女剣闘士見参!   作:dokkakuhei

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第12話 テーマパーティーのテーマ

「それでは、少々お待ちください。」

 

 クライムが王女の部屋の前で一行を待たせる。人払い等、客人を招き入れる準備をするためだ。待ち時間の間、ラキュースはリカオンに話し掛ける。

 

「そういえばさっきよく水に毒が入ってるって分かったわね。それにたとえ抵抗(レジスト)出来ると分かっていても飲んで確認するなんて中々豪胆なのね。」

 

「いや、分かってなかったよ?」

 

 きょとんとした顔でリカオンが答える。

 

「え?」

 

「単純に喉が渇いてたから飲んだんだけど、いきなり襲われてびっくりしたなあ。」

 

 しみじみと言うリカオンに対してラキュースはなんだかよく分からないが物凄く腑に落ちない気分を味わった。隣に居たクレマンティーヌがポンと肩に手を置き無言で頷く。その顔はじきに慣れるさと語っていた。

 

「お待たせしました。」

 

 程なくして、クライムが扉を開け一行を中に招き入れる。

 

「私は外で待っておくぞ。この男を中に入れるわけにはいかんし、どうせ私は飲み食い出来んしな。」

 

 イビルアイが仮面を指でコツコツ叩きながら言う。

 

「じゃあ俺も外にいるぜ。」

 

 とガガーラン。

 

「気を遣わなくてもいいぞ。」

 

「またまたー。俺と話ができて嬉しいくせに。」

 

「ふん。」

 

 イビルアイが鼻を鳴らしてそっぽを向くが、照れ隠しなのを誤魔化しきれていない。

 

「ふふ、じゃあ頼むわね。二人共。」

 

「…いいの? リーダー。」

 

 ティアが小声で聞いてくる。ティアが心配しているのは蒼の薔薇がここにいる本来の理由はリカオン達の監視であり、5人中2人がターゲットに目の届かぬところに離れてしまうのは拙いのではないかということだ。

 

「いいのよ。」

 

 イビルアイの判断は正しい。男を部屋に入れるわけにはいかないし、外での見張りが必要だ。その上、正体を知られたくないイビルアイは仮面を外すことができない。会の席で飲食しないのは不自然だ。よって見張りの適任である。

 

 そしてガガーランの判断も正しい。イビルアイ1人だけでは、見た目だけで勘違いした男が1人なら御せると踏んで脱出を図るかもしれないが、ガガーランがいればその心配も無い。外の騒ぎに乗じて何かしでかすかも知れないというのを先んじて防ごうというのだ。

 

 部屋の中の監視は万が一の時があっても初期動作の速いティアとティナがいれば充分だろう。2人は足止めと対象の護衛をこなさせたら右に出るものはいない。

 

 そしてラキュースはその万が一も起きないだろうと思っていた。今までのリカオン達を見ていると怪しい行動はなく…別の意味で怪しい動きはあったが、王女を狙っている素ぶりは露ほども感じなかった。

 

 イビルアイとガガーランを残し、ラキュース達は部屋に足を踏み入れる。リカオンが始めに思ったのは、王族の居室にしては意外に小さいということだ。調度品は立派なものが揃えられているが、大きさはパナソレイの部屋より少し小さいぐらいか。

 

「ようこそおいで下さいました。皆さん。」

 

 日の当たる南側の窓際、丸型のテーブルが置かれている方向から声がした。テーブルの傍らには1人の女性が立っている。まだ少しあどけなさが残っているが、美しい人だ。日の光を背にし、後光が差しているかの如く見えてなんとも神々しい。女性は好意的な笑みを浮かべ、まるで女神のような優しい眼差しでこちらを見つめている。

 

 例えこの女性を知らなかったとしても誰もが気がつくだろう。この人が「黄金」と称されるラナー王女その人なのだと。

 

「特に其方の御二方。ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフです。お会いできて光栄ですわ。」

 

 ラナーはドレスの裾を両手で摘んで礼(カーテシー)をする。

 

「リカオンでっす!」

 

「クレマンティーヌ。」

 

「うふふ、私の事はラナーと呼んで下さいまし。どうぞお座りになって下さい。」

 

 ラナーは一行を席に着くように促す。椅子の数は計ったように6つであった。

 

「では早速、パナソレイ都市長の手紙を見せて下さる?」

 

「ラナー、その前に言わなきゃいけない事が。」

 

 ラキュースがずいと身を乗り出す。

 

