女剣闘士見参!   作:dokkakuhei

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第5話 筋肉同盟

 リカオンがエ・ランテルに来て3日目の朝となった。昨日の夜、クレマンティーヌに部屋から締め出されてしまったリカオンは仕方がなく廊下で睡眠を取っていたが、研究室から出て来たリィジーに邪魔になるからと朝早くに叩き起こされていた。同時にリィジーはいつの間にかクレマンティーヌという宿泊客が増えていた事に疑問を覚えたが、ポーションの研究の前には些細な事だと、特に咎めることはしなかった。

 

「あれ、ンフィーは?」

 

「ああ、ポーションの原料となる薬草が切れかかっていたのでな、森に採取に行かせたんじゃ。急に通常の営業を止めるわけには行かんのでな。今頃は冒険者組合で依頼を出しとる頃じゃろうよ。」

 

「森に?面白そう!」

 

 今からついていけばまだ間に合うだろうか。リカオンは急いで支度をする。

 

「そうだ、クレアも行くでしょー?」

 

 眠い目を擦りながら部屋から出て来たクレマンティーヌは言葉を発さずにただ右手で追い払うようなジェスチャーをする。一人で行って来いという事らしい。そして家人のように食卓に座ると卓の上にあったリンゴを躊躇いもなく齧り始めた。中々図々しい奴だ。

 

「ちぇー。ノリの悪いやつ。」

 

 リカオンも同様にリンゴを手に取り、歩きながら食べる。こちらも人のことを言えたものではない。

 

 

「おーい。誰かいないか?」

 

 リカオン達がシャリシャリと音を立てて朝食に勤しんでいると、店先の方から声がする。どうやら朝早くから客が来たらしい。

 

「おばあちゃん。お客さんみたいだよー!」

 

 奥にいるリィジーに呼びかけるが返事はない。再度研究室に閉じこもってしまったみたいだ。仕方がない。居候の身だが少しは役に立とう。リカオンは店先に顔を出そうと、販売スペースに続く暖簾を潜ろうとする。しかし同時に向こう側から来た巨大な影に行く手を阻まれた。縦横にでかい偉丈夫はこちらの姿を認めるや否や質問を投げかける。

 

「すまねえ。悪いと思ったんだが、ちょっと聞きたいことがあってな。先日、この街でアンデッド騒ぎがあったと思うんだが、そいつを撃退した戦士ってのがこの店にいるって噂を聞いてな。それで、…どっちだ?」

 

 いきなり店に入って来た人物はリカオンとクレマンティーヌを交互に見比べて、威圧するような声で尋ねた。近くに立つリカオンはこの異様な客を繁々と見つめる。雰囲気からして恐らく女性だが、太い首に鎧の上からでもわかる美しい逆三角形、がっしりとした下半身、頭から爪先まで余すところなく逞しい肉体をしている。装備は重鎧と刺突戦槌であり、彼女の戦闘スタイルを如実に表していた。

 

「あんた、ガガーランじゃない?」

 

 クレマンティーヌは椅子に腰掛けて視線だけこちらに向けながら問いを被せた。それを聞いた客は呵々と笑う。

 

「なんだ、俺のこと知っているのか。それだったら話が早い。」

 

「これ見よがしにアダマンタイトのプレートを下げていたら誰だって分かるよね。…実は前からどんなものか、見てみたくて。」

 

 クレマンティーヌはすっと立ち上がった。そして相手の威圧と張り合うように真正面からガンを飛ばす。ガガーランも負けじとクレマンティーヌを睨みつけた。両者の目線がぶつかり、空間に火花が散る。

 

「俺のこと知ってて喧嘩売るってことは相当自信あるみたいだな。いいぜ、表に出ろよ。化け物を追っ払った実力、見せてもらおうか。」

 

 ガガーランの呼びかけにクレマンティーヌは即座に応え、顎で外に出るよう指示する。挑発的な態度に空気は益々熱を帯びる。

 

 

「んー。それ、私だと思うよ。」

 

 しかし、すっかりやる気になった2人が通りに出ようとした所にリカオンが水を差した。ガガーランは敵意の発生源から注意を逸さぬように視線だけ移動させてリカオンの言葉の真意を探る。

 

「何だって?」

 

