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ただいま表示中:2018年9月20日(木)“息子を檻(おり)に監禁” 父の独白
2018年9月20日(木)
“息子を檻(おり)に監禁” 父の独白

“息子を檻(おり)に監禁” 父の独白

兵庫県三田市で発覚した「障害者監禁事件」。重度の知的障害のある長男を25年以上にわたってオリに監禁してきた父親が逮捕された。保護された長男は片目を失明、もう一方の目もほとんど見えない状態だった。裁判で父親は「市に相談していた」と供述。市は、第三者委員会を立ち上げ、調査を進めてきた。その委員会に密着し、さらに父親もカメラの前で初めて監禁について語った。事件の深層に迫り、今後どうしていくべきか考える。

出演者

  • 香山リカさん (立教大学教授・精神科医)
  • 武田真一・鎌倉千秋 (キャスター)

“息子を檻に監禁” 父の独白 事件はなぜ?

この檻に障害のある長男を25年以上にわたって閉じ込め、父親が逮捕された事件。私たちは、監禁されている時の長男の写真を独自に入手しました。
今回、事件の加害者となった父親が、監禁場所だった自宅で初めて取材に応じました。案内されたのは、庭にある4畳半ほどのプレハブ小屋です。

父親(73)
「ここ(プレハブの中)に檻をつくって置いた。複雑ですね。」

事件が明らかとなったのは、今年(2018年)4月。逮捕された父親は、「暴れるため仕方がなかった」と供述しました。裁判では、監禁罪で懲役1年6か月、執行猶予3年の有罪判決が下されました。今回、父親は“監禁に至った事情を知ってほしい”と、取材を受けました。

父親
「果たして、これでよかったのか。ほかに方法がなかったのか、ずっと考えている。いまだに答えはない、はっきり言って。」

42歳の長男は、監禁が発覚した後、施設に保護されました。今は24時間態勢で、専門のスタッフのケアを受けています。
なぜ、父親は実の息子を監禁したのか。29歳の時に結婚した父親。建設会社で働きながら4人の子を育ててきました。長男には2歳の時、成長しても会話ができないほどの重度の知的障害があることが分かりました。

父親
「これは夏、家族旅行をしたとき。水が好きでね。あそこ行った、ここ行ったという思い出がある。」

父親は、休日のたびに長男を連れて家族旅行をするなど、おだやかな日々を過ごしていたといいます。異変が起きたのは、長男が13歳の時。突然、母親や弟たちの腕をかむようになりました。

父親
「家内もかまれたし、弟たちもかまれている。もう本当に肩から手首の間、真っ赤っかだった。そんなにひどくかまれるんだったら、私も安心して仕事に行けない。下の子らに、もし何かあったらと思うと。とにかくそれを防ぐことを考える。」

両親は、一時的に長男を預かってくれる施設を探しましたが、空きがなかったといいます。長男と家族を引き離すための方法はないか。

父親
「大工に相談して座敷牢(ざしきろう)をつくってもらった。」

父親は、自分がいない時は長男を檻に閉じ込めるようになりました。

父親
「ガラス割って、ひびが。」

長男が成長するにつれ、暴力がさらにエスカレート。押さえつけるのも困難になっていきました。

父親
「大声は出す、暴れる。やめなさいと言って、やめる子じゃない。やっぱり年とともにつらい。」

このころ父親は、自宅を訪問した三田市の職員に長男のことを相談。当時の記録が市に残されていました。

“どうしても用事のある時には一室に閉じ込め、外から鍵をかけている。”

しかし市は、このことを特に問題だと考えませんでした。監禁はその後25年続きました。父親は長男を2日に1回しか外に出さなくなり、食事や入浴ができるのはこの時だけでした。檻の高さはおよそ1メートルで立ち上がることもできません。檻の中にはペット用のトイレシートを敷いていたといいます。

「人権侵害、監禁をした自覚はありますか?」

父親
「善いか悪いかでいうと、善いこととは思わない。じゃあ1人の障害者の生活のために、ほかの5人の生活を犠牲にするんですか。」

事件が発覚したことで、入所できる施設が見つかった長男。毎日食事をとるようになり、体重も増えてきています。長男は監禁中に片方の目を失明しました。もう片方の目もほとんど見えていません。
障害者を支援する団体は、父親の行為は決して許されない犯罪だと訴え続けています。

障害者の支援団体 吉田明彦さん
「被害者の男性が閉じ込められていたのと、ほぼ同じ大きさの檻です。このような檻の中で30年を過ごさなければならなかった人の不幸に思いを致したことがあるでしょうか。」

