女剣闘士見参!   作:dokkakuhei

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第9話 言いまつがい

「御機嫌よう諸君、今宵の私は血に飢えていてね、悪いが君達でこの渇きを鎮めさせて貰おうか。」

 

 

 

「…。」

 

「…。」

 

「…。」

 

 

 

 

 

 やらかした。

 

 

 

 つい言葉に詰まって場違いな事を言ってしまった。20対の視線が鋭く刺さるのを感じる。授業中に先生をお母さんと呼んでしまった時ぐらい恥ずかしい。思わずNPC達に救いを求める眼差しを向けそうになったが、なんとか踏みとどまった。そんなみっともない事は恥を上塗りするだけだ。

 

 

「モ、モンガ?」

 

 クレマンティーヌが自信なさげに呟いた。

 

「知り合いなのか?クレマンティーヌ。ズーラーノーン関係者か?」

 

 身の丈程の大剣を持った男が尋ねると、それと同時に漆黒聖典の隊員達は一気に戦闘態勢に入った。いきなり現れた黒い全身鎧の男と魔術師風の女は雰囲気からして只者ではなく、クレマンティーヌと一緒にいる戦士風の女も十中八九ズーラーノーン関係者だ。もしかするとこいつらが噂に聞くズーラーノーン十二幹部なのかも知れない。

 

「隊長、どうしますか?」

 

 突剣を二本差しにした男がぼそりと言う。神官長から受けたこの任務は秘密裏に行わなければならず、目撃者は全て消すように指令を受けている。隊長はチラリとボールガウンの少女とその付き人達を見る。どうやらズーラーノーンの連中と対立していたようだが、このまま帰す訳には行かない。最悪の場合、同時に相手にすることになるだろう。

 

 戦う意思を見せた漆黒聖典に対していち早く反応したのはクレマンティーヌだ。大きく飛び退いて集団の動きを注視する。特に意識するのは隊長と呼ばれる男の事だ。

 

「へぇ、クレマンティーヌってば、私らとやり合うつもりなんだ。」

 

 眼鏡をかけた女がくすくすと笑った。

 

「なんだよ。大人しくしとけば見逃してくれんのか?」

 

「駄目だな。我々と一緒に来てもらおう、さもなければ死だ。」

 

 クレマンティーヌは軽口を叩くが隊長は容赦無く期待を切り捨てた。鋭い眼光が真っ直ぐとクレマンティーヌを見据え、瞬きすら許さない。

 

「チッ、やってやる!」

 

 クレマンティーヌはそう吐き捨てるとスティレットをもう1つ抜き取り二刀流の構えを見せた。

 

「あんたとは一度戦いたいと思ってたんだ。」

 

 腕に鎖を巻き付けた男が息巻いた。クレマンティーヌは知らない顔の男に目を細める。

 

「誰だァ?あー、私の後釜って奴か。弱そうなのが入ったもんだ。」

 

「ふん、俺の方が強いと思うがな。」

 

 両者の眼に殺意の炎が灯った。闘志が熱気を孕んでその身を膨らませる。

 

 

 

「静まりなさい!」

 

 

 

 一触即発の場で声を上げたのはソリュシャンだった。彼女はそのまま言葉を繋げる。

 

「無礼者共!こちらにいらっしゃるのは大商人ヴラド家の一人娘、シャルティア様なのですよ!」

 

 よく通る澄んだ声が森に響き渡った。

 

 

 ーーー

 

 

 時は少し巻き戻る。

 

 セバスは冷静に状況を整理していた。先程は任務中の主人の突然の訪問にたいそう驚いたが—といってもまだ完全に立ち直ってはいないが—今は自分のとるべき行動を模索していた。

 

 セバスは考える。アインズが降って来た時、セバスは反射的に臣下の礼を取ろうとした。しかしアインズの放った言葉は、今はモモンとして行動していると伝えていた。あの芝居掛かった台詞はわざわざ自分達にモモンの(ロール)をしているという事を教えるためのものであり、それを踏まえると衆人の目のある中で臣下的な振る舞いは拙い。

 

 セバスは一連の流れを思い起こす。アインズは地面に着地してから十分な間をとってから台詞を言った。つまり場にいる全員の注目を集めてから、全員に言い聞かせるように言ったのだ。アインズの計画はこの場にいるメンバー全てが関わっていると考えていい。ここにいる人間を問答無用で殺してしまうのは駄目だし、傷付けるのも避けた方がいい。

