2014年11月にFC今治のオーナーになってから、ひとまずのターゲットとして見据えてきたJ3昇格を、今季の日本フットボールリーグ(JFL)で3位になり、ついに果たすことができた。15年に四国リーグで優勝、17年からJFLに戦いの舞台を移し、3シーズンを過ごしてやっと手にしたJリーグへのチケット。これまでクラブを支えてくれた方々にあらためて感謝と御礼を申し上げたい。
喜びの余韻に浸る暇もなく、今はJ3を戦う来季の体制を整えるのに必死だ。今季限りでユニホームの胸のスポンサーが降り、新たなスポンサーが必要になった。J3昇格に尽力してくれた小野剛監督は日本サッカー協会に戻ることになったので、こちらの後任探しも急務。そんなこんなで最近は夜ごとアルコール付きの営業活動に奔走中。どこで何をしているのか、自分で分からなくなる時があるくらい、目の回る忙しさだ。
そういえば先日、ザッケローニ元日本代表監督と会食する機会があった。「今治に来ない?」と誘ったが、丁重に断られた。ザックのところには中国方面からペップ・グアルディオラ(マンチェスター・シティー監督)並みの待遇でオファーがあるというから、はなからこちらに勝ち目はないのだが。
■本にしてブラッシュアップ、気づきも
さて、今治を実践の場に体系化を図ってきた「岡田メソッド」。その試行錯誤の結果をこのたび、英治出版から書籍として世に送り出すことができた。
本作りを始めたのは1年ほど前からだ。その前段として、メソッドそのものを作り上げる作業に3年かかったが、本にすることで、メソッド自体がよりブラッシュアップされたと感じている。「全体を通して見たら、こことここは関連性がある」というような気づきがあり、中身がより整理されたというか。
メソッドの中で技術、戦術、パス、サポート、ピッチの場所など、ありとあらゆるものに名前をつけて分類した。メソッドを作る段になって、共通言語だと思っていたことが必ずしも共通ではないことに気づいたからだ。「くさびのパス」という言葉一つとっても、私は「縦パス」を、他の者は「横から入れるパスもそう」「斜めのパスもある」とイメージする。手あかにまみれた言葉ではそれぞれが勝手にいろいろイメージするのでコミュニケーションがうまく取れない。選手も混乱する。
それで、まだ誰も知らない言葉をあえて編み出し、明確に定義して使うことにした。その言葉を聞いた時、コーチも選手も全員が同じものを頭に描けるように。
くさびのパスに船の錨(いかり)の縦の部分である「シャンク」という名をつけたのは、「海賊の末裔(まつえい)が大海原に出ていく」というFC今治のコンセプトに沿ったものだ。釣りを意味するキャスティング、波を意味するウエービングといった戦術用語もある。今治という土地でメソッド作りに取り組んでいなかったら、まったく違う言葉になっていたかもしれない。
実は、メソッドの中身を本にする気などまったくなかった。指導法はコーチその人の身につくものであり、マスターしたコーチが外に出て行って、広めてくれれば、それでいいと思っていた。
しかし、会社の弁護士さんから知的財産権を著作権で確保するために出版を勧められたのだった。
この本を出したことで岡田メソッドが完成したとか、この本に書いてあることは絶対に正しいとはつゆほども思っていない。メソッドというものは日々ブラッシュアップされ、更新されるものだから。原則には不易な部分もあるけれど、チームとして目指すスタイル、プレーモデルが違えば、原則にも違いがあって当然。本に書かれた内容を金科玉条のように扱わず、むしろ私の想像を超えた形で変化していくことは大いに期待しているところでもある。
■サッカー協会ではメソッド作り難しく
我々もこの4年の間に次から次にいろいろな発見や気づきがあって、かんかんがくがくの議論を経て修正、改善を繰り返してきた。そんな議論のたたき台になるという意味では、まあまあのものはできたと思っている。指導の良しあしやコーチの評価をする際の一つの物差しにもなると思う。
「岡田メソッド」のようなものは今治という小さな単位ではなく、日本サッカー協会のような本家本尊の組織が取り組むべきだという意見がある。私には、それは違うというか難しいという認識がある。