社会は、加害者である父親に同情的になってはならない。そう主張しています。

障害者の支援団体 石地かおるさん
「障害者が被害に遭うときは、ずっと親も大変だったということが付きまとう。そう言ってしまえば簡単。」

監禁を防ぐことはできなかったのか。今日、市の対応について調査をしてきた第三者委員会が結果を報告しました。

第三者委員会 谷口泰司委員長
「当時の組織、管理体制も問題であり、当時は組織として機能していなかったと言わざるをえません。」

25年前、閉じ込めていたことを把握していた三田市。当時、父親と面談した職員が第三者委員会で証言した音声を独自に入手しました。

音声:第三者委員会
「この家を訪問した記憶は?」

音声:市の職員(当時)
「本当に申し訳ないが、記憶に残っていないのが現実。部屋で鍵がかかるところに(障害者を)入れている方はたくさんいた。」

さらに、市の幹部は「これまでの対応に問題はなかった」と答えていました。

音声:市の幹部
「当時はそれが何とかしないといけない状態という認識ではなかった。引き継ぎを受けたほうもアプローチをせずに待ちの姿勢だった。当時も今も変わらない。行政のスタンスとして現状はやむをえない。」

三田市 森哲男市長
「これは市民の代表でもある市長として、今度は非常に責任を感じています。」

第三者委員会 谷口泰司委員長
「ほとんどの自治体は受け身というか、何もしていないのと同じ。家族も限界を迎えているし、(障害者)本人の人権も無視されている。どこにでもいるということだけは忘れないでほしい。」

衝撃の事件はなぜ? 父が息子を監禁

武田:この事件の裁判の判決では、「長男の尊厳を著しくないがしろにする行為で、到底許されない」としました。一方で、「支援体制の整備などが十分でなかったことも要因だ」と指摘しています。対応してこなかった自治体には、どういう問題があったんでしょうか。

鎌倉:今の仕組みでは、障害のある人は病院など施設への入所以外にも、ショートステイや訪問介護といった支援を受けることができます。自治体はこうした支援につなげる役割を負っているんです。今回、三田市がその役割を果たしていなかったことについて、第三者委員会では次のような問題点を指摘しています。「職員間で情報共有や引き継ぎがされていない」「自治体は受け身の姿勢で積極的な対応をしていない」。自治体の支援が十分に行き届いていない実態が浮き彫りとなったんです。
こちらをご覧ください。精神障害者や知的障害者がいる7,000余りの家族を対象に去年行われたアンケート調査です。

回答者のうちおよそ7割が日常的にストレスを感じていて、“抑うつ状態”である可能性が高いことが明らかになりました。アンケートに答えた家族からは、「本人が暴力を振るって押さえることもできない」「警察、病院、行政、たらい回しになり、結局は家族が一番困っている」「本人が一番大変と思う。自分は逃げない」、こういった声が寄せられていました。

武田:障害者を支えた家族が自らも追い詰められ、結果的に共倒れとなったケースもありました。

障害者を支える家族 苦悩の末“共倒れ”

障害のある弟と暮らす男性を訪ねました。将裕さん、32歳です。

自動車関連の工場で正社員として働いています。

将裕さん(32)
「5〜6年前からこの状況。基本的には一日中ずっとこういう状況。」

5歳下の弟です。知的障害のうえに自閉症があり、他人と会話することはほとんどできません。母親が家を出て行き、父親は6年前に病死。兄弟2人が残されました。

将裕さん
「ハンマーでたたいたりして。」

そのころから、弟が暴れて手がつけられなくなりました。外出して問題を起こし、警察に保護されたこともあり、そのたびに将裕さんが謝罪してきたといいます。

将裕さん
「いつもトラブルがないように願っているが、やっぱり不安がある。閉じ込めたい気持ちは正直ある。だけど閉じ込めるわけにはいかない。」

弟は、家の天井や床を次々と壊していきました。将裕さんは、眠ることさえままならなくなり、人づきあいも減ってきました。「弟を施設に預けて、自分の人生を取り戻したい」。

将裕さん
「(兄弟)お互いに普通の暮らしができればいい。一緒にいるのではなく、別のところで、環境が違うところでお互いに。」

実は、将裕さんは2年前、豊田市に相談をしていました。しかし、担当者から調査に行くと伝えられたきり、連絡はありませんでした。なぜ対応をとってこなかったのか。私たちが市に取材した直後、将裕さんに、市の担当者から電話がありました。

