女剣闘士見参!   作:dokkakuhei

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前回の女剣闘士見参!


ツアー「きたよー(^^)」





第22話 素敵な世界大戦をしよう

 スレイン法国の特殊部隊である漆黒聖典は王国に現れた巨大樹を捕獲するため先日と同様に国境侵犯をしていた。雨の中ひた走るその歩調は焦りの色を帯びている。先に潜入し、情報を受け渡す役割を担っていた風花聖典から一切の連絡が途絶えたのだ。

 

 最後に連絡があったのは巨大樹を目視出来る配置についたという報告。そこから定期的に<伝言(メッセージ)>で状況を伝える手はずだったのだが一度も連絡を寄越さない。はっきり言って異常事態だ。

 

「どうしたのでしょう。我々が戦闘中の可能性を考えて気を使っているのでしょうか。」

 

 第4席次が思ったことを漏らす。いま、トブの大森林近くの平野は巨大樹出現の影響で殺気だったモンスター達が徘徊する危険地帯と化している。現に漆黒聖典も先程から何度かゴブリンやオーガを撃退していた。

 

「オーガの相手をする片手間に<伝言(メッセージ)>も受け取れない程度の連中だと思われてるってことですか? 心外ですね。」

 

 第5席次のクワイエッセが冗談めかして言う。この任務の間、他の漆黒聖典のメンバーが緊張した面持ちであるのに対し、彼だけは前回の森の敗走時に別行動をしており、黒甲冑との戦いという苦い経験をしていないために1人あっけらかんとしていた。

 

「いや、例えそうだったとしても、その様な理由で連絡を怠る連中ではあるまい。何かあったと考えるのが妥当じゃな。」

 

 チャイナ服の老婆、カイレがクワイエッセを叱責するように鋭く言った。さっきからクワイエッセは少々緊張感に欠けている。先の惨敗の経験がないというのもそうなのだが、クワイエッセが浮かれている理由はもう1つあった。老婆はその理由となっているものをチラリと横目で見る。

 

 そこには漆黒聖典と併走する白銀の四足獣の姿があった。一目で強大な魔獣とわかるそれは、人語を解し、鋼鉄も引き裂く鋭い爪と、刀剣を寄せ付けない硬い毛皮に、20メートルにも及ぶ長さを誇る大蛇の尻尾を持っていた。降りしきる雨に濡れそぼっていても迫力は欠片も損なわれてはいなかった。

 

 この魔獣はトブの大森林にいると言われた森の賢王に相違ない。巨大樹にナワバリを追われ、平野に出てきたところを漆黒聖典と遭遇し、戦闘となり隊長によってねじ伏せられたのだ。

 

 それ以来、隊長に忠誠を尽くすと言って付いてきている。隊長は面倒臭がったが、クワイエッセが欲しいと言ったので世話を任せることにした。戦力としても申し分なく、立て続けに近接戦闘員を失った漆黒聖典にとって渡りに舟といったところだ。

 

「おぬし、さっきから近いでござる。あんまりべたべたしないで欲しいでござる。」

 

 クワイエッセは森の賢王をかなり気に入ったらしく、執拗に毛を撫でている。森の賢王はそれを鬱陶しそうにクワイエッセが触れる度に身をよじってその手を躱そうとしている。

 

「いいじゃないかちょっとぐらい。」

 

「某が心を許したのは隊長殿だけでござるよ。あまりしつこいと爪の錆にするでござる。」

 

 森の賢王は前足に備えた鋭いつるはしを思わせる爪を見せてクワイエッセを威嚇するが、それを向けられた本人は素知らぬ顔。いっそ本当に殺してやろうかと思ったが、飼い主が目を光らせていて許してくれそうもない。

 

「そうだ!隊長、名前は何にするんです?」

 

「勝手にしろ。」

 

 1人だけテンションの高いクワイエッセとまるで興味がないというふうな隊長。森の賢王は2人のやりとりから、これ以降も粗雑な扱いが続くだろうという事を察して遣る瀬無く肩を落とした。

 

「クレマンティーヌ2号ってのはどうでしょう。」

 

 クワイエッセはとびきりの名案が浮かんだというふうに明るい笑顔を見せる。周りの人間は彼とは対象的に深くため息を吐いた。

 

「お前の妹がグレた理由がお前にある事をそろそろ認識したほうがいいぞ、クワイエッセ。」

 

「あのクソ人格破綻者も獣と同列にされるのはさすがに同情を禁じ得ないな。」

 

「…倒錯してる。」

 

