女剣闘士見参!   作:dokkakuhei

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久々のバトル回です。
オリジナルのスキル、武技とかが登場します。ご注意をば




第15話 Eyesで合図

 王国領は都市部から外れると人の手の入っていない豊かな平野が広がる。日が落ちるとモンスターが出現し、旅人などを襲うのでこのような所で居を構える物好きは誰一人いない。しかしその平野の中のなだらかな丘の脇、馬車道から見えない位置にぽつねんと家屋が建っている。

 

 遠くからでは平凡な造りに見えるが、よくよく見ると壁や屋根が二重になっており外敵に備えた堅牢な作りをしている。塔部には監視用の穴が設けられ、ちょっとした砦といった様相だ。建物脇の柵に囲まれた畑には背の低い植物が所狭しと植わっていた。

 

 ここは八本指の麻薬畑、蒼の薔薇の作戦目標だ。今は建物から距離100メートル程の所に女ニンジャ2人が先行偵察に来ている。

 

「ふむふむ。」

 

 ティアは建物を一瞥し、位置関係を記した簡易な地図を作成した。そしてティナとハンドサインでやり取りをすると、相手を報告に戻らせて自分は見張りを続ける。

 

 時刻は午後11時から四半刻ほど過ぎている。辺りには月のない夜の、のっそりとした闇が立ち込めており、夜目のきかない者では足元もおぼつかないだろう。ティアは持ち前の視力とイビルアイに施してもらった<闇視(ダークビジョン)>のおかげで昼間と変わらないぐらいの精度で物を確認することができた。

 

 ティアは建物のまわりをぐるりと大回りして敵の有無を確認した。僅かな星明かりに照らされた建物からは少なくない人の気配がする。畑の方にも見張りが二人。横長の建物に平行するように位置する畑の対角に一人ずつ立っている。

 

「2か。」

 

 ゴブリンなど、草原のモンスターを警戒するには十分な数字。蒼の薔薇の襲撃に備えるにはいささか足りない数字。

 

 やはり他拠点が襲われているといっても一朝一夕では対策をし得ないのだろう。敵はこちらの攻撃目標を特定出来ておらず、通常の警備体制のままのようだ。

 

(プランA続行。)

 

 ティアは「影潜み」を使う。ティアの姿がじわりと夜の闇に溶け込む。そのまま足跡を残さないように「闇渡り」で少しずつ畑の方へ移動する。その光景はよほど目の優れた者でも黒い靄が濃くなったり薄くなったりしている程度にしか見えない。

 

 そしてティアは建物から遠い方の見張りの背後に立つと、そっと敵の頭を両手で挟み込み、そのまま270度回転させた。パキャリと音を立てて見張りは絶命する。ティアは崩折れる死体を支えながら、ちょっとした細工をした。

 

 懐からワイヤーを取り出し、それで死体を柵に括り付けた。これで見張りが柵にもたれかかって休んでいるように見せることができる。見通しのきかない夜であればしばらくはバレないだろう。顔の位置も忘れずに正面に戻す。途中でもげそうになったがワイヤーで縫合する。

 

 ついでに柵と死体の間に眠りガスのブービートラップも仕掛けた。異変に気がつき、身体を動かそうとすればピンが外れて作動する仕組み。ミイラ取りがミイラになるって寸法だ。ミイラというにはあまりに新鮮すぎるのだが。

 

 さて、これで準備は整った。後は二手に分かれて建物に突入し、敵を殲滅するだけだ。ティアはラキュースとティナと合流し裏手から、表はガガーラン、リカオン、クレマンティーヌの3人。イビルアイは<飛行(フライ)>を使い上空から監視、適宜スクロールを使い<伝言(メッセージ)>で指示を出しつつ、余裕があれば速やかに畑を焼いて撤退ルートを確保する役目だ。

 

 これがプランA。今までの拠点制圧の経験から、敵戦力を同程度と想定した場合の最適な計画。

 

 強大な戦力のイビルアイを監視という任に当たらせたのは、想定外の敵の反抗にあった時に即座に対応するためである。つまり六腕が出て来た時の保険ということだ。

 

 段取りを終え、ティアは辿って来た道筋を逆になぞる。途中でしゃがみ歩きで進むラキュースとティナに鉢合わせた。ハンドサインで無音の会話を交わすニンジャ2人。

 

[表は配置についた。合図の後、5秒ずらして突入する。カウントダウン89、88、87、86。カウント30になればイビルアイのガイド開始。]

 

[了解。表の見張りは?]