将裕さん
「『弟さんのことで話がある』と。」

一度、市役所で説明させてほしいという連絡でした。その後、市は自宅を訪問し、弟の状況を確認したうえで、将裕さんと話し合いの場を持ちました。市は、将裕さんにこれまで連絡をしなかったことを謝罪。一方、弟に関しては、「弟は地域で問題なく暮らしている。施設への入所も望んでいない」と説明しました。3時間続いた話し合い。将裕さんは、現状から抜け出せないと感じていました。

将裕さん
「限界ですね。疲れきっているような感覚なので、幸せとか、そんなことは考えたこともない。」

このあと、兄・将裕さんは睡眠不足で食欲もなくし、うつ病と診断され、入院を余儀なくされました。これを受け市は、弟を施設に入所させる措置を取りました。保護者である兄が入院したことで、初めて事態が動いたのです。

どう支援すべきか 障害者とその家族

ゲスト 香山リカさん(立教大学教授・精神科医)

武田:精神科医の香山さん。
香山さんのもとにも障害のある人の家族からの深刻な相談が寄せられるそうですけれども、どんなケースがありましたか?

香山さん:障害のある子どもさんを持つ高齢の方からの相談があったことがあるんですが、子どもが小さい時は、とても愛情を持って頑張ってずっと育ててきたんだけれども、両親が高齢化して、焦りもあって、追い詰められて、このままでは一家心中をするしかないというような、そんなお話を打ち明けられたこともありました。

武田:もちろん、困難な中で頑張っていらっしゃる家族もある。そのことは忘れてはならないと思うんですけれども、一方で、子どもを檻に入れてしまう家族もある。なかなか納得し難いんですけれども、香山さんは、何が背景にあると思われますか?

香山さん:理由は2つあると思うんですね。1つは、その日その日を何とかしなきゃいけないという毎日が続く中で、その子どもも人権を持った1人の大切な人間なんだという感覚が、どうしても家族の方が薄れてしまうということが1つですね。

武田:家族であるがゆえに、ということですか?

香山さん:そうです。
もう1つは、日本独特の、ある種の社会の価値観もあると思います。身内で起きたことは身内で何とかしなければいけない。それが外に知られるのは、いわゆる身内の恥なんだというような感覚。あるいは、それがもしも家族のことで、誰かに問題を起こしてしまったら、それはよそ様に迷惑をかける。それを防がなければいけないということで、どうしても自分たちの家族の中で何とかしなければという思いから孤立してしまい、孤立した中で、こういったような、常識から外れたようなことが行われてしまうというのが現実だと思います。

武田:そしてもう1つ疑問なのは、家族が壊れてしまうまで行政の支援が動き出さないという事態は、なぜ起きるのかということです。

鎌倉:最初のVTRの三田市の第三者委員会の委員長は、このように指摘しているんですね。「障害者本人に加えて『家族を支援する』という視点が、全国どの自治体にも欠けている」というんです。国は2012年に「障害者総合支援法」を作って、全ての障害者を、施設から地域社会で支える方向へと、かじを切ったんです。地域で支える仕組み、その三本柱というのが、ショートステイ、デイサービス、訪問介護です。しかし、知的障害や精神障害のある人へのケアを行う専門的な人材の不足などもあって、サービスが行き届いていない実態があるんです。

武田:なぜ、その行政の支援が不足してしまうのか、そしてこの問題をどうしたらいいのか、香山さんはどうお考えですか?

香山さん:まずは、この福祉の現場というのが、とても忙しくて人手不足だということですね。福祉職の方でうつ病になって休職をしたり、受診をされたり、入院されたりしている方も大勢いらっしゃいます。それからもう1つは、やはり今、縦割りの状況で、福祉が扱うのか、教育なのか、医療なのか、ともすれば警察のような司法なのかということが、縦割りで総合的に見られる仕組みがないということですね。あと、やっぱり役所ですと異動もありますので、全くノウハウの蓄積も見られずに、次から次と、あまり引き継ぎも行われていないということもあると思いますね。

武田:そういったことを一つ一つ改善していけることだというふうにお考えなんですか?

