女剣闘士見参!   作:dokkakuhei

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今回はグロテスクな表現を一部含んでいます。
苦手な方はご注意ください。



第20話 悪魔的勢力実演(でーもんすとれーしょん)

 リカオン達──リカオンとクレマンティーヌ、蒼の薔薇、クラルグラ、石の松明、漆黒の剣、そしてアインズの20人余り──は悪天候により泥のような歩みを強いられていた。地面のぬかるみが、冷たい風雨が一行の体力を奪う。

 

「日を改めた方が良いのでは。この状態では碌に本隊との連携もとれんだろう。」

 

 石の松明のフライマが言った。投げかけた先は名目上、隊のリーダーであるアインズだ。そしてラキュース(一番頼りになる人)に目を滑らせて同意を求めるような視線を向ける。漆黒の剣のメンバーなど、幾人かの表情はフライマに同調するものだった。

 

「本隊との連携なんて始めから無いようなもんだ。それに都市には大規模作戦を延期できるだけの時間は残されてねえ。悠長な事をやってると干からびちまうよ。」

 

 先頭を行くイグヴァルジが吐き捨てるように言う。

 

 イグヴァルジの言うことはもっともだ。流通が止まっている状況でこれ以上問題を先延ばしにすれば、都市の食料は底をつき、都市を捨てるか、都市と心中するかの選択をしなければならなくなってしまうことだってあり得る。

 

「…そういうことだ。」

 

 アインズが重々しく決断を下すと、今の天気のように沈んだ雰囲気が一行を包んだ。皆、頭ではイグヴァルジの言うことを分かっていたが、この行軍はそれほどまでに身体的に負担がかかっているのだ。

 

「仕方あるまい。これを使うか。」

 

 アインズは懐から10センチほどの細長い円筒形のマジックアイテムを取り出すと、上面を親指で2回押し込んだ。するとカチカチというクリック音と共に、薄黄色をした半球状の膜がアインズを中心にして一行を包み込んだ。

 

<矢除けの天蓋(キャノピー・オブ・プロテクション)>だ。

 

 この魔法は一定時間の間、飛び道具を、低位のものなら跳ね返し、中位のものは威力を減退させるという汎用防御魔法である。アーチャー系職業(クラス)最上位である神箭手(メルゲン)の攻撃などはバスンと貫通し、消滅してしまうのはご愛嬌だ。

 

 この魔法の特筆すべき点は防ぐ対象を物理や魔法に限定しないところだ。単純な風雨も通さないようになっている。ユグドラシルでは天候:雨に弱い種族のプレイヤーキャラがよく傘がわりに使っていた。

 

「ゴウン殿、そのマジックアイテムは?」

 

 ラキュースが珍しいものを見たという顔で、アインズの手に持つ円筒形のアイテムを指差した。

 

「ヴラド商会から貸し受けたものだ。」

 

 という設定である。本当はアイテムボックスの底を浚って、今しがた探し当てたものだ。アインズは皆に見えるよう持っているアイテムを人差し指と親指で摘んで、鉛筆を曲がっているように見せる錯視の要領でユラユラと揺らした。ヴラド商会を売り込むチャンスと捉え、商品を見せびらかす意図だ。

 

「そんなモンがあるならさっさと使えってんだ。」

 

 イグヴァルジが隠そうともせず大きな声で言った。同時にクラルグラのメンバーの顔が引きつったが、アインズはさして気にしてもいないらしく、声のトーンを少しも変えずに答える。

 

「これは魔力充填型のアイテムだ。一度使うと込め直しが必要になる。本当は戦闘時に敵の魔法を防ぐために使いたかったのだが、目的地に着く前にへばってしまっては元も子もないと思ってな。」

 

 一行はアインズの口ぶりから、モンガと一緒に居たという、黒髪の魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)を思い浮かべ、それに対抗するために用意されたマジックアイテムなのだと理解した。そして、アインズが一行の様子を見かねて、本来の使用用途と違う目的で使ったのだとも思った。どこからか短い舌打ちが聞こえた。