 

 セバスは観察する。言い争いをしているスティレットを持った女戦士と巨大な斧を持った男。完全不可知(パーフェクト・アンノウアブル)を看破した女。後から合流した集団達。その集団のリーダーと思しき男。隣で展開について行けずにきょとんとしているシャルティア。そして最後にソリュシャンを見た。

 

 ソリュシャンと目が合うと彼女は小さく頷いた。セバスは同じく頷きで返す。すると彼女は大きく息を吸い込み、発声する準備をした。といっても彼女はスライム種であり、人間の声帯とは構造が違うので本当は息を吸う必要は無い。擬態行動だ。

 

 

「静まりなさい!」

 

 

 一斉に周りの人間がソリュシャンの方を向く。

 

「無礼者共!こちらにいらっしゃるのは大商人ヴラド家の一人娘、シャルティア様なのですよ!」

 

 ソリュシャンの言葉と示し合わせたようにセバスはシャルティアの腕を引き自分の後ろに寄せた。

 

「シャルティア様、お下がりください。ここは我らに任せて脱出を。」

 

「ふぇ?」

 

 そう、今取るべき行動は自分の役割を自然にこなす事。ソリュシャンの機転で商人の一行となった我々は当たり障りなくモンスターに襲われた一般市民の演技をしなければならない。これならばアインズの考えている計画の邪魔をする事はないだろうし、もし間違っていてもその時は改めて目撃者を皆殺しにすれば済む話だ。

 

 気掛かりなのは一時でも主人の前で敬意の欠片もない態度を取らなければいけない事だ。執事である以上本来ならば許される事ではないが、アインズの計画を徒らに台無しにしてしまうよりよっぽどマシだろう。もしこの行動で主人の怒りを買ってしまったならば、その時は愚かな僕として甘んじて罰を受けよう。殺されても構わない。

 

 セバスはシャルティアを馬車のあるところまで下がらせ、自らは拳を握り胸の前まで上げて軽くファイティングポーズを作る。ソリュシャンが射線を遮るためにシャルティアと敵の間に飛び込んで来るのが見えた。

 

 その光景を見ながらアインズは感動していた。

 

(こいつら、もしかして俺の三文ロープレ芝居に付き合ってくれるつもりなのか?)

 

 セバス達が殉職も辞さないという覚悟をしている事とは裏腹に、アインズはシモベ達が健気にフォローしてくれていると思い不意に目頭が熱くなった気がした。涙腺があればうるっと来ていたに違いない。ただそんな感情もアンデッド特性ですぐに鎮静化される。

 

「ん?そういえば。」

 

 アインズは鎮静化されて冷静になった頭である事に気がつく。クレマンティーヌとかいう女、さっき俺の事を()()()()と呼んだような。この世界にその名で俺の事を呼ぶ奴はいない。やはり…。

 

 

「隊長、まずくないですか?」

 

 レイピアを持つ男が小声で隊長に話し掛ける。彼が言っているのは、名のある商人を手にかけたら大なり小なり足が着いてしまうだろうという事だ。始末しようが見逃そうが法国が秘密裏に動こうとしているのがバレてしまうという危惧をしているのだ。

 

 部下の心配に隊長の顔にも逡巡の色が見えたが、直ぐにいつもの涼しい顔に戻り隊員に命令を下す。

 

「いや、始末するのが得策だ。逃げられないよう注意を払っておけ。…どうした占星千里、顔が青いぞ。」

 

 隊長は後ろにいた隊員の異変に気が付いた。彼女は息を乱し歯をガチガチと鳴らしている。

 

「や、ヤバイです。ヤバイ…。」

 

「なんだ?商人をやっちまうのがそんなに心配か?大丈夫だろ。」

 

 斧を持った戦士が声を掛けると女は目を見開き、(かぶり)を振りながら喚き出した。

 

「違う!黒い奴!隊長並みに強い!破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)だっ!それだけじゃない!周りのガッ

 

「えっ。」

 

 突然喚き出した女は言葉の全て吐き出す前に姿を消した。仲間が驚いて周囲を見渡すと、遥か後方にグレートソードが腹を貫通する形で木に打ち付けられているのが見えた。四肢は力無く垂れ下がり、目は夜の闇のように虚ろで瞬きをしていない。夥しい量の血が放射状に広がっており夏の日の打ち水を連想させた。

 

 即死だった。

 

 

 

