オーバーロード 骨の親子の旅路 作:エクレア・エクレール・エイクレアー
そこは魔城か、あるいは。
誰も還らぬ安らかなゆりかごか。
そこは荘厳という一言では片付けられない程偉大な大広間だった。一つ一つの装飾だけで国宝級に匹敵するもので、それがあちこちに散らばっている。だがそれはきちんと法則性を持って飾られているようで、まるで宝石箱の中にいるようだった。
しかし、それは完成されているとは言えないのかもしれない。ところどころに罅が入り、修復されていないようだった。数々の宝があるからこそ、まだ宝石箱と称せるが、いつ壊れてもおかしくはなかった。
そんな宝石箱に見紛うほどの場所にいるその女性も絶世の美女と呼べるだろう。角と背中から生えている黒い翼が若干邪魔をしているが、それがあっても間違いなく美人だと断言できるほど精巧な美。
その存在が、唐突に振り返る。その大広間にいたのはその美女だけだったはずなのに、そもそもこの階層で眠りについていないのは彼女だけだったはずなのに、大広間へ通じる扉が開いたのだ。
その美女は即座に迎撃態勢を取る。誰も眠りから覚めていないのだから、侵入者以外ありえない。だが、侵入者を知らせる警報もなかった。侵入者であれば即座にわかるはずなのに、それを知らせる物が一切作動しなかったのだ。
その違和感を不審に思いながらも、入ってきた三人の男女に対して警戒する。その内の一人は正確には、ドッペルゲンガーだったが。
「何者です!どうやってこのナザリック地下大墳墓へ、この第十階層まで辿り着いたというのですか!?」
「ン~!つれないですなあ、守護者統括殿。私をご存知ないと?ナザリックへ帰還した領域守護者をあなたがご存知ないと?まあ、帰還というよりは様子見に来ただけではありますが」
オーバーリアクションをするドッペルゲンガー。その様子と領域守護者という言葉。唯一行方が分かっていなかった領域守護者と、何故かぽっかり空いたその領域守護者が守護すべき聖域。そこから答えに行き着く。
「あなた、パンドラズ・アクターなの!?」
「そのとおり!です!リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンもこの通り。いえいえ、まさか宝物殿へ帰ろうと手間を惜しんだら着いてしまって。ナザリック地下大墳墓もこちらに来ていたんですねえ」
「あなた、今の状況がわかっているの?宝物殿が刳り抜かれて、唯一残られていたモモンガ様すら御隠れになられた!外の様子もまるで異なる世界だわ!ギルドの維持もできず、ここは朽ちていくだけ……!」
守護者統括こと、サキュバスのアルベドはそう慟哭を上げる。それで今の状況を理解したパンドラはうんうんと頷く。
「それにその子たちは誰!?人間じゃない!何で人間を連れていて、しかも至宝たるリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを与えているのよ!?」
「これ、別に父上が移動に便利だろと仰って与えた物ですが?宝物殿には予備が五十以上ありましたし、大人と認めた子には渡していましたが?」
「父上って……モモンガ様が!?嘘おっしゃい!あの方は至高の41人の中でも最もこのナザリックを愛していらっしゃった!そんな方が至宝をそう易々と与えるはずが……」
「おじさま、帰ってよろしいでしょうか?これが見せたかったものですか?私は目的の物さえ回収できればここに用はありません。宝物殿の方が綺麗です」
パンドラの脇にいた少女がそう呟く。その言葉にアルベドの血管が切れた。ここは至高なる方々の居城。今は少しみすぼらしくなってしまっているが、その一部でしかなかった宝物殿の方が綺麗と言われれば我慢も利かない。
目の前の少女は本当のナザリックの姿を知らない。それに人間の小娘程度がこの場所の素晴らしさを理解できるはずがないと。
「ダメだよ、シャロン。たしかに回収すべき物はあるけど、ここだって大切な場所だったんだから。一周ぐらいはキチンと見ようよ」
「二人とも、ネタバラシが早い。……まあ、いいでしょう。我々が今回来たのは父上の私室にある物の回収。あとは、その旗ですね。それ以外は好きにお使いください。あなた方が世界に災厄をもたらせない限り、干渉いたしませんので」
「……言いたいことはそれだけ?パンドラズ・アクター、そこの小娘をこちらに渡しなさい。八つ裂きにしてあげる」
「断ります」
即答。その事実にアルベドは更に激昂する。まずモモンガのことを父上と呼んでいる時点でギルティ。そこら辺の人間に至宝を、まだアルベドが貰ってすらいない物を渡している時点で大罪。そして外のことを知っている様なのに情報共有をしないことで死罪。守護者統括としての言葉を領域守護者程度で断ったことで死など生温いと考えている。
「断った?そんなことできると思っているの?」
