「マナハウス」での実践(1)

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誤嚥性肺炎ゼロの介護施設は何が違うのか(2/2)

 誤嚥性肺炎というと、その名からイメージするのは、食べ物を間違って飲み込んでしまった際に起こる病気、というものが普通であろう。

 ところが、唾液や痰が気管に入ることでも肺炎は引き起こされる。実はこちらの方が割合が高く、より深刻なのだという。

 原宿リハビリテーション病院の稲川利光・筆頭副院長は言う。

「普通の誤嚥であれば、むせたりするので本人も気づく。しかし、嚥下や咳反射の機能が衰えている高齢者の場合、唾液や痰が、寝ている間にいびきなどに合わせて気管から肺に入ってしまうケースもあります。これが『不顕性(ふけんせい)誤嚥』で、周囲はもちろん、本人も気づかない間に起こります。思い当たる節もないのに、熱が出る。食欲や体重が急激に落ちる。重篤な肺炎に至るケースも少なくありません」

「マナハウス」での実践(1)

 中には病院に行ってレントゲンを撮ると、もう肺が真っ白で、1~2日で重篤に陥る、というケースもある。

便と同じ数の…

 それを予防するためにも、(1)で述べた口や喉のマッサージ、トレーニングは重要なのだが、

「その大前提として、まず口の中を清潔に保つことが絶対に必要なのです」

 と稲川副院長が続ける。

「一日歯磨きをしなかった人の口の中はとても不潔になります。お年寄りの中には自分で歯を磨くことが難しい人もいますし、施設に入っている人でも、ケアが十分でないのか、歯にびっしり歯垢が溜まっている人がいます。歯垢はばい菌の塊で、実は人間の便と同じ数の菌が付いていると言われています。そんな口の状態なら、中の食べ物はもちろん、唾液や痰が肺に入り込んだら、当然肺炎が起こりやすくなる。逆に言えば、口の中の菌を減らせば、仮に誤嚥したとしても、肺炎を発症するリスクは低くなるのです」

「マナハウス」での実践(2)

 この原理を実践するように誤嚥性肺炎を減らした施設が、福岡市に構える特別養護老人ホーム「マナハウス」である。

 施設長の小金丸誠氏は言う。

「当施設には、69名の入居者がいらっしゃいます。口腔ケアを始める前は、肺炎で年間25回、合計545日間の入院がありました。しかし、17年に口腔ケアを始めてからは、入院回数が10回、144日間にまで減少しました」

 それぞれ半分以下、4分の1という激減ぶりである。

 歯科医師と相談して導入したという、その中身は以下の通り。

〇スポンジブラシで痰や食べ物のカスなど、口全体の大きな残渣物を取る

〇歯ブラシによるブラッシング

〇タンクリーナーによる舌の清掃とリハビリ

〇口の中にジェルをつけた指を入れ、歯茎→口上→口下→両頬→唇の順番でマッサージ

 かかる時間は、1人当たり5~10分。これを入居者1人当たり週2回行うというのだ。

「これによって、口の中の菌が減らせるのはもちろん、サラサラの唾液が出るようになり、口の中が柔らかくなるので、食べ物も飲み込みやすくなった。さらに、口臭軽減や汚れがつきにくいという効果も出てきました」

“健口”効果か、他の病気も含めた入院日数も3分の1に減少。また、入居者が入院すれば、当然、その間の介護報酬は支払われなくなる。入院の長期化はすなわち減収を招くが、しかし、マナハウスではその日数が減ったため、1年間で1200万円収入がアップ。その分を職員の人件費に還元できたという。また、そもそも、入院日数が減っているから、公の医療費の削減にも繋がる。こちらも1年間で4千万円超のダウンとなったとか。オマケに、効果がすぐ出る上に、命を救っているという実感があるためか、職員のモチベーションのアップにも結び付き、離職率も激減。いいことずくめの改革だった、というのである。

「当施設で使っている歯ブラシは市販のものですし、歯磨き粉も歯医者さんで購入できるレベルのもの。ケアの内容も歯科医師や歯科衛生士から指導は受けているものの、基本的で簡単なものなので、在宅介護でも導入できると思います。むしろ在宅なら週2回といわず、もう少し回数も増やせる。さらに良い効果を生むことが出来るのではないでしょうか」

“老人の友”

 ゆえに、これらの手法を家庭で活かすことは十分可能なのである。

 喉を鍛えること、何より、口の中を清潔に保つこと。実は誤嚥性肺炎対策は意外とシンプルだ。

「簡単に出来るんです。その第一歩として、まず自分の喉の状態を知ることが大切です」

 とは、介護予防トレーナーの久野秀隆氏。

「例えば、最近食事中や会話中にむせることが多くなったな、という人は食道と気管をわける弁の機能が低下しています。また、食事をしていてもなかなかタイミングがわからず飲み込みにくい、噛み続けてしまうという人は、食道に押し込む舌の機能が低下しているということなのです。数年前の写真が手元にある人は喉仏の位置が変化しているかどうかも見比べてください。昔より下がっていたら筋力が低下している証拠です。半年に1度ほどでもよいですから、定期的に写真を撮ってチェックすることもお勧めです」

 そうしたチェックは他人にも可能だという。

「声の変化が最もわかりやすい。久しぶりに高齢の親に電話をかけたらもごもごしていて、滑舌が悪くなっていた、というのは舌の機能の低下。声がガラガラしていた、というのは、喉の筋力が落ちている証拠。注意が必要な状態であると言えます」

 これらの症状が出始めたら、すぐにケアが必要、というワケである。

「肺炎は老人の友」――とは19世紀末にアメリカの内科医が残した言葉だ。歳を重ねれば、この病と向き合わざるを得ないのは、1世紀以上前から指摘されていた真理。ならば、その“悪友”との付き合い方もしっかり身につけねば、いずれ命を奪われる、なんてことにも繋がりかねないのである。

「週刊新潮」2019年12月19日号 掲載