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理想のヒモ生活 作者:渡辺 恒彦

三年目

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第二章3【王子と王女への依頼】

 約束を取り付けた道楽者――プリモ・ギジェンが最後に退室していく。


 室内に残ったのは女王アウラとその腹心であるファビオ秘書官だけ。


 静けさの戻った室内で、女王アウラは思わず一つ、大きな溜息を吐いた。


「ギジェン家とガジール辺境伯家が婚姻で結びつく、か。国内の力関係が大きく揺らぐな」


 封建国家の王としては、例外的なほどに強い権力を有するカープァ王国の王だが、だからといって有力貴族同士の結びつきを座視できるわけではない。


「各貴族家が、領地開拓などで自力を増すと言うならば、国力の増強にも繋がる故、必ずしも歓迎できない話ではないのでしょうが、有力貴族家同士が婚姻で結びつき、一つの勢力を築くというのは、アウラ陛下及びカープァ王家にとっては、歓迎できる理由がありませんな」


 そう言うファビオ秘書官の言葉に、女王は眉の間に皺を寄せて、忌々しげに首肯する。


「ああ。元を正せば、プジョルを私の婚約者候補として縛っていたことに発している以上、拒絶は不可能だった。だから、ここまでの流れは仕方がない。

 問題はここからだ」


「ギジェン家が、というよりプジョル将軍の権勢が増すのはいただけませんな」


「そうだ。何らかの形でガジール辺境伯家には釘を刺しておきたい。近いうちにルシンダを呼び出すよう、手はずを整えておけ」


「ルシンダ様ですか? ガジール辺境伯ご自身ではなく?」


 確認を取る秘書官に、女王は首肯する。


「ああ。ガジール辺境伯は良くも悪くも、独立独歩の地方領主貴族だ。プジョル将軍の『下に付く』可能性は無いと言い切って良いだろう。立場的にも精神的にもプジョルと対等だしな。

 問題は、次世代だ。チャビエルは見込みのある良い少年だが、いかんせんまだ若い。その上、武人としての価値観が強いため、プジョルに強い憧憬を抱いている」


 先の大戦における英雄であるプジョル将軍に、年若い武人肌のチャビエルが取り込まれるというのは、十分にありえる流れだ。


 もしそうなったとき、誕生するのは、強大な独自戦力を持つ地方領主を子分に持つ、中央の大将軍である。流石にこれは、王族として看過できるものではない。


「なるほど、だからルシンダ様ですか」


「ああ。ガジール辺境伯家の人間でそうした小難しい話が一番通じるのは、ルシンダだ。一族の決定権はあくまで父である辺境伯にある故、その場で結論が出ないのが少々もどかしいが、最初から辺境伯を交渉の場に引っ張り出すよりは話が早いはずだ」


 仮にも大領地の領主貴族に酷い評価だが、残念ながら不当な評価ではない。


 現ガジール辺境伯であるミゲルは、良くも悪くも実直な武人肌の男だ。


 大貴族には珍しい誠実な人柄で、戦力としては非常に頼りになる男だが、こういうややこしい話では頼りにならない。


 だが、度量のある男である事は間違いないため、信頼する実娘の出した結論ならば、飲み込んでくれるはずだ。


 だから、窓口はルシンダが最適だと、アウラは判断した。


「開き直るわけではないが、避けようがない以上、プジョルとニルダの結婚式はこちらとしても成功するように尽力するべきだろうな。

 一年という猶予は、ギジェン家、ガジール辺境伯家という大貴族の結婚式の準備期間としては決して余裕があるとは言えぬからな」


 そう思考を切り替える女王に、秘書官も小さく頷き、相づちを打つ。


「はい。日頃は領地に引っ込んでいる領主貴族達の多くが王都に集まることになるでしょう。地方領主貴族は貴族街に自分の屋敷を持っております故、宿泊施設の問題はありませんが、食料品は大目に仕入れておかなければ、王都が一時的な食料難に襲われます」