 

「そのマジックアイテム、少し見せてくれないか?」

 

 イビルアイが腕を伸ばしながら馬上のアインズに尋ねた。姿だけ見ると、イビルアイの外見のせいか、小さい子供が親に抱っこをねだる仕草によく似ていた。

 

「ええ。」

 

 アインズは姿勢を低くして渡そうとしたが届かず、結局それをイビルアイに投げてよこした。イビルアイはマジックアイテムを手中に入れるや否や、躊躇いもせずに鑑定魔法を掛けた。

 

「これは面白いな。さしずめ魔法の容れ物といったところか。」

 

 このマジックアイテム、名前は魔封じの円匣というもので、数ある"魔封じの〜"シリーズの1つだ。シリーズ最高ランクの魔封じの水晶に比べ、位階の低い魔法しか込められないが、何度でも使えるエコなシロモノである。

 

「発動している魔法を込めたのはあなたか?」

 

「いいや。もともと込められてあったものだ。」

 

「では、ヴラド商会の人間に高位の魔法詠唱者(マジック・キャスター)がいるということか。」

 

「詳しくは知らないが、商会のお嬢さんは魔法詠唱者(マジック・キャスター)らしいな。」

 

「そうなのか。ところで、これに私の<水晶防壁(クリスタル・ウォール)>を込めていいか?」

 

「ああ、君達で持っておくといい。」

 

 イビルアイは魔封じの円匣に、<時間延長化(エクステンド)>した<水晶防壁(クリスタル・ウォール)>を込めると、先頭を行くクラルグラにそれを渡していた。

 

「一度、休憩を挟もう。ついでにヴラド商会から預かったアイテムを分配しておこうか。」

 

 

 ーーー

 

 

<矢除けの天蓋(キャノピー・オブ・プロテクション)>の中で、一行は疲れを癒していた。火を起こし、濡れた体を乾かす。簡素に組まれた篝火の側で、アインズがヤードセールの店主めいて、取り囲む冒険者達にマジックアイテムを見せびらかしている。

 

「これは武器に火属性を付与するアイテムだ。」

 

 アインズは懐からブレスレットを取り出して言った。オレンジ色をした楕円球の宝石があしらわれた一品だ。

 

「手首に嵌め、アイテムの力を引き出せば、装備している武器が5分間、火炎の追加ダメージが入る魔法武器になる。」

 

 おお、とどよめきが起こる。

 

(リアルで営業していた時は、顧客がこんなに商品に興味を持ってくれた事は一度も無かった。ううっ、こんな時に嫌な記憶が。)

 

「威力はどれぐらいなんです?」

 

 クラルグラのウェッジが人懐っこい笑みを見せながら聞いてきた。

 

「ん、そうだな。ルクルット、これを付けて一発矢を射ってくれ。的はあれだ。」

 

 アインズは<矢除けの天蓋(キャノピー・オブ・プロテクション)>範囲ギリギリの15メートル程先にある岩を指差した。

 

「お、俺?」

 

 ルクルットが促されるままマジックアイテムを受け取った。おそらく漆黒の剣全員の装備より高価であろうブレスレットを恐る恐る左手に巻き付ける。どう見ても金属のブレスレットなのに、ルクルットが装備した途端、径が変わって手首にぴったりくっついた。

 

「すげえ…。付けただけで使い方が分かる。」

 

 ルクルットは弓を構え、右手で矢をつがえた。まるで以前から知っていたかのように腕輪の力を引き出す。オレンジ色の宝石の持つ温もりが、確かな熱を持った。ルクルットはその熱が手首から指先を伝い、弓に伝播していく感覚を覚えた。見れば鏃がぼんやりと赤く光っていた。

 

 無造作に撃つ。この距離なら目をつぶっていても当てられる。

 