 クワイエッセは不思議そうに首を傾げる。何人かはその姿を面白がって茶々を入れだした。

 

「クワイエッセの妹ロスがここまで深刻とは思ってなかった。」

 

「なんやかんや第九席次に収まりそうじゃん?。最近入れ替わり激しいし。」

 

「2つ名は?"聖銀獣王"とか?」

 

 けらけら笑う第七席次。彼女もこの獣を割と気に入っている方だ。隙あらばその背中に乗ってみたいとも考えていた。

 

「おい、どうやら無駄口を叩いている暇はないみたいだぜ。」

 

 隊はぴたりと歩みを止めた。漆黒聖典は強行軍の甲斐あって、なだらかな丘陵地帯を抜けてトブの大森林を正面から見据える位置にまで進行している。森の入り口にはすでに目的の巨大樹らしきものが平野に抜け出そうとしているのが見えた。

 

「おい、あれ、誰か戦ってるんじゃないか?」

 

 雨で視界が悪いため、目を窄めて見れば巨大樹の足元でチラチラと炎の魔法らしきものが光を放っている。濛々と土煙が上がっているため術者までは確認出来ないが、少なくとも巨大生物同士の戦闘ではなく、人間大の何者かが巨大樹の進行を食い止めている。漆黒聖典の隊員たちは神代の怪物と正面からやり合っている者がいる事に驚きを隠せない。

 

「どうしますか?」

 

 メンバーは一斉に隊長へ顔を向ける。指示を請われた隊長は呼吸を整え、一息に命令を下す。

 

「第二陣形で左側面を叩く。戦っている奴(アンノウン)は無視、対象の確保を最優先だ。急ぐぞ。」

 

 

 ーーー

 

 

 イビルアイを除く蒼の薔薇のメンバーとクレマンティーヌは安全な場所を探して蒼枯な森の中を移動している。5人はどこまで行っても似た様な木の群れが続く代わり映えしない景色に辟易していた。聴こえる音にしても、巨大樹が蠢く音と、その合間に際限なく繰り返される雨の雫が葉を叩く音だけ。森の移動は体力と精神力の双方に着実にダメージを与えていた。それでも針路を見失ったりせず、真っ直ぐに移動できるのは歴戦の冒険者ならではだろう。

 

 ティアを先頭に、ティナを最後尾に置いて警戒しつつ進むが、意外にもモンスターにあまり遭遇しない。森の生き物たちは巨大樹の影響で息を殺して潜んでいるか、もしくはすでに逃げ去ってしまったのだろうと思えた。

 

「何かいる。」

 

 ティアが動く影を見つけて皆に注意を促した。5人は警戒しつつも、その影に真っ直ぐ近づいていく。ニンジャの2人は目配せののち、左右に分かれて相手を半包囲する位置に移動していく。いつでも先制攻撃できる様にするためだ。

 

「待て、俺だ。」

 

 そう言葉を発した影は見知った者であった。クラルグラのイグヴァルジだ。彼の後ろにはクラルグラと漆黒の剣の面子が揃っている。

 

「無事だったのね。よかった。」

 

 ラキュースが前に出て声を掛ける。

 

「なんとかな。」

 

 イグヴァルジは疲れた顔でやっとの思いという風に力無く返事をした。彼以外の者たちも満身創痍といった表情だ。

 

「他の、石の松明の人達は何処か知らない?」

 

 ラキュースがそう問うと、イグヴァルジは苦々しく口を歪めながら目を伏せる。

 

「何かあったのね?」

 

 イグヴァルジは小さく頷くと、敵に魔法で移動させられてから起こった出来事をかいつまんで喋り出した。

 

「俺たちは始め、森を出るために西に向かっていた。俺はフォレストストーカーだからな、出口がどっちにあるか分かるんだ。それで途中、石の松明の奴らとそこにいる漆黒の剣を見つけて、一緒に行動していた。」

 

 イグヴァルジはそこで一旦説明をやめ、再び俯いた。怯えているのか、浅くて早い呼吸を繰り返している。その目は血走っていた。

 

「そしたらあいつに襲われた。モンガに。」

 

 その敵の名前に蒼の薔薇は息をのんだ。自分達は逃がされたわけではなく、転移させられた後も敵は追撃を加えていたのだ。依然としてモンガが近くにいるかもしれないという緊張が辺りを包んだ。

 

「初撃はこいつのおかげでなんとか防げた。」

 