香山さん:まずは、何とかして縦割りを防ぎ、総合的に関われるような仕組み作り、そこの中の人材の育成ということが急がれると思いますね。また、民間のいろんな団体とか、NPOなどとうまくつなげるような役割、そういった民間との連携ということも必要になってくるんじゃないでしょうか。

武田:海外には、そういった先進事例もあるそうですね。

香山さん:例えばイタリアは1970年代に、基本的には精神障害のある方が入院をしないというような法律を作りました。特に、その中でも先進的な取り組みをしているトリエステ市というところでは、精神の障害がある方で入院をしている方は基本的にはいない。それで、その方たちが地域でそれぞれ自立して生活しながら、必要な医療のサービス、福祉のサービスを総合的に受けられるという仕組みが出来ているところもあります。
今、日本では30万人の方が精神の障害で入院されているというふうに言われていますけれど、それとはずいぶん大きな違いですね。

武田:先ほどおっしゃったように、そういった方々を支援するために、ワンストップで総合的にサービスを考えるような仕組みも体制もできていると。

香山さん:医療だけではなく、医療、福祉、事務、あるいは薬剤師の方、そういう方たちがチームを作って、1人の人を地域の中で支えるという仕組みができています。

武田:障害のある方の尊厳、それから家族の苦しみ、これがややもすると、1つの家族の中で対立するということも起こりえているわけですけれども、そのどちらも見過ごされてきたようなこれまでの状況を、どうすれば改善できるんでしょうか?

香山さん:まずは、知的障害のある方、精神障害のある方への縦割りではない包括的な、例えば介護の現場では今、「地域包括支援」というようなことが行われていますが、それと似たような、包括的な仕組み作り、ケアの仕組み作り。それから障害のあるご本人か家族かの二者択一ではなくて、その両方を支える側も含めて、1つのユニットとしてケアをできるような仕組みも必要だと思います。

武田:といいますと?

香山さん:その人1人だけが受診したら関われるとかではなくて、その人本人と支える人たちを含めたケアですね。そうすることによって、家族の方が少し楽になれば、障害のある方への対応が変わってくることもありますし、障害のある方がケアを受けることで、家族がうつ病などに陥ることも防ぐことができて、ユニットとしてうまくいくということがあると思いますね。そのために何より大事なのは、世間の理解ということも必要ですね。それを、ただ家族だけに押しつけるのではなくて、みんなの問題なんだと理解をして、共に支えていくような、そういう仕組みも雰囲気も大事じゃないでしょうか。

武田:近くに障害のある方を抱える家族があったとして、やっぱり近所の人たちも社会全体で、そういった家族やご本人を支える。

香山さん:理解をして、ひと事ではなくて、自分たちの問題だという視点がやっぱり何よりも大事だと思います。

武田:我が子を檻に入れる。許される行為ではありませんが、その背景には、限界まで追い詰められた家族に支援が行き届いていないという現実があります。こうした事件がまた起きる前に、手を差し伸べる仕組みを作らなくてはならないと思います。

2018年9月19日(水)
“精子力”クライシス 男性不妊の落とし穴

“精子力”クライシス 男性不妊の落とし穴

2月放送の「クローズアップ現代+」や7月放送の「NHKスペシャル」などで、日本に“精子の危機”が広がっていることが明らかになってきた。「精子の数が少ない」「ほとんど動かない」「肝心のDNAが傷ついている」など、「妊娠を成功させる精子の力」(=精子力)が衰えている男性が珍しくないというのだ。さらに取材を進めると、こうした“精子力”の危機が、頼みの綱の不妊治療にも影を落としていることが明らかになってきた。一部の不妊治療の現場には、男性不妊への理解不足や対処の甘さがあり、精子の改善治療を行わないまま、体外受精などを進め、失敗が繰り返されるケースもあるという。また、不妊に悩むカップルにとって大事な選択肢であった「精子バンク」も、岐路を迎えていることが分かった。日本では、長年、慶應義塾大学が運営してきたが、ドナー不足から休止状態に。一方、アメリカでは、精子バンクが民営化し、ビジネスとして成長している。インターネットなどで購入できるうえ、規制が甘いこともあり、一人のドナーから100人の子どもが生まれている可能性もあるという。男性不妊を取り巻く現状と、今後の向き合い方を考えていく。

出演者

  • 鈴木おさむさん (放送作家)
  • 武田真一・田中泉 (キャスター)

“精子力”クライシス 精子減少・老化の裏で

今、日本の男性に深刻な危機が広がっています。“精子力”クライシス。精子の数が少ない。ほとんど動かない。見た目は元気でも、肝心のDNAが傷ついている。受精して、妊娠を成功させる力がどんどん衰えているというのです。

「精子の数としては少ない。形が悪い精子と、穴が空いたり、いびつな形をしている。」

さらに、新たな問題も浮かび上がってきました。日本の体外受精の実施件数は世界最多ですが、実は、成功率は最低レベル。

その原因の一端が、精子力の衰えにあるというのです。

不妊治療中の女性
「(治療を)やってだめだったというのが続いたときは、どうしてなんだろうなと、落ち込んでいく感じでした。」

さらに、不妊に悩むカップルを救ってきた精子バンクも、世界のあちこちで壁に直面しています。アメリカでは、1人の男性から100人以上の子どもが生まれている可能性があるというのです。

