昼下りの街道、相変わらずクレマンティーヌとリカオンは縦に並んで歩いている。朝にリカオンが虐殺を敢行してから他にイベントは1つも起きていない。ただ代わり映えのしない草原をずっと道なりに進んでいるだけだ。
「まだ着かないの?」
「分かんない。」
この辺りは正確な地図もないのだ。せいぜいが点在する村の数と方角ぐらいしかわからない。エ・ランテルに到達する時間などは、土地勘のある人間でなければ知る由もなかった。
リカオンも初めのうちは道ゆく景色に心躍らせていたが、すぐに飽きたようでクレマンティーヌにウザ絡みをする以外やることがなくなっている。
「クレア、さっき私が兜とった時すごいこっちのこと見てたでしょ。私があんまり美人なもんで見とれちゃった?」
実際それはあった。軽装の割にフルフェイスの兜を被っているのだから、いったいどんな顔をしているのか気になっていたが、蓋を開けてみれば、想像に反して誰もが振り返るような整った顔がそこにあったのだ。不覚ながらまじまじと見てしまった。
「ん、別に。」
だがクレマンティーヌは素っ気なく返事をする。ここで余計なリアクションを取れば相手のペースに巻き込まれる。
「むぅー。最近クレア冷たくない?」
最近って昨日会ったばかりだし、いったい何時仲がよかった時があったのか、ツッコミを入れたくなったが、ぐっと堪える。ただリカオンではないが確かに草花を眺めるだけの道中はつまらない。そろそろ退屈を吹き飛ばす様な画替わりが欲しい。そう考えていると、道の前方に2人組の旅人らしき人影が見えた。
「こんにちは!」
無駄にでかい声でリカオンが旅人に挨拶をする。2人組はものすごい速度で迫り来る謎の女2人に驚いた様子だったが、会釈で返してくれる。
旅人は見るからに厳めしい黒いフルプレートの甲冑を着込んだ巨漢と黒い髪を後ろに束ねて茶色いローブを着た女性の組み合わせだった。
「いや、奇遇ですね。このようなところで人に出会うとは、お二人はどちらに行かれるのですか?」
甲冑の人物が丁寧に語りかけてくる。見た目とは裏腹に穏和で出来た人物のようだ。リカオンは日本人的な精神を感じ親近感を覚えた。
「エ・ランテルです。」
「おや、これまた奇遇ですね。我々もエ・ランテルに向かうところだったのですよ。」
「わぁ!そうだったんですか?奇遇ですね。」
「ところで、我々はこの通り旅人でしてエ・ランテルに行くのは初めてなのですよ。どういったところなのか差し支えなければ教えて頂けませんか?」
「実は私も初めてで…。分かる範囲でならお教えしますよ、クレアが。ほらちょっと。ねえ、クレア聴いてる?」
リカオンと男は会話を弾ませる。しかし、会話の文面だけ見れば和気藹々とした雰囲気なのだが、場には殺伐とした雰囲気が漂っている。ローブの女とクレマンティーヌが剣呑な雰囲気で睨み合っているのだ。
クレマンティーヌはこの2人組から血腥い臭いがするのを第六感で感じ取っていた。さっきからガン飛ばしてくる女もそうだが、男の方がヤバイ雰囲気がする。佇まいは紳士然としているが、此方にくれる一瞥は冷徹な捕食者を思わせる。
「モモンさーーーん。こんな
「ナーベ。もう少し節度を持った言い方を心がけよ。無為に敵を増やすものではない。」
「ハッ。申し訳ございません。」
どうやら男は仲間の女に手を焼いている様だ。女は仕草上では謝罪の意を示しているが、何が悪かったのかは理解できていない様子。男は半ば呆れてしまっている。その姿は覚えの悪い子供に礼儀を教える親みたいで少し微笑ましい。
「仲間が申し訳ない。代わりに詫びよう。」
「そんな。全然気にしてませんよ。」
「いや、そっちの
こっちにも問題児がいた。クレマンティーヌは明らかに敵意の含んだ声を発したのだ。
場の空気は一気に冷え切ったものになる。ナーベと呼ばれたローブの女はクレマンティーヌを睨みつけ、一歩踏み出す。男も今度は止めようとしない。それどころかクレマンティーヌの言葉の意味を確かめるが如く、威圧的な態度でこちらを向いている。血腥い雰囲気が一層強くなってくる。突然バリバリと音がした。空気の緊張が錯覚させた音でなく、本当にナーベから雷が鳴ったのだ。いつ魔法が飛んできてもおかしくない。
「わー!わー!ストップ、ストッープ!」
慌ててリカオンが仲介に入る。
「悪気があって言ったんじゃないんですよ。ちょっと口が過ぎるだけなんですよぅ。」
ニコニコとしながらリカオンはクレマンティーヌを引きずって後退りする。
(ちょっと!なんであんなこと言ったの?)