「その辺りは、王宮があまり細かなところまで口を突っ込むとかえって拙いな。王都の商人ギルドに大枠の話をして、下手なボロ儲けを企まないように釘を刺しておく程度にしておくか」


「それがよろしいかと。後、一時的な人口増で起きる問題は、治安の乱れですな。

 招待客の大半は貴族ですから、主な人口増は貴族街ですが、プジョル将軍の結婚式となりますと、一度は王都の街を新郎新婦が竜車に乗ってパレードすることになるでしょう。

 となりますと、行進を一目見ようとする庶民の見物客も馬鹿にならない数が集まってくることを覚悟するべきかと」


 大貴族の結婚式は、商人に取って大きな商機だし、それ以外の市民にとっては絶好後の娯楽だ。


 ましてや、プジョル将軍は先の大戦の英雄である。


 一方、その結婚相手となるニルダは、ガジール辺境伯家の令嬢とはいえ、物心がつくまで自分が貴族だとも知らずに育った村娘だ。


 大貴族にして大英雄である男に見初められる、(元)村娘。吟遊詩人達が、さぞドラマチックでロマンチックな詩を作り上げること請け合いな、話である。


 必然的に、その詩を聞きつける物見高い見物客も、通常より多いと思ったほうが良い。


 事情を理解したアウラは、眉の間に皺を寄せる。


「警備か。貴族街は王宮警備隊の管轄故問題ないが、市民街は王都警備隊の管轄だからな。レガラド子爵に話を通しておく必要があるな」


 ここ王都カープァの治安を担当している組織は二種類ある。


 王宮警備隊と王都警備隊だ。


 王宮と貴族街の警備を受け持つ王宮警備隊は王家直下の組織のため、アウラにとっては非常に動かしやすい戦力なのだが、問題は市街地の警備を受け持つ王都警備隊だ。


 王都警備隊の責任者は、代々レガラド子爵の指定席となっている。


 あくまで王都の警備隊という役割柄、武装は殺傷力の低いものに限定されているし、兵の練度も低いが、数だけで言えば、王家直属の王宮警備隊より遥かに多い。


 そのため、王都で大きなイベント事を起こそうと思えば、レガラド子爵の協力は必要不可欠なのだ。


「左様ですな。レガラド子爵との面談を、手配しておきます」


「頼んだ」


 一つ頷いた女王に、忠実な秘書官は「お任せ下さい」と請け負う。


「続いて先ほどの件ですが、プリモ卿をフランチェスコ殿下とボナ殿下に紹介するのは、ゼンジロウ様に立ち会いを頼むので、よろしいですか?」


 確認を取る秘書官に、女王は少しだけ考えた後、首肯する。


「ああ、それが良いだろう。婿殿にはまた負担を強いることになるが、元々両殿下の世話係はゼンジロウに任せていたからな」


「問題はございませんか? プリモ卿は趣味の世界に関することになりますと、少々我を忘れる悪癖がございますが」


「まあ、大丈夫だろう。両殿下は優れた付与術士であると同時に、優れた職人だ。プリモ・ギジェンは優れた職人・芸術家に対して、礼儀を忘れることはあっても、敬意を忘れることはない」


