「彼女は歌手である前に、ひとりの詩人です。自分の詩、そして言葉を表現するための手段として歌を歌っている。
彼女の創作ノートを見せてもらったことがあります。ミュージシャンなら、音符を書く楽譜を使っていると思うでしょう。ところが、彼女は違う。
まず、大学ノートに詩が書きこまれているんです。その言葉のひとつひとつに熱が籠もり、迫力がある。その詩の上にド・レ・ミと音階がカタカナで書き込まれていました。『これで楽譜になるの?』と彼女に聞いたら、『ギターで歌うんだから、十分よ』と、あっけらかんと答えていました」
中島と20代の頃から親交のあった作家・高橋三千綱氏はこう回想する。
深いブレスと力強い声質で、腹の底から朗々と歌い上げる。中島の歌声は、聴く人の心を打つ。だが、それ以上に彼女を「中島みゆき」たらしめているのは、その歌詞だ。
大ヒットした『悪女』のようにリアリティのある歌詞を綴ったかと思えば、NHKのドキュメンタリー『プロジェクトX』の主題歌となった『地上の星』では、抽象的な言葉で聴き手を奮い立たせる世界観を作り出した。
彼女の詩に対するこだわりは相当なもので、「私は音楽好きというよりは言葉好き。自分の意識では、音楽家よりも詩人の谷川俊太郎さんや脚本家の倉本聰さんが同業者だと感じる」と語っている。
言葉への執着。それを培うきっかけを与えたのは両親だった。
幼少期から、中島は「刀で切った傷は薬をつければ治るけど、言葉で切った傷は薬では治せないんだよ」と教えられてきた。それが、彼女の言葉への向き合い方を決定づけた。