「アンデッド騒ぎの事でしょ?当事者は私だと思うけど。」

 

 リカオンは指についたリンゴの果汁を一本一本舐め取りながら答えた。ガガーランは再度リカオンの方に向き直り、そして観察する。相手はここで今まさに諍いが始まろうとしていたにも関わらず、自然体を保ったままだ。こちらを見ているが、それは敵を見据えると行った風ではなく、何方かと言えばサーカスの珍獣でも見るかのような純粋な興味の視線であった。

 

 ガガーランは相手の態度の観察から、相手の性質の観察に移行する。とぼけた顔をしているが体つきや姿勢は戦いに身を置くものの特徴を備えている。また、先のガガーランの威圧に怯まなかったところを見ると実力に自信ありといった所だろうか。

 

「へぇ、つまりお前がアンデッドを撃退したと…ん?…どうしたんだ?」

 

 リカオンの視線が自分の腕に集中している事に気がついたガガーランは疑問を呈する。

 

「あのさ、ちょっとここからここまで、外してもらっていいかな。」

 

 どういう意図かはわからないが、リカオンはガガーランに腕の鎧を指差して、それを取るように言っている。ガガーランは何のことかと思ったが相手が期待するような目で頼むので、左のガントレットからリアーブレスまでを外して卓の上に置いた。人前で装備を外すなど、いつもなら拒むのだが、リカオンの不思議な雰囲気がそれをさせなかった。

 

「力瘤作ってもらっていい?」

 

「?」

 

 ガガーランは言われるがまま上腕二頭筋に力を込める。

 

 

 

 

 

 

 

「ああ…。キレてる。堪らん…。」

 

 リカオンはガガーランの筋肉にうっとりとした恍惚の表情を浮かべ、筋肉の割目や血管にそっと指を這わせる。完全に自分の世界に入っている。ガガーランの方は真正面に自分の筋肉を褒められたのが嬉しいらしく少し満足げだ。

 

「ええ…。」

 

 クレマンティーヌはその光景にドン引きしていた。

 

 

「すまない、誰か居ないか!」

 

 戸口からよく通る男の声が聞こえた。また客が来たようだ。その声には何処か余裕のない印象を受けた。厄介ごとの匂いがする。リカオンとガガーランは筋肉の世界から我に帰ると、何事かと店の前まで出て行く。そこには首に白金のプレートを下げた魔術師風の男がいた。男はアダマンタイトのプレートを下げたガガーランに目の玉が飛び出るほど驚いていたが、すぐ平静を取り戻すとここに来た経緯を話し出した。

 

 聞くと彼はンフィーレアの依頼を受けた冒険者チームの1人だという。冒険者組合で依頼内容の打ち合わせをした後、一度装備を整えるため解散し、再び集合したのだがンフィーレアの姿が見えないらしい。仲間と手分けして大きい通りや都市外へ続く道、街道沿いは探したのだがついぞ見つからなかった。そのためバレアレ店にやって来たのだという。目ぼしい目撃情報もなくほとほと困り果てた後の一縷の望みをかけての来店であった。

 

 ンフィーレアが不在であることを告げると彼は肩を落とし、他に何か知っていることはないかと尋ねる。しかし今日、ンフィーレアは朝早くに店を出て行ったきりでリカオン達は行き先について何も知らなかった。1人、クレマンティーヌだけは何か思い当たる節があるのか少し鼻白んだが、その機微に気が付くものはこの場には居なかった。それを聞いた男は男は益々落胆したように溜息を吐く。

 

「先に行ったんじゃない?」

 

 リカオンが率直に聞いた。

 

「荷は全て置いて行っているんだ。しかも荷造りの途中で。身1つで街を出るなんて考えられない。」

 

「誰もンフィーレアを見ていないのか?有名人なんだろ、誰かの目に止まっていてもおかしくないんじゃないか?」

 

 ガガーランも疑問を口にする。

 

「いや、俺たちが聞いて回った結果、ンフィーレアさんを見たって人はいなかった。」

 

 男の言葉にガガーランは考え込む。そして何かを思いつくと、矢継ぎ早に質問を浴びせかけた。

 

「解散してからンフィーレアがいなくなったと気付くまで時間はどれくらいだった?」

 

「ん、25分ってとこか。」

 