 矢は岩の真ん中に当たった。当たって、岩を()()()()。矢が通った跡はどろりと溶融してオレンジ色に変色し、しゅうしゅうと白い煙を上げていた。不思議な事に、矢自体に損傷は無かった。

 

「すご…。」

 

「こんな感じだ。ルクルット、それは君が持っておけ。」

 

「え、いいんすか!」

 

 アインズの言葉に異を唱えるものはいなかった。その理由は、既にこの場にいる殆どの人間にマジックアイテムを配り終えているからだ。どのマジックアイテムもルクルットの付けている腕輪と遜色無い効果を持つものばかりだ。

 

「あと、行き届いてないのは…。」

 

 アインズは周りを伺う。そしてラキュースがまだだという事に気がついた。

 

「ラキュース嬢は自前のもので充分か?」

 

 アインズがそう聞いたのはラキュースには両手全ての指に嵌められたアーマーリングが有ったからだ。

 

「えっ。」

 

 マジックアイテムを貸してもらう気満々だったラキュースは戸惑いの声を上げる。

 

「その指のはマジックアイテムだろう?流石はアダマンタイト級冒険者だ。装備も充実している。」

 

「あ、ち、違います。」

 

 ラキュースは少し恥ずかしそうに答えた。アインズは小首を傾げる。

 

「マジックアイテムではないとしたら格闘用の装備なのか?」

 

 剣の握りを邪魔しないよう、ナックルダスターの代わりに、それぞれ指にリングを嵌めているのかと思ったのだ。

 

 ふるふると首を振るラキュース。なんだか様子がおかしい。

 

「どういうことだ?」

 

「え、えと。」

 

 いつもと違い、ラキュースの歯切れが悪い。落ち着きなく指を組んだり、リングの1つを外しては付けるを繰り返す。

 

「リーダーのそれは趣味だ。」

 

「ちょっ! ティナ!」

 

「えーと…ファッションってこと?」

 

「うぐっ。」

 

 どうやら当たりらしい。ラキュースは唇を思いっきり噛んでいた。怒りや苛立ちではなく、焦りと羞恥のためだ。

 

「カッコいいと思って付けてるだけ。」

 

 割と容赦無いティア。本人は淡々と説明しているだけで悪気はない。

 

「…。」

 

 ラキュースの顔が見る見る内に赤に染まっていく。

 

 これは、あれか。彼女も十字架を背負って生きているんだな。俺も経験者だから分かるよ。うん。これ以上傷口を広げないようにしよう。

 

「私も()()()()()にやってた。すぐ辞めたけど。」

 

 リカオン の おいうち! こうかは ばつぐんだ!

 

「ぐわぁあーー! もうやめてくれえぇーー!」

 

 奇声を発しながら地面をのたうちまわるラキュース。他人から冷静に突っ込まれると辛い。辛いよ。その憐憫の目をやめろ!私を見るな!

 

 一行は慌ててラキュースを取り押さえる。宥めすかして、なんとかティーンエイジャーだからギリギリセーフだよね、ということに落ち着いた。

 落ち着いたったら落ち着いた。

 

 

 ーーー

 

 

 一悶着の後、アインズは本隊と連絡を取ると言って一行から離れ、ナザリックからの通信を受けていた。

 

『アインズ様。』

 

『ソリュシャンか。』

 

『全員、配置に着きまして御座います。』

 

『そうか、ご苦労。』

 

 簡単な定期連絡であり、いつもならここで通信が切れるはずなのだが、ソリュシャンはなかなか<伝言(メッセージ)>を切ろうとしない。

 

『どうした?』

 

 幾らか逡巡する時間があり、その後、意を決したらしいソリュシャンは通信を続ける。

 

『僭越ながら、御質問したい事が。』

 

『言ってみろ。』

 

(うぇ、なんかヤバイことか? 俺なんか見落としてる?)

