるそうだ。やはり、砂糖菓子のようなものこそが有毒だ。別に食いもんだけの話をしてるんじゃない。世の中砂糖菓子でいっぱいだ。そんなものばかり見てたら、脳が腐ってヨーグルトみたいになっちまうぜ

『カウボーイ・ビバップ』テレビ版最終回 Part10 「シュガー・マウンテン」より

キャラクターたちの語りのBGMにはブレイクビーツが流れ続け、24パートで構成される語りに付けられているタイトルは全て既存の曲の名前が元である。用いられる曲のアーティストはスティービーワンダーからジョン・レノン、ローリング・ストーンズ、スヌープ・ドッグ、アレサ・フランクリン、マッシブ・アタック、YMO、ボブ・ディラン…などなど。この並びだけでも最終回に向けられた思想を感じずにはいられない。

最終回のエンディングは通常版とは異なり、日本のヒップホップミュージシャンであるシャカゾンビの「空を取り戻した日」が流れて終わる。とても金曜18時の子供の時間にテレビから流れていたとは思えない。

アニメ本編をまとめた映像、キャラクターの独白、BGMのブレイクビーツ、既存の曲名を元に付けられたタイトル。アニメ版最終回の構成はまさにプレイリストであり、またプレイリストとしての完成度は途轍もなく高い。渡辺信一郎の融合のDNAの原点を感じさせる作品だ。再放送、DVDなどへの収録は一切行われていないため幻の最終回と呼ばれるが、気になった方は調べてみて頂きたい。

スパイク・スピーゲルの秘密

『カウボーイ・ビバップ』の主人公の名前は「スパイク・スピーゲル」。そしてこの名前は映画監督、スパイク・ジョーンズと彼の本名アダム・スピーゲルを組み合わせた名前だと言われている。

スパイク・ジョーンズ。現在は『かいじゅうたちのいるところ』や『her/世界でひとつの彼女』などの作品で有名な映画監督である。90年代後半のスパイク・ジョーンズは、ソニック・ユースやビースティー・ボーイズといった若手ミュージシャンのPVを撮ったり、自身が設立したスケボーブランドgirl skateboardのビデオ『MOUSE』を撮ったりしていた時代である。スパイク・ジョーンズを一躍有名にしたThe Pharcyde「DROP」1996年のMVだ。

スパイク・ジョーンズは当時若手映像クリエイターとして業界から注目されている存在であったが、日本での知名度はなかったであろう。「スパイク・スピーゲル」の名前の由来に関して渡辺信一郎の明確な証言はなく、海外の掲示板サイトでは「wikipediaもない時代に日本からスパイク・ジョーンズに辿り着くのは無理では?」と話されるなど、様々な憶測がある。

しかし、1998年にシャカゾンビをエンディングに起用し、スティービー・ワンダーからスヌープ・ドッグまでのブラックミュージックの曲名をタイトルとして冠する人が、スパイク・ジョーンズを知っていることは何ら不思議ではない。日本というよりは世界中で人気のある『カウボーイ・ビバップ』。それは渡辺信一郎がこの時点から、スパイク・ジョーンズらが率いる世界的な映像革命の視点でアニメづくりをしていたことが背景にあるだろう。

『サムライ・チャンプルー』とlo-fi hiphop

融合すなわちチャンプルー

『サムライ・チャンプルー』とは渡辺信一郎が『カウボーイ・ビバップ』の次に監督したアニメシリーズである。「チャンプルー」(混ぜたもの)という言葉が指す通り、この作品においても日本の江戸時代を舞台に、当時の文化と現代文化をいかに融合させるかが面白さを引き立たてている。

音楽を担当したのは、前述のシャカゾンビの一員であるTsutchieや、四街道ネイチャー。そしてnujabesである。ヒップホップとのチャンプルーはアニメの随所にも見られ、ブレイクダンスやヒューマンビートボックス、ラップなどを江戸時代の人々が繰り広げている。

そしてこの作品において、アニメとヒップホップを融合させたこと、サウンドトラックをnujabesが担当したことが、世界にlo-fi hiphopというムーブメントが誕生する大きなきっかけとなる。

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