父は晩年、糖尿病や顔面麻痺、過度の飲酒などで体がボロボロになり、精神面でも認知症のような状況を催すようになったが、健診を受けて居らず、自覚症状が出たときには十二指腸ガンで余命2ヶ月、手遅れで72で亡くなった。 健診を受けていれば癌の早期治療が出来ただろうが、それが幸せだったか?
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日本では長寿を祝うことが伝統だが、本当に長生きは幸せなのか? 特に認知症や寝たきりによって介護が必要になったとき、子供たちに重い負担がかかり、家族全体を不幸に陥れているではないか。 自分が「活きる」ことが出来なくなったときに、死ねる、殺してくれる権利が必要ではないだろうか?
父は晩年、糖尿病や顔面麻痺、過度の飲酒などで体がボロボロになり、精神面でも認知症のような状況を催すようになったが、健診を受けて居らず、自覚症状が出たときには十二指腸ガンで余命2ヶ月、手遅れで72で亡くなった。 健診を受けていれば癌の早期治療が出来ただろうが、それが幸せだったか?
他方で、実家である宗教法人の教会には、90を超えても杖なしにピンピンと歩き言動にも衰えを感じない、矍鑠した方も居る。「生きながらえている」のではない「活きている」のだ。 人生百年を言うなら、介護されてでも生きながらえる人生なんていらない。百年の命を貰うなら、人として「活きたい」。