産業機器を手がけるオムロンとゲーム大手のスクウェア・エニックスという異色の提携が発表されました。両社は「卓球ロボット」を舞台として、「人の成長を促すAI」の共同研究に取り組みます。
卓球を打つロボット「フォルフェウス」はオムロンが新しい技術を検証するために開発したロボットで、今回「2019国際ロボット展」で披露された機体で第6世代になります。オムロンが産業用途で販売しているロボット製品を組み合わせて制作されており、これまで卓球をする技術と、トレーニングのための技術を磨いてきました。
その卓球ロボットにスクウェア・エニックスがゲームで磨いてきたAIの知見を取り入れて、「人と協働するロボット」の技術開発を目指す、というのが今回の提携の目的です。
▲「フォルフェウス」が打ち返す仕組みは意外にシンプル。プレイヤーの打球やラケットの位置、振り方を2台のカメラ映像から立体的に把握し、球の軌道を予測して打ち返します
オムロンが工場向け製品の技術をつぎ込んで開発した卓球ロボットを動画でご覧ください。https://japanese.engadget.com/2019/12/18/ai-2019/ …
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■AIとゲームの関係:ゲームにおける「メタAI」
AIや人工知能と呼ばれる分野は、曖昧模糊とした幅広い技術の集合体ですが、おおよそ共通しているのは「数理的アルゴリズムによって、さまざまな対象を分類・整理」するという点。自然言語処理も画像認識も、この点は基本的には変わりません。そして、ゲームでは実は多くのAI技術が活用されている、と話すのはスクウェア・エニックスの三宅陽一郎氏。RPGを例に取ると、大きく3種類のAIが動いていると説明します。
RPGの中でもプレイヤーに近いところで稼働するのがNPCを操作するAI「キャラクターAI」です。これはキャラクターごとに設定され、それぞれ独立して行動を判断します(中には、ボスキャラに向かって効果が無い死の呪文を乱発するAIも存在しますね)。
2つ目のAIは、ゲーム内のマップを生成したり、ゲーム内の環境(天候など)を制御する「ナビゲーションAI」です。
そして、最近のゲームでは3つ目のAIとして、ゲーム全体の状況を判断して挙動を調整する「メタAI」が搭載されている例もあります。スクウェア・エニックス作品では「ファイナルファンタジーXV(FF15)」など複数の作品でこの仕組みを取り入れています。
この「メタAI」はユーザーのプレイ状況に応じて、場を盛り上げるための調整を行います。メタAIはたとえば、サクサクと進めているゲーム上級者には少し手強い敵を出現させたり、ゲームに慣れていない初心者には攻撃がわずかに当たりやすくしたりといった制御を行い、同じマップを進めていたとしても、プレイヤーそれぞれに異なるゲーム体験を提供します。
「このプレイヤーに応じたゲーム体験の演出」という点で、ゲーム業界のAI活用が進んでおり、これを現実世界の"ゲーム"である卓球に応用しよう、というのが今回の試みになります。
■目標は「ゾーン」に導くトレーニングロボット
スポーツ科学の世界には「ゾーン」と呼ばれる状態があります。ゾーンは、アスリートの急速な成長に結びつく理想的な状態を指す概念で、適切な負荷のトレーニングを経験することでその状態に入れるとされています。そのゾーンに導くためには、適切なトレーニング課題を設定するコーチの存在が欠かせません。そして、オムロンとスクエニが挑むのテーマは言い換えると、「ゾーンに導く優れたコーチをロボットで再現できるか」ということになります。
要するに、「初心者でちょっと遊びたい」と考えている人には柔らかい返球を、「卓球経験者で上達したい」と考えている人には今の実力で少し背伸びする程度のラリーを返すという挙動の出し分けを、ラリーの中で得られる情報から判別するという仕組みを作るというのが、両社が目標とするアプローチです。
適切なトレーニングを設定するためには、プレイヤーの状態を把握する必要があります。オムロンのこれまでの卓球ロボットでは画像認識によってプレイヤーのスキルや、ボールの状態を把握していましたが、今後は、バイタルデータなどの情報を活用して、プレイヤーの"性格"や"成長欲求(どのように成長したいのか)"を判断できるAIを目指すとしています。
このアプローチを成功させることは、人間をより深く理解するAI(アルゴリズム)を作ることにほかなりません。スクエニの三宅氏は「ゲーム業界には人の感情を推測して反応を返すというアプローチを長く研究してきたが、これをリアル世界にお戻しする」と説明。一方で「デジタルな世界では人間の入力は限られていたが、リアル世界はノイズが多く、現実の人間のデータを取るというのも新しい取り組みになる」とその難しさを語りました。
■AI卓球ロボットを販売したいわけではない
両社の発表を知ると、「オムロンとスクエニが卓球ロボットを販売する」という風に誤解してしまいそうですが、今回の業務提携はあくまでAI技術の研究開発が目的で、両社とも現時点では卓球ロボットの販売予定はないとしています。オムロンの八瀬哲志氏は「オムロンが目指すのは人と機械との関係 を『融和』させていくこと」と紹介。その上で「将来的には自動運転、介護ロボット、接客といった場面で、人と機械が協調するシーンが増えていくだろう。その時に必ず必要となるのは、人の心理状態にあわせて機械の働きかけを変えていくことだ。そこに今回の共同研究で得た成果を活用できる」と話しました。