「聞き込みをしたのはどこの通りだ?」

 

「ティ・ヤンツ通りとナ・シャルフェン通り、後はリ・リール通りにリ・カプルルース通り、ラ・パズス通りってとこだな。」

 

「外壁の周りは見たんだな?」

 

「仲間の盗賊が高いところからぐるっと辺りを見回したが、外にも内にも見つからなかった。」

 

「最後、解散したのは何処だった?」

 

「組合の前だ。集合予定もそこだったし、ンフィーレアさんはそこで待つと言っていた。」

 

「ふむ。」

 

 ガガーランは腕を組んで神妙な顔つきをしている。

 

「ねぇ、何かわかったの?」

 

 リカオンがガガーランに尋ねる。するとガガーランは冷静に言い放った。

 

「ああ、ンフィーレアの場所がな。」

 

 その場にいる全員の顔が一斉にガガーランに向いた。男は特に信じられないという顔をしている。それもそのはず今まで自分たちが必死になって探した上で見つからなかった目標を話を聞いただけで何処にいるか当てて見せようと言うのだから真に受ける方がおかしい。だがガガーランはそんな周囲の視線を物ともせずに説明を始め出した。

 

「先ず、これだけの時間が経っているにも関わらず誰にも目撃されていないことから、ンフィーレアは屋外にはいない。通りにも裏道にもな。何処かに移動したと考えられるだろう。聞き込みをした通りの位置や、防壁回りと街道にいないことからして、見つからないように移動する経路は、リ・リール通りの裏を抜け区画を3つ進んだ後、西に転換して更に3区画、リ・オースティン通りの端を横断してまた裏道へ入る。続けて西進して外周部へ、墓地の方だな。」

 

 ガガーランは都市の地図を指で指しながらルートをなぞる。そこに冒険者の男が食い付いた。

 

「ちょっと待ってくれ、ンフィーレアさんがなんでそんなところに行くんだ。」

 

「いや、あくまで状況判断で理由はわからん。これは憶測なんだが、多分誘拐されたんじゃないか?身代金目的かなんかの。」

 

 

 ガガーランの言葉にその場にいるものは押し黙る。皆何か言いたげだ。ガガーランは気不味い雰囲気の理由が分からないといった顔で、眉根を寄せ、目で他の3人に説明を促していた。リカオンは他2人の顔を伺いながら代表して口を開く。

 

「…ガガーランって見かけによらず頭良いんだね。」

 

 クレマンティーヌもうんうんと首を縦に振っている。男もあからさまな同意はしないが、表情は同じ言葉を語っていた。

 

「…あのな。アダマンタイトが筋肉バカで務まるわけないだろ。」

 

 ガガーランは呆れたように溜息を吐いた。

 

 

 ーーー

 

 

 リカオン、クレマンティーヌ、ガガーランの3人は乗りかかった船と、ンフィーレア捜索に乗り出した。クレマンティーヌは乗り気ではなかったがリカオンに無理やり連れてこられていた。

 

 そうして目下ンフィーレアがいるであろう共同墓地の探索をンフィーレアの依頼を受けた冒険者チームと共にする事にしたのだが、問題が1つあった。エ・ランテルが戦争拠点であり、毎年大量に出る兵士の死体を埋葬する場所を確保するために、この墓地は広く作られているのである。

 

「本当にこんなところにいるの?」

 

 不揃いな墓標の山を掻き分けつつ一行はンフィーレアの痕跡を探す。

 

「状況的に可能性が高いっつーこった。ここにいなけりゃ後は地下下水道ぐらいだろ。」

 

 そう答えるガガーランの周りにはンフィーレアの依頼を受けた冒険者達5人が囲んでいる。メンバーは戦士2人に盗賊、魔力系と信仰系の魔法詠唱者(マジックキャスター)が1人ずつだ。皆羨望の眼差しでアダマンタイトのプレートを見つめていた。やはり自分たちが目指す最高位の称号に憧れを抱いているのだろう。自らの白金のプレートを握りしめて、冒険者として上り詰めるという決意を新たにしている。

 

 そんな様子を見ながらクレマンティーヌは自分の次の行動を考えあぐねていた。ンフィーレアは十中八九墓地にいるだろう。そしてその犯人も彼女には分かっていた。

 

