日本の面影

Glimpses of Japan
失われる日本人の精神性に、将来を憂う  リンクフリー

本物の“大和撫子”入門 ③
~ 我の否定、徹底した自己犠牲精神 新渡戸稲造『武士道』より

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(2015.6.18)
「結婚して間もない彼は、自分が特別攻撃隊員として間もなく出撃することになったことを妻に告げ、日時がわかり次第知らせると約束した。出動命令が出たとき、彼は約束どおりそのことを妻に通知した。ところが彼の特攻機が離陸できなかった。代機が送られてくるまでの間、特攻出動の延期を知らされた数日後、彼は大阪の妻の実家へ急いだ。出撃ができずに生きている旨、電報で知らせておいたのである。ところが彼が着いたのは葬式の行列が玄関前から動きだす直前であった。妻は死んでいた。夫から出撃命令の知らせを受け取ったあと、彼女は夫の写真とその最後の手紙を前に正座し、剃刀で頸動脈を切った。電報は誤って配達され、悲劇を未然に防ぐ役割を果さなかったのである。彼は妻の死と自分の生存という事実の前に呆然自失となった。その後多年のあいだ強硬症の状態がつづき正常に戻らなかったそうである。」
『高貴なる敗北―日本史の悲劇の英雄たち』(1975、アイヴァン・モリス著)より。

これはその精神がアダとなって別の形で悲劇を生んでしまったものですが、勇敢な特攻隊員のみならず、この頃の日本女性、可憐でありながらどれだけ高潔で物凄かったかおわかりになれると思います。きっと二人は子宝にも恵まれ靖国で幸せに暮らしていることでしょう。
高貴な大和撫子が死んだのは戦後です。戦前はこの通り、まだ立派に生きていたのです。その精神のために数多くの人が死んでも、その魂はいろんな人が引き継いで生き続けてきた……それこそが偉大な日本の歴史。貴方たちは、この高貴な日本女性の血を引いた人々。パッパラパー洗脳マスコミやデタラメ教育に振り回されず、この精神を思い出して、生き方を変えましょう。

日本文化の随一の研究者で三島由紀夫とも親交あったアイヴァン・モリスの『高貴なる敗北』(詳しくは右画像クリック)は、ハリウッド映画『ラスト サムライ』の企画元にもなった著作で、敗北を恥じとしない日本人の不屈の侍魂、大和撫子の精神を世界に知らしめた大変な名著です。日本武尊(ヤマトタケルノミコト)、有間皇子、菅原道真、源義経、楠木正成、西郷隆盛ら、そして最後に神風特攻隊員について書かれており、外国人がこれほどまでに日本人の心を深く掘り下げた適格な洞察なしてるのに驚嘆されることでしょう。そして今の日本人自信が、如何に歴史ある日本人の精神について無知で無理解であるかを、きっと思い知らされることにもなりませう。

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(2014.9.20)
厳しい躾けの元、至上の精神で、男たちと日本を長いあいだ支え続けた武家の女たち。
その辺で、ナデシコなんちゃらとか気安く冠してる連中が、けがらわしく見えてしまいます。
本当に、世界一 女らしく、強い心を持っていた高貴な大和撫子をわかってるのかと……何とも腹立たしいです。
皆様、先人に恥じない生き方、してますか?

ここで紹介の会津戊辰戦争の一幕。『明治維新―歴史を変えた日本の戦い』 (ポプラ社コミック版日本の歴史) より(詳しくは画像クリック)

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(2012.11.25)   (戻る)
このシリーズの一連のエントリーを読んで、胸に突き刺さるような思いをしながらも、心が浄化されるような感覚を覚えた方、たくさんおられるのではないでしょうか。
【本物の大和撫子入門】《③最終章》は、武士道で求められた女性の理想像について、新渡戸稲造の『武士道』(1900)から(詳しくは右画像クリック)。
こちらも貝原益軒の『和俗童子訓』【女子を教ゆる法】の部分と同じく、『武士道』が求める女性像についての部分は文庫本で十数ページなので、1時間もあれば読み通せます。ぜひ『武士道』原文(和訳)のご本を読まれてみてください。
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新渡戸稲造 『武士道』 「武士道が求めた女性の理想像」より