 

『リカオンという女、探知能力に優れています。潜伏しているシモベ達が気づかれてしまうのではないかと案じております。』

 

『え、ああ、そのことか。問題ないぞ。』

 

 アインズの確信的な回答。

 

『左様でございますか。』

 

 ソリュシャンの声音は、アインズの言うことだから間違いないのだろうという信頼と、それでもリカオンという強者に対する不安が()()ぜになったものだった。

 

 アインズはそのソリュシャンの心配を感じ取り、なぜ自分が確信しているか、説明をしてやる。

 

『あの女のビルドはグラディエイター系列(ルート)のアシュラだろう、ベンケイも入ってるかな。典型的な超近接物理アタッカーだ。レンジャー系の職業(クラス)も取っているかも知れないが、あっても低位のものに違いない。そういった手合いは探索スキルに乏しいのだ。』

 

 アシュラやベンケイといった上級近距離攻撃職業(クラス)とサーチャーといった上級探索職業(クラス)はスキルツリー上、前提となる職業(クラス)が違いすぎて両立する事が出来ないハズだ。

 

『以前、あの女が我らを発見出来たのはいかなる理由なのでしょうか。』

 

 ソリュシャンはシャルティアとセバスと共に行動していた時の事を聞いているようだ。

 

『あれは剣士系の()()スキルによるものだ。()()ではない。この違いは大きいぞ。前者が受動的な索敵で、後者が能動的な索敵だ。』

 

『なるほど。意図的に敵を探っているわけではないという事で御座いますか。こちらから手を出さなければ、相手も認識出来ない。』

 

 ソリュシャンは本当に聡い。

 

『そうだ。』

 

 感知は自分に対してターゲットが向いているものしか発見出来ない。つまり、敵に照準固定(ロックオン)されている、敵の攻撃の範囲に入っている等の状態でなければ相手を認知しない。"自分を囮にした逆探"というイメージが一番分かりやすいか。因みに不特定多数の敵を想定した(トラップ)も発見できる。

 

『答えて下さりありがとう御座いました。それに、出過ぎた真似を致しました。御無礼をお許し下さい。』

 

『いやいや、確認は大事な事だ。そうだな、念のため、あの女を幻術範囲に入れないようシモベ達に通達を出しておこう。細心の注意を払うようにと。』

 

『ハッ。』

 

 そろそろ休憩を終えて、進まなければならない頃合いだ。<矢除けの天蓋(キャノピー・オブ・プロテクション)>の効果時間も限界に近い。

 

『ソリュシャン、タイミングは大丈夫か?』

 

『モモン・ドッペル及びナーベラル・ドッペル、共に万全です。巨大樹を動かすのも予定通りそちらが森林地帯に差し掛かる直前で宜しいでしょうか。』

 

『ああ、頼んだぞ。それと、生かしておくリストは把握出来ているか?』

 

『はい。◯がなるべく殺すな、△が反撃なら可、×が制限無し、で御座いますね。』

 

『その通りだ。◯はあいつとあいつだ。あとは──。』

 

 アインズは最終確認を終えると、ソリュシャンから<伝言(メッセージ)>を切るのを待って、問題無く切られたのを確認すると、一行のいる方へ歩み出した。

 

 

 ーーー

 

 

「もう少しで森の入り口に着きますよ。」

 

 一行は山を囲むように広がるトブの大森林の南にせり出した部分を目前としていた。深い森の入り口はまるで怪物の顎のよう。彼らを呑み込んで胃の腑に入れてしまおうとしている。

 

 森の中からは巨大なものが引き摺られるようなズリズリという音が聞こえて来る。おそらく巨大樹の触手が地面を這っている音だろう。目標の巨大樹は森の深部にいる。森から突き抜けた巨体が既に遠目から見えていた。

 

「さあて、お前ら、気合い入れてけよ。」

 