 クレマンティーヌは懐に手を入れて叡者の額冠の位置を確認する。カジットがンフィーレア誘拐を強行するなら先にこれを渡しておいて勝手に<死者の軍勢(アンデス・アーミー)>を発動させておけば良かった。そうすれば混乱に乗じて姿をくらますことが出来たと内心舌打ちをする。交渉材料として叡者の額冠を所有したままにしておいたのが間違いだったか。

 

 もう1つ懸念材料として、このままズーラーノーンの拠点が発覚した場合、冒険者一行とズーラーノーンの戦闘は避けられないだろう。果たしてどちらに付くのが良いか。彼女は頭の中で戦力を天秤にかけた。

 

 ズーラーノーンには弟子たちが何人かいるが、戦闘経験は殆ど無く使い物にならない。戦力になりそうなのは死の宝珠の力で使役している動死体(ゾンビ)150体程、虎の子2匹のスケリトル・ドラゴンといったところか。アンデッドは白金冒険者チームがいれば対処可能だろう。スケリトル・ドラゴンは強力だが、いかんせん刺突戦槌持ちのガガーランと相性が悪く、2匹でかからないと各個撃破されかねない。

 

 後はカジットとリカオンの2人になる。いくらズーラーノーン十二幹部とはいえ壁役なしで戦士とやりあうのはキツイだろう。リカオンの強さを考えれば尚更だ。

 

 ここで重要なのはクレマンティーヌがどちらかについた場合どうなるかということだ。クレマンティーヌは想像(シミュレーション)する。

 

 ズーラーノーン側につけば叡者の額冠とンフィーレア(タレント)のコンボで一気に形勢逆転、勝つことは容易になる。ただしアダマンタイト級冒険者に目を付けられ、今後の逃走生活に支障が出るかもしれない。冒険者側につけば、これも余裕でズーラーノーンを蹴散らすことが可能だ。カジットだけ鬱陶しいが所詮それまで、これだけ戦力が整えば恐れることはない。後は各地に偏在するズーラーノーンの報復が怖いくらいだ。

 

 正直クレマンティーヌからすればどっちでも良かった。彼女にとっては自分の属する組織など最初からどうでもよく、ただ利用するだけのものに過ぎないのだ。どちらに付くかはその場の流れで決めてもいいだろう。

 

 

「ねぇ、クレア!さっきから全然喋らないけど大丈夫?」

 

「きゃっ!」

 

 いきなり後ろから強く肩をリカオンに叩かれ、思考の海から引き戻された。驚いて手に持っていたものを落とす。それはクレマンティーヌの手から逃げるように放物線を描いてリカオンの足元に落ちた。

 

 ジャリ。ブチッ!

 

「あっ、なんか踏んだ。」

 

 リカオンは踏みつけたものを両手でつまむようにして拾い上げる。蜘蛛の巣状に白い宝石を繋ぎ合わせたサークレット、輪状になっていたと思われるそれは、無残に千切られ、リカオンの手の中で所々糸がだらしなく垂れ下がっている。

 

 クレマンティーヌが手に持っていたもの。叡者の額冠。それが今、リカオンの脚甲に踏み砕かれ、そのものが持つ装飾品としての美しさと、装備品としての機能が失われてしまった。

 

「ちょっ、おま、ま、お前!」

 

 クレマンティーヌは額冠の価値を知っているからか、元漆黒聖典の性か、法国の貴重なマジックアイテムが破壊されて相当に取り乱した。

 

「ご、ごめん。」

 

 クレマンティーヌはリカオンを殴りつけてやろうかと思ったが、ガガーランの笑い声に遮られる。

 

「はっはっはっ、そのアクセサリーそんなに大切なものだったのか?俺が新しいやつ買ってやろうか。」

 

 ガガーランなりの気遣いなのだろうが、それが余計に腹立たしかった。今ここで叡者の額冠がどのようなものかを説明して、どれだけの過ちをしたのか阿保に教示してやりたいところなのだ。当然そんな事は出来ず、諦めの嘆息を漏らすばかりである。

 

 ついでにカジッちゃんには悪いが<死者の群勢(アンデス・アーミー)>が不可能になった今、ズーラーノーンを裏切ることが決定した。

 

 

 ーーー

 

 