 

[クレアっちが始末した。]

 

[あちゃ、ブービートラップ意味なかったか。いや、こっちの話。]

 

[? あと、リカオンがなんか嫌な感じがするって。相手は相当ピリピリしてるかも。罠とかも一応注意したほうがいいかもしれない。]

 

 敵に気づかれないギリギリまで建物に接近する3人。その間も高速で手を動かすティアとティナ。ラキュースは傍でその光景を不思議そうに見ている。

 

(いつ見てもなんだか滑稽ね。ほんとにあれで伝わってるのかしら。)

 

 2人のやりとりをぼんやりと眺めるラキュース。そうしている間にイビルアイから魔法の接続が有るのを感じた。

 

「カウント30!」

 

 頭の中に直接イビルアイ声が響く。途端に3人の顔が引き締まった。剣の柄を握り、精神を高める。自分の中の闘争心を呼び起こす。

 

「20!」

 

 息を大きく吸い込む。同時にゆっくりとまばたき、薄く目を開く。息を吐きつつ目標に意識を集中させる。

 

「10!」

 

 ラキュースは頭の中でシミュレーションを行う。突入したらまずはクリアリング。先に突入するガガーラン達に気を取られた敵を背後から叩く。

 

「…4…3…2…1…突入!」

 

 建物の反対側で激烈な破壊音がした。表は作戦通り突入出来たようだ。ラキュースは心の中で5…4…3…とカウントダウンを始め、ティアとティナに目で合図をする。

 

 カウントゼロ。低い姿勢から地面を蹴り一直線に走る。ラキュース達は三本の矢になって目標を射抜かんとする。

 

 しかし、剣を構え扉を蹴破ろうとした刹那、扉が()()()()破られた。

 

 突然のことに驚きながらも、ラキュースの目が捉えたのは戸口に立つローブ姿の男、そしてその男の指先から放たれたオレンジ色の飛沫。

 

<火球(ファイヤーボール)>だ。

 

 ラキュースは咄嗟に口を固く閉じ、頭をかばう。火炎の玉はラキュースに着弾すると、辺り1メートルを丸ごと呑み込み派手に火柱を上げた。

 

 あまりの爆風でそのままラキュースは外に投げ出される。しかしすぐにゴロゴロと転がり、まとわりつく火を消しながら受け身を取った。ティアが駆け寄ってフォローに入る。

 

「リーダー、無事?」

 

「ええ。」

 

 もろに喰らった左腕には焼け付くような痛みが有るが、指は全部動く。目と耳も無事だ。戦闘を続けることに問題はない。ラキュースは自分に魔法を浴びせた相手をにらむ。フードを目深に被っていて顔は見えない。

 

 ラキュースは眉を顰める。一筋縄ではいかないかもしれないとは思っていた。高位の魔法詠唱者(マジック・キャスター)とは相手もそれなりの対策をして来ている。だが、突入のタイミングがばれて、待ち伏せまでされたのは何故なのか。

 

 ラキュースが思案を巡らせる暇もなくローブの男が再度<火球(ファイヤーボール)>を放つ構えを見せた。そうはさせじとティナがナイフを投擲する。男は身を翻し、戸口の影に身を隠した。ナイフは男がさっきまで居た地面に刺さる。

 

 男が遮蔽物から手だけを出して、牽制の<火球(ファイヤーボール)>を撃ってくる。かなり厄介な状況だ。このまま打開に時間を掛けてしまうとガガーラン達と挟撃した意味が薄れてしまう。

 

「問題無い。あれは仕込みナイフ。」

 

 ティナがにやりとする。見れば先程投げて地面に刺さったナイフの持ち手から白い煙が勢い良く噴き出して視界を遮っていた。始めから煙幕を張る目的で投げたのだ。

 

魔法詠唱者(マジックキャスター)なんてシュッといってサクッと。」

 

 ティアが煙幕に乗じて突撃した。敵に動きを補足されないよう敢えて最短距離を行かず、ジグザグに近づく。

 

「むむ。」

 

 その間にも<火球(ファイヤーボール)>が2、3発飛来する。存外正確に狙ってくるがティアは全く意に介さず躱し、逆手に握った短刀で煙に巻かれている相手に斬りかかった。

 

 とった、とティアは思った。相手の首元を正確に刈ることができる軌道だった。

 

 しかしその軌道に割り込むものがあった。筋肉質の太い腕が横からぬっと現れ、手刀をくりだしたのだ。

 

 2つの刀が交差する瞬間、キンッという軽い金属音が鳴った。ティアはすぐさま跳びのき、距離を取る。右手を見ると短刀は根元から折られていた。

 