精子提供で生まれた女性
「異母兄弟と同じ学校に行ったり、デートしたりって、十分ありうるのよ。すごくクレイジーだわ。」

まずは、精子力の衰えが一因となって不妊治療が行き詰まるという問題から見ていきます。
私たちは、男性不妊に悩んできた当事者の1人に、直接話を聞けることになりました。38歳になる、ゆかりさん。夫と共に7年間、不妊治療を続けてきたといいます。なぜ、これほど治療が長引いたのか。ゆかりさんは、産婦人科の対応に問題があったと考えています。初めて訪れたクリニックで、夫の精子の数などが、自然妊娠の基準に満たないことが判明。医師からは、不妊治療をすれば大丈夫だと言われました。

ゆかりさん(仮名・38歳)
「(検査結果が)あんまり良くなかったねというんですけれど、とにかく数値に対して危機意識をもって対応してくれたところが、ほとんど無かった。『顕微授精だから、これぐらいあれば大丈夫でしょう』みたいないい方を毎回必ずされていたので。」

ゆかりさん夫婦が勧められたのは「顕微授精」という手法。母体から卵子を取り出し、その中に精子を1匹注入するという高度な治療です。ところが、なかなか妊娠に至りません。不信に思い、病院を変えても、産婦人科医の方針は同じでした。結局、7年間で1回数十万の「顕微授精」を14回も繰り返した、ゆかりさん。公的な補助では足りず、次々に貯金をつぎ込みました。

ゆかりさん(仮名・38歳)
「本当にいわれるがままに、どんどんと治療進めていって、もう治療費だけでも1,000万円は超えていて、結構、今も財形とか夫が崩し始めてる状況なので、こんなにお金が出ていくのに、月日もこんなにたつのに、このやり方で、今までのやり方で大丈夫なのかなって。」

ゆかりさん夫婦は5軒目のクリニックで初めて男性不妊が専門の泌尿器科医から精子改善の治療を受けます。卵子に注入する精子のDNAが傷ついていた場合、顕微授精を繰り返しても、正常に卵子が成長しない可能性が高いというのです。夫はたばこを控え、食生活も改善。1年後、精子の状態が回復し、その後、妊娠に至りました。

ゆかりさん(仮名・38歳)
「いやーもう本当に治療を始めた最初のうちに知識を知っていれば、もうちょっと早く結果が出たんじゃないかなって。もっと早く知っていればなっていう思いは、すごくありました。」

産婦人科医を対象に行ったある調査では、男性に不妊の原因があると疑われる場合でも、泌尿器科医への紹介を積極的には行っていないケースが全体の4割に上りました。

一体なぜなのか。長年、不妊治療の現場を見てきた専門家に聞きました。

吉村医師によると、一部の産婦人科医たちは、不妊治療による利益を優先しているのではないか?といいます。

慶応義塾大学 名誉教授 日本産科婦人科学会 元理事長 吉村泰典さん
「不妊治療をするための商売といいますかね、非常に経済的な側面が重視されているんじゃないか。医療者側とすれば顕微授精、要するに体外受精はある一定の数をこなしたいと思いますよね。そして患者さんも早く妊娠したいと思いますよね。このニーズが一致したところに、今の生殖医療はあるわけですよね。」

精子が原因で高度な不妊治療が繰り返されるケースを、どうすれば減らせるのか。獨協医科大学では、産婦人科と泌尿器科の垣根を取り払い、「リプロダクション・センター」を立ち上げました。ここでは、1組のカップルを両者が診察し、話し合いながら原因や治療方針を探っていきます。

6年前から不妊に悩んできた夫婦です。これまで不妊治療に300万円以上をつぎ込んできました。

泌尿器科医
「がんばって治療を進めていって、検査をさせていただけたらなと。」

改めて夫の精液を精密検査したところ、不妊治療をしても失敗を繰り返す可能性があると分かりました。DNAの損傷率が深刻だったのです。原因は、精巣付近にある静脈瘤でした。泌尿器科医が手術で治療したところ、DNAの傷ついた精子が減少。今後は、産婦人科医が改善した精子で顕微授精を行う予定です。

6年間治療を続けてきた夫
「せっかく妻ががんばってくれている中で、自分自身の中で悔いがないように、最終的な手段をして、少しでもいい精子を作るというか、再度、顕微授精をするにあたっても、結果が出ればいいなと。」

“精子力”クライシス 危機脱出のカギとは

ゲスト 鈴木おさむさん(放送作家)

武田:ご自身も不妊治療の経験がある、鈴木おさむさん。
今や18人に1人が体外受精で生まれる時代。その中で、男性側の原因が見過ごされて、高額な治療の失敗が繰り返されるというケース、どうご覧になりました?