「何かしら。」

 

「さっきそこでリカオンが賊を捕まえたの。」

 

「まあすごい!」

 

 ラナーは胸の前で両手の指先を合わせ、驚いた様子を見せる。

 

「大事なのはここから。その賊、八本指の手先だったのよ。」

 

「…それから?」

 

 ラナーの声音が変わった。ラキュースは経緯をかい摘んで話す。ラナーは冷静に話を聞いていたが、リカオンに毒が効かないという話にかなり興味を持ったようだった。

 

「すごいですわ! それに毒の有無を確かめるために自ら飲むなんてとても勇気がおありなんですね。」

 

 ラナーが手放しでリカオンを褒める。それに対して周りの反応は芳しくない。ラナーは自分が何か変なことを言ったかという風に辺りを見渡した。

 

「いや、その下りさっきもやったんだけどね。」

 

 喉が渇いたので飲んだだけという説明を受けて、ラナーは先ほどのラキュースと同じようになんだか腑に落ちない顔をした。

 

「なんだかとても規格外な方なのですね。」

 

「いやー、それほどでも。」

 

「褒められてないよ。」

 

 照れるリカオンに対して冷静に突っ込むクレマンティーヌ。そろそろこの2人の関係性も定着しつつある。

 

 ラキュースは気を取り直し、リカオンとクレマンティーヌの2人組が来た本来の理由について話し出す。エ・ランテルに現れたモンガというアンデッドの早急な対策を打つべきという内容の文書も交え、ラナーの助成を求めた。

 

「本来であれば領内のいざこざはその領だけで解決すべき事、それが出来なければ為政者としての手腕を疑われかねない。都市長ほどの人がそれを分からない訳はないとすると、本気でモンガが国の危機になり得ると考え警告を発しているということね。」

 

 ラナーは瞑目し逡巡する。

 

「申し訳ありませんが、表立って動く事は出来ません。」

 

「まあ、仕方ないわね。現実的にそこまで被害が出てる訳じゃないし、情報が少ない今頭固い王国議会の奴らに理解が得られるとは思わないわ。」

 

「しばらくは水面下で対策を練るしかなさそうね。その代わりと言ってはなんだけど出来る限りの支援はしていくつもりです。そうだわ、リカオン様達と蒼の薔薇で一緒に行動してはどうかしら。八本指殲滅とモンガの情報収集同時並行でやるのはいかが?」

 

「ちょっと、簡単に言ってくれるわね。」

 

 ラナーの提案にラキュースは難色を示す。八本指だって手を焼いているのだ。これ以上面倒は背負い込みたくない。

 

「お願いよ。報酬は依頼2つ分出すから、ねっ? それに今回もリカオン様がいたお陰で八本指の手掛かりが掴めたんじゃない。」

 

「はぁ。分かったわよ。」

 

「こっちは異議無ーし。」

 

 リカオンもラナーの案に賛同する。

 

「表の男は私達で預かっても問題ないかしら。」

 

「ええ。」

 

 そこまで話が進んだところで壁際に待機していたクライムがおもむろにテーブルの側まで寄ってくる。

 

「お話し中のところ申し訳ありません。ラナー様、そろそろ時間です。」

 

「あら、そうなの?」

 

 気が付くと許可された面会時間を使い切ろうとしている。定刻までに門まで戻らないと次に入る時の審査が厳しくなってしまう。

 

「じゃあ今日はおいとまするわ。」

 

「よろしくね。」

 

 ラキュース達はラナーに別れを告げ、離宮を後にした。その際外に居た2人に今後蒼の薔薇とリカオン達が共に行動することになったと説明も行う。

 

「へえ、じゃあ今日はどっか食いに行こうぜ。リーダー、たまには奢ってくれよ。」

 

「んー。そうね、背中を預けることになるかもしれないし、親睦を深めるために私がとっておきの店を紹介してあげるわ。もちろん私の奢りでね。」

 

「やったー! 鬼姫リーダー大好き…いたたたた! 折れるから! 折れるから!」

 

 懲りないティナにアームロックを掛けるラキュース。ティナの肩はスクラップ寸前だ。

 

「お前ら、急がんと退場手続きに間に合わんぞ。」

 

 イビルアイが呆れたようにため息を吐く。もう怒る気も失せたようだ。そんな中クレマンティーヌがにやにやしながらガガーランにヒソヒソと話しかける。

 

「あんたも人が悪いね。」

 

