(前回のあらすじ:1573年夏、戦国時代に転生したオババとアメリッシュ。アバターとなった戦国時代の母娘を生かすため兵隊になる決意をした。鉄砲足軽隊として他の5人の仲間とともに古川久兵衛の配下に。彼と共に密偵として小谷城へ向かう)
戦国時代の結婚適齢期は10代
小谷城へ向かう山道を歩いていた。
周囲は樹木が密集し、天気はカラッとして夏の蒸し暑さはしのげたが、それでも、じっとりと汗が滲んでくる。
「山城攻めとはな」と、古川久兵衛は歩きながら、ガラガラ声で話していた。
昨夜のことは、全くなかったとしている。
昨夜ってのは、野宿で私に夜這いをかけ、オババに一喝された一件だ。
ああ、そういえば、私、
戦国時代の女性マチに意識が転生した初日にも夜這いをかけられた。
あとで聞くと親同士での約束だったらしく、ま、相手をボコボコにして悪いことをしたのは、こっちだったかもしれない、時代的には。
いや、アカン、頭のなかで常識が斜めにギコギコ傾いている。このまま回転していくと、そのうち夜這いをかけられる内が花なんて思いかねない。
アラサー独身の仲間トミが、オババにぶっ飛ばされた久兵衛を見て、「いいな」と、ボソっと呟いたのは、そういう意味だろう。
トミは大女だ。
現代だったら、大きなマントを着ちゃいけないタイプ。彼女が黒マントで歩いてたら、たぶん、歩道を塞いで、その向こう側が見えなくなる。
戦国時代に160センチを超える長身で、骨太で並の男より大柄なトミは結婚したことがないと聞いている。10代で結婚する時代に30歳過ぎということは、たぶん、きっと、そういう経験がないと思う。
そのことに屈託があるようには見えないけど、心の奥に何か少しだけ黒いものができているかもしれない。それが「いいな」という呟きに氷結したんだろう。気が良くて、バカ声で、おおらかなヨシの、ほんの少しの女としての悲しみ。
アカン、常識がギコギコして半回転しそう。いっそ全回転して元にもどさねば。
朝倉義景という男
足利将軍から『義』の文字を許された朝倉”義”景は、一等官にも任じられ、朝倉家歴代の名主のなかでも一番の出世頭だったんだ。
若いころは自分を誇らしいとさえ感じただろう。
1565年には、幽閉された足利義昭を脱獄させ、自領に招いてもいる。
上洛して室町幕府再興に尽力してくれるよう切に願われ、それに呼応した。そう、そうしたはずだったんだが、
いったいどの辺りで、彼は『義』を失ったのか・・・
1568年、朝倉義景35歳。それまでピンっと張りつめていた彼の最後の糸が切れた。
溺愛する側室を失い、嫡男阿君丸が急死して、心がおれた。
彼は近衛家から迎えた正室を離縁してまで側室の小宰相を耽溺したが、結果として死別、その愛児を失って、さらに奈落に落ちた。しかし、それで変わったわけじゃないと私は思う。
長男を失い、急に糸が切れたのではなく、すでに切れ始めていた最後の糸が切れただけなのだ。
1560年頃から、例えば100本の糸で繋いでいた彼の糸は1本づつ切れていき、最後の一本が1568年に切れた。そういうことだったと思う。
その後、切れた糸のまま呆けていた義景は、心配した家臣から美姫を与えられる。1570年に出会った側室の小少将は劇薬としての効果はあった。
「朝倉始末期」に、こうある。
『此女房紅顔翠戴人の目を迷すのみに非ず、巧言令色人心を悦ばしめしかば、義景寵愛斜ならず』『昼夜宴をなし、横笛、太鼓、舞を業とし永夜を短しとす。秦の始皇、唐の玄宗の驕りもこれに過ぎず』
この意味をざっと要約すると、小少将の美しさと妖艶さに溺れ、朝から晩まで酒をのみ、色に溺れたパーティ三昧の日々ということだ。
まさに、戦国時代のパリピ(パーティーやイベントでお酒を飲んで騒ぐ人)である。
そして、『唐の玄宗の驕りもこれに過ぎず』
この最後の一文にすべてが集約されている。
唐の玄宗といえば、楊貴妃という美姫におぼれ国を傾けた中国の皇帝。
朝倉義景、似ています。
前半生の善政と後半生の堕落した生活。
まさに、彼は玄宗だったんだ。
彼は、まさかパリピに頼ったとは考えていなかった。
信玄は伝令の早馬を、酒宴中の義景に送った。
「今後は協力して信長を撃とうじゃありませんか。今が絶好の好機じゃから」
「わかり申した」
義景は快諾した。
酒の勢いと女にいい顔したかったか、それほど考えもせずに快諾したんだと思う。一方、家臣はほっとして、これで少しは、と期待しただろう。
その後、挙兵した信玄は徳川家康に勝利し、西に上がる準備を整えた。
一方、朝倉義景は小谷城近くまで軍を率いたけど、次に呆気にとられるような行動をしでかした。
せっかく出向いていたのに、なんら信長を攻撃もせず、冬と雪を理由に地元へ戻ってしまったのだ。
これには、信玄が怒った。
が、その後、しばらくして戦場で信玄は死ぬ。まさか、朝倉への怒りのあまり憤死したとは考えられないが、上洛する途中での、ありえない不幸だった。
ともかく、朝倉義景がヘタレで好機を逃したのは間違いない。
義景といえば、屋敷にもどり、寵愛する側女のそばでぬくぬくと冬を過ごした。半年後の夏に自害するとは思いもせずに、夜を愛でていた。