鈴木さん:やっぱり驚くべきは、精子に対しての研究が、卵子に比べてずっと遅れているわけじゃないですか。まずそこにびっくりするんですけれど。要は男性の精子側にすごく問題があるのに、それを医療側というか、医者の人も理解している人が意外と全部ではないというか。だから、こうやって不妊治療で高額なお金をつぎ込んで、あと1回あと1回って思って、なのに結果、男側に問題があったって。しかも病院も1個目じゃないわけじゃないですか。やっぱりそこに至るまでの日数とか、傷つき方とか。で、傷つくのは女性じゃないですか。だから、それがもう本当にやるせないなと思います。なぜもっと精子に対しての危機とか、男性側の問題っていうのが、早く世の中にうたわれなかったのかなというのが、もう本当、疑問でしょうがないですね。

武田:WHOによると、不妊の原因の半分は男性側にあるとされています。にもかかわらず、患者の側にも、なかなかそのことが理解されていないって、ありますよね。

鈴木さん:うちは、妻が妊活をするって言った時に、一緒にまず精子検査に行ってくれって言われたんですよね。やっぱり絶対そうなんですけれど、好奇心で行きましたけれど、自分に問題があるわけがないと思って行ったんです。まず運動量、当時は形というところがあって、そこにやや奇形って書いてあったんですよね、僕のが。やや奇形ってなかなかショッキングな言葉ですけれど。ほかのところで検査した時も運動率が悪いとかって言われて。それまで、自分の精子に問題があるわけないと。2回流産しましたけれど、2回自然妊娠していたので、自分の精子に問題なんかあるわけないと思ったけれど、あとで自分の精子に問題があって、その流産も、結果、もしかしたら自分の精子に問題があったから育たなかったんじゃないかっていう可能性をすごい、ある人に提示された時に、ああ、やっぱりこれをもっと世の中の男性が本当に知らなきゃと思いました。

田中:今、鈴木さんのお話にもありましたけれども、精子の検査では、精子の量や運動率、そして医療機関によってはDNAの状態も調べられます。そして、そこでよくない結果が出た場合でも、さまざまな努力で改善できる可能性もあります。こちらは、専門家が勧める「“精子力”アップの7か条」です。

まず軽めの運動、体重管理、質の高い睡眠など、生活習慣の改善が重要です。また、長風呂やサウナを避けるなど、精巣を温め過ぎないことも大事です。
鈴木さんは、こういったことは心がけていらっしゃったんですか?

鈴木さん:僕、結構、実は引っかかっているんです。お酒に関しては、精子を採取するちょっと前には気をつけようと思いましたけれど、でも言い方がちょっとソフトで、「やめた方がいいかもしれないですね」「やめましょうか」ぐらいの感じで、やっぱり「これがよくないですよ」って、はっきりもっと言ってくれたらいいのに。男の人にもっとちゃんと危機感というか、「これをやらないとダメですよ」っていう。下着の問題だって、やっぱりあるわけじゃないですか。あと、サウナ、長風呂する人もいるし。もっとちゃんと男性にお医者さんが教育してくれればなって。

武田:こうした知識が、なぜ患者に知られていないのかという医療の側の問題点、どうなんでしょうか?

田中:VTRにもありましたが、産婦人科医から男性不妊が専門の泌尿器科医につながらないことも多いんですね。その理由を産婦人科医に尋ねた調査があります。答えとしては、「産婦人科医でも男性の治療はできる」とか、「男性を治療する間に女性が加齢し、卵子の老化が進んでしまう」。高齢の女性にとっては数か月でも早い方がよいと考えられているんです。そして、もう1つの要因が「男性不妊の専門医が少ない」ということです。こうした産婦人科医の声を泌尿器科医はどう受け止めるのか、聞いてきました。

横浜市立大学 泌尿器科医 湯村寧さん
「残念ながら今(男性不妊の)専門家は少ないわけで、紹介できる施設も限られている。僕たちとしては『男性不妊(専門医)が介入することで、もっと早く赤ちゃんができるよ』とか、そういうメリットを出していくことが、先生たち(産婦人科医)を納得させられることになるのかなと。」