 一行は墓地に敷設された霊廟に足を踏み入れていた。今は安置されている死体もなく綺麗に掃除されている。辺りに漂う臭い消しの香だと思われる甘ったるい残り香が鼻を刺激した。

 

「いるとしたらここだよな。」

 

「誰もいないよ?」

 

 さして広くない内部の空間には大仰な台座が1つあるだけで、人の気配がしない。ガガーランは当てが外れたかと肩をすくめる。墓地は粗方見て回った、見落としがなければンフィーレアはここにはいなかったということになる。移動してしまった後だろうか。

 

「さて、次行くとしたら何処だろうな。」

 

 ガガーランはすぐに見切りをつけて、対象の移動先を考えだした。皆もそれに倣って腕を組んで頭を悩ませたり、隣の人間と話をし始めた。

 

「ちょっと待ってくれ。」

 

 そんな中、白金冒険者チームの盗賊が声を上げ、皆の思考を中断する。彼は霊廟内を歩き回り、しきりに辺りの匂いを嗅いでいる。

 

「何しているんだ?」

 

「ここ最近、お偉いさんの葬式なんて挙げていない。この香の匂いは不自然だ。それに外からの見た目と内部の空間の広さが合わない。…あった。」

 

 盗賊は霊廟の壁の一部を示す。どうやら石でできた台座の裏の壁から風が吹き出してきているらしい。盗賊は壁を拳でコツコツと叩いて中が空洞になっていることを確認すると、仕掛けがないか入念に探っていく。台座の裏側に手を入れ、指を這わせると、それは直ぐに見つかった。カチンと音がしたと思うとゆっくり台座が横に動いていく。すると中から甘い香の匂いが外に漏れ出してくる。誰かがいる事は疑いようもない。

 

「おおー。」

 

 リカオンは盗賊の手並みにパチパチと拍手を送る。盗賊は少し照れ臭そうにはにかんだ。割といいおっさんなのに。

 

「さて、突入したいと思うがどうする。待ち伏せや罠があるかもしれん、全員で入るのは愚策じゃないか?」

 

 ガガーランの提案に反論はない。話し合いの結果、4人2チームに分けて突入と挟撃防止の見張りをそれぞれ設ける事になった。チーム分けは突入班にガガーラン、リカオン、盗賊、魔力系魔術師(マジックキャスター)となった。見張り班はそれ以外だ。

 

 

「じゃ行きますか。」

 

 一行は開いた壁を潜り、下へ進む階段を歩いていく。順番は盗賊、リカオン、魔術師、ガガーランだ。灯りのない中を音を立てないように一歩一歩、罠がないか確認しながら奥へ向かう。ガガーランは重鎧を着ながら音を立てずに歩いている。一流の足運びを習熟している所作だろう。

 

「…おや?」

 

 リカオンは広大なダンジョンを密かに期待していたが、階段は思ったより短く、丁度1階層分地下に降りたあたりで開けた部屋に出た。入り口は1つだけ、部屋は死者が安らかに眠るための墓地にはおおよそ似つかわしくない怪しげな調度品で埋め尽くされている。その中に色褪せた赤いローブに身を包んだ男が1人佇んでいた。男の顔は生気がなくまさに土気色というのがぴったりだ。

 

「…なんだ、貴様らは。どうしてここに来た?」

 

 男が不気味な笑みを湛えつつ言葉を投げかけてくる。質問とは裏腹にやけに余裕のある態度だ。男は右手を鷹揚に振るう。それと同時に、リカオン達の目は男の後ろに手足を縛られ、横たえられたンフィーレアの姿を捉えた。

 

「探し物をしていてね、あんたの後ろにあるやつさ。」

 

「さて、なんのことやら。」

 

 男はまるで自分は無関係であるという風に素知らぬ振りで顎に手を当てて笑みを深くする。

 

「…この装飾見たことあるな、あんたズーラーノーンだろ。今までの悪事の数々、更に人攫いまでやったんだ。務所入りの覚悟は出来てんだろうな?」

 

「それは困るな。」

 

 周りの様子を観察していたガガーランが男に問い詰める。男はピクリと眉を動かし後ろにいるンフィーレアを一瞥した。そして再び視線を戻すと嫌味な笑みは消え、今度は害意を剥き出しにした兇悪な顔になっていた。素性が知れているとわかった男はこれ以上演技をする理由はないと判断したのか、左手の杖を前に構えて戦闘態勢を取る。