 そして、フランチェスコ王子は礼儀にうるさい人間ではない。


 そういう女王の主張に、一定の正しさを認めつつも、秘書官はいつも通り無表情のまま首を傾げる。


「それはその通りだと思いますが、同時に逆に気が合いすぎるのが少々不安材料です。

 自重を知らない職人・芸術家と、気前が良いパトロンの組み合わせというのは、往々にして暴走を引き起こすのではないかと愚考する次第ですが」


「フンッ。その場合、暴走の被害が直接行くのは、ギジェン家の懐だ。かえって都合が良いわ」


「まあ、ギジェン家の資産からすれば、さしたる被害ではないでしょうか」


「甘いな、ファビオ。貴様は、好事家と芸術家が揃って箍を外したときの浪費ぶりを分かって居らぬ。本気になった彼奴等は、冗談抜きで家どころか国を傾けるぞ」


 女王はそう言って一つ溜息を吐く。


 実際、王家に伝わる逸話の中には、そうして国を固めた道楽者の王族もいたらしい。


 そんな女王の言葉に、細面の秘書官は無表情のまま首を傾げ、


「それは非常に注意が必要な次案なのでは? ギジェン家の資産とは言ってもそれは広義の目で見れば、カープァ王国の資産です。

 一方、その代金を受け取る両殿下は、双王国のお方。見方を変えれば、それは国を傾けるほどの資産が、カープァ王国から双王国に流出する、とも言えるのではないでしょうか?」


「…………」


 秘書官の冷静な指摘に女王はしばし、黙考した後、


「……羽目を外しすぎないよう、婿殿に手綱を引いていただこう」


 そう言ってスッと目をそらす。


「後で目一杯、ゼンジロウ様の労をねぎらって差し上げるべきでしょうな」


 女王の言葉に、秘書官は無表情のままわざと聞こえるよう、大きな溜息を吐くのだった。







 ◇◆◇◆◇◆◇◆







 それから三日後。


 王宮の一室では、四人の男女が顔を合わせていた。


「フランチェスコ殿下、ボナ殿下。本日は、ご足労戴き、誠にありがとうございます」


 形式上はこの場の主催者となっている善治郎は、まずはシャロワ王家の王子と王女にどう礼を述べる。


「いえいえ、他ならぬゼンジロウ陛下お呼びとあらば、喜んで推参致しますとも」


 と金髪の王子が、いつもと変わらぬ脳天気な笑みを浮かべている横で、


「本日はお招きいただき、誠にありがとうございます、ゼンジロウ陛下」


 と栗色の髪の王女は、緊張を隠せない表情で、先ほどからしきりにこちらの様子を窺っている。


 栗色の髪の王女――ボナ王女としては、フランチェスコ王子から押しかけるのではなく、善治郎側から呼び出されたという事実に、嫌な連想をしてまうのだろう。


 気分はすっかり、問題児を抱える保護者である。


 もちろん、善治郎は事前に送った招待状に、この会合の目的(プリモ・ギジェンがフランチェスコ王子、ボナ王女と会いたいと言っている)を記しているのだが、それだけで安心出来ないのが、問題児の保護者というものだ。


