第一話:魔王様の眷属たち(修行を初めて千年経過)
~千十二年後、ルシル大陸~
荒野で白衣を着た少女が、風になびく銀髪を抑えていた。
魔王ルシルの眷属、ドワーフ種が進化したエルダー・ドワーフ。神域の錬金術師、ロロアだ。
千年前と比べ、少し背が伸びて大人びている。
その目の前には巨大な衛星打ち上げロケットがあり、弟子のドワーフたちが控えていた。
そのロケットがどのようなものかわかるものは彼女とその仲間、そして弟子たちぐらいだろう。
魔王ルシルが消えてから千年以上、ロロアは技術の研鑽を進めてきた。
いずれ、魔王ルシルが復活したときのためにも、彼が守りたかったものを守り続けるために力が必要だった。
天才な上、特別な力を持つ彼女が千年研鑽した結果、その科学技術はおおよそ、三千年先まで進んでいる。
そこに客がやってきた。
キツネ耳を生やした美少女、天狐のライナ。彼女は千年前からまったく姿が変わっていない。
「やー、ロロアちゃんはまた新しいの打ち上げるの?」
「んっ、これで二十四時間、人工衛星が宇宙から世界すべてを監視できる配置になる。この計画に二百年かけた。でも、効果は絶大。天使どもは魔術に対してはバカみたいに敏感なくせに、科学に対しては無防備。これがあれば常に先手がとれる」
ロロアの目には暗い光がある。
彼女はこの千年もの間、もっとも大事な
そして、彼女の千年の研鑽は魔王ルシルのため。ルシルのためというのは、天使の駆除すら含まれている。
天使と、人間たちは神の権能が使えないこの地へわざわざ足を踏み入れてまで魔族の排除を行おうとしてきた。
神の地から離れたここでは力のほとんどが使えないため、圧倒的ではないが、強敵ではある。
そんな彼らの侵略を防ぎ続けたのは、眷属たちの力が大きい。
「ライナ、もう少し離れて。そこ、危ない」
「わかったの」
ライナが離れたのを見てから、弟子のドワーフたちにロロアは発射指示を出す。
彼女たちは魔王の血を受けていない普通のドワーフたち。
ロロアはすべてのドワーフに慕われる伝説のドワーフであり、ドワーフたちにとってロロアの弟子になることは最高の名誉とされている。
助手になれる時点で飛び抜けて優秀なのだ。
魔王の血を受けた眷属たちは皆、進化し優れた能力を獲得している。
そして、眷属の多くは各種族たちから神として崇められ、ロロアのように弟子を取ったり、あるいは指導者として君臨しているものも多い。
個人として力は重要だが、組織としての力もまた重要だと眷属たちは知っている。
「カウントダウン開始。5、4、3、2、1、ファイアー」
ロケットが点火して、高く高く空へと舞い上がる。そして、雲を突き抜けて見えなくなった。
「うわああああああああ、すっごい勢い。あんな高く、ライナでも飛べないの」
「んっ、これが科学。戦闘力が低い私の武器。……それより、ここに来た理由があるなら早く言って。私は忙しい」
「あっ、そうだったの。マウラが呼んでるの。やっと、やっと、時が来たって」
ロロアの顔色が変わる。
いつも無表情な彼女が、口元を抑え、涙を流し、それから笑った。
「今すぐ行く。待ちわびた。魔王様がいない千十二年と二百八十日は長かった」
「それをぱっと言えるロロアちゃんはすごいの。どっかのヤンデレ天使みたい。おとーさんが帰ってきたら、いっぱいいっぱい撫でてもらうの」
「んっ、そのつもり。魔王様が守って、私たちが育てた世界を見れば、きっと喜んでくれる。……それから、褒めてもらえると、とてもうれしい」
「やー♪」
二人の少女は、マウラのもとへ向かう。
胸にいっぱいの希望を詰めて。
◇
魔王軍の本拠地は浮遊島だ。
魔王ルシルが望んだのは、魔族たちが自分で掴む明日だった。
魔王ルシルの眷属たちは強すぎ、優秀すぎた。
もし、彼女らが本気で干渉すれば思い通りの世界が作れてしまう。
だが、魔王ルシルが望んだのは、魔族たちが自分の意志で作り上げた世界なのだ。
そのため、干渉は最小限にしなければならず、眷属たちは魔族たちと共に住むことを選ばなかった。
例えば、ロロアの発明品なんてものは文明そのものを変えてしまうだろう。