「申し訳ありませんが、守護者統括殿の言葉よりも私は彼らの命を優先いたしますので。それに、私は父上の遺言を実行しているだけですので。『もしナザリックがこちらに来たのであれば、俺の私室の物は全てお前が差配せよ。あれらはどんな物であってもこちらでは強大に過ぎる』。ここに残して埃を被らせる意味もないので回収に来ただけですのであしからず」
「遺言?遺言!?モモンガ様が亡くなられたというの!」
「ええ。享年82歳。大往生と呼べる長生きでしたでしょう。奥方や子らに囲まれながら、幸せそうに旅立ちました」
「バカな!あの御方は死をも超越したオーバーロードよ!その物言いだと寿命で亡くなったみたいだけど、そんな死に方なんてありえないじゃない!」
寿命云々もそうだが、そもそも彼らNPCは至高の方々が負けて死ぬことはないと考えている。それほどまでに崇拝しているのだ。だからこそ、他の方ならまだしも、オーバーロードたるモモンガが寿命で死ぬとは余計に考えられないのだ。
「なるほど。本当に世界を調べてはいない様子。情報は全ての武器だというのに。守護者統括殿。あなたは『黒銀地図』をご存知ですか?もしくは、冒険者チーム『黒銀』について」
「……知らないわ」
「でしょうねえ。あなた方が知っていればすぐに調査に乗り出すでしょうに。宝物殿がないことでナザリックの維持ができなかったご様子。そのため、他の守護者各位は眠っているといったところでしょうか。宝物殿がない程度でこの体たらくとは。何のためのナザリック守護者か、聞いて呆れます」
「このタマゴ頭風情がぁ!よくもそこまで大きな口を利けたな!」
パンドラの煽りにアルベドは激情。だが、その様子すらパンドラには笑いを誘う滑稽なものだった様だ。
「宝物殿がなければ、金貨を稼げばいいだけでしょう?あそこにはナザリックを百年以上維持することができる金貨がありますが、あそこの金貨を父上はユグドラシル時代から一切消費しておりません。この世界の金貨の価値は低いのでユグドラシル金貨で賄うのは大変でしょうが、そのための知恵くらいあるでしょう?父上のように、毎日稼げば良かった。父上は七年近く、ユグドラシルで一人で行っていましたが?」
「それは至高の御方だからでしょう!?私たちにそんな手段があると!」
「それが色眼鏡だというのです。まあ、環境の差など色々理由はあるのでしょうけど」
おそらくこの守護者統括殿は自分のように変われないと察して、これ以上の話はしないと決める。モモンガが違う名前を、本当の名前を使ってこの世界で一人の人間として過ごしたなどと伝えても信じないだろうから。
「さすがのあなたでも、モモンガ様の遺言に抗う権限はないでしょう?部屋の物は回収させていただきますし、あとでこのナザリックを一周させていただきます。そして最後の忠告を。もしこのモモンガ様の愛した世界を不当に穢そうとすれば、私が全力を持ってあなた方を排除いたしますので」
「たった一人で、ナザリックの全てを相手にできると?」
「一人AOGの私ができないと?それにこの子たちも協力してくれるでしょうし」
パンドラが自信を持って実力を称賛する二人組。蜂蜜色の髪をした少年も、美しい金髪をした少女も、まだ年端も行かない子どものようにしか見えない。装備品はかなりランクの高い物のようだが、アルベドなら勝てると思える。
ただし、プレアデスや守護者以外の戦力では太刀打ちできなさそうだとも思ったが。
「……誰なの?その子たち」
「こちらの男の子はブレイン。今や世界で最も多い名前なのでありきたりではありますが、モモンガ様の親友の名なので。モモンガ様の直系の子孫にあたります」
「そっちの女の子は?」
「こちらはシャロン。永世中立国の王位継承権を持つお嬢様です。こちらもモモンガ様の直系の子孫にあたります」
その言葉に頭の良いアルベドすら少し困惑した。同じ直系の子孫のはずなのに、王位継承権がある者とない者。
「親戚で、何かしらの事情があって家が別れたのかしら?」
「いいえ?純粋に血が異なるだけですよ?シャロンの血筋には王族の血が流れているだけです。モモンガ様には奥方がお二方おりましたから」
「重婚!?ユグドラシルでは許されていなかったわ!」
「そもそも結婚なんてありましたか?この世界では重婚に関して禁止する法もありませんので。双方がきちんと承認していれば大丈夫です。最初の奥方は心の広い方でしたから。初めて会った私たちにも、妹君と一緒に歓迎してくださりましたし。父上は良縁に恵まれた」
二人の紹介が終わると、パンドラは踵を返した。やることは済んだとでもいうように。
「では、忠告を忘れぬように。この父上の愛した美しき世界を壊そうものなら、元同僚と言えども容赦いたしませんので。私たちのようにこの世界に順応するか、このまま朽ちていくか。好きな方をお選びください」
これ以降、パンドラがナザリックを訪れることはなかった。彼にも彼の生活がある。そして託された使命もある。待っている家族たちもいる。
両者の道が交わることがなかったのは。喜ぶべきことか、悲しむべきか。
この様子を感知したある竜王は、ふと瞼を閉じた。
これで完結です。
長い間ありがとうございました。