「ククク、本当に蒼の薔薇が来るとはな。ヒルマの戦略眼と勘は侮れんということか。伊達に長をしているわけではないな。」

 

 新たに乱入した敵が煙の中からゆっくりと姿を現した。スキンヘッドでベストを羽織る男。顔や腕から覗く肌には至る所に刺青が彫ってある。

 

「ゼロ、助かった。」

 

 後ろからついて来たローブの男がくぐもった声で言う。

 

「見かねたぞデイバーノック。今の攻撃はアンデッドのお前でも危なかったろう。」

 

 ゼロが呵々と笑う。敵を前にしても堂々とした余裕の態度だ。対して蒼の薔薇の3人は険しい表情をしている。

 

「アンデッド…、エルダーリッチ? 八本指はそんなものを飼っているの?」

 

 ラキュースは怪訝そうに呟いた。それを聞いたデイバーノックはグググと不気味な笑い声を上げる。

 

「飼われているのではない。共生関係だ。」

 

「ふうん? そういえば生あるものを憎むアンデッドも知性が高まれば人間と取引をする事もある、ってイビルアイが言ってたわね。」

 

 こと戦闘においてエルダーリッチはなんとも嫌な存在だ。魔法の達人であり疲労する事もない。おまけに知能が高いときた。ただ、さっきまでの疑問の謎は解けた。

 

 エルダーリッチ等アンデッドは生者に対しての感知能力が高いという。つまり視覚に頼らない索敵が可能という事だ。煙幕の中からでも相手を狙うことができる。それがさっきの正確な射撃の理由か。

 

 もっといえば奇襲がばれたのもこいつのせいだ。生きていれば気配を感じることができるとは、逆にいえば有った気配が消えたらそいつが死んだということ。畑に居た見張りは、単なる見張りではなく、殺されることによって敵が来たことを知らせるセンサーだったのだ。

 

 だから待ち伏せされた。なんと巧妙なシステム。これならば仮に捨て駒(センサー)が遠くから音もなく狙撃されたとしても攻撃されたことがわかる。

 

 嫌な流れだ。ラキュースの頬を汗が伝う。相手の策が功を奏しているときは、決まって苦戦を強いられる。精神的にすでに優位に立たれているからだ。今もそうだと、長年の戦闘経験から感じていた。

 

 ラキュースは武器を構え直す。そこに再度イビルアイから魔法の接続があった。

 

「ラキュース、状況を報告する。現在のお前たちの戦闘は確認している。ガガーラン達も別の敵と交戦に入った。ここまではいいか?」

 

 ラキュースは歯噛みする。やはり表も奇襲に備えていたか。しかし、努めて冷静さを失わないようにする。

 

「続けて。」

 

「建物から逃げる奴がいる。対応はどうする?」

 

「あなたは逃げる敵を追って。援軍を呼ばれるかもしれない。」

 

「…私が抜けて大丈夫か?」

 

「私達は平気。ガガーラン達は?」

 

「向こうは敵が4人だ。」

 

 4人。目の前の敵と足して6。なるほどこいつらが六腕とやらか。

 

「そう。じゃあイビルアイの取る行動は第一に逃げる敵の殲滅、第二に表の加勢。いい?」

 

「わかった。」

 

 魔法の接続が切れる。目の前の敵は律儀にその場で待っていた。余裕の現れか、精神的優位を見せつけているのか。

 

「おしゃべりは終わりか?」

 

 ゼロが聞いてくる。

 

「随分と紳士的なのね。見た目に似合わず。」

 

 皮肉を飛ばしてやる。すると相手はニヤリと口角を上げ笑った。

 

「俺は真っ向から相手を叩き潰すのが好きなんだ。行くぞ!」

 

 ゼロがラキュースに向かって跳躍する。サイの様な巨体に似合わないヒョウの様な速さ。蹴られた地面の土がめくれ上がる。

 

 向かって来るゼロに対してラキュースは六本全ての浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)を射出して応戦する。ゼロは身を低くして二本を躱す。そして右方向へ直角にステップ、すぐさま体を左に振り戻し三本やり過ごす。最後に左手甲で残りの一本をいなすと、右拳で渾身のストレートを放った。

 

 ラキュースは魔剣キリネイラムを盾にして防ぐ。ぶつかり合う両者。スピードに乗ったゼロの凄まじい拳圧に多少揺らぐが、負けじと押し返す。

 

「なかなかやるな。面白い。」

 

「どうも。」

 

 蒼の薔薇と六腕のリーダーが激しく火花を散らす。

 

 

 ーーー

 

