英語は、楽しい文学や映画、コメディーなどに触れながら学ぶと、習得しやすくなります。具体的な作品を取り上げて、英語の日常表現や奥深さを、シェイクスピア研究者で大学准教授、自称「不真面目な批評家」の北村紗衣さんが紹介します。連載「文学&カルチャー英語」の第6回は、現代の英語圏の文化や社会を知るのにも欠かせない、イギリスの劇作家・詩人のシェイクスピアです。
※テキスト中のリンクが表示されない場合は、オリジナルサイト<https://gotcha.alc.co.jp/entry/20191220-kitamura-literature-culture-6>でご覧ください。
シェイクスピア劇入門には「代名詞」と「リズム」
この最終回では、私の専門であるウィリアム・シェイクスピアを扱おうと思います。
文法的に難しい文章を取り上げるというよりは、ここまでお付き合いくださった皆さんがシェイクスピアを英語で読もうというとき、楽しむために気を付けていただきたいポイントを2つ、書いてみたいと思います。
それは、代名詞とリズムです。
シェイクスピアのせりふは相撲のラジオ中継
シェイクスピアについて私がよく聞かれることとして、「なんであんなにせりふが多いのか?」というのがあります。
これは、17世紀初めごろまでのロンドンの舞台では、現代の劇場のような手の込んだ場面転換やセットの設営ができなかったことと関係があります。その事情のため、観客に劇中の様子を想像してもらうには、ほとんど全てをせりふで語らなければなりませんでした。
また、当時の劇場はかなり大きく、一説によると、ぎゅうぎゅう詰めなら3000人近い観客を収容できたという推定さえあるほどです(それだけ演劇の公演は盛況でした)。そのような劇場では、今みたいに高性能なオペラグラスがあるわけではありませんから、舞台の様子があまりよく見えなかったということも十分あり得ます。その場合に大事なのは、しっかりしたせりふです。
私はよく学生に、「シェイクスピアの芝居は相撲のラジオ中継だと思って見てください」と言います。相撲のラジオ中継は、テレビ中継と違って視覚に頼れないので、かなり詳しく技のかけ方などを説明します。シェイクスピアの時代の芝居のせりふも、ラジオ中継のような工夫がなされているのです。
シェイクスピアは現代英語の知識で読める
シェイクスピアが使っていた英語は、Early Modern English、日本語で「初期近代英語」とか「近世英語」と言われるものです。基本的に私たちが今使っているModern English(近代英語)につながっています。
例えば、『ロミオとジュリエット』(Romeo and Juliet)で、ジュリエットが愛する相手の素性を初めて知ったときに言う大事なせりふを見てみましょう。
My only love sprung from my only hate!
私の唯一の恋人が、唯一の憎しみから生まれたなんて!
1.5.138 (= Act 1, Scene 5, Line 138)
springの過去形としてsprungが使われていることにさえ気付けば、何の注釈がなくても、現代英語の知識で分かります(springの過去形はsprangというつづりの方が多用されるので、sprungは過去分詞だと思ってしまうかもしれませんが、sprungも過去形として今でも普通に使います)。
シェイクスピアは、その前のジェフリー・チョーサー(主著『カンタベリー物語』)などが使っていたMiddle English(中英語)に比べると、文法などについて特別に勉強しなければいけないことは、格段に少ないのです。今の英語がきちんと読めれば、すぐにでもシェイクスピアに取り組めます(私は「近世英語」の文法などを授業で習ったことはありません)。
ジュリエットがロミオに使う二人称はthou
そうは言っても、原文に立ち向かう前にいくつか覚えておいた方がよさそうなことがあるのは間違いありません。
一番問題なのは、二人称代名詞がyouの系列以外にもう一つあることです。現在の英語では、二人称代名詞は単数も複数もyouですが、近世のイングランドにはthouという二人称単数の代名詞がありました。これは /ðau/(ザウ)のように発音します。
フランス語やスペイン語、ドイツ語などを学んだことがある方はご存じでしょうが、ヨーロッパのいくつかの言語では、二人称の単数と複数が別々にあります。二人称複数の代名詞はより丁寧とされていて、初対面の人に対しては、相手が1人でも二人称複数の形で話し掛けることがあります。
英語も、昔はそのような形でthouとyouの使い分けがありました。
O Romeo, Romeo! Wherefore art thou Romeo?
ああロミオ、ロミオ!なんであなたはロミオなの?