 イグヴァルジはヴラド商会に貸し出された索敵能力を上げる指環とイビルアイの<水晶障壁(クリスタル・ウォール)>が込められていた魔封じの円匣を握りしめて言った。モンガに急襲された時、彼はいち早く気が付いてその進路上に水晶の壁を出現させたのだった。

 

「俺は全員に逃げろって叫んだんだ。絶対勝てる相手じゃないって思ったからな。その間にも、奴が水晶の壁を崩して乗り越えてきていたのが見えた。そしたら石の松明の奴ら、なんて言ったと思う? "しんがりが必要だろう"って5人全員残ったんだぜ。頭イカれてると思ったね。」

 

 イグヴァルジの呼吸はどんどん速くなる。ハッ、ハッ、と口の横から空気を漏らして苦しそうに息つぎを繰り返した。

 

「それで、彼らを置いて来たのね。」

 

「当たり前だろう!」

 

 淡々と話を聞いていたラキュースが口を挟むと、イグヴァルジは突然むきになり、眉間に皺を寄せて語気を荒げた。

 

「別にあなたを責めているわけじゃないわ。」

 

 ラキュースはイグヴァルジを宥めるように努めて優しく言った。

 

 イグヴァルジが逃走を選んだのはむしろ当然のことだ。彼我の実力差を理解出来ず無闇に命を落とすようなマネは愚の骨頂といえる。それでもイグヴァルジが感情を露わにしたのは、本来、敵を受け持つのはその場で1番実力のあるクラルグラであるべきだったのを他人に任せ、おめおめと無策に逃げてきたことを咎められたような気がしたのだ。

 

 本当にラキュースには責める気持ちは無かったが、人一倍自尊心の高いイグヴァルジは過剰に反応し、反射的に自分を正当化しようとしたのだ。それに少なからず自分を許せない気持ちもあった。格下であるはずの石の松明が敵に立ち向かえたのに対し、恐怖に支配され、たまらず逃げ出したことがひどく矮小に思えたのだ。また、自分が冷静であれば、もっと上手く撤退戦が出来たかもしれない。そういった思いがラキュースの言葉に投射され、自身を責めたのだった。

 

「オイ、モンガに会ったのはどっちだ?」

 

 ガガーランがずいと身を乗り出してイグヴァルジに迫った。

 

「向こうだ。」

 

 イグヴァルジは半ば捨鉢になって、自分の左側を顎でしゃくって指し示した。

 

「そんなことを聞いてどうする?」

 

「決まってる。ヴォール達と合流する。」

 

 ガガーランは毅然とした態度で言った。彼女はすでに歩き出しており、背中越しの回答だった。

 

「無駄だと思うよ。」

 

 ティアが冷徹な言葉をガガーランに浴びせる。ガガーランはぴたりと足を止めた。踏み出そうとした左足を戻して足を揃え、話を聞く姿勢だけ作る。相手の出方を伺うように自分からは何も言わなかった。

 

「とっくに死んでる。それに蘇生が可能な状態で死体が残ってるとも思えない。巨大樹もいるのに、わざわざ危険なとこに行くなんて阿呆のする事。」

 

「言う通りだ。時間が経ち過ぎてる。撤退した方がいい。」

 

 非情な分析をするティアに、イグヴァルジが少し躊躇いがちに繋げた。内容は人情的には顰蹙ものではあったが2人とも全くの正論を言っている自信があった。

 

「あのな。」

 

 ガガーランが怒気の孕んだ声で言った。

 

「あいつらはオレのダチだ。助けを待ってるダチがいるなら行かなきゃならねえ。それに、たとえ手遅れだとしても…、弔うには死体が必要なんだよ。」

 

 彼女の声は普段に比べて静かなものだったが、普段以上に確固たる意思を持って発せられていた。一連のやりとりの間も彼女は一切振り向くことはなく、それだけ意思が固いことを態度で示していた。それを見たイグヴァルジはだんまりを決め、ティアも小さく両肩をすくめてイグヴァルジに倣った。

 

 自分の言葉に反論がない事を確認したガガーランはくだらない時間を過ごしたと言わんばかりにふんと鼻を鳴らして、一度は引っ込めた左足を再度踏み出した。

 

「俺たちも行かせてください!」

 

 黙っていたペテルが身を乗り出して、上ずった声で言った。予想外の提案に漆黒の剣以外の人間は少しばかり面食らって、一斉にペテルを見た。顔を向けた者の中にはガガーランも含まれていた。

 

「本気か?」

 

 ガガーランがペテルの真意を確かめるように、場にいる全員を代弁して聞いた。

 