小声でクレマンティーヌを詰問する。
「面白そうだったから。丁度2対2だしね。」
クレマンティーヌは悪びれもせずに舌を出してそう宣った。クレマンティーヌは朝のリカオンの戦闘を見て血が騒いだらしい。誰でも良いから強そうな奴と戦いたいという衝動に駆られていた。だから短気そうなナーベと呼ばれた女を挑発したのだ。
クレマンティーヌはにんまりと笑った。
(こいつぅ〜。)
「あのー、いいですか?」
モモンが話しかけてきた。どうやら相手を待たせ過ぎたらしい。
「アッハイ!こいつにはきつく言っておくんで!」
「いや、それはもういいんですが…。」
「はい?」
相手はなにか気になることがある様だが、聞き辛そうにしている。だが意を決して話し出した。
「それ、どうしたんですか?」
モモンは場の雰囲気が一向に明るくならない一番の理由、リカオンの装備品について尋ねた。何を隠そうこの中で最も血腥いのは返り血がべったりついているリカオンである。文字通り血腥い、もとい血生臭いのだ。
「あーこれですか?これはさっきオーガに
リカオンは大袈裟に怖がるフリをする。あまりの
「…それは災難でしたね。良くご無事で。」
「ええ。ありがとうございます。」
若干引きながらもモモンは波風を立てない様に答える。モンスターに襲われたのは分かったが、普通、返り血は拭うものなのではないのだろうか?そんな暇もないほど急いでたのだろうか。
訝しむモモンに対して、リカオンはさらに畳み掛ける。
「そこで提案というか、お願いがあって。このまま一緒にエ・ランテルまで行きませんか?モンスターに襲われても2人より4人の方がいいと思うんです。」
リカオンはモモンにそう言ってズイと迫る。心なしか距離が近い。モモンは即答しかねた。どう見ても怪しい2人組、1人は此方に敵意を剥き出しにしていて、もう1人は血塗れでうろつくような得体の知れない奴らである。その上ナーベは偶に制御が利かない事があり、面倒ごとになるのは火を見るより明らかだ。
しかし、エ・ランテルまでは一本道でここで断るのも不自然だ。それにこれから戦士として振る舞いを身につける上で、この世界の近接職のレベルと戦い方を間近で見るのは有用な気がした。
「良いですよ。こちらこそお願いします。」
「やった!」
ナーベは苦虫を噛み潰したような顔をしている。そこまで露骨に拒否反応を示すのは如何なものか。クレマンティーヌはというと、先程のやり取りなどなかったかのように平然としている。こちらもこちらで如何なものか。このパーティー、問題児しかいない。
ーーー
日の傾きかけた街道沿い。かくして旅の人数は増えたが、仲良く談笑しながらの道中とは行かず、相も変わらず4人縦並びで歩いていく。その姿は往年のRPGを思わせた。一番前からモモン、ナーベ、リカオン、クレマンティーヌの順番だ。この順番になったのは、目を話すとその隙にナーベとクレマンティーヌが諍いを始めるのでリカオンが渋々間に入った為である。
宛ら干支の申酉戌の伝承のようであったが、そうなれば犬と猿と鳥を連れている自分は桃太郎になるのか?モモだけに。とモモンは1人下らないことを考えていた。…日が陰ってきたせいか少し寒い。
一方、リカオンはなんとかモモンと話をしようとしているのだが、ナーベにブロックされて上手く行かない。そんなリカオンに後ろからクレマンティーヌが話しかける。
「あのさ、ちょっといい?」
「うん。」