 これは下手に回りくどい言い方をしていたら、ボナ王女が勝手に謝罪を始めてしまうかも知れない。


 そんな危惧を抱いた善治郎は、早速用件を切り出す。


「書面でもお伝えしたとおり、この者が両殿下に目通り願いたいと、言っておりまして。このような場を設けさせて戴きました。プリモ」


 善治郎に話を振られるまで、行儀後ろに控えていた中年の貴族――プリモ・ギジェンは一歩前に出ると、礼儀正しく一礼し、名乗る。


「初めまして、フランチェスコ殿下、ボナ殿下。私は、カープァ王国はギジェン家の一員で、プリモと申します。

 この度は、両殿下にお目にかかる機会を得て、恐悦至極に存じます」


 大袈裟な言葉だが、その言葉に一切誇張がない事は、プリモ・ギジェンという男を知っている者ならば、誰もが保証することだろう。


 美術品、工芸品に目のない道楽者であるプリモ・ギジェンにとって、優れた職人・芸術家であるシャロワ王家の王族というのは、まさに羨望の存在だ。


「ははっ、そこまで感激されると恐縮ですね」


 このまま、抱きつきそうな勢いのプリモ・ギジェンを見て、善治郎は愛する妻から課せられた仕事を思い出した。


 どうにかして、この道楽貴族と、暴走王子が羽目を外しすぎないように、制御するのが今日の善治郎の仕事なのだ。


「では、お互い自己紹介もすんだことですし、ここからは腰を下ろしてゆっくり話し合いましょう」


 興奮するプリモ・ギジェンを引きはがすように、善治郎は一同をソファーへと誘導するのだった。







「なるほど。プジョル将軍がご結婚なさるのですね。それに伴い、私達に仕事を依頼したいと?」


 プリモ・ギジェンの口から一連の事情を聞かされたフランチェスコ王子は、あからさまに体を前に乗り出し、そう言った。


「…………」


 隣に座るボナ王女も、無言のままフランチェスコ王子以上に目を爛々と輝かせている。


 先ほどまでの、『学校から呼び出しを食らった問題児の保護者』のような表情を一変、隣に座る金髪の王子と遜色ない食いつきだ。


 フランチェスコ王子とボナ王女。


 性格も性別も違う二人の共通点は、大国の王族という意識より、付与術士・職人としての意識が高いという事である。


「まず、何はさておいてもお願いしたいのが、『結婚指輪』です。新郎新婦が交換し合うペアリングで、男女ともに日常的に付けていて、生活に支障がないあまり派手ではないものが望ましいですね」


『結婚指輪』という言葉に、フランチェスコ王子は珍しく笑顔を消した真剣な表情で、チラリと善治郎の方に視線を向ける。


「『結婚指輪』というと、私とマルガリータで魔化を施したあれ、かな? プリモ卿はあれに匹敵する物をお求めですか?」


 あれ、というは言うまでもなく、善治郎が地球から持ち込んだ、善治郎とアウラの結婚指輪である。


 金の台座に、色と形を揃えた極小の三連ダイヤが飾られたファッションリング。


 総合的な芸術性そのものならばともかく、そこに費やされている精密な加工技術は、流石にこの世界では再現不可能である。


「あ、あれに挑戦するのですか?」


 ボナ王女も、驚きと歓喜で口元が歪むのを抑えられない。


 意外と冷静な対処を見せる金髪の王子と、予想外に熱い闘志を燃やす栗色の髪の王女を、プリモ・ギジェンは頼もしげに見る。


「いえ、そうではありません。あくまで同じなのは『結婚指輪』という、使用目的だけです。

 詳細については、お任せしたいと思います」


「なるほど。台座の金属や、飾り石についてはご要望はございますか?」


 いつの間にか、フランチェスコ王子より食いつくボナ王女に、プリモ・ギジェンは笑顔を崩さないまま、即答する。


「基本的には、両殿下にお任せしたいと思います。ですが、一番大事なことは持ち主に似合うことですからね。

 近々、席を設けますので、一度新郎新婦を間近で見て、デザインの参考にして戴けると幸いです」


「ああ、それはありがたいね」


「是非、宜しくお願いします」


 プリモ・ギジェンの対応に、王子と王女は嬉しそうに微笑んだ。


 最初から送られる人間が決まっている宝飾品の場合、当人に会ってから作った方がイメージが固まりやすいのは、自明の理だ。


「他にはそうですね。少々無粋な話になりけれど、予算はいかほどに考えていれば良いかな?」


 仕事には真面目なフランチェスコ王子の事務的な問いに、プリモ・ギジェンは嬉しそうに答える。


「上限はありません」


「ッ!」


 その答えに、フランチェスコ王子が更に身を乗り出し、


「ッッ!?」


 同時に、ボナ王女がガタリと腰を浮かせ、


「はい、少々お待ち下さい」


 そして、善治郎が、パチンと両手を鳴らし合わせた。


 手を鳴らした音で、無理やり皆の注目を自分に向けさせた善治郎は、全身全霊の力で平静を装い、抑揚の抑えた声で訂正する。


「正確に言えば、現状では明確な上限はない、です。ただ、予算に関しては新郎新婦の両家の兼ね合いもありますので、場合によっては多少の修正が入る可能性がある事は、最初にご理解下さい」


「ゼンジロウ様!?」


 予想もしていなかった掣肘に、心底心外だという表情を浮かべるプリモ・ギジェンに、善治郎は諭すように説明