 

「突撃ぃ〜!」

 

 玄関をぶっ壊して、建物の中へ一人鯨波(ひとりげいは)を上げて突っ込むリカオン。

 

「奇襲の意味とは。」

 

「まあ、こっちに注目を集めるのも作戦の内だし、多少はね?」

 

 ガガーランとクレマンティーヌがその後をのそのそとついて行く。リカオンの奇行にはもう慣れてしまった。

 

「おや?」

 

 先を行くリカオンがはたと立ち止まる。突然の敵の襲撃に相手はもっと慌てふためくかと思いきや意外と静まり返っている。リカオン達の行く手には3人の八本指の精鋭らしき者が待ち構えていた。

 

「どうやら俺達が来るのは始めから分かってたらしいな。」

 

 ガガーランは油断なく目の前の3人組を観察する。

 

 1人は全身を余すところなく黒いフルプレートで身を包む男、1人は金刺繍のチョッキを着るレイピアを佩いた男、1人は薄絹を纏う踊り子の様な姿の女。それと、リカオンだけは2階へ続く階段の影にもう1人いるのを感じた。

 

「ようこそ青の薔薇の皆さん。私はマルムヴィストという。」

 

 真ん中にいるレイピア男が客の来訪を待っていたかのように恭しく礼をする。こちらの返事を待たず、男は続けて喋り出す。

 

「私どもの雇い主はこれまでの君たちの蛮行に相当お怒りでね。では早速始めようか。」

 

 ハ本指の精鋭達は一斉に臨戦態勢に入る。リカオン達も呼応して得物を手に取った。

 

「一対一でいいな? 黒髪の嬢ちゃん、相手をしてもらおうか。」

 

「ペシュリアン、デカブツは任せたよ。私は弱っちそうな金髪ね。」

 

「…。」

 

 対戦相手は決まった。三組はそれぞれ散開する。リカオンとマルムヴィストは部屋の中心を陣取り、お互いレイピアを腰から抜きはなった。ガガーランとペシュリアンは扉を跨いで奥の部屋に移動する。窓際に跳んだクレマンティーヌは相手の女を睨みつけた。

 

「さっき聞き捨てならないセリフが聞こえたんだけどぉー。誰が弱いって?」

 

「フフ、怒ったの?」

 

 女の態度にクレマンティーヌは口をへの字に曲げて眉根を寄せる。

 

「どこの誰だか知らねーが、このクレマンティーヌ様にそんな口を聞いてタダで済むと思うなよ。」

 

 スティレットを抜き、切っ先で相手を狙うクレマンティーヌ。相手は身じろぎもせずクレマンティーヌに話しかける。

 

「エドストレームっていうの。よろしくね。」

 

「聞いてねえ、よっ!」

 

 クレマンティーヌは一足飛びで両者の間3メートルの距離を詰める。肩口を狙った刺突。エドストレームは全く動かない。

 

 動いていないにもかかわらず、そのベルトに吊り下げられた六本の三日月刀が()()()と躍り出て円陣を組んだ。<舞踊(ダンス)>の付与魔法(エンチャント)がなされた武器のようだ。

 

 しかし、そんなもので怯むクレマンティーヌではない。スピードを落とさず突っ込んで行く。エドストレームはクレマンティーヌの動きを目で追う以外の事はしない。

 

 にわかに三日月刀の一本が円陣から外れ、クレマンティーヌを袈裟斬りにしようと動く。

 

「<流水加速>。」

 

 クレマンティーヌのスピードがいきなり追い風を受けたように加速する。三日月刀はクレマンティーヌの後ろでむなしく空をなぞった。

 

 それを見てエドストレームは初めて体を動かした。三日月刀の一本を盾がわりに眼前に構え、後ろに跳んで距離を取ろうとする。そして残りの四本の刀を巧みに操りクレマンティーヌを襲わせる。

 

 一本は怯ませて勢いを削ぐために顔に向けて、一本はガードの難しい足元を、一本は回り込んで左の死角から、一本は大上段に構えて振り下ろす。四種類の同時攻撃、これを完全に防ぐのは不可能。

 

 内に入ればたちまち無惨に斬殺されてしまう剣の結界に対して、クレマンティーヌはこれを正面から対峙する事を避ける。

 

「<不落要塞>、<飛燕跳躍>。」

 

 左から飛んでくる三日月刀をスティレットでそっと受け止める。その三日月刀の勢いも利用しつつ、左足だけの踏み切りで右上空へ大きくジャンプした。

 