星の巫女たるエルフのマウラが協力すれば、それだけで自然すら支配し、毎年豊作。地上から飢えが消える
その結果生み出されるのは人々が魔王の眷属たちへ依存し、自分の意思で前へ進む心が喪失した枯れた世界。そんなもの魔王ルシルは望んでいない。
だから、魔王軍は地上世界と距離を取った。
「ふう、帰ってきたの。やっぱり上のほうがすごいの」
「当然、この浮遊島は世界最強の国で、要塞で、船。魔王様の剣であり盾」
人々への干渉はするべきではないとはいえ、なおかつ二度と主を失わないために全力でありとあらゆる力を蓄える必要もある。
そこで作り上げたのが浮遊島。ここでなら地上に干渉することはないから一切の自重をしなくていい。この地上から切り離された浮遊島で、眷属たちすべての力を使って、最強の国を目指しつつ、これはと思った優秀な地上の魔族をたまに連れてきたりしていた。
……そのせいで、浮遊島は超科学と超魔術と超自然が跋扈し、眷属たちと彼らが鍛え上げた精鋭たちが集うとんでもない国となっている。
この浮遊島は、地上のものも知っており、ヴァルハラと呼ばれ、ここに招かれることを恋い焦がれるものも少なくない。
そんな浮遊島には巨大な城があった。
いつかルシルのためにと用意した魔王城で、魔術と科学の粋を集め、自然の力すら利用し、加えて芸術方面が得意な眷属がデザインにもこだわっている至高の城。
その城内には魔王ルシルの眷属だけが入ることが許される特別な部屋がある。
円卓の間だ。
ロロアとライナが到着したことで、魔王ルシルが直接血を与えた十二の眷属がそこに揃う。
十二人が十二人ともに、もともとそれぞれの分野で突き抜けた才能を持ち、魔王の血によって進化した傑物。
そんな彼らが己の弱さのせいで魔王ルシルを失う作戦しか選べなかったことを悔やみ。二度と過ちを繰り返さないよう千年間努力をし続けて、さらに超常の力を身につけている。
千年の間、老いていないのは不老不死を可能にする薬が眷属の一人によって開発されているからであり、全員が全盛期の強さを維持していた。
椅子は十四用意されていた。もっとも上座にあるのは魔王ルシルの席。
最後の椅子はいずれくる新入りのため。魔王ルシルが生み出せる眷属の上限は十三人なのだ。
「遅いですよ。二人とも」
今日、眷属を招集したエンシェント・エルフのマウラが二人を出迎える。
「ん、ごめん。それより、魔王様が復活するって本当?」
「そういう嘘はつきませんよ。殺されちゃいかねませんし。……大きな力が生まれることを感じて星が震えています。星が感じているものをたどっていくと、懐かしい匂いがしました。この様子だとあと半日ほどで魔王様が復活します」
強く断言する。
マウラはエルフから進化したエンシェント・エルフ。
進化により自然との感応力が大幅に増し、星の力を借り、声を聞ける。
その彼女が断言したのだから、間違いない。
「ほう、それで我が君はどちらに現れるのですかな?」
執事服を着た老紳士が声を出す。
ただの老紳士ではない、竜の角と尻尾があり、昏い匂いがした。
もとは竜人であり、進化することで黒死竜となっている。
魔王ルシルの右腕、ドルクス。魔王軍の全てを任せられており、その知略は眷属一だ。だからこそ、魔王ルシルから彼がいなくなったあとの魔王軍を任された。
「その場所を星が教えてくれました。私としては眷属みんなで迎えに行くことを提案したいと思います。みんな、どうですか?」
「やー♪」
「んっ、もちろん」
「抜け駆けは許しませんぞ」
「僕の歌を聞かせてあげないとね」
「ガウッ」
「ぴゅふふふふ」
その問いに眷属全員に賛成の言葉をあげた。
皆等しく笑顔。千年の間、心のそこから笑うことがなかった眷属たちがだ。
みんな、ずっと魔王復活を待ちわびていたのだ。
「では、みんなで魔王様を迎えに行きましょう!」
千年の修練の果て、一人ひとりが天使にすら匹敵し、神のように崇められる。そんな十二人の眷属たちが、たった一人のために揃い、彼のもとへと向かう。
見るものがみたら、卒倒する光景だろう。
眷属のそれぞれ、期待と喜びを胸に立ち上がった。
ここにいる全員が魔王を愛している。
彼らは今日が最高の一日になると確信をしていた。