「石の松明の皆さんは簡単にやられる人達じゃありません。これだけ遅れてるのはきっと怪我をしているからです。怪我人を運ぶためには人数が必要な筈です。」

 

 ペテルがそう言うと、残りの漆黒の剣の3人も力強く頷いた。その表情は先の石の松明の犠牲的英雄行為にあてられて、捨てがまりになりにいく決意をしたようなものではなく、全員で生きて帰るという強い希望に満ちたものだった。

 

「へへっ、そうかい。」

 

 ガガーランはニヤリと笑うと鷹揚に4人を手招きした。

 

「リーダー、いいの?」

 

 ティナがラキュースに尋ねる。ガガーランの独断を許すのかという意味だ。

 

「いいんじゃない。私たちは退路を確保するわよ。さて、イグヴァルジさん。出口まで先導してもらって良いかしら?その前になにか回復魔法が必要?」

 

「いや、いい。」

 

 そうして一行は二手に分かれた。

 

 

 

 その後すぐにガガーラン達の行く手に光の柱が落ちた。

 

 

 

 ーーー

 

 

 アインズは目の前の光景に息を飲んでいた。

 

 視界の殆どが白で満たされた瞬間、特段の音も無く、景色が一変した。巨大樹が消えてしまったのだ。

 

 何が行われたのか詳しいことは全く分からなかったが、誰が何をしたのかは前後の流れから察することができた。空より現れた竜が落とした光の柱が巨大樹を消滅させたのだ。

 

 光の柱は、それがもたらした破壊の結果とは裏腹に力が及ぼした範囲はごく限られたもので、直径300メートルばかりの地面を正円状に深さ15メートルほどくり抜いて、その外側にはさしたる変化を起こさなかった。

 

 アインズはその痕跡から先の攻撃は、とてつもない量のエネルギー──ユグドラシル的な魔法や、ましてや物理的な手段ではない何か純粋な力──の塊が円柱状に圧縮されて地面に押し付けられたものだと咄嗟に理解した。未知の力だと。

 

 人間の体であれば身震いしていたに違いないだろう。しかしアインズは持って生まれた獲得形質(種族設定)による冷静さで、すかさず竜のパラメータを魔法で解析していた。

 

「…MP欄が()()()()?測定不能ではなく?どういうことだ。」

 

 はじめての現象であった。ユグドラシルでは<虚偽情報(フォールスデータ)>などを使ってパラメータをいじっても、データを参照されれば何かしらの数字か測定不能の文字が表示されたはずで、何も出ないなどということはなかった。その事実がアインズの警戒心を益々引き上げた。

 

 そうこうしている間にも、アインズの目は竜の口が開かれるのを捉え、すわ再度攻撃が飛んでくるものと杖を掲げて臨戦態勢に入った。

 

「こんにちは。」

 

「あ、どうも。」

 

 竜の第一声はアインズが想定したものとはおよそかけ離れたものだった。ご近所に挨拶をするときのような投句がアインズの緊張を多少なりと削ぎ取って、彼に気の抜けた返事をさせた。

 

「会話が出来る相手で良かった。君の格好では中身に何が入っているか分からなかったから。」

 

 竜は冗談めかして言った。穏やかな口調は敵意が無いというよりむしろ自分が絶対的強者であるがゆえの余裕の現れのようだった。

 

「邪魔したね。悪かったよ。」

 

「え、あ、はい。」

 

 巨大樹との戦闘に横から入ってきたのを言っているのだろう。アインズと竜の間には結構な距離があったが、何か能力を使っているのか竜の言葉はすぐ近くで話しかけられているように鮮明に聞こえた。こちらの返事が聞こえているかどうかは怪しかったが、おそらくは聞こえていなかったとしても竜は気にしていないだろうと感じた。

 

「君は王国の人だよね。ちょうど良かった、そこで待ってて貰えるかな。」

 

 竜は爬虫類特有の瞳孔の細長い目を窄めてアインズを見た後、首を回して周囲を一瞥した。

 

「隠れてる人達も出ておいで。」

 

 竜がそう言うと、アインズの後方から十数人の男女の集団が現れた。集団がいる事はアインズもアウラの報告から気が付いていたし、姿を見て知っている者達であると分かった。法国の漆黒聖典だった。

 

 竜はぞろぞろと出てきた人間達が並ぶと満足そうに1つ頷いた。

 

「やあやあ、私はアークランド評議国のツァインドルクス=ヴァイシオンという。この世界の秩序を守る者であると自負している。」

 