 天井ギリギリで身をひねり、壁に()()。続けて水平に三角飛び。プールに飛び込む水泳選手のような美しさ、しなやかで強靭な下肢のなせる技だ。

 

 落下点はエドストレームの背後。これで剣の結界から逃げ(おお)せつつ、相手をスティレットの射程圏に入れた。

 

 半身でガードの間に合っていないエドストレームに、今度こそ肩口を狙う刺突をくりだそうとした。

 

「何っ! ちぃ!」

 

 クレマンティーヌは目の端に三本の三日月刀が飛来するのを見つけて、すぐさまバックステップで距離を取った。ゆっくりと身を起こし、疑問を口にする。

 

「んー、おかしいな。いつの間に増えたのかな?」

 

 クレマンティーヌの疑問は当然。相手の一挙手一投足は全て捉えていたはずなのにいつの間にかエドストレームの操る三日月刀の数が九本になっている。

 

「フフ、さて、いつでしょうか。」

 

 エドストレームは挑戦的な目で笑った。その態度がクレマンティーヌの神経を逆撫でする。

 

「腹立つなあ、そんなチンケなモン何十本あろうが私には関係ないんだよ。久々にじっくり遊びたくなってきた。」

 

 クレマンティーヌの目にギラリと獰猛な光が宿る。

 

 

 ーーー

 

 

「おにーさん、レイピア使いなんだね。」

 

 リカオンとマルムヴィストは互いに剣を構えた状態で向き合っている。普通なら一瞬の隙が命取りになる状況でリカオンは世間話をするようにマルムヴィストに話しかけた。

 

 マルムヴィストは訝しんで返事をしない。リカオンはめげずに話しかけ続ける。

 

「ねー。」

 

 マルムヴィストはリカオンが戦術で話しかけてきている訳ではないことを理解する。まったく闘争心というものが感じられないのだ。

 

「…なんだ。怖気付いたか?」

 

 渋々口を開くマルムヴィスト。

 

「あっ、やっと喋ってくれた! この感じ、ぞくぞくするね。決闘(デュエル)の空気ってヤツ。」

 

 ふふんと鼻を鳴らすリカオン。顔はにこにこだ。

 

 決闘だと。マルムヴィストは心の中で嘲笑する。こんな一欠片の殺気さえ感じられない小娘が、決闘なんてセリフを言うとはな。マルムヴィストはニヒルに口元を歪めて笑った。

 

「俺をそこら辺の剣士と一緒にするなよ。嬢ちゃん。」

 

「私だって、元女子フェンシング『エペ』U20日本代表強化選考選手なんだから。」

 

 突然出てきた意味不明な言葉の羅列にマルムヴィストは目を白黒させた。

 

「………それ、すごいのか?」

 

「すごくすごい!」

 

「…そうか。」

 

 マルムヴィストは苦虫を噛み潰したような顔をした。これ以上こいつのテンションに付き合っているとどうにかなりそうだ。さっさと殺ってしまおう。

 

 マルムヴィストの武器、薔薇の棘(ローズ・ソーン)には恐ろしい効果がある。掠り傷さえ致命傷となるほどの毒である。ただ、今回はそんななまっちょろい殺し方はしない。急所を一突きで終わらせてやる。

 

 マルムヴィストは構えた状態から自分が1番得意な攻撃を放つ。身を少し屈め、右足を軽く踏み込み、腕を伸ばす。左腕は後ろに開いて重心を整える。これらの動作を一斉に、流れるように行う。何千、何万回と繰り返された動き。敵の正中線を狙った攻撃。

 

 いつも通りの会心の一突きであった。

 

 心の臓を寸分違わず貫いたつもりであった。

 

 でもそうはならなかった。リカオンはさっき構えていた位置から半歩左に立っている。マルムヴィストは相手が動いたことも認識出来ていなかった。

 

 まったく見えなかったが、リカオンは持っている剣で防ぐこともせずただ足運びだけでマルムヴィストの攻撃を避けたようだった。

 

「は、あ?」

 

 受け入れがたい現実に思考が停止してしまう。今のはなんだ? いや、理解はできる。見たままのことが起こったのだ。自分の攻撃は避けられてしまった。

 

「馬鹿な! ありえん!」

 

 マルムヴィストは二撃目を放つ。今度は手段を選ばずとにかく体のどこかに剣先を当てようとした。しかしそれも簡単に躱された。剣士としてのプライドが音を立てて崩れていく。

 

「くそ、くそ!」

 

 いよいよ錯乱して狂ったようにレイピアを振り回すマルムヴィスト。それでもリカオンに何故か当たらない。

 

「げ、幻術だな? そうだろう!」

 