「五月蝿いぞ。」

 

 アインズがぼそりと呟いた。

 

 漆黒聖典はなぜ仲間が死んでいるのか分からず狼狽し、後退りをした。ただ隊長だけが何が起きたのかを理解することができた。

 

 黒甲冑の奴が殺したのだ。それもただ単純に持っていた剣をもの凄い速さで放り投げただけで。油断していたとはいえ自分ですら目の端で捉えられたに過ぎず、他の隊員では風が通り過ぎたぐらいにしか知覚できなかっただろう。隊長の額から顎にかけて汗が伝う。

 

(ふう、危ない危ない。相手の強さを見切る能力持ちだったようだな。確かタレントだったかな。シャルティアやセバスの強さがバレたら先のやり取りが不自然に思われるところだった。)

 

 アインズはグレートソードを投擲した右手をほぐすように軽く振る。

 

「さて、ナーベラル。」

 

「ハッ。」

 

 アインズの合図と共にナーベラルの腕からバチバチという音と眩い閃光が放たれる。

 

「全員散れ!」

 

「<散弾光(ライトニング・バラージ)>」

 

「スキル:甲山」

 

 ナーベラルが掌を前に翳すと無数の電撃がリカオン達と漆黒聖典に襲い掛かった。リカオンはスキルを使ってガードし、漆黒聖典のメンバーは瞬時に回避行動を取った。ただ一人、両手に盾を持った男が老婆を守るために電撃の驟雨に立ち塞がる。

 

 魔法が男に着弾すると轟音が鳴り響き、焦げた肉の臭いが辺りに充満した。見れば周りの地面には穴が穿たれ、木々は薙ぎ倒されている。漆黒聖典の隊員達はその威力に自分が当たった時のことを想像して絶句するしかなかった。

 

「無事か!セドラン!」

 

 老婆が駆け寄ると男は辛うじて首を縦に振った。身体中の皮膚が焦げてめくれ上がり、あちこちから出血をしているが絶命は免れたようだ。

 

(ほう、ナーベラルの魔法に耐えるか。)

 

 放ったのは第6位階魔法とはいえ、ナーベラルの強さを考えると盾男は単純に50レベル程度はある事になる。若しくはあの盾の雷ダメージカット率が優秀なのか、はたまた地面に接地した盾がアースの役割を果たしたかだ。

 

(それよりも。)

 

 アインズはリカオンの方を見る。奴は何やらスキルを発動したと思うと右手で高くガッツポーズをした。そうするとまるで避雷針のように周りの電撃が拳に吸い寄せられていったのだ。仲間を庇ったのだろうか。いや、唯ターゲットを奪ったというよりは無効化したといった印象を受けた。やはりあの女達は要注意人物だ。

 

 

「あれが破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)なのか?」

 

「使え!」

 

 隊長の発した使え、という語に漆黒聖典の隊員達の顔が引き締まる。無作為に散開していた個々人が老婆を中心とした方陣を組み、強固な守りの布陣と化した。

 

「何をする気だ?」

 

 アインズは圧倒的戦力差を見せ付けられながら敵がまだ戦意を喪失していない事に少々驚いた。そして敵の秘策の中心であろう老婆に目を凝らす。すると老婆の着ている服に入っている龍柄の刺繍が淡く光を放ち、生き物のように動き出した。

 

「む、止めろナーベラル。」

 

 アインズは直感的に刺繍の龍が何か恐ろしい力を持っている事を悟った。ナーベラルに吶喊を仕掛けさせ、自らも右手にグレートソードを握り後に続く。それに呼応するように漆黒聖典も迎撃の姿勢をとった。

 

「甲冑は俺が受け持つ。女は任せるぞ。」

 

 隊長は槍を両手に抱え、アインズ目掛けて跳躍した。矢の1射のように空を切り、目標までの距離を一足飛びに縮めて上空から渾身の一撃を放つ。アインズはグレートソードで正面から受け止めた。

 

 両者が激しくぶつかり合い、耳を劈く金属音が辺りに鳴り響く。この衝突の勝者は漆黒聖典隊長の方だった。アインズは衝撃に耐えきれず後ろに吹き飛ばされる。

 

「モモン様!」

 

 ナーベラルがつい、老婆から視線を外しアインズの方を見る。アインズは派手に吹っ飛んだものの、上手く両足で着地し続く攻撃を捌いていた。

 

「あんたの相手はこっちだぜ。」

 