「なに、俺もリーダーが青くなるところを見たいのさ。」

 

 

 ーーー

 

 

 客が居なくなった離宮。先程の賑やかさはすっかり消えてしまい。ラナーが1人窓辺に寄りかかっている。

 

「さて、と。」

 

 泳がせていた八本指の手先があっさり捕まってしまったので次の情報収集源に当たりをつけておかなければ。まあ、ちょっと予定が早まっただけで支障は無いか。

 

 それとパナソレイ都市長はあまり欲のない人間かと思っていたけど存外積極的に動いてきたわね。手紙の意図がバレバレだわ。あ、そうかアインザック冒険者組合長かラケシル魔術師組合長が一枚噛んでるのか。

 

 結構次の戦争の戦力確保に余念がないところを見るとエ・ランテルはよっぽど帝国にうんざりしているのね。でも私の手駒が増えてラッキーだったわ。

 

 ただ強力なのだけど、ああいう手合いは思い通りに動かすには少し工夫をしないとね。小さい方のお兄様みたく利己的で合理的な方であれば簡単なのに。

 

「んーしょ。」

 

 ラナーは大きく伸びをする。不安要素はない。今日も良く眠れそうだ。うとうととし出した時に扉を4度ノックする音が聞こえてきた。

 

「ラナー様、お休みのところ申し訳ありません。ラナー様にお会いしたいという方が。」

 

 クライムの声だ。本日の勤務は終わったというのにまだ働いているなんて、私の騎士はとても勤勉だ。そこにますます愛おしさを感じる。

 

「構いません。どなたかしら。」

 

「それが、ザナック様が。」

 

 あらあら、噂をすれば小さい方のお兄様。いったいどんな御用なのかしら。

 

「邪魔するぞ。」

 

 扉を無造作に開けて小太りで身なりの良い男が部屋に入ってくる。王国の第二王子ザナック・ヴァルレオン・イガナ・ライル・ヴァイゼルフである。

 

「邪魔だなんて。兄妹ですもの、いつでも歓迎ですわ。」

 

「ふん。いつも通りだが歯の浮くようなセリフを堂々と言えるものだ。」

 

 夜半に訪ねてきておいて礼儀の欠片もない態度のザナック。親しみに関しては微塵も感じない。クライムは気難しく眉根を寄せた。

 

「相変わらずねお兄様、お茶も要らないんでしょう? 用件だけ聞こうかしら。」

 

 ザナックは軽く頷くと、どこから話したものかと考え、持って回った言い方をする。

 

「今日、バルブロに来客があった。」

 

「それがどうかされました? 何か問題が?」

 

 ラナーは先を促す。ザナックがわざわざ嫌いなラナーのところまでやって来たのだ。何か重要なことがあるに違いない。それこそ王位継承争いに関係するような。ラナーに急かされたザナックは勿体ぶらずに続きを話し出す。

 

「客の名前はアインズ・ウール・ゴウン。ガゼフの知り合いらしい。なんでも命の恩人だとか。…何か知らないか?」

 

 ザナックは今宮廷でにわかに噂になっている人物の名前を出す。とは言っても謎の多い人物で何者かはまるで分からないのだが。

 

 ラナーは離宮に半軟禁状態で政治的情報からは遠ざけられている。普通ならば第一王子の客の事など知る由もないのだが、不思議なことにラナーはザナックが知りもしないことをいつも知っているのだ。

 

「アインズ・ウール・ゴウンなら知っています。」

 

 ザナックは瞠目する。確かにこの知恵を借りに来たのだが、いざそれを目の当たりにすると背筋が凍りつく。一体どこから情報を得ているのか、やはり化け物だ。

 

 ザナックの握った拳から汗が滲んで落ちる。まだ知らないと言われた方がマシだったであろう心の置き所を探す。

 

「旅の魔法詠唱者(マジックキャスター)で、戦士長が野党狩りをしていた折に逆に包囲され討ち取られようとした時に救われたとか。なんでも戦士長並の強さのアンデッドを使役するらしいわ。他にも…」

 

 そんなザナックの驚愕を余所にアインズ・ウール・ゴウンなる人物の説明をつらつらとしていくラナー。やはりザナックの知らない情報まで持っていた。ザナックは静かにそれを聞いている。

 

「…それが本当だとすると、そいつは何故バルブロに…? 売り込みか?」

 

「辺境から出てきたみたいだし、所縁のない土地だから後ろ盾が欲しいのかもね。」

 