【家庭的であれ、そして女傑でもあれ】

『妻を意味する漢字である「婦」は箒(ホウキ)を持っている女性を表している。その箒は当然ながら、結婚相手に対して攻撃したり、防御するために振り回すためではない。また魔法を用いるためでもない。
英語の場合、妻(wife)は織り手、娘(daughter)は乳搾りという語源から発生したが、漢字の「婦」の場合も、それに劣らず家庭的な語源である。』

『武士道は、同じく「自己自身を女性の有する弱さから解き放ち、最も強く、かつ勇敢である男性にも決して負けない英雄的な武勇を示した」女性を讃えた。したがって若い娘たちは、感情を抑制し、神経を鍛え、武器、特に長い柄の「薙刀(なぎなた)」と呼ばれる武器を操り、不慮の争いに対して自己の身体を守れるように訓練された。
しかし、この種の武芸習得の主な動機は、戦場でそれを用いるためではない。それは二つの動機、すなわち一つは個人のためであり、もう一つは家のためであった。主君をもたない女性は自分の身を護る術を鍛えた。女性は夫たちが主君の実を護るのと同じくらいの熱意でわが身を潔く守った。女性の武芸の家庭における効用は、後に見るように息子たちの教育にあった。』

【たとえ命を失おうとも、貞操を守れ】

『少女たちは成年に達すると「懐剣」と呼ばれる短刀を与えられた。その懐剣は時には彼女たちを襲う者の胸に、また場合によっては彼女自身の胸に突きつけられるのであった。実際には後者の場合が多かった。
彼女たちの懐中には常に彼女自信の武器がしのばせてあった。自害の方法を知らないということは女性にとって恥とされた。喉のどの部分を斬るかを知っておかなくてはならなかった。
また死の苦しみがいかほどであろうとも、そのなぎがらは乱れを見せず、端正かつ安らかな姿で見いだされねばならなかった。そのためには両膝を帯ひもでしっかりとしばる方法を知っておく必要があった。
貞操はサムライの妻にとっては最も貴ばれた徳目であって、生命を賭しても守るべきものとされていたのである。』

【女性に求められる務め、立居振舞】

『女性には芸事や、しとやかな日常生活が要求されていた。音曲、歌舞、読書をすることは決しておろそかにされなかった。踊り(芸者の踊りではなく、サムライの子女の踊り)は立居振舞をなめらかにするためにのみ教えられた。詩吟や鳴り物は父あるいは夫の憂さを晴らすためのものであった。
したがってその稽古は必ずしも技巧や芸そのものを学ぶためではなかった。究極の目的は心を浄化することにあった。
さまざまな芸事も、常に道徳的な価値に従うべきものとされ、音曲や舞踊は日常生活に優雅さと明るさを加えるだけで十分とされた。それらは見栄や奢侈のためのものではなかった。他人に見せたり、それによって世に出るためのものではなかった

それは家の中の気晴らしのためのものであった。たとえ他人を交えた集まりで披露されることがあったとしても、それは妻女たちの務めであり、いい換えれば、客へのもてなしの一部であった。』

家を治めることが女性教育の理念であった。古き日本の女性の芸事は武芸であれ、文書であれ、主として家のためのものであった。
彼女たちが身を粉にして働き、時には、生命まで棄てるのはひとえにその家名を守るため
であった。』

【自己否定なくして、「内助」の功はありえない】

女性が夫、家、そして家族のために、わが生命を引き渡すことは、男が主君と国のために身を棄てることと同様に、自らの意志に基づくものであって、かつ名誉あることとされた。
自己否定—-これなくしては女性の人生の謎を解く鍵は見当たらない。それは、男性の忠義同様に女性が家を治めることの基調であった。女性が男性の奴隷でなかったことは、その夫たちが封建君主の奴隷でなかったことと同じである

妻たちが果した役目は「内助」の功として認められた。妻女たちは奉公の上り階段に立っている。彼女は夫のために自己を棄て、夫はそれによって主君のために自己を棄て、最後に主君は天に従うことが出来るというわけである。』