 ナーベラルが気を取られた隙にいつの間にか突剣を持った男が目の前まで接近していた。すぐ後ろに鎖を持った男も見える。ナーベラルはやや右に進行方向を変えて攻撃を躱そうとするが男の素早い突きは容易くその動きに対応する。

 

 剣先が肩口に浅く入りローブを切り裂く。首元の留め金が外れ、ほつれた裾が垂れ下がって足に絡みついた。つんのめるようにバランスを崩したナーベラルに向かって鎖が蛇のように襲い掛かる。回避不可能なタイミングの攻撃にやむなく左手を防御に回した。鎖は二の腕に巻きついてその自由を奪う。

 

 ナーベラルは<次元転移(ディメンジョナル・ムーブ)>で鎖から抜け出そうとするが、何故か魔法が阻害されてしまった。この鎖の効果なのかもしれない。ぐいと引っ張るが男に繋がれた鎖は犯人を捕まえておく手錠のように解ける気配がない。

 

「チッ、この下等生物(ボウフラ)共め、大人しく殺されておけばいいものを。」

 

「もうあんたは逃げられない。このまま鎖に封じられて、これで貫かれて死ぬんだ。」

 

 突剣の男が大仰に剣を掲げた後、止めを刺そうと近づいてくる。ナーベラルは大きく溜息をついた。その様子に相手は得意げになる。

 

「どうした、諦めたか?」

 

「やはり下等生物(ワラジムシ)程度の頭しか持ち合わせていないのね。死ぬのはあなた達の方よ。」

 

 ナーベラルは自分の腕に巻きつき、男に向かって伸びている鎖を右手で掴んだ。

 

「<魔法最強化(マキシマイズマジック)伝導する龍雷(シーク・ドラゴン・ライトニング)>」

 

 バチィ!

 

 ナーベラルが魔法を唱えると同時にけたたましい破裂音がした。音源らしき場所には直立姿勢の人型の消し炭があった。突剣の男は消し炭が立っている位置や装備の残骸からそれがさっきまで一緒に戦っていた仲間であることを理解した。

 

「貴様!」

 

 我を忘れて飛びかかってくる男。ナーベラルは男を注視しつつ、視界の端に老婆の姿を捉える。刺繍の龍は大きくうねり、今にも獲物を喰い殺さんとしていた。その視線の先はアインズに向けられている。今いる位置では効果の発動を止めることはできないだろう。ならば。

 

「<感知増幅(センサーブースト)><上級筋力増大(グレーター・ストレングス)>」

 

 ナーベラルは男の浅慮な突きを潜るように躱し、伸ばされた右腕を左手で掴むと手前に引き寄せ、すれ違い様に膝蹴りを喰らわした。そのまま膝をついて蹲る男の襟首を右手で掴むと、体を半回転させ一本背負いの要領で男を放り投げた。

 

「何!?拙い!」

 

 老婆は発射を止めようとしたが既に龍は解き放たれた。龍は真っ直ぐアインズに向かって突進するが、目標に到達する前に射線に入った男に阻まれてしまう。龍と男が衝突すると眩い閃光が夜の闇を照らし出す。その後男は地面に倒れ臥した。

 

「おや?」

 

 アインズはこの光景に違和感を覚えた。てっきり体が粉々に砕け散るぐらいの威力があるかと思っていたのだが、男は原型を留めているどころかこれといったダメージがないように見えた。しかし直ぐに頭を回転させ1つの結論に至る。

 

「ああ、精神支配系か。」

 

 その言葉に目の前で槍を構える男の顔に僅かに動揺が走ったのが見えた。どうやら正解のようだ。精神支配系ならそこまで脅威ではない。ワールドアイテムでもない限りはナザリックに害を与えはしないだろう。

 

 漆黒聖典隊長は周りの様子を見ながら状況判断をする。目の前の甲冑と一対一であればまだ勝機はある。しかし今はいつまでもこいつの相手をしているわけにはいかない。ケイセ・ケコゥクのクールタイム中に女がカイレを殺してしまうだろう。ここは任務を一時中断し、安全に宝具を持ち帰る事が最優先だろう。

 

「撤退だ!早くしろ!」

 

 隊長の指示に隊員達は反射的に動いていた。老婆を守りながら移動していく。

 

「セドランはどうする!」

 

「置いていけ。」

 

 退却していく漆黒聖典にナーベラルは追撃の魔法を繰り出そうとする。

 