2.2.33
これは、『ロミオとジュリエット』のジュリエットの有名なせりふです。ここでジュリエットがthouを使っているのは、一度会っただけのロミオにすでに強い親愛の情を感じているからです。
なお、artはbe動詞の変化した形で、ここでのwhereforeは今のwhyと大体同じです。
thouは代名詞なので、目的格や所有格があります。
| 二人称代名詞 | 主格 | 目的格 | 所有格 | ~のもの |
|---|---|---|---|---|
| 複数あるいは丁寧な単数 | you | you | your | yours |
| 単数(親しい間柄で使用) | thou | thee | thy | thine |
このthouは現代英語ではほぼ使われませんが、イングランドの方言ではまだ使用しているところもあります。
例えば、ロックバンドのカイザー・チーフスはリーズ出身ですが、2004年の大ヒット曲“I Predict a Riot”には“I tell thee”という歌詞があります。
この他、近世の英語では、二人称複数としてyouの代わりにyeを使うこともありました。
現代の英語では、主語が三人称単数のheやsheやitの場合、動詞の最後に(e)sが付きます。thouも同じように、後に来る動詞が変化し、現在形や過去形の場合には、動詞の最後に(e)stが付きます。つまり、動詞がdoなら“thou dost”、didなら“thou didst”となります。
be動詞については、thouでは現在形がart、過去形はwastやwertになります。
なお、三人称単数についても、動詞に(e)sが付くのではなく、(e)thが付くことがあります。“she hath”みたいな表現が出てきた場合、“she has”と考えればOKです。
thouとyouの使い分けで登場人物の気持ちが分かる
文中にthouが出てきたらyouに読み替えて考えればいいのですが、たまにyouとthouの使い分けが大事になることがあります。
シェイクスピア作品では、途中までyouで呼び掛けていた相手に対して、話者が急にthouを使い始めることがあるのです。これは今風に言うと、あるポイントから話者が「タメ口」になったことを示します。
例えば、『ジュリアス・シーザー』(Julius Caesar)では、第1幕第3場の72行目で、それまでキャスカに対してyouで話していたキャシアスがtheeを使い始めます。キャシアスはシーザーに対する陰謀にキャスカを誘おうとしているので、ここで人称代名詞がなれなれしいものに変わることは、キャシアスがおそらく本気を出してキャスカを引き込もうとしていることを示しています。
「ブランク・ヴァース」「弱強五歩格」とは?
もう一つ、重要なのがリズムです。
シェイクスピアのせりふの大部分は、「ブランク・ヴァース」(無韻詩)と呼ばれる、リズムのある詩で書かれています。
そして、シェイクスピア劇の大半は、「弱強五歩格」という詩で書かれています。これは基本的に弱い音節+強い音節の組み合わせが5回出てきて1行となるもので、つまり1行10音節から成っています。
例えば、『リチャード三世』(Richard III)の最も有名なせりふを見てみましょう。
A horse! a horse! my kingdom for a horse!
馬をくれ、王国をやる。
5.4.7
これは10音節1行の韻文で、次のように大文字で書いた音節を強く読みます。
a HORSE! a HORSE! my KINGdom FOR a HORSE!
極めてざっくり言うと、大体、現代で言うところのラップみたいな感じでリズミカルに書かれていると思ってください。
シェイクスピアのせりふは、たまに目的語が動詞の前に来るなど、語順が普通の英語の文法と違っていて読み取りづらいところがあるのですが、それはリズムを弱強五歩格に合わせるためです。現代のラップでも、普通ではやらないような読み方をして無理やりライムする(rhyme、韻を踏む)テクニックがあります。しっかりしたリズムのある文章を作るためには、詩人は結構、自由に言葉をいじってよいのです。
シェイクスピア劇の弱強五歩格のせりふは、どこを強調すれば一番、効果的な話し方になるかを考えて組み立てられています。
英語を話す際、どこに力点を置けばよいのかがあまり分からなくてうまく意図を伝えられないという学習者がいますが、弱強五歩格をひたすら練習すると、若干、どこを強く言えば相手に通じそうかというのが分かってくることがあります(私はそうでした)。
リズムの乱れは心の乱れ
一方、シェイクスピアの韻文のせりふでリズムがしっかりした弱強五歩格になっていない行は要注意です。
例えば、『ハムレット』(Hamlet)の一番有名な次のせりふは、11音節あります。
To be, or not to be ― that is the question
生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ。
3.1.56
破格な文なので、役者ごとに読み方がちょっとずつ違っていることがあり、かなり間をとって読んだり、普通なら強調しないところを強く読むせりふ回しをする人もいます。
この行のリズムが乱れているのは、おそらくハムレットの思考がざわついているからです。私は、シェイクスピアを読む際に、「リズムの乱れは心の乱れ」というのを標語のように学生に教えています。リズムからもハムレットが悩んでいることが分かるのです。
シェイクスピアを英語で読む際の基本的なコツを少しだけ紹介しました。
シェイクスピア劇に触れたい方におすすめ
実際に原文を読みたい方には、大修館から出ている日本語の注釈付きの教科書エディション「大修館シェイクスピア双書」がおすすめです。
日本語訳としては、白水社から出ている小田島雄志訳、ちくま文庫の松岡和子訳、角川文庫の河合祥一郎訳などが手に入りやすいと思います。
また、実際に舞台を見に行ってから読んだ方がかなり分かりやすくなると思います。戯曲は建物の設計図と似たようなもので、上演のための設計図です。設計図から頭の中で建物を組み立てられる人はそう多くありません。一度、舞台や映画を見てから戯曲に向かった方が、たぶん分かりやすいと思います。
英語でせりふを聞いてみたいなら、イギリスのグローブ座やロイヤル・シェイクスピア・カンパニーなどが出しているシェイクスピア公演の英語字幕付きDVDを見るのもおすすめです。リズムのあるせりふ回しが楽しめます。
今回引用した作品の「大修館シェイクスピア双書」はこちらの4冊です。
Early Modern English(初期近代英語、近世英語)について詳しく知りたい方は、こちらをどうぞ。
An Introduction to Early Modern English (Edinburgh Textbooks on the English Language)
- 作者:Terttu Nevalainen
- 出版社/メーカー: Edinburgh Univ Pr
- 発売日: 2016/11/01
- メディア: ペーパーバック
文:北村紗衣(きたむらさえ)
武蔵大学人文学部英語英米文化学科准教授。著書に『シェイクスピア劇を楽しんだ女性たち──近世の観劇と読書』(白水社、2018)、『お砂糖とスパイスと爆発的な何か──不真面目な批評家によるフェミニスト批評入門』(書誌侃侃房、2019)など。
編集:GOTCHA!編集部/トップ写真:山本高裕(GOTCHA!編集部)