2019年12月21日 09時50分

バンクシー展、本人は「フェイク」扱いするけど問題あるの? 法的問題を徹底解説

バンクシー展、本人は「フェイク」扱いするけど問題あるの? 法的問題を徹底解説
Photo by Dominic Robinson(https://flickr.com/photos/27456738@N00/2840632113), 2004 (CC BY-SA 2.0、https://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.0/)

横浜の商業施設・アソビルで2020年3月から、イギリスのストリートアーティスト・バンクシーの作品展『バンクシー展 天才か反逆者か』が開催される。 ただ、路上に描かれた彼の作品で第三者が展示会を開いてもいいのか、許諾は必要なのか、そんな素朴な疑問が浮かんでくる。

この展覧会はコレクターなどが保有する作品を集めたもので、モスクワでスタートし、世界5都市を巡回している。サイトにも「Unauthorized」とあるようにアーティスト本人が関わるものではなく、英紙ガーディアンによると、企画制作のIQ ART MANAGEMENT CORPのCEO・Nachkebiya氏はバンクシー本人とも代理人ともコンタクトを取っていないと話している。

バンクシーの公式サイトで「最近同意のないバンクシーの展覧会が多発している。これらはアーティストにまったく関わりなく勝手に企画されたものなので、それ相応に扱ってほしい」とした“フェイク”の展覧会リストには、このモスクワの展覧会も載っている。

また、バンクシーはインスタグラムで、「観覧車でもない限り、自分の作品を観るのにお金は取らない」と述べている。実際、観覧車のあったテーマパーク型展覧会『Dismaland(ディズマランド)』の3ポンド以外は、路上の作品はもちろん、これまで公式に行ったブリストル博物館での展覧会などでも、観覧料を取っていない。

一方、“フェイク”リストにある非公式の展覧会は、6ドルー49ドルと記載されている。テレビ朝日などが主催する横浜の展覧会のPR事務局は、値段を含め詳細はまだ発表できないとしているが、モスクワ同様有料で開催する可能性が高そうだ。

作家の了承を得ずに有料で作品展を開く場合、法的な問題はないのだろうか。Arts and Law理事として芸術家の支援にも携わってきた、水野祐弁護士に聞いた。(ライター・齊藤真菜)

●解説のポイント

・期間限定であれば、バンクシー本人の許諾がなくても、所有者の許諾があれば展示はできる
・著作権や商標権を侵害しない範囲でグッズ販売は可能だが、バンクシーはEUでの商標権を巡り係争中
・著作権侵害で訴えることは、匿名性を重視するバンクシーの思想と矛盾・衝突をはらむ可能性

以上、水野弁護士の詳細な解説を交えて考察する。

●バンクシーの許諾がなくても展示できるのか

作品の所有者が展示を行うこと自体は、著作権法上で認められている。水野弁護士は以下のように解説する。

「日本での展示については日本の著作権法が適用されます。美術の著作物については著作権者に展示権が発生するため(著作権法25条)、その作品を展示するためには著作権者の著作権(展示権)の許諾が必要になることが原則です。ただし、これには著作権法上、45条に、

・所有者は展示できる。第三者に対して展示を許諾することも可能(45条1項)
・ただし、屋外の場所に恒常的に設置する場合には、やはり著作権者の許諾が必要(45条2項)

という例外規定があります。

もっとも、美術作品について著作権者と所有者との間で

・展示について特別な契約(例えば、展示にも著作権者の同意を得ることや、通知すること等)
・作品の著作権を譲渡する契約

等の特別な契約を交わしている可能性があります。前者の契約の有効性については議論がありますが、実務上行われているケースがあります。

これをバンクシー展についてみてみると、

・バンクシーという作家や作品の性質上、著作権者であるバンクシーが所有者との間で、上記のような特別な契約をしている可能性はほぼゼロです。
・バンクシー作品の所有者は、著作権者であるバンクシーの許諾がなくても、期間限定のものであれば展示したり、展示を許諾することはできる。