 極限状態のマルムヴィストの頭はなんとか納得できる回答を弾き出した。目の前にいる女は実体のない幻に過ぎないのだと。

 

「ちがうよ。」

 

 リカオンはマルムヴィストの右大腿を切りつけた。

 

「うぐっ!?」

 

 攻撃が速すぎる。目で追うことすらできなかった。しかし、右脚の痛みと滴る血が攻撃されたことをありありと物語っていた。

 

「おにーさん、そんな腰の入ってない攻撃じゃダメージ与えられないよ? 当たったとしても傷になるだけで……。あ、そうか。」

 

 ぱちん、と指を鳴らすリカオン。

 

「な、何を…?」

 

「毒系のレイピアだね、それ。」

 

 マルムヴィストは背中に汗が伝うのを感じた。この女はヤバイ。喉がごくりと鳴った。部屋中に聞こえるのではないかというような音で。

 

「何で…わ、分かった?」

 

 自分でも馬鹿だと感じたが、思わず相手に聞いてしまった。

 

「昔、ワールドチャンピオン大会の2回戦で闘った毒使いの暗殺者(アサシン)が同じ攻撃モーションだった。ムカつくヒット&アウェイ戦法特有の重心が後ろに行きっぱなしの攻撃スタイル。」

 

 あなたの3倍ぐらい速かったけど、とリカオンは付け足した。

 

「そうか毒かー。おにーさん、残念だったね。私に毒は効かないんだよねー。」

 

 いたずらっ子っぽく目を細めて笑うリカオン。

 

「でもダイジョーブ! どっちみち、1ポイントもあげないつもりだったもん。」

 

 リカオンの残酷な眼差しに、マルムヴィストは戦意を喪失した。

 

 

 ーーー

 

 

 建物の裏では熾烈な攻防の駆け引きが行われていた。ティアとティナが息のあったコンビネーションでデイバーノックを追い詰めようとしている。

 

「<火球(ファイアーボール)>、<火球(ファイアーボール)>。」

 

 ぴょんぴょんと縦横無尽に地を駆けるティアとティナに、デイバーノックが立て続けに魔法を放つ。直接相手を狙うのではなく回避方向を限定し、機動力を削ぐための制圧射撃。

 

 ティアとティナは相手の意図を知りつつもデイバーノックに吶喊する。2人が縦に並んだ瞬間、デイバーノックは<電撃(ライトニング)>を唱えた。

 

「土遁の術。」

 

 前を走るティアが忍術を発動させると目前の地面が隆起して電撃を受け止めた。後ろを走るティナが土の壁を越え、()()()を持ってデイバーノックに飛びかかる。

 

 だが、横からゼロがインターセプトして()()()を拳で弾いた。さっきから何度も絶妙なタイミングで邪魔が入るのだ。

 

「ちょっと。鬼リーダー、あのハゲちゃんと抑えててよ。」

 

 ティナが口を尖らせてラキュースに文句を言う。

 

「とは言ってもねえ。」

 

 ゼロは強い。戦士としての強さはガガーランに匹敵するのではないかとラキュースは感じていた。それに対人戦、集団戦に物凄く長けている。こちらが数的有利だというのにずっと膠着状態が続いているのだ。

 

 デイバーノックを狙ってもゼロが巧みな位置取りでフォローに入ってくる。やはり全力でゼロから仕留めた方がいいか。

 

 ラキュースが六本の浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)をゼロに向かわせた。ゼロの目がそちらに集中する。しかしこれは囮。こっそりティアが後ろから近付いて急所を狙う。

 

 瞬間、ゼロが初めてスキルを使った。彼の職業(クラス)の一つにシャーマニック・アデプトというものがある。その職業(クラス)は動物を象った刺青の力を引き出し、一時的に身体能力を上昇させる能力を持つ。

 

 ゼロは胸の野牛(バッファロー)を起動させた。ドクン、と心臓が一つ強い鼓動を打ち、血が身体中を駆け巡って行く。抑えきれない熱が、口から白い息となって漏れ出している。

 

「ハァッ!」

 

 ゼロは拳を硬く握り締め、短く吠えた。そして、降りそそぐ浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)()()して、振り向きざまの裏拳(スピニング・バックナックル)をティアの頭めがけて放った。

 

 ゼロが気炎を上げている様子に警戒していたティアはなんとかその攻撃に反応する。すんでのところで上半身を反らせて直撃を免れた。だが、バランスを崩したのでゼロへ攻撃する事は(あた)わなかった。続くゼロの蹴りを辛くも回避して再び距離を取る。