メソッド作りの順番はまず「スタイルありき」が来るからだ。そのスタイルを表現するためにプレーの原則を体系化したプレーモデルを構築する必要があり、そのプレーモデルは「共通」「一般」「個人とグループ」「専門」という4本柱の原則で構成される。岡田メソッドはそういう入れ子構造になっている。
長年の監督経験から「日本人が世界で勝つにはこういうサッカーがいいのでは」という思いが私にはあり、それを実証する場として今治を選んだ。「FC今治にはこういうスタイルで戦ってもらいたい」という明確な像が私にはあるわけで、それを実現させるためにオーナーにまでなってメソッド作りに取り組んだ。
日本サッカー協会ではこうはいかないだろう。腰を据えてメソッド作りに取り組める体制もスタッフもいるが、出発点の「スタイル」のところから一歩も前に進めないように思うのだ。「日本が勝てるスタイルはこうだ」と誰かが主張しても、「俺はそうは思わない」「俺の考えはこうだ」という異論・反論があちこちから噴き出て、結局スタイルを一つに絞れない。百家争鳴の状態になる。そうやってスタイルが決まらなければ、メソッドも作りようがない。
Jリーグのクラブはどうか。絶対的に引っ張っていく人間がいるクラブが少なく、指導者が代わると考え方も変わるクラブが多い気がする。メソッドを持っているクラブがあっても、体系化までできていないのは、それが理由だろう。
メソッド作りに携わったことでサッカーの見方が随分と変わった。一言でいうとサッカーが整理できた。これまで私は「サッカーは理屈だけでは片づかない、複雑系のスポーツだ」と語ってきたが、ある程度の整理はできるのものだと今では思う。
例えば、これまでなら感覚的に「なんか変だな」「リズムが悪いな」「距離感が良くないな」と把握していたものを、今は「キャスティングからウエービングの段階で失敗している。それは第1エリアに味方がいないからだ。だったら、ここに人を割いてみよう」という具合に原則に沿って試合を見られるようになった。
言葉の定義づけを明確にすることで、指示にしても曖昧さが排除された。サポートという行為にしても「もっと周りが助けてやれ」といった抽象的なものではなく、「1のサポート(緊急)をやろう」「2のサポート(継続)をやろう」と自分たちで定義づけたサポートの仕方を具体的に選手に伝えられるようになった。
そういう話をすると「監督をまたやってみたらどうですか」と言われる。そういう気にならないように昨年、S級ライセンスを返上したので無理。
■守を押さえ、後は破って離れていけ
メソッドを作ってあらためて確認したのは、物事を習得するのに「守破離」という道筋は本質を言い当てているということ。日本では「守」の部分を上意下達というか、問答無用でたたき込もうとするから、やれ封建的だ、古くさい指導だと批判される。あるいは守をきちんと教えずに、いきなり破と離に選手を向かわせ、それができないと「センスがない」「努力が足りない」と怒る。それでは選手は困惑するばかりになる。
岡田メソッドは、まさにその基礎にあたる「守」の部分を16歳までに系統立ててロジカルに指導していく。そこを押さえたら、後は自ら破って離れていけばいい。それは私がチームづくりの際に常に念頭に置いている「チームを、選手を、生き生きとさせる」ことにつながると思っている。16歳を過ぎ、大人になって監督に何か注文をつけられたときに、言われたとおりのことしかやれないようでは生き生きなんてできない。メソッドの究極の目標は選手が主体的かつ能動的にプレーできるようになることだ。
来年正月の全国高校サッカー選手権に愛媛から今治東中等教育学校が初出場することになった。全国大会に出るチームをつくるというのも今治モデルのKPI(重要業績評価指標)の一つであり、経験豊富な谷謙吾監督の手腕によるところが大きいが、同校にはうちのコーチも教えに行っていたので心から喜んでいる。晴れ舞台で今治の子たちがどの程度やれるのか。そんな楽しみも抱えて、新たな年を迎えたいと思っている。
(FC今治オーナー、サッカー元日本代表監督)
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