私は思う。朝倉義景に天を統べる好機はあった。
しかし、彼には、その覚悟も胆力も器もなかったのだと。
一方のやる気満々の織田信長、天下に向けて、なんと神を名乗りはじめていた。
そして、横山城の拠点は遠すぎると虎御前山に前線基地を築いた。
ここは小谷城から、わずか500メートルの好位置。
義景が攻なかったために、信長に悠々と城と砦を築かせてしまった。
信長を喜ばせ、浅井を失望させ、武田を怒らせた、いわく付きの城である。
私たちが小谷城へ向かっていた夏の日、そうした一連の歴史が動いた。
武田家は信玄の死を伏せ、浅井は500メートル先にできた砦に神経質になり、朝倉義景は地元に戻って、女の膝の上で酒を飲んでいた。
横山城からの道のり
織田の前哨基地である虎御前山城を迂回して、小谷城がある山の麓近くまできていた。
「私を巫女と呼ぶな」
現代と違う空気ってものがあって、ここの人々は、ま、今でもそういう人はいるけど、ものすごく験(ゲン)をかつぐ。とても迷信深い人が多い。
「じゃあ、なんだというんだ」
「え〜〜と、単なる足軽」
「ほお、足軽か。ま、いい、浅井の小谷城はもうすぐだ、あの城の弱点を調べなきゃならん」
「小谷城の弱点・・・」
「知っているのか」
「普通なら、そんなものはない」
「普通なら、か。おう、よし、なぜ知っているとか理由は聞かん。普通ならと言うなら、普通じゃない弱点があるということか」
ポリポリと頭をかいた。
私は結果を知っている。
難攻不落の小谷城危機を抜け出せるのは、主に羽柴秀吉の人たらし力で、そもそもフヌケの朝倉義景に愛想をつかした家臣や織田の軍勢を見て恐れをなした浅井の家臣を寝返らせた結果だった。
しかし、私たちの問題はそこにはないんだ。
一般の兵として明智軍に所属する私たちが、どう生き延びるか、それが問題なんだよ、明智くん、じゃなかった久兵衛。
オババと私は生き延びたい。
生き延びるための食事を得るため明智軍に入ったが、だからといって戦闘で死んじゃ意味はない。そして、味方が勝ったとしても、私たち個別の命の保証はない。いっそ、いつ捨て駒にされてもおかしくない位置にいるんだから。
足軽なんて、ほんともう使い捨てだから。
その他大勢の大勢のひとり。
この立場から、どう抜けるか、そこが問題だった。
そんなことを考えているときだった。
いきなり、久兵衛に押し倒された。
「おまえ! また!」という言葉の途中で、口を塞がれた。
「静かに!」
言葉の途中で、耳元でヒュンと音がした。
なにかが飛んできた。
目を横に向けると、そこに矢がささり、プルプル揺れている。
「隠れろ!」
言葉と同時に、木の幹へと久兵衛に転がされていた。
オババ!
オババは?
次々と矢がふってくる。
それは、ヒュンヒュンと不気味な音で私の周囲に突き刺さった。
トミが近くの木に隠れ、こちらにうなづいたのを見た。
テンが走る。その先から矢は飛んでくる。
どういうわけか、矢はテンを避ける、いや、テンが矢先を予測しているのか。
オババは?
久兵衛が背中から火縄銃を取りだして火薬を込めた。私たちは、この作業に1分くらいかかるが、彼は熟練していて20秒くらいでするんだ。
当時、有名な鉄砲集団、雑賀衆の熟練者が20秒内で発射まで持っていけるというが、その手練れたちと同じ速度だ。
次の瞬間、彼の銃が轟音とともに火を噴いた。
しばらくして、横からさらに火縄銃の音がした。
誰が発した?
火縄銃の特徴は音と煙だ。
久兵衛は銃を発するとすぐ。
「ここで待て!」と言い残してテンのあとを追った。
オババは!
・・・つづく
登場人物
オババ:私の姑。カネという1573年農民の40代のアバターとして戦国時代に転生
私:アメリッシュ。マチという1573年農民の20代のアバターとして戦国時代に転生
トミ:1573年に生きる農民生まれ。明智光秀に仕える鉄砲足軽ホ隊の頭
ハマ:13歳の子ども鉄砲足軽ホ隊
カズ:心優しく大人しい鉄砲足軽ホ隊。19歳
ヨシ:貧しい元士族の織田に滅ぼされた家の娘。鉄砲足軽ホ隊
テン:ナイフ剣技に優れた美しい謎の女。鉄砲足軽ホ隊
古川久兵衛:足軽小頭(鉄砲足軽隊小頭)。鉄砲足軽ホ隊を配下にした明智光秀の家来
*内容は歴史的事実を元にしたフィクションです。
*歴史上の登場人物の年齢については不詳なことが多く、一般的に流通している年齢などで書いています。
*歴史的内容については、一応、持っている資料などで確認していますが、間違っていましたらごめんなさい。
参考資料:#『信長公記』太田牛一著#『日本史』ルイス・フロイス著#『惟任退治記』大村由己著#『軍事の日本史』本郷和人著#『黄金の日本史』加藤廣著#『日本史のツボ』本郷和人著#『歴史の見かた』和歌森太郎著#『村上海賊の娘』和田竜著#『信長』坂口安吾著#『日本の歴史』杉山博著#『雑兵足軽たちの戦い』東郷隆著#『骨が語る日本史』鈴木尚著(馬場悠男解説)#『夜這いの民俗学』赤松啓介著ほか多数
NHK大河ドラマ『麒麟がくる』
公式ツィッター@nhk_kirinで、出演者たちのビジュアル続々、更新中だそうです。ちょっと見てきました。
予告編の動画が、とてもよかったです。
正統の戦国ドラマって雰囲気です。