 

「いっつつ。」

 

 ティアは自分の額を触る。拳が掠っただけで皮膚を抉られ、無視できない量の血が流れていた。もしまともに喰らっていたら、生卵を割るのと変わらないぐらいの容易さで頭を砕かれていただろう。

 

「クク、見分けがつくようになって良かったじゃないか。(マーク)ありと(マーク)無し。」

 

 ゼロが額をこつこつと親指で指しながら言った。

 

「腹立つハゲだ。」

 

 ティアはゼロを鋭く睨む。

 

「ティア! 大丈夫!?」

 

 ラキュースの問いかけに、ティアは手で小さく丸を作って返事をする。

 

 5人は互いに相手の様子を伺い、また膠着状態に入った。数瞬の後、今度先に動いたのは六腕側だった。

 

「デイバーノック。自分の面倒は自分でみな。」

 

「分かった、第三位階死者召喚(サモン・アンデッド・3rd)。」

 

 デイバーノックの前に体長2.5メートルはあろうかという大男が現れる。同時に鼻をつくような屍臭が辺りに立ち込めた。

 

血肉の大男(ブラッドミート・ハルク)…。特殊効果は持たないけど、耐久力の高い動死体(ゾンビ)ね。」

 

 純粋な(タンク)役の出現。六腕側はこちらの手を見切って、勝負を仕掛けにきたのだろう。

 

「ハァアア!」

 

 ゼロが再び刺青の力を起動した。足の(パンサー)、腕の(ライノセラス)の力が引き出され、筋肉が目に見えて膨張した。筋肉に圧迫された骨がミシミシと音を立てる。

 

 ゼロが駆け出してラキュースに真っ直ぐ突っ込んできた。右腕を腰の横に据えて、正拳突きの構えを見せている。また、デイバーノックが盾の後ろから<火球(ファイアーボール)>を撃ってきているのが見える。1番のろいラキュースをさっさと仕留めてしまおうという算段か。

 

 ラキュースはティナの目を覗き込むように視線を合わせた。そしてくいっ、と鼻先でゼロを指し示す。ティナはそれでラキュースの指示を察したようだった。

 

「ひどい、鬼リーダー。」

 

「ごめんね! <鎧強化(リーンフォース・アーマー)>!」

 

 ラキュースはティナに強化(バフ)をかける。

 

「ティア!」

 

「あいあいさー。大瀑布の術!」

 

 ティアが術を発動させると何もない場所からティアの身体をすっぽりと覆ってしまう程の水柱が巻き起こった。水柱とデイバーノックの撃った<火球(ファイアーボール)>は干渉しあうと、ジュッという音を出して大量の蒸気を撒き散らした。一瞬にして視界が白で満たされる。

 

 白の煙幕から一番初めに飛び出したのはラキュースだ。ラキュースはデイバーノックに向けて全速力で走っている。

 

「逃すか!」

 

 ゼロがラキュースに追い縋ろうとする。そこをティナが横から飛び出してブロックしてきたが、ゼロは構わず拳を突き出した。

 

「小娘! お前の細腕で俺の拳が受けられるか!」

 

「私もそう思う。不動金剛盾の術!」

 

 ティナの目の前に七色に輝く巨大な六角形の盾が出現する。それでゼロの正拳突きを真正面から受け止めた。せめてもの抵抗としてインパクトの瞬間に盾を斜めに、力を逃す方向へ傾ける。

 

 ズガン、というまるで爆弾が炸裂したかのような音がした。衝撃でティナが空中に放り出される。盾は粉々に砕け散ってしまっていた。

 

 ゼロのパンチは物理攻撃に強い不動金剛盾に、<鎧強化(リーンフォース・アーマー)>の強化(バフ)の上からでも確実にダメージを与えてきた。生身の人間が受けたらミンチはおろか、血煙となってしまっていただろう。

 

「おりゃああ!」

 

 ティナの挺身でフリーになったラキュースがデイバーノックに向かって雄叫びを上げながらひた走る。

 

「愚かな。」

 

 デイバーノックも黙って見ているわけではない。ラキュースに<火球(ファイアーボール)>を浴びせかける。

 

「1発ぐらいは耐えられるって、さっき喰らった時に分かってるのよ!」

 

 ラキュースは左手を前に翳して、火の玉を受け止める。激痛と蛋白質の焼ける匂いがした。それでもラキュースは止まらない。

 

「行け! 血肉の大男(ブラッドミート・ハルク)! あいつを止めろ!」

 