「ナーベラル。やめておけ、あれだけ暴れたんだ。奴らはいい宣伝になってくれるだろう。」

 

 アインズの言葉に一礼し、ナーベラルは下がる。集団を見送るとアインズはリカオン達を探す。しかしその姿は何処にもない。

 

「あれ?どこ行った?」

 

 キョロキョロと見回していると、セバスが近づいてきた。

 

「恐れながら申し上げます。女の二人組ならばアインズ様が戦われている最中に逃走致しました。」

 

「え、そうなの—ゴホン、そうだったか。」

 

 アインズは周りに部外者がいない事を確認すると、甲冑を解いて豪奢なローブを着たオーバーロードの姿に戻る。それを皮切りにシモベ達が一斉に片膝をつき臣下の礼を取った。

 

「面を上げよ。シャルティア、セバス、ソリュシャン。邪魔をして悪かったな。」

 

「とんでもございません。あの法国の者達が御計画に必要だったのでしょう?私達の事など気にせずとも。」

 

「…法国?」

 

「はい。アインズ様が来られる前、2人組の女とあの集団が口論になっておりましてその時漆黒聖典であると。デミウルゴスからの伝達の中にはその名は法国の特殊部隊のものでした。違いましたか?」

 

「い、いや。」

 

 待てよ。さっきのは法国の部隊なのか。アインズの目的は王国の冒険者を半殺しにしてよりモモンの脅威を世に知らしめる事であった。つまりはその目的を果たせず、部下の邪魔をした上、自分で手を出しちゃいけないと言っていた法国にちょっかい掛けたということか。これでは朝令暮改の謗りを免れないぞ。

 

「どうかなさいましたか?」

 

 固まって動かないアインズをセバスが心配そうに覗き込む。

 

「いや、大丈夫だ。今は話せないが全て計画通りだ。うん、大丈夫だ。」

 

「流石はアインズ様。」

 

 今はなんとか取り繕ったが、この件はセバス経由でデミウルゴスに報告が行くだろう。そうなったら誤魔化せる気がしない。駄目だ、やる事なす事全てが裏目に出ている。泣きそう。泣けないけど。

 

「あの、アインズ様。それで私らはこれから何をすればいいでありんしょう?」

 

 シャルティアが恐る恐る尋ねてきた。彼女達からすれば未だこれといった成果を上げておらず、何かナザリックの、ひいてはアインズのために役に立ちたいといった功を焦る気持ちがあるのだろう。

 

 その言葉にセバスとソリュシャンは眉を顰める。確かに今言い渡されている武技を使える人間の捕獲という任務の遂行中であるにも関わらず、次の指示を仰ごうとするのは臣下としては少々みっともない行為である。シャルティアもそれを自覚しているらしく、バツが悪そうに上目遣いでアインズを見つめている。

 

 ただこのシャルティアの行動(おねだり)はなんとか話題を変えたかったアインズにとっても渡りに船であった。

 

「そうだな。よし、お前達の案を採用しよう。お前達はこれから交易に来た商人という設定で王国に潜入し、先に逃げた二人組と接触及び監視をするのだ。目下一番の要注意だからな。」

 

 アインズの命にシャルティア達はおお、と感嘆の声を上げる。やはりアインズ様はもとより我々がどう行動するのか予め分かっておられたのだ。それに功積で目立たないシモベに重要な任務を与えて下さる寛大な処置。流石はナザリック地下大墳墓の最高支配者、我らが認めた至高の御方である。

 

 シモベ達はいっそう深く頭を下げる。

 

 アインズはその姿に満足げに頷く。指令を出す度にシモベ達に畏まられるのはいい加減もう慣れた。俺も成長したなと、なんとなく皆を眺めていると、アインズはソリュシャンの顔色が優れないのに気が付いた。

 

「どうしたソリュシャン。何か不満があるのか?」

 

 アインズが声を掛けると、ソリュシャンはびくりと肩を震わせておずおずと顔を上げた。結構優しく言ったつもりだったのだが、そこまで怖がらなくても良いのに。アインズは少し傷付いた。

 

「滅相もないことでございます。ただ…。」

 

「ただ?」

 

 アインズが続きを促すとソリュシャンは絞り出すように言葉を綴った。

 

「先程我々はアインズ様に無礼を働きました。その罰を受けないままでは他のシモベ達、何よりアインズ様に顔向け出来ません。」

 