「さっきから思ってたんだけど、あんたやたらとあのモモンって奴に拘るよね。」
「え、え、えーと?な、何のこと?」
誤魔化すのが下手すぎるリカオンにクレマンティーヌはもう何の感情も抱かないが、時間をかけるのも癪なので手っ取り早く問い詰める。
「あいつの事どう思ってるわけ?」
「あ…あのさクレア。モモンさんって絶対イケメンだよね。」
「は?」
イケメンもなにもフルフェイスのヘルムで輪郭すら1ミリも見えない。根拠はどこにあろうというのか。
「背が高くて、強そうで、しかも優しくて、賢そう。これは絶対イケメンだよ!私の勘がそう言ってる。」
半分以上希望的観測が含まれているのはこの際置いておくとして、他人に対して夢を見すぎではないか。そんな理由であんなにモモンにアタックしていたのか。
「はぁ、あんたがそう思うならそれで良いんじゃない?」
「おい。
モモンの話と聞いて側耳を立てていたナーベが会話に乱入する。青筋を立て憤懣遣る方無いという顔をしている。流石に個人の詮索は失礼すぎたかと思いリカオンはバツが悪そうに縮こまってナーベの説教を待つ姿勢を取る。
「モモンさーーーんはイケメンなどという言葉の範疇で収まるお方などではない!」
「すいませ…!…ん?」
「ナーベ。」
モモンはものすごく嫌な予感がした。ナーベの名を呼ぶが熱の入った彼女の演説を止められない。
「その御顔の輪郭は森羅万象にも天地神祇にも並ぶものがなく、正に至高と呼ぶに相応しい曲線美を顕し、」
「ナーベ、やめろ。」
「瞳の発する輝きは見る者を心の底から魅了して止まない力強さを感じさせます。それに比べればこの世の全ての宝石、いや天に輝く星々でさえ霞んで見えてしまう程…。」
「ナーベ!」
「ハッ。」
モモンの方に振り返ったナーベは、"如何でした?言ってやりましたよ"と言わんばかりの満面のしたり顔だ。ついでにリカオンも目を輝かせて興味津々の様子。
「ナーベよ。」
「モモンさmーーん。只今、無知蒙昧な
「お前は私が許可するまで喋るな。」
「!!」
ナーベは雷に打たれたような衝撃に襲われた。信じられないという風に目は皿のように丸くなり、口はあんぐりと開けられている。その後、力無く項垂れてしまった。
一方、モモンもかなり精神的に参っていた。他人の身体的特徴を論って話のネタにするのは老若男女よくある事だが、される方はたまったものではない。特にうら若き女性にされるのが一番辛い。てっきりナーベはその意を汲んで注意しに行ったかと期待したのだが、燃料を投下して話の収集がつかなくしただけだ。
モモンはチラリとリカオンとクレマンティーヌを伺う。案の定此方をじっと見つめている。どうするんだコレ、一生ヘルム脱げなくなったぞ。いや、骨の顔だから初めから人前で脱ぐ気はないのだが、イケメンだという噂が立つと皆あの手この手でヘルムを脱がせに来るだろう。そんな状態では街への潜入は非常にやりにくい。
「仲間はああ言ってますが、実際大した事ないですよ?」
一先ず取り繕っておく。
「またまた〜。謙遜しちゃって〜。」
駄目だった。
もう強硬手段に出るしかない。幻術で顔を作るか?いや、至高のイケメンの顔を作成することは俺には無理だ。<
思考が其処まで辿り着いた時、モモンはクレマンティーヌの視線に気がついた。懐疑の目でも奇異の目でも無い、ただ対象を観察する視線。それも具に相手の強さを計っているような。もしや考えを読まれたか、始末出来るかどうか考えた時にわずかに漏れた殺気に気づかれたのか?