 ラキュースの鬼気迫る勢いにデイバーノックは怖気付き、消極的な方法を取る。ラキュースは浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)を飛ばし、血肉の大男(ブラッドミート・ハルク)の脚を地面に縫い付けた。血肉の大男(ブラッドミート・ハルク)はつんのめって手を地面につく。

 

「<魔法効果範囲拡大(ワイデンマジック)>!」

 

 ラキュースが走りながら魔法を唱える。デイバーノックは射線に被っている自分の盾(ブラッドミート・ハルク)ごとラキュースに<電撃(ライトニング)>を放つかどうか迷い、機先を制されてしまう。

 

「<中傷治癒(ミドル・キュアウーンズ)>!」

 

 ラキュースは治癒魔法を唱える。範囲は自分、血肉の大男(ブラッドミート・ハルク)、デイバーノックだ。

 

「オォオオォ!」

 

 血肉の大男(ブラッドミート・ハルク)が苦しみの呻き声をあげる。アンデッドにとって治癒魔法は攻撃魔法と同義。それはデイバーノックにとってもそうだ。アンデッドなので痛みはそれほど感じないが、身体機能に影響が出ている。デイバーノックは足をもたつかせた。

 

「いっくぞぉおおおお!」

 

 ラキュースが右手と治癒したての左手でキリネイラムをむんずと握り締めデイバーノックに迫る。デイバーノックはよろめきながら、なんとか縫いとめられて動けない自分の盾の後ろに潜り込んだ。せめて体制を立て直す時間ぐらいは稼がなくては。

 しかし—

 

「超技!突式ィ!暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)ォオ!!」

 

 ラキュースは走ってきた勢いのまま、キリネイラムを血肉の大男(ブラッドミート・ハルク)の胴体に突き立てる。キリネイラムの刀身がにわかに膨れ上がったと思うと、鋒から魔力の奔流が溢れ出し、漆黒の爆発が二体のアンデッドを串刺しにしてバラバラに引き裂いた。

 

 ラキュースが残っていた魔力をありったけ込めて出した大技だ。威力は十分。

 

 土煙の中、ラキュースはひとりごつ。

 

「偽りの命よ、再び眠りにつきなさい。」

 

 デイバーノックは消滅した。

 

 

「まさか、デイバーノックがやられるとはな。」

 

 ゼロが言葉とは裏腹にさして驚いた風でもなく言った。

 

「どう? これで3対1よ。諦めて降参する気になった?」

 

 ラキュースが得意になってゼロに聞く。

 

「ハハハ、冗談だろう。お前は魔力が尽きてる。(マーク)無しはさっきの俺のパンチで両腕がイってる。(マーク)有りも手負いだ。俺一人でも全員殺せる。」

 

 ゼロの言っていることは強がりではなく冷静に判断されたものだ。蒼の薔薇はダメージを受け過ぎている。ラキュースの魔力が尽きてティアとティナの回復が難しい以上、継戦は危うい。

 

 どうするか。簡単に逃してくれる相手でもない。

 

「お前からだ。貴族の嬢ちゃん。」

 

 ゼロが先程と同じく右腕を腰に据えて正拳突きの構えを見せる。ラキュースは歯を食いしばって、キリネイラムを正眼に構える。

 

 

 

「そこまでだ。」

 

 空中から声がした。見ると赤い外套を着た仮面の魔法詠唱者(マジックキャスター)が宙に浮いている。

 

「イビルアイ! どうして? ガガーラン達は?」

 

 イビルアイはゼロとラキュースの間に降り立つと、ラキュースに背を向けたまま答える。

 

「逃げるやつらは全員始末した。戻ってきたらこっちの方が苦戦してたからな、飛んで来たというわけだ。お前達は休んでろ、こいつは私一人で相手してやる。」

 

 イビルアイの言葉にゼロが片眉を上げる。

 

魔法詠唱者(マジックキャスター)が前衛も無しに一人で俺と闘うだと?」

 

 自尊心が前面に出たゼロの物言い。それを聞いたイビルアイはフッ、と短く笑った。ゼロが嫌悪感を顕にする。

 

「何がおかしい。」

 

 ゼロの問いにイビルアイは一層笑い声を高くした。

 

「お前では闘いにならんよ。来い、遊んでやる。」

 

 

 

 




説明しよう!
突式暗黒刃超弩級衝撃波とは!
通常の暗黒刃超弩級衝撃波の爆発に指向性を持たせ、攻撃範囲を突方向に限定する事で威力を集中させる奥義である!
攻撃が縦に長く伸びるので<電撃>と同じ要領で使えるぞ!
無属性攻撃だ!

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