 ソリュシャンの言う無礼とは商人を騙る時にアインズに臣下の礼を取らなかったことである。ソリュシャンの横でシャルティアもセバスも苦悶の表情になっている。

 

「ん?なんのことだ?」

 

 シモベ達は一斉に顔を上げる。その表情は一様に驚きに染まっていた。

 

「私はお前の言う無礼を認知していない。よってそのようなことは無かった。いいな。」

 

 アインズは本当に分からないといった態度を取っていた。つまりは先の行動は仕方のないことであり、それについて咎める気は全くないということ。

 

 嗚呼、アインズ様。我らの行動を全て赦し、優しく諭して下さる心の広さ。それは子供の過ちを無条件に受け入れてくれる親の愛のような。

 

 シモベ達は皆涙を流していた。セバスとソリュシャンは静かに雫を落とし、シャルティアは顔をくしゃくしゃにしていた。傍のナーベラルでさえも涙を禁じえなかった。

 

 

「お父さ…あっ。」

 

 ソリュシャンは無意識に出た言葉に自分でも吃驚していた。慌てて口を両手で覆う。顔は耳まで真っ赤に染まっていた。何度も言うが彼女はスライム種であり当然血液は無く、顔に血が上って紅潮する事もない。体色変化による擬態行動だ。

 

「失礼致しました!」

 

 ソリュシャンはすくっと立ち上がり一礼して現場を撤収しに向かった。シャルティアとセバスも一礼して後に続く。アインズはソリュシャンのような有能美人でも先生をお母さんと言ってしまう現象があるのかと思いちょっとほっこりした。

 

 数分で2つの死体と1つの死体のなり損ないを回収し、シャルティア達を見送るとアインズは甲冑を纏いモモンの姿に戻った。

 

「さてと、我々もナザリックに戻るか。おっとまだ

<完璧なる戦士(パーフェクト・ウォーリアー)>が続いていたな。ナーベラル、

<集団飛行(マス・フライ)>を頼む。…ナーベラル?」

 

 いつもは打てば響くような返事をするナーベラルが何故か声を掛けても固まっている。見れば何かを訴える視線をアインズに向けていた。微かに顔が赤く染まっており、手をぎゅっと握りしめ僅かに震えている。

 

「どうした?」

 

「…あの、一度だけ、私もお父様と呼んでもよろしいでしょうか?」

 

「ええ…。」

 

 

 この後、ナザリックにいるアルベドがプレアデス親子プレイ事件を聞きつけて一悶着起こすのだが、それはまた別のお話。

 

 

 ーーー

 

 

「ハァハァハァ。」

 

 森の中を風のように駆けていく一団がある。皆息急き切って満身創痍の表情だ。行きには12人いた部隊も今は3人減って9人になってしまっている。隊長はギリリと歯を食いしばる。3人とも人類の未来を担うべく漆黒聖典に入った者達、決して失っていい人材では無かった。

 

 敵を侮り過ぎていたと言うことか。隊長は首を振り後悔を頭から振り払う。今は余計なことを考えている暇はない。一刻も早く本国に帰還し敵の情報を報告せねば。

 

 隊長は振り返り隊員達を見渡す。全員疲れた顔を隠せないでいる。あの戦闘の後だ仕方があるまい。

 

「ん?あれは。」

 

 隊長は右後方に何者かの影を捉えた。

 

「お前達、先に行け。」

 

 そう言うと1人進行方向を変え、人影に向かって一直線に迫る。相手は気付かれたと分かった途端、逃げるそぶりを見せたがこちらの方が速く、直ぐに追いついた。

 

「…何者だ。」

 

 隊長は油断なく相手を見る。先程戦った敵とは対照的に白金の鎧を身に纏っている。醸し出す雰囲気は歴戦の猛者のものだ。

 

「何者だ!」

 

 誰何に答えない相手に声を荒げる。先の敗戦で少々気が立っているようだ。

 

「あー。法国の人には会う気は無かったんだけどなあー。」

 

 相手は何処か気の抜けた声を出した。しかし俺の事を法国の人間だと分かってるということは。

 

「評議国の手の者か。」

 

「まあ、隠しても仕方ないか。提案があるんだけどここはお互い何も見なかったということで矛を収めないか?」

 

「それは貴様が何故ここにいるかを聞いてからだ。」

 

 隊長は槍を固く握り締めた。

 

 

 

 






いろいろ捏造し過ぎました。やや反省。



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