武士道の教え全体が徹底した自己犠牲の精神に染めあげられており、その精神は女性のみならず、当然のこととして男性にも要求された、ということである。
一人のアメリカの女性解放運動家は、「日本のすべての若い女性たちよ。古い慣習に反対するために決起せよ」と叫んだ。だが、この自己犠牲の教訓が完全に消え失せない限り、日本の社会はこの軽はずみな考え方を受け入れないであろう。そのような反対運動は成功するだろうか。それによって女性の地位が改善できるだろうか。そのような性急な運動によって勝ち取られた権利は、果して現在、日本の女性たちが受け継いでいる極めて優しい気質や温順な振舞を失うことと引き合うだろうか。
ローマの女性たちが家庭のことを顧みなくなってから、言語に絶するほどの道徳的退廃が起ったではないか。あのアメリカの解放運動家は、日本の女性たちの反乱が、彼女たちが歴史的進歩のためにとるべき真の進路であると保証できるのだろうか。』

【家庭において最高に重んじられた女性】

『武士道は二項方程式の基準を持っていた。つまり、女性の価値を戦場と家庭の、双方で測ろうとしたのだ。戦場においては、女性は全く重んじられることがなかった。だが家庭においては完全であった。女性に与えられた待遇は、この二重の尺度に対応していた。すなわち女性は社会的、あるいは政治的な存在としては重要ではないが、他方、妻、あるいは母としては女性は最高の尊敬と深い愛情を受けていた
ローマ人のように軍事的な国民の中で、母親たちがなぜあのように敬愛されたのか。それは彼女たちがまさしくマトローナ(matrona)すなわち母親であったからではないか。男性は女性を戦士、あるいは立法者としてではなく、自分たちの母親として、その前に謙虚に脱帽したのであった。そのことは私たち日本人とて同様である。
父や夫が出陣し、家は留守になりがちであったため、家の中のやりくりはすべて母や妻の手に委ねられていた。子女の教育、時によっては家の防備も彼女たちに託された。私が先に述べた女性の武芸は、その子女の教育を賢明に実行していくためのものであった。』

『私には、日本人の結婚についての考えは、ある点で、いわゆるキリスト教徒よりも遥かに進んでいると思われる。
「男と女は合いて一体となるべし」(創世記)
アングロ・サクソン人流の個人主義は夫と妻が二人の人間である。とする考えから抜けられない。二人がいがみあう時、彼らにそれぞれ別の「権利」が認められ、二人の気が合う時は、あらゆる種類の馬鹿馬鹿しい愛称や、あまり意味のない、甘い囁きを交わすことに費やされる。
他人に対して夫や妻が、それぞれの半身のことを、それが善き半身であるか、悪しき半身であるかは別にして、かわいい、聡明である、やさしい、などと語るのを聞くと、私たち日本人にはとてもわざとらしく聞こえる
。』

『武士道に特別な徳目や教訓がサムライの階級だけに限られていたのではなかった、ということは驚くに当たらない。このことは、武士道の感化が日本人すべてに行き渡っていた、ということ・・・』
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新渡戸はクリスチャンでありながら、冷静にキリスト教徒の欠点やアングロ・サクソンの個人主義を批判し、この通り旧来の日本人の価値観・男女観の優位性をきっぱりと主張しています。

また女が命を賭けても貞操を守るというのは、江戸時代の子女教育書 貝原益軒『和俗童子訓』や【女大学】にも共通してますが、古き頃から一貫して日本女性の美意識とされていました。

女として自害を恐れない勇敢さは、明治維新直前まで江戸の長い太平の間もサムライの子女たちにおいて守り通されてきました。
『平家物語』で知られる、源氏に追い詰められた平家、安徳天皇とその侍女らの入水も有名ですが、会津戦争(1868)で朝敵とされて悲劇的な末路を迎えた会津藩、その記録から。
新官軍と戦うことになった会津藩の侍の妻子たちは、最後のサムライの子女であったと言うことも出来ると思いますが、追い込まれた会津藩の武将 西郷頼母の妻子たちは籠城せず、頼母の妻 千恵子(34歳)らと西郷家宅に残りました。

『千恵子が母 律子の部屋に入り、最後の用意を促し、やがて自室に入り、二歳の季子を抱き、夫の妹二人とわが子二人とともに、水杯をあげ、辞世を残し、まず三女田鶴子8歳を刺し、四女常盤4歳が驚いて叫ぶのを制し、
「汝も武士の子なるぞ」
と、さとしてこれを刺し、さらに断腸の思いで季子を刺し、刃をかえして、自らを刺して倒れる。
夫の妹たちも自害、母 律子と祖母も隣室で自害、居合わせていた多数の西郷家親族たちも自刃して果てた』
 (『会津戊辰戦争』平石弁蔵著より)。