 竜が名乗ると漆黒聖典のメンバーは目に見えて緊張をした。彼らの所属する法国は評議国を1番の仮想敵としているが、ツァインドルクス=ヴァイシオンはその国の名実共のトップである。この竜の言葉は国の関係性を左右しかねない多大な影響力を持っていた。

 

「早速だが、1つ昔話をしよう。」

 

 人の緊張を他所に、竜は演説めいた口調で朗々と話を続ける。

 

「私が幼かった頃、世界は純粋な理に包まれていた。花は歌い、木々は踊り、森羅万象は正しい循環をしていた。ところがだ。」

 

 突然、竜が発する雰囲気が敵意を露わにしたものに変わる。

 

「ある時を境に世界は淀みを持ち始めた。"ゆらぎ"の時からだ。我々は始め寛容な態度で淀みと接した。歯向かうの者共と争いはしたものの、その存在は許容したのだ。どうせこの淀みは一過性のもので、嵐が過ぎ去るようにいつかは消えて無くなるだろうと思ったからだ。」

 

 竜は"淀み"と言葉を発すると共に一際強い敵意も発し、彼が心底それを嫌っているのを感じた。つまりユグドラシル由来の魔法やぷれいやー、そしてぷれいやーの血を引くと言われる神人のことを。

 

「しかしそれは間違いだった。淀みはこの世界で日に日に力を増し、特に人間の集団の中で集積した。本来の摂理を侵してしまうほどに。」

 

 竜を見上げる者達はこの竜が何を言いたいのか大方察したようだった。それが彼らにとって良くないことなのだろうということも。

 

「そこで、我々評議国は世界の自浄作用の申し子として、力ずくにでも淀みの温床である人の国を解体する事にした。」

 

 断頭台の刃のように下された宣言に漆黒聖典の隊員達は戦慄を覚えた。その中で唯一隊長だけが竜に意見を唱えることができた。

 

「私どもにはあなたの言うことは判断しかねる。宣戦布告であれば国の上層部を通してもらわねば…。」

 

「人間の集団の中で誰が偉いかなどは私にはあまり関係のないことだ。」

 

 竜が間髪入れずに返した。そこにはひどく価値観の違う生き物同士であるかのように、会話の余地が無いのだという思いが込められていた。

 

「とはいっても今日は木偶の坊を処理しに来ただけだ。私だけで君たちと張り合うのはその老婆の術を考えると少し怖い。1ヶ月後、我々は王国の国境を越える。その時が人の国が没する時だ。」

 

 竜は一方的に会話を打ち切ると、踵を返す。

 

「ああそれと、君にはあの時の鎧の礼もしなければならん。とても楽しみだ。」

 

 竜は背中越しに首だけを後ろに回して、好戦的な目で隊長を見ていた。隊長はそこで初めてこの前森で会った鎧の()()がツァインドルクスである事を知った。そして歯ぎしりをしながらその背を見送った。

 

 人類国家の存亡をかけた戦いか始まろうとしていた。漆黒聖典達は世紀の瞬間に居合わせてしまったのだ。隊長は深く瞑目し、ひとしきり考えた後、傍にいる仮面の魔導師に声をかけた。

 

「もし、少しよろしいか。」

 

 突然声をかけられたことに仮面の魔導師は驚いたようで、何も返事はしなかったが隊長は構わず話を続けた。

 

「このような状況になってしまっては王国も法国も関係ありますまい。今日はお互いここで出会ったことは内密にして置くのがいいでしょう。貴方も王国の臣なら、人間同士の諍いをしている暇はないとわかるはず。後日、使者を送るゆえ、その時は篤厚の対応をお願いしたい。」

 

 遠回しに無断で領土に進入した罪を見逃せと言っている。何とも横柄なことだ。

 

「…むう、ああ、考えておこう。」

 

「ありがとうございます。この礼は必ず。」

 

 漆黒聖典はアインズの曖昧に濁した言葉を肯定と捉えて、アインズを1人残し足早に去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

「どうしよう。でかいハムスターに気を取られて全然話聞いてなかった。」

 

 いろんなことが起こりすぎて割といっぱいいっぱいだったアインズは考えるのをやめてとりあえず街に戻る事にした。

 

 

 ーーー

 

 

 巨大樹が居なくなり、平穏を取り戻した森の中。竜が穿ったクレーターから這い出すものがいる。

 

「い、痛ぇ…、しぬぅ。ガクッ。」

 

 人知れず光の柱に巻き込まれていたリカオンは数時間後ガガーランと漆黒の剣に発見されて無事回収された。

 

 

 

 

 

 


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