 ザナックは口に手を当てて視線を落とす。暫くして納得したように顔を上げ、視線をラナーに戻した。

 

「売り込みにきた理由は分かった。だが何故親父でなくバルブロなんだ?」

 

「お父様はご高齢。世間一般に見て次の王に一番有力なのは誰かしら。」

 

 一般市民は内政状況に詳しくない。例え今見たく親王派と反王派に別れて熾烈な争いを繰り広げていようともそんな事は知らないのだ。人気が高いのはラナーだが、継承順位は低く即位は見込めない。他の者達の下馬評をまとめると順当に第一王子バルブロが次王に上がってくるというわけだ。

 

「はあ、現王は狙わず、ガードが甘いところに乗り込んで上手く取り入ろうって事か。」

 

 ラナーは言葉を発さず頷きだけで返す。ザナックは次に一番聞きたい事を質問する。

 

「アインズ・ウール・ゴウンは危険な人物だと思うか。」

 

「出自不明で、推薦が戦士長の時点で政治的発言力は少ないでしょう。しかし武力的カードとしては一級です。」

 

 ラナーの言葉にザナックは歯嚙みする。概ね自分の危惧している想定と同じ答えが返って来た。危機感を一層強める。

 

「…用件はそれだけだ。邪魔したな。」

 

 そう言い残すと扉を開けて早足に去っていく。大方レエブン侯にでも相談に行ったのだろう。側に控えていたクライムがゆっくり扉を閉め、礼をして帰って行く。去り際に手を振ってやった。

 

 ラナーは大きく溜め息を吐く。

 

「お兄様、40点ってところね。」

 

 お兄様も選民思想が強い。王侯貴族に傅くのは当たり前だという先入観があるから目が曇る。強大な魔術師ならどこの国でも引く手数多だ。他国より魔法詠唱者(マジックキャスター)の地位が低い王国にただ自分を売り込むだけなんておかしい事ぐらいちょっと考えたらわかるのに。

 

 つまりは他に理由がある。今のところ相手の意図が読みとれる行動として、接触してきたのが反王派を支持基盤に持つバルブロである事ぐらいか。

 

 …バルブロを裏で操って権力を手にする?アインズ・ウール・ゴウンは国盗りを狙っている…かも。

 

 そこまで考えてラナーは思考のギアを一段階上げる。エ・ランテルのアンデッドと強大なアンデッドを使役するアインズ・ウール・ゴウン。アンデッド関連で前例のない特筆すべき2つの事項。時期も近い。無関係なわけがなく、なんらかの企みがあるに違いない。

 

 私とクライムの安寧を脅かす存在は出来るだけ排除したい。しかし、それに躍起になって逆に立場を危うくしてしまうのは本末転倒だ。

 

 …エ・ランテルのアンデッドは宮廷内であまり表沙汰にしない方が良いわね。今はアインズ・ウール・ゴウンに対するカードを揃える時期。自由に泳がせておこう。入って来るモンガの情報は私で握りつぶす。

 

 こうなって来るとリカオンという駒が手に入った意味は凄く大きい。情報と戦力がいっぺんに揃った。

 

「ふわぁ。」

 

 そろそろ眠くなってきた。ベッドに潜り込む。

 

 アインズ・ウール・ゴウンがどこまでやるか分からないが、しばらくは退屈を忘れられそうだ。

 

 ラナーはそうひとりごちた。

 

 

 ーーー

 

 

 王国の隠れた名レストラン、ブルー・ペリリューシュでは凄惨な光景が繰り広げられていた。上客である蒼の薔薇が入店したところまでは良かったのだが、見慣れぬ御友人を連れていたのだ。

 

 始めはよく食べ、よく飲む客だという印象しかなかったが、1時間もすれば誰もがその異常さに気が付いた。

 

 食事を始めて既に3時間が経過しているのに口に物を運ぶペースが落ちない。

 

「おかしい。明らかに身体より食べたものの方が体積が大きい。」

 

「俺の時は本気じゃなかったのか…。」

 

 無限に続くかとも思える咀嚼音。リズミカルに響く音は店の在庫とラキュースの隠し財産(ヘソクリ)に対する絶命への足音(カウントダウン)のようだ。

 

「ふふふ、ははは、あっはっは!」

 

「リーダーがおかしくなった。」

 

 蒼の薔薇とリカオン達がこのレストランから出禁になるまで残り20分を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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