これって便利な言葉の発明にも通ずる所があるよね。 「エモい」「尊い」といった単語は作品の素晴らしさを手短に表現することを可能にしたけど、反対に誰もが「エモい」としか言わなくなった結果クリエイターが消費者の意見を取り入れづらくなって方針が固まらず質の低い作品しか作れなくなったり。
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でも端的で内容がスッカスカの「よく言えば」分かりやすい作品の方が読解力の低い消費者にはウケがいいので、結果的にそういう作品が量産されるようになる。
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そして今ネット上で起こりつつある事態が「語彙力、読解力の低いクリエイターの誕生」。 スマホの発明でインターネットが一気に普及したのと同時に、誰もがクリエイターになれる素晴らしい環境も出来上がった。 でもネット全体の民度が下がったように、今度は「クリエイターの質」が下がり始めた。
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高度な読解力、それは即ち「表現力」とも言えるけど、そうしたものを持ったクリエイターが民衆に迎合するにつれて、「なるほど、こんなもんでいいのか」と技術力だけを養って作品を作り始めたクリエイターが現れつつある。
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おそらく昔は技術力は高いけど表現力の低いクリエイターがいた場合誰か(一般に評論家と言われる人々)が「表現力も養ったらもっと伸びるに違いない」とアドバイスをして、彼らも高みを目指すべくそれに応えて読書や他人の作品を鑑賞することにいそしんで表現力を養ったのだろう。
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しかし今のネット界は「良いものを良いと感じるけど、具体的に何が『良い』のかを説明できない消費者」が溢れている。別にそれ自体は問題ではなくて、何より恐ろしいのは「良い点だけでなく、悪い点を指摘できる消費者」がいない事だ。
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もちろん悪い点を見抜ける消費者は実質生産者でもある。そしてそんなベテランでも、ネット上では礼儀を重んじてなかなか悪い点を指摘はできない。これは仕方のないことだ。
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だからこそ、クリエイターは尊敬する先輩方に積極的に「自分はどうすれば高みにたどり着けるか」を聞くべきだ。それが出来なくても、先輩方の作品を鑑賞して表現力を養うべきであろう。
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まあ長々と書いたけど結局何が言いたいのかというと ・本を読め ・生産者は常に消費者たれ ってこと。 「作品を作れる俺SUGEEEE」、大いに構わない。モチベーションは読解力と同じくらい大事だ。だが、独り善がりではいけない。
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「だってファンは今の俺の作品で喜んでくれるし」 その通り。君にはファンがたくさんいて、いつも君を褒めてくれる。承認欲求が満たされるのはさぞ快感だろう。
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だが、時折ふと「もっとファンを増やしたい」「もっと褒められたい」という考えが脳裏をよぎる事はないだろうか? そこで大事になる能力は読解力、即ち表現力だ。
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表現力が微塵もない。それはつまり「技術力より簡単に伸ばせる伸び代がたくさん残っている」ということだ。それに表現力を得て作風に変化が出れば、新たにファンを獲得することも出来るだろう。君にとって得になることばかりだ。
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これは消費者諸君にも言える。読解力が付けば今までは表面を眺めて終わりだった作品のより奥深くにあるものが見えてくるかもしれない。一度楽しんだ作品をしゃぶり尽くせるだろうし、もしかしたら「よくそこに気付きましたね」と憧れのクリエイターに褒めてもらえるかもしれない!
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なんか総評でまとめたつもりが長引いてしまった。まあとにかく「すべての根底には読書がある」ということだけ覚えて帰ってくれれば結構です。それでは解散!
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