とりわけクレマンティーヌは初めから油断ならなかった。ナーベに絶えず挑発を仕掛けている事もそうだが、何よりも出会った時から常にモモンの死角に移動するように立ち回っている。いつもアンブッシュを仕掛けられる位置取りを行なっているのだ。
モモンはわざとクレマンティーヌに目線をぶつけてみる。そうするとクレマンティーヌはのらりくらりと目線を外し、此方に気配を悟らせまいとしたように見えた。まあ、杞憂かもしれないが気を付けるに越したことはないだろう。
「きゃー!今モモンさんと目が合っちゃった!」
リカオンが子供のようにはしゃぐ。こっちは緊張感のかけらも無い。いや、本来なら旅の道連れ、過度に緊張する事も無いのだ。此方の方が正しいのかもしれない。モモンは少し癒された。
ーーー
旅のメンバーが増えてから2日程歩いたが、モモンが期待するような此方の世界の戦士の戦いを見られる機会は訪れず、もうすぐエ・ランテルに到着しようとしていた。
道中にあったイベントといえば、目を離した隙にクレマンティーヌがナーベをコケにしていたぐらいだろう。こんな感じに。
//
「ねぇナーベちゃん。」
「…。」
「ねぇ〜。」
「…。」
ナーベはモモンからの言いつけを健気に守っていた。許可が有るまで喋るなというものだ。だからナーベはこの
「ねぇ〜。」
「このッ…。」
「アレ〜ェ?ナーベちゃん、モモンさーーーんとの約束破っちゃうんだ?」
ナーベが言葉を発するとすぐさまクレマンティーヌが満面の笑みを浮かべる。ただしその笑顔は歳相応の屈託のない笑顔ではなく、目と口を憎たらしい程湾曲させた笑顔である。丁度、半円分度器を3つ顔にくっつけた様な笑顔だ。
ブチィッ
何かが切れる音がした。
「…。」
ナーベは無言のままだ。だが、その顔にはありとあらゆる怒りのサインが現れていた。青筋を立て、顔を真っ赤にし、目を血走らせ、肩を震わせ、半笑いの口角には泡が噴き出し、頭上には湯気が立ち昇っていた。
//
「ふぅ、やっと着いた。」
城塞都市エ・ランテル。外敵との戦闘を考慮され、防御壁が何重かに渡って設計されている。4人は街に入るために検問に並ぶ。既に検問所には少なくない行列が出来ており、街に入るのには中々難儀しそうだ。
「あ、私ツテがあるからここで。」
「ええー。」
クレマンティーヌがパーティーから離脱する。掻き回すだけ掻き回しておいて自分だけどこかに行く、猫の様に気まぐれな奴だ。モモンは率直な疑問をリカオンにぶつける。
「お二人は旅仲間ではなかったのですか?」
「3日前に知り合いました。」
「あ、そうですか…。」
そんな他愛もない会話をしていても、列は微動だにしない。どうやら今日エ・ランテルには要人が来ているらしく、検問がいつもより厳しいらしい。特に身元不明の人間など審査に恐ろしく時間がかかるだろう。日が暮れるまで待たされるかもしれない。
退屈を持て余したモモンはリカオンに1つの提案をする。
「ここで時間をただ費やすのも味気ないですし、どうでしょう。ちょっと身体を動かしませんか。軽く手合わせでもしましょう。」
モモンとしては道中で叶えられなかった、此方の世界の戦士のレベルを確認するという希望を叶えるチャンスだと、何気ない提案だったのだが…。
「ええ!良いですよ!」
にこやかなリカオンの笑顔。といってもフルフェイスの下で誰も見ることは叶わないが。
かくして、この世界における今世紀最大の対戦カードが組まれてしまった。