 

「じゃあどうする。周りに隠れてる奴らと一緒に俺らと()ろうっての?」

 

「その通りだ。」

 

 男は何処からともなく暗い闇色をした球を取りだす。その球が鈍く光ったと思うと、壁から地中から動死体(ゾンビ)の群れが飛び出した。あっという間に部屋を埋め尽くしていく。即座にリカオン達は魔術師を中心に円陣を組んだ。リカオンは突剣を左手に、格闘武器を右手に装備する。ガガーランは刺突戦槌を構える。部屋が狭く満足に振り回すことができないので、柄を短く持つ。盗賊は右手に短剣を握った。

 

「おいあんた、周りの奴らはどうにかするからありったけをあのハゲにぶつけてやれ。」

 

 ガガーランが魔術師に指示すると、彼は心得たとばかり魔法の詠唱に入った。同時に敵はそれを阻止せんと動死体(ゾンビ)を一斉にけしかけた。腐肉のうねりと化した動死体(ゾンビ)の群勢が生あるものを呑み込まんと迫りくる。

 

「ウオォラァア!!」

 

 刺突戦槌と裏拳の薙ぎ払いで動死体(ゾンビ)達が近づいた途端に次から次へと紙屑のように吹き飛んでいく。

 

「やるな。」

 

「あんたもね。」

 

 動死体(ゾンビ)にとっては多少の欠損は致命傷たり得ないが、2人の攻撃はそんな生半可なものでは無く、動死体(ゾンビ)達はバラバラに吹き飛び、2度と動くことはなかった。

 

「クソ、なかなか手強い。チッ、奴は何処をほっつき歩いている!叡者の額冠さえあれば今頃…!」

 

「考え事をしている暇はないぞ!<旋風(ワールウィンド)>!」

 

 魔術師が渾身の一撃を放つ。巻き起こる風の刃はアンデッドの包囲を食い破り、敵の喉元に向けて揺らめく軌跡を残して迫る。

 

「フン、くだらん。」

 

 ローブの男は魔法を一瞥すると避けるそぶりも見せずに手に持つ球に魔力を込める。ズズズと何かが這い出す音がした。敵の喉笛を噛みちぎり、血の噴水を上げるかと思われた見えない刃は突如地中から現れた壁に阻まれる。より正確にいうと壁ではなく、巨大な爬虫類の骨の前脚だ。それは地中から出てきた勢いそのままに全貌を明らかにする。巨大な骨の竜、スケリトル・ドラゴンだ。

 

「なっ…。」

 

 その姿に魔術師の顔は青褪める。スケリトル・ドラゴンは魔法を無効化する特性を持っており、魔法を扱う者にとっての天敵だ。彼の動揺は当然のものと言えた。スケリトル・ドラゴンはローブの男を肋骨の隙間に隠し、周りを包むように尻尾を曲げる。そして首だけこちらに擡げて威嚇するような姿勢を取った。この狭い部屋の中では凄まじい威圧感だ。

 

「あんな隠し玉があるとはな。」

 

 ガガーランにとってスケリトル・ドラゴンを倒すことは其処まで苦ではないが、持ち場を離れると魔術師や盗賊が危ない。相手も防御に徹している様子なので、暫くは周りの群れの対処を優先する。

 

「くっく、甘いな。」

 

 ローブの男が不敵に笑う。すると冒険者の円陣の足元がいきなり盛り上がった。

 

「何っ!2体目か!?」

 

 地面から突き出された腕をガガーランは刺突戦槌の柄で受ける。リカオンは咄嗟に魔術師を庇った。周りの動死体(ゾンビ)諸共吹き飛ばされる。

 

「ガガーラン!大丈夫!?」

 

「俺は大したことねえ!他のやつは無事か!」

 

 幸い戦闘不能になる者は居なかったが、状況としては絶望的だ。とても4人で対応できるレベルではない。ガガーランは自分を殿に部屋から脱出する事を考える。

 

 しかし、目の前を遮る影がある。リカオンがゆらりと立ち上がりスケリトル・ドラゴンに無造作に歩いて行くのだ。

 