けれども今の、私の人生、女の権利、自由、男女平等……そして命が大事。昔も今も同じ日本人、日本女性ではあるのに、似ても似つかない現代日本と当時の価値観とは正に対極。如何に日本人が精神侵略で心を蹂躙され、狂わされてしまったか!
新渡戸のいうアメリカ人女性の呼びかけに日本女性はなびいて、今や完全に屈してしまったわけです。日本人のDNAを思い出してください。

今のようにフェミニズム、女性の社会進出だの女権拡張イデオロギーが猛威をふるう前までは、現代の“戦場”と同じ位置づけとして、職場が男の“戦場”とほぼ同義であるように、日本では捉えられていたように感じます。少し前まで(概ね1980年代までは)、私の若い頃までは男女ともそういう認識があったし、私が子供の頃の教育のされ方も一般にそんな風でした。
そして女は内で、家を守って子供を育てる。女がそれに命を賭けることは、日本の長い歴史の中で培われ受け継がれてきた、日本の伝統・文化を守るための大事な慣習だったのです。

これが今やアメリカの白豚女にそそのかされて、「女の権利侵害!」、「なんで男だけ外で好き勝手やってんのよ!」……「なんで、好きだって言ってくんないの?」、「なんでカワイーって言ってくんないのよ!?」なーんて、新渡戸やかつての日本人にはわざとらしいものとしか聞こえなかった言葉の数々を、今の日本女性が騒いで求めるようなってるとするなら恥です。そうなってるなら、誇り高い偉大な日本女性が奴らに完全にたぶらかされて洗脳され、精神侵略が完了してしまったことを意味します。日本女性、大和撫子にとっての本当の強さを勘違いしないようにしましょう。  (終)

『ラブ・ラブ・モード』  ディミトリ・フロム・パリ  (1997)
Love Love Mode (Long Version) – Dimitri from Paris –

        
フランスのハウスDJ ディミトリ・フロム・パリですが、CDジャケットも日本のマジンガーZ風のロボットになってたり(詳しくは上右写真クリック)、大の日本アニメ好きだとか。日本人娘が「ラブ ラブ モード、ラブ ラブ モード」って繰り返すのが、外人からもとってもキュートに感じられるようです。もちろんヤマトナデシコのイメージとはかけ離れた曲。好きな曲ではありましたが、これが今の日本人女性のイメージとするなら口惜しい限り ^^)

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(始めから)◆本物の“大和撫子” 入門 ① ~ 『女大学』より

(戻る)◆本物の“大和撫子”入門 ② ~ 貝原益軒『和俗童子訓』【女子を教ゆる法】より

◆『エマニエル夫人』~『失楽園』~『千と千尋の神隠し』 女への阿婆擦れフシダラ洗脳工作の時系列ポイントと『或る女』

◆特に女の子の場合は、育て方をハッキリさせておかないとヤバイことになりますよ ~ 子育てについて① 女の子編

◆三船敏郎、チャールズ・ブロンソン、アラン・ドロン 往年の豪華キャスト ~ 侍の武士道の美徳が満開! 映画『レッド・サン』を見ました

◆“美人は得”のウソ ~ “カツマー”、“アムラー” バカ女の総称と思え! 共通するのは自己犠牲精神のなさ

◆大切なのは、どんな子を育てるかではなく、どんな子を育てる子に育てあげるか ~ 子育てについて③

◆1970年代後半から男を呼び捨て子供番組による男女平等精神侵略 ~ 日本人なら、女が男を呼び捨てにしてはいけません

◆映画『Sayonara』 愛を貫いて死を恐れない、ヤマトナデシコ~ 変れば変るもの。日本人の美意識

◆“男の浮気” と “子供の死” には覚悟をしておいた方がいい ~ 本当に強い女性とはこういうこと。女としてのポジション確認

◆女が仕える価値ある男、男が守るべき価値ある女 ~ 今の“男女平等”社会のままで目指せると思いますか?