田中:現在、実は男性不妊が専門の泌尿器科医は、全国に50人ほどしかいないということです。こうした中、泌尿器科医が産婦人科を回って診療するという取り組みも始まっているということでした。

武田:鈴木さん、女性からは「なかなか夫が一緒に病院に行ってくれない」という悩みも多く聞くんですけれど。

鈴木さん:行きにくいと思います。

武田:こうした男性不妊の専門家が増えるとか、医療機関どうしが連携してくれると、男性も行きやすくなると思うんですよね。

鈴木さん:そうですね。でも実際問題、僕もやっぱり行った時に検査して、精子をカップに入れて出す相手が女性だったりするんですよ。そういうこともやっぱり行きにくくなる原因だったりすると思います。だから僕は、例えば人間ドックとか、健康診断の中に取り込んでくれたら。あと言葉も、不妊治療が「妊活」という言葉になったように、僕は「メンズチェック」と勝手に名前を付けて言っているんですけれど、やっぱり「精子検査」というと、ちょっと行きにくいじゃないですか。だから、メンズチェックとかっていって、健康診断とか人間ドックとか、それに入ったら結構みんな受けると思うんですよ。それだけに行くというのがハードル高くて、もっとそういうことを国が危機感を持って捉えてくれたらいいのになって思うんですよね。

田中:男性不妊で治療が難しい場合、子どもを授かる頼みの綱となってきたのが、第三者の精子を提供してくれる精子バンクです。精子力の危機が広がる中で今、世界的に需要が高まっています。日本でも、実は古くから運営してきた医療機関があるんですが、こちらも危機に直面しているんです。

“精子力”クライシス 出現!? 100人の子もつ男

不妊に悩む夫婦などに対し、アメリカの精子バンクや医療機関への仲介を行っているコーディネート会社です。

精子を購入し、海外の病院で体外受精を行うための費用は500万円。それでも、希望者はこの5年で3倍に増えています。

不妊治療コーディネーター 川田ゆかりさん
「ドナーの情報を深く知ることができる。それがアメリカの良いところだと思います。血液型からも探しますし、日本人100%でなければ嫌という方もいらっしゃれば、メキシコ人やラテン系の方まで含めていいという方もいらっしゃいます。」

アメリカでは、1970年代から民間の精子バンクが増え、1つのビジネスになっています。精子提供者に報酬を払うことで、質の高い精子を集め、カップルや独身女性に販売。現在では、インターネットで注文し、宅配便などで簡単に取り寄せることもできます。
ダニー・ジョンソンさん。13歳の時、精子バンクからの精子で生まれたことを知りました。

2年前、提供した男性を知りたいと、自身の遺伝情報を解析。その結果を、血縁者をたどる検索サービスに登録しました。すると意外なことに、同じ男性の精子から生まれた、いわゆる“異母兄弟”が次々に見つかりました。

ダニー・ジョンソンさん(37歳)
「1年前は2人、それが今は18人。どんどん増え続けているわ。」

その後、精子を提供した男性にもつながったダニーさん。この日、異母兄弟たちと連絡を取り合い、その男性を訪ねることにしました。遺伝上の父親、ブルースさんです。

ダニーさんの異母兄弟
「鼻が似ていて、身長・体格も似ている。」

ダニーさんの異母兄弟
「みんな歩くのも速いし、運転も速いし、食べるのも早いんだ。旅行が好きだね。そして爪をかむ癖も共通しているよ。」

ブルースさんは37歳から51歳まで15年間、精子の提供を続けていました。当時の手帳を見ると、連日、精子を提供していました。人助けの気持ちもありましたが、精子の報酬を生活費の足しにしていた面もあったといいます。ブルースさんは、自分には100人以上の子どもがいるのではないかと予想しています。

ブルースさん
「(子どもの)数が多すぎて…、頭がくらくらしちゃうよ。実際どのくらいいるのかは、考えたくないなぁ。」

兄弟が増えたことを前向きに捉えているダニーさん。しかし、ブルースさんの話を聞き、さすがに怖さも感じました。異母兄弟たちの中には、気付かぬまま同じ学校に通っていたケースもあったといいます。

ダニー・ジョンソンさん(37歳)
「兄弟が100人見つかったら、さすがにまずいわね。異母兄弟と同じ学校に行ったり、デートしたりって、十分ありうることよね。」

アメリカでは、法的な規制がなく、1人の男性の精子を無制限に提供できてしまいます。こうした状況に専門家は警鐘を鳴らしています。

ジョージ・ワシントン大学 法学教授 ナオミ・カーンさん
「同じ男性の精子から生まれた子どもたちがたまたま出会って親密さを感じ結婚したら、遺伝子異常が子どもに引き継がれる可能性があります。健全な精子取り引きを行うためにも、それぞれの男性から生まれた子どもの数を把握すべきです。」