「おい!何してる!」

 

 ガガーランの問いかけにリカオンは背を向けたまま何も答えない。そして徐に突剣の刃の根元を右のガントレット部分に当て目の前で交差させる。2匹めのスケリトル・ドラゴンが前脚を振り上げて攻撃体制に入っているが悠然と立ったままだ。

 

「バカめ!そのまま踏み潰されろ!」

 

 巨大な質量の塊がリカオンの頭に振り下ろされる。リカオンは避けようとも受けようともしない。ただ静かに微笑んでいる。

 

 

「…久しぶりにパーティーで戦う感じを思い出したよ。」

 

『スキル:焼山』

 

 スケリトル・ドラゴンの掌がリカオンに到達するかという時、リカオンは交差している腕に力を入れて、突剣をガントレットに擦り付けるように引き抜いた。ギャリリという音が鳴り、突剣が火を吹き上げる。そのままリカオンは紅い光を灯す刀身を迫る前脚に突き立てた。

 

 一瞬の内に炎が竜の全身を侵食し体全体が燃え上がる。体躯のあちこちでバキバキと乾いた薪が燃えるような音が聞こえて来る。スケリトル・ドラゴンは哀れにも部屋を照らす巨大なキャンプファイヤーに成り下がった。あとは燃え尽きるのをただ待つだけだ。竜は力無くゆらゆらとたたらを踏み、よろめきながら後退していく。

 

 その光景を見たローブの男は現実を受け入れられず、生気のない目で立ち昇る炎を見つめている。光に当てられて不健康な白い顔がいつも以上に際立って見えた。

 

「今の内にンフィーを!」

 

 男が意識を離したからか動死体(ゾンビ)達の統率が緩み、包囲が解け出している。盗賊は即座に自分の役目を理解し、部屋の奥に駆け出した。

 

「そうはさせんぞ!」

 

 敵は慌てて自分を守らせているスケリトル・ドラゴンを操り盗賊の進路を妨害しにかかった。尾の薙ぎ払いが迫り来る。

 

「おっと、俺を忘れてもらっては困るぜ。」

 

 復帰したガガーランがすかさず攻撃をブロックする。その隙に盗賊は一直線にンフィーレアに走っていく。

 

「クソッ!こんな奴らに儂の野望がぁ!」

 

 状況の不利を悟った男はなりふり構わず魔法を放とうとする。

 

「遅いよ。『スキル結合(リンク)突+突:焼山・郷照』」

 

 リカオンがスキルを発動させた瞬間、紅く煌めく突剣がその焔の勢いを増した。その強さは近くにいるだけで熱波に当てられ、灼けつき乾いてしまう程だ。リカオンは手に持つその一条の赤で空間を切り裂くように横に薙ぐと、剣先は鞭のように撓りながら弧を描いた。一拍遅れて剣先の軌跡から逆巻く炎が巻き起こり、辺りを火の海に変えた。

 

 始めに餌食になったのは男を守っていたスケリトル・ドラゴンだ。彼は不運にも剣の軌道上にいたために、内側から火に焼べられ、瞬く間に灰になった。しかしそれだけで炎は消えず、それどころか猛り狂って次から次へと敵に伝播していき、動死体(ゾンビ)達を跡形もなく焼き尽くしていった。

 

 橙色が視界を塗り潰していくその光景は圧倒的で恐ろしく、何より美しかった。そして後に残ったのは灰と炭化した死骸でモノクロの世界になった部屋。

 

「どうよ。」

 

 リカオンは大戦果に渾身のドヤ顔で振り向いた。

 

「バ…。」

 

「バ?」

 

「バカヤロー!!!こんな所でそんな事したら…。」

 

 褒められると思ったのに何故かガガーランにものすごく怒られてしまった。凄く気分が悪い。気分が悪すぎて頭が痛くなってきた。吐き気もするし、なんだか目眩が…あれ?

 

「酸欠になるだろうが!!」

 

 いつの間にか全員姿勢を低くして入り口の方にダッシュしている。ンフィーレアは無事に救出され、今は盗賊の背に担がれながら寝息を立てている。

 

「待ってようー。」

 

 リカオンは吐き気を我慢しつつ必死で階段を登った。

 

 

 

 




戦闘描写難しい。

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