◆美人はバカで性格悪いのが多い!? ~ 大切なのは、家族の幸せを願う自己犠牲精神

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この記事に対するコメント

  • 【前サイトURLのこの記事へのコメント】

    新渡戸稲造はアングロサクソン的なものやキリスト教徒にも批判的だったのですね。
    たとえクリスチャンでも、本物の日本人だったんだなと思います。
    たいへん勉強になりました。
    大輔 | 2012/11/26 10:55 AM

    「日本人は美男美女に弱い」
    「日本では美は正義」
    とか言われてますけど、
    でもそれ以上に「精神的な美しさ」を重要視しますね。
    これは外国人が成りすまそうとしても絶対に不可能でしょう。
    日本人ほど精神的価値観を大切にする、己が滅びかねないほど良心基準が高く、感覚が鋭敏な民族はいないのではないですか。
    同じ顔をしていても近隣アジア人はこの辺甘いし、
    表面だけ真似ようとして却って不自然になってる人いますしね。
    usas | 2012/11/27 8:47 AM

    無知な左翼どもは「貞操観念は明治時代に西洋から輸入されたキリスト教的なもの、昔の日本人は性におおらかだった」と嘯いています。
    大和撫子の貞操観念は武家の伝統に由来するものなのに。
    保守派 | 2013/01/26 3:55 PM

    中学2年の女です。
    とても勉強になるのでいつも見ていました。
    今はクラスメイトも整形した韓国モデルや絵の男の人ばかり好きでいつもその話ばかり、私の母親までなんで韓国モデルや漫画を好きにならないのなど言ってきます。
    私は基本的に細い男の人や軽い男の人が嫌いだと言っているのにです。
    私がおかしいのかなと思っていましたがそうではなく安心しました。
    私も昔の日本人を見習い、大和撫子のような女性になろうと思いました。
    赫映 | 2013/08/21 7:01 PM

    コメントされた赫映さん。
    中学2年生にして気付きを得られたことについて、とても感心いたしました。
    私は既婚の30歳女性ですが、これまで左翼の女性観・結婚観にどっぷりつかっておりまして、こちらのサイトに巡り会えて、最近ようやく目が覚めたところです。
    しかし、休日に、私が子育てで忙しくしている横で、主人が家でのんびりしているのを見ると、
    「なんで私だけ・・・」と心の中で思ってしまいます。そうではなく、母なのだから当たり前なのですよね。
    洗脳は根深いです。
    私のスタートは遅いですが、お互い大和撫子を目指し、日本の男性を陰ながら支えて参りましょうね。
    ゆきうさぎ | 2013/10/14 8:36 AM

    所謂サービス残業を受け入れ事を収めるというのは、自己犠牲の精神からきているのだろうと思います。
    人は知らず知らずに自己犠牲の精神を発揮している。これを意識して発揮する人が増えれば、いまの日本国が抱える多くの問題が一掃されるのではと思いました。(国と地方の財政問題。膨らむ社会保障費問題。伝統文化継承者問題と空き家問題。など)
    これを邪魔しているのが権利という価値観なのかもしれません。
    (生存権。職業選択の自由。など)
    ササニシキ | 2013/10/16 5:41 PM

    映画『陸軍』(昭和19年)
    http://www.youtube.com/watch?v=tf0UCWoBPqY
    戦争の末期に作られた映画です。
    それなのにリベラルな雰囲気もある作品になっています。
    日本の軍国主義も、左翼が宣伝する程ではなかったような感じがします。
    母親役の田中絹代の演技が光ります。
    通りがけ | 2013/10/18 12:52 AM

    勉強になります。私も『武士道』を購入して読んでみようと思います。
    現代は命を奪われる女性が多いですね。悲しいことであり、加害者を非難すべきことなのですが、どこか冷めた部分もあり、そろそろ悟りを開いて欲しいと思う今日この頃です。それと“なでしこ”と言えば全然そうじゃない女子サッカーですが、その命名の親とされる人物が2020年東京オリンピックの運営に関与しています。従ってその過程が大方の予想通りのものになりそうな予感がしてなりません。
    コオヤマキ | 2013/10/18 11:58 PM

    新渡戸稲造の武士道、今読んでいるのですが、左翼が読んだら確実に発狂するような内容ですね(笑)日本人が皆この本に書いてあるように振る舞うようになればいいのにと思いました。
    サファイアさんがご紹介される本は為になる本ばかりです。マスコミがごり押しする本は下らない物ばかりでうんざりします。
    stripe | 2015/02/26 9:33 PM

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