 ガガーランは自らにも言い聞かせるように言葉を発した。全員が一度、自分の得物を固く握り締める。森に入ってしまうと一時巨大樹の姿が見えなくなる。より一層の注意が必要だ。

 

「待て、何か様子がおかしい。」

 

 イグヴァルジが鋭く言葉を発して、一行の進みを制する。彼の探知能力はアインズから渡されたマジックアイテムによって強化されており、人並外れた聴覚を獲得していた。

 

 イグヴァルジに倣って、息を潜めつつ耳を澄ませば、メキメキという木々がなぎ倒される音が聞こえてきた。森の奥まった場所から響き渡ってくる。

 

「ちょっと。なんかこっち来てない!?」

 

 音の正体はすぐに分かった。天を衝くほどの巨大な樹。それが木々を掻き分けて進んでいる。2週間の間、その場にとどまっていた巨大樹が今になって移動を開始していたのだ。

 

「ゴウンさん! もう魔法で動かしてるのか?」

 

 クラルグラのビッグスが慌てて聞いた。

 

「いや、私ではない。」

 

 巨大樹はこちらに向かって来る。動きは緩慢だが、巨体ゆえにかなりのスピードを持っている。一行との距離は離れているが、数分もしない内に平野に出て来るだろう。

 

「グオオオオオオオ!!」

 

 巨大樹は大音量で叫び声を上げた。人や獣が出すものとは違い、抑揚の無い無機質な叫び声だ。そしてそれは音というよりかは地鳴りに近かった。その振動が、触れている空気から、立っている地面から一行を襲った。

 

「──ッ!」

 

 体の内側からひっくり返るような揺れだった。側にいたら、それだけで内臓をぶち撒けて肉塊に成り果てるのが容易に想像出来た。

 

「どうにかなるのか…、あんなもの…。」

 

 一行の顔に絶望の翳りが差す。分かりきっていたことだが、巨大樹は人がどうにか出来るレベルを遥かに超えている。ほとんどの者が死を覚悟した。

 

「言っただろう。あいつは私がなんとかする。君達は他の敵に警戒してくれさえしてくれればいい。」

 

 アインズが<飛行(フライ)>を使って空中に踊り出た。威厳のある声と頼もしい背中。巨大樹を前にして全く動じないアインズに誰もが希望を見出した。視線がアインズに釘付けになる。

 

「ぼさっとしてんじゃねえ!何か来る!」

 

 イグヴァルジがマジックアイテムに底上げされた常人を超える感知能力で、一行の左側面から飛んで来る何かを捉えた。

 

 しかし、その警告は遅すぎた。

 

 ズドン、と重いものが墜落した。そして金属同士が重なって鳴らすガチャリという重低音。ゆらりと人型が立ち上がった。漆黒の甲冑姿に、赤いマントを纏う怪人。暴力を具現化した存在、モンガだ。

 

 その場の空気が凍りつき、誰もが固唾を飲んだ。

 

 見ればモンガは足元に大輪の赤い花を咲かせていた。赤と黒のコントラストは美しくすらあったが、皆がそれの正体に気がつくと、血の気が引く思いがした。

 

 花は生臭い匂いを漂わせていた。所々に鈍く光を反射する()()()()したピンク色のものが散らばっていた。その正体は血と臓物、クラルグラのメンバーの1人、ウェッジだったものだ。

 

 圧死したのだ。原形を留めずに。

 

 全員が呆気にとられていた。その周りに引き換え、悪夢は何事もなかったのように、散歩するような気軽さで徐に歩き出した。甲冑には魔法が掛かっているのか、つい先ほど人間を撒き散らしたにも関わらず、汚れひとつ付いていなかった。

 

「ひっ!」

 

 ニニャが思わず悲鳴を上げた。さっきまで隣で喋っていた人が、ひどく無惨に、呆気なく死んだ。その原因が近づいてくるだけで、身の毛もよだつ恐怖に襲われていた。

 

「<集団(マス)獅子ごとき心(ライオンズ・ハート)>!」

 