ということになるでしょう。道義的な批判、特にバンクシーという作家は作品を無償で鑑賞できることにこだわり、ストリートを表現の場として選択しているため、その作品を限られたスペースの中で有償で鑑賞させる展示は作家の意に反するものとして批判はあるでしょう。ただ、法的には以上のような整理が可能です」

●グッズやカタログを販売しても問題ないのか

今回グッズ販売を行うかどうかについてPR事務局は回答していないが、モスクワでの開催時にはグッズショップが設置されている。非公式の展覧会でグッズ販売を行うことに問題はないのだろうか。

水野弁護士は、

「グッズの態様次第ですが、著作権または商標権侵害に該当しない限りで販売は法的には可能です。

しかし、あくまで展示に関連して実施する体裁を取るとしても、これらの実施に関しては、バンクシーの名前が持つ顧客吸引力にフリーライドしたものとして、パブリシティ権侵害のおそれがあると考えます。

また、入場料やグッズショップもあいまって営利目的であることが前景化すると、著作権法47条(後述)への該当性が否定される可能性があり、チラシやポスター、ウェブ、カタログでの著作物利用が著作権侵害になってしまうおそれがありますので、私自身はこのあたりは謙抑的に考えるべきだと思います」

としている。

著作権法47条は、先の45条による所有者による展示の規定に関連して、展示の実施にあたり必要な範囲で、解説用の冊子や宣伝用のチラシ・ポスター・ウェブなどに展示著作物の複製ができることを定めた項だ。中でも解説・紹介のためのカタログは、「実費のみだけでなく、展覧会等の収益し資するために販売することも許されると解釈するのが一般的」だという。

ただし、必要な範囲を超える豪華なものは、紙質、印刷態様、作品の複製規模等によっては、目録の名を借りた画集として本条の適用外になるとされている。また、観覧予定人員を大幅に上回る部数を作成し、一般にも販売・頒布することも認められないという。

著作権法の45条や47条の規定は、著作権者と作品の所有者との利益調整を図った規定だが、所有者といえども作品に関連してできることは限定的であり何でもできるというわけではない。展覧会に法的問題があるかどうかは、グッズやカタログの詳しい内容と見せ方が、実際には焦点になりそうだ。

●バンクシーのグッズは、著作権や商標権をクリアしているのか

バンクシーのグッズは、そもそも著作権や商標権をクリアしているのか判断が難しいという問題がある。

作品のポスターやポストカード、マグカップなどのプリントグッズは無数に出回っているが、本人が公式に販売しているものではない場合がほとんどだ。

バンクシーは自身の作品の真贋認証機関として設立した会社ペストコントロールで、『花を投げる人』や『風船と少女』など一部の有名な作品やロゴをEU知的財産庁に商標登録している。

豪ウェブメディアのThe Conversationによると、現在イギリスのグリーティングカード会社Full Colour Blackは『花を投げる人』の商標無効申請をしており、バンクシーの作品が既にさまざまな組織によって一般的にグッズとして流通していること、バンクシーも過去には「Copyright is for losers.(著作権は負け犬のためのものだ)」と発言しこのような再生産を奨励していたこと、一度はバンクシーに作品使用料の支払いを申し出たが断られたことなどを根拠にしている。

この会社は、タカラトミーアーツが今年8月に発売した、バンクシー作品がプリントされたキーホルダーガチャにもクレジットされている。

Gross Domestic Produc Photo by Robin Webster(https://www.geograph.org.uk/profile/9905), 2019 (CC BY-SA 2.0、https://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.0/)

今年10月にバンクシーがロンドンに“オープン”したショップ『Gross Domestic Product』は、この商標権争いを受けてのものだ。商標権を持っていても、バンクシーがそれを使って商品を売らなければ権利が第三者に渡ってしまう可能性がある。

この期間限定ショップでは、Tシャツやラグマット、バッグ、時計などの商品が路上から見えるようにディスプレイされたが、中に入ることはできず、購入はオンラインで行う仕様になっていた。商品は工場で大量生産されたものではなく、すべてバンクシーが手作業で制作したもの。無断で複製品を販売する業者に、バンクシーなりのやり方で対抗の意思を示したのだ。