“精子力”クライシス 提供者不足!精子バンク

一方、日本では、精子バンクがアメリカとは違う理由で壁にぶつかっています。70年前から精子提供の中心を担ってきた慶応義塾大学です。

あくまで医療行為のため、精子提供者に支払うのは交通費などの実費のみ。精子を凍結保存し、無精子症に悩む夫婦に限って提供してきました。近年は提供者が減ったため、この夫婦も1年間待ちました。30代半ばにさしかかり、大きな焦りを感じたといいます。


「わらをもすがる気持ちで電話をして予約を取ってみると1年先ですと。」


「今すぐ授かりたいと、本当に今って思っているんですけれど、そうこうしているうちに自分がタイムリミットになるんじゃないかって。」

精子の提供者が減ったきっかけは、大学側の方針転換でした。子どもの親を知る権利に配慮し、それまで秘匿としてきた提供者の情報を、将来開示する可能性があるとしたのです。

慶応義塾大学 産婦人科学教室 教授 田中守さん
「将来的に自分の遺伝学的な子どもから急に『あなたがお父さんですよ』と、細かいこと言うと、それに対して、例えば相続の問題とか、いろんな血縁関係の問題が発生してくるとすると、リスクを背負ってまでドナーをボランティアでやられたくないという方がほとんどなのが現実ではないかと思います。」

最近になり、提供者不足はさらに深刻化。ついに先月(8月)、慶応大学は新たな患者への精子提供を一時停止しました。

“精子力”クライシス 精子減少・老化の裏で

武田:精子バンクを巡るアメリカと日本の事情、それぞれ別の問題を抱えているわけですけれども、どうご覧になりました?

鈴木さん:先ほどのアメリカのおじいちゃん、ちょっと元気すぎるんですけれども、日本で言うと、悩んでいる人がいるのに、なかなか利用できない状況は残念ですね。
例えば、また海外に行って作ろうとか、そういうことになってしまうわけじゃないですか。500万もかけて、やっぱりしんどいですよね。

武田:その精子バンク、どうあるべきなのか、専門家に聞きました。

慶応義塾大学 名誉教授 日本産科婦人科学会 元理事長 吉村泰典さん
「非常にコストがかかる。非常に大変な事業。データの保存も必要だし、凍結しておかなくちゃいけないし。公的管理運営機関を作ってくださいと、これが必要だと思います。」

田中:今の吉村先生の考えをこちらに整理しました。

まずは法律を整備すること。日本では、精子の提供者を生まれた子どもの親と見なすのかどうか、実は法律で定められていません。それにより、裁判で育ての親が父親ではないという判断が下される可能性も否定できないそうなんです。ほかには、提供者1人当たりの提供回数に上限を設ける。また、提供者の学歴などで精子を選別しないようにする。さらに無精子症の人に限らず、精子バンク以外に手段のない人には利用してもよいのではないかということでした。

武田:今、少子化が進んでいます。この男性不妊を巡る問題、もっと注目されるべきだとは思います。社会はどう向き合えばいいとお考えでしょうか?

鈴木さん:まず、男性側に責任が50%あるっていうことを、もっと世に早く知らしめるべきだと思います。それを男性がもっと認知して、そして医者側、医療側も、そこに向き合える人をもっと増やさないといけない。でも、やっぱりまずは男性にも責任がある。しかも、受精するしないだけじゃなくて、うちもそうですけれど、例えばできてすぐの流産とか、そういうことにもやっぱり男性の責任があるんだっていうことを、もっともっと伝えるべきだと思いますね。やっぱり女性が傷つくだけで、結局、男性はいつか本気だしゃできるんだよって思っている人、結構多いですから。

田中:女性の方で、そう言っている方もいました。

鈴木さん:男の人って、まさか俺がっていうのもあるし、精子自体がすごい数があるじゃないですか。だから、中には大丈夫だよって思っている人がすごく多いんですけれど、そうじゃないんです。もっとそれを日本人は真剣に考えなきゃいけないなと思うんですよ。

武田:この男性不妊の問題に、患者、医療機関、そして社会全体も向き合い方が十分ではないという現実が浮かび上がってきました。“精子力”クライシスをどう乗り越えるのか。不妊治療大国・日本の重い課題です。