 ラキュースが魔法を飛ばす。闘争心が恐怖を塗り潰していき、辛うじて誰も逃げ出さず、パーティー壊走の危機は免れた。全員が迫り来るモンガに集中し、敵の攻撃に備えた。

 

 それがいけなかった。

 

 背後から<転移(テレポーテーション)>で現れた新手が、一行に向かって魔法を放ったのだ。モンガだけに気を取られていた一行は魔法に抵抗(レジスト)出来ない。

 

「<魔法抵抗難度強化(ペネトレートマジック)吹き飛ばしの風(ブロウオフ・ウインド)>。」

 

 瞬間、目を開けていられないような突風が吹きすさぶ。

 

「うわっ!」

 

「きゃっ!」

 

 何名かの短い悲鳴が聞こえた。風が止み、リカオンが目を開けて辺りを見回すと、自分とアインズだけがそこにいた。他のメンバーや敵の姿は忽然と消えてしまっていた。

 

 

 ーーー

 

 

「ダメージは無し。強制転移系の魔法か。」

 

 アインズが冷静に状況を分析する。

 

「術者よりレベルの低い相手を乱戦エリアから離脱させる類のやつだ。私達は効果を受けなかったみたいだな。敵は自ら転移したらしい。」

 

「それじゃあ、早くみんなを探さないと。モンガより先に──。」

 

「グオオオオオ!!」

 

 焦り出すリカオンを尻目に巨大樹が二度目の咆哮を上げる。振り返れば、今の間にかなり距離を詰めて来ていた。巨大樹に跳ね除けられた枝や葉がチラチラと降り注いできている。

 

「他のメンバーも心配だが、先ずはあれを何とかせねばなるまい。」

 

 アインズが空中で姿勢を制御し、魔法を唱える。とはいってもフリだけであるが、これは同時にシモベ達に対する作戦開始の合図となる。

 

(さて、上手いこと冒険者を分散させられたし、予定通り進めていくか。ん?)

 

 アインズが浮いている下をリカオンが通り、巨大樹に向かってスタスタと歩き出した。

 

『スキル:焼山』

 

 リカオンは肩幅に足を開き、突剣を抜き放った。そしてその突剣と右手の打撃武器を火打ち石の如く擦り合わせ、火を(おこ)した。刀身が輝く赤色に染まる。

 

「何をしている?」

 

 こちらを見上げて、にかっ、と歯を見せて笑うリカオン。

 

「別にあいつを倒してしまっても構わないんでしょ?」

 

 

 

 

 

 

「えっ。…やめて?」

 

 

 

 

 

 




<吹き飛ばしの風>
自分のいる乱戦エリア(半径20メートル)内の敵を、自分と敵を結んだ線分の延長線上に強制的に吹き飛ばす。吹き飛ばし距離は50メートル+(発動者のレベル−対象者のレベル)×20で計算。魔法抵抗されると吹き飛ばし距離は3分の1になる。
ダメージ判定無し。

主に、めんどくさい雑魚をすっ飛ばすニフラム的な利用や、ヘイトを集める敵の盾職などを乱戦エリアから離脱させ、戦闘を有利に進める目的で使われていた。

現在の状況
南東側からナーベラル・ドッペルが奇襲。
→北西側に吹っ飛ばされる。
イビルアイが300メートル先
他の青の薔薇+クレマンティーヌが700メートル先
クラルグラが900メートル先
石の松明が1キロメートル先
漆黒の剣が1.1キロメートル先
※イビルアイを除き、冒険者はグループ単位でレベルが一緒であると想定しています。
※全員森の中に突っ込んでますが、ギリギリザイトルクワエの触手範囲外です。イビルアイがちょっと掠るぐらい。

発動後、モモン・ドッペルとナーベラル・ドッペルは吹っ飛ばした奴らがアインズの方に来ないようにするため、転移で北西に追いかけて行ってます。

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