●バンクシーはなぜ著作権侵害でなく、商標権侵害で訴えたのか

非公式の展覧会主催者に対して、ウェブ上で揶揄するにとどまらず、バンクシー自ら訴訟を起こしたケースもある。イタリアの報道を引用したThe Conversationの記事によると、ペストコントロールは昨年末、ミランで開催された展覧会の主催会社を商標権侵害で訴えた。ミランの裁判所は今年1月、主催者に対しグッズ販売の差し止めを命令。展示されていた作品は本物だったが、販売されていたノートやポストカード、日記、消しゴムなどのグッズはバンクシーの作品を無断でプリントしたものだった。

著作権でなく、商標権侵害で訴えたのには、自身の身元を明かさないというアーティストとしてのポリシーが理由だとする見方もある。著作権は多くの場合作家に帰属するが、商標権は会社に帰属させているからだ。

また、過去の著作権を忌避する発言から、著作権に頼らない姿勢をとっている可能性もある。

果たして、著作権でなく商標権で戦うというこのやり方は得策なのだろうか。

「各国において商標権を登録してさえいるのであれば、権利の発生と侵害が商標権の方がより明確になりやすいので、訴訟は商標権の方が戦いやすい面はあると思います。

また、著作権制度というのは匿名性を重視するバンクシーの思想と矛盾・衝突を孕むことは想像に固くありません。

個人的には、もしアーティストのアイデンティティを理由に著作権は利用しないとしても、より商業性の高い権利である商標権を利用する結果になるのは、バンクシーのアーティスト性を考えると、少し皮肉に感じられるところもあります」

●「バンクシーなりの新しい展示の形を見せてほしい」

横浜での展覧会開始後、2020年8月からは東京の寺田倉庫でも『BANKSY展(仮称)』が控えている。こちらも主催する日本テレビのイベント事業部は詳細を回答していないが、トロントからの巡回展だという。昨年開催されたこのトロントの展覧会はバンクシーの元マネージャー、スティーブ・ラザライズ氏がキュレーションするもので、80点の作品を集めた世界最大のバンクシー展だと謳っているが、非公式という点はモスクワのものと同じだ。

最後に、水野弁護士に非公式展覧会のあり方について聞いた。

「所有者だけの権利で展示できる範囲には、法的にも道義的にも限界があります。一ファンとしては、作家の意に沿っていない展示は気持ちを萎えさせますし、著作権者と所有者、そして主催者のコラボレーションと言えるような展示が好きなので、そうなると公認というか、著作権者も参加して展示を作品として見せるようなタイプの展示をどうしても期待してしまいます。

バンクシーが“フェイク”と表示することがフェアかどうか、という問いについては、バンクシーまたはバンクシー作品にフリーライドして商売するような場合にはフェアと言えるのだと、一般的には回答できます。

ただ、一方で、バンクシーがストリートの場をキャンバスとして選択したうえで、自己の作品に注目を集めるように演出してきた面は否定できませんし、バンクシー作品がなかなか多くの鑑賞者の目に届かない状況もあります。この状況をバンクシー自身が進んで作り出してきた面もあるわけです。

所有者が単に作品を紹介・解説する目的で展示するようなケースまで“フェイク”認定する、というのは私はフェアとは思いませんし、法で認められる展示まで誹謗中傷してしまうと逆にバンクシー自身の行為が名誉毀損に該当するおそれもあるかもしれません。

個人的には、バンクシーがオープンしたショップ『Gross Domestic Product』のように、このような状況を風刺するような、バンクシーなりの新しい展示の形を見せてほしいと期待しています」

取材協力弁護士

水野 祐(みずの・たすく)弁護士
シティライツ法律事務所。Arts and Law理事。Creative Commons Japan理事。東京大学大学院人文社会系研究科・慶應義塾大学SFC非常勤講師、リーガルデザイン・ラボ主宰。グッドデザイン賞審査員。著作に『法のデザイン −創造性とイノベーションは法によって加速する』など。
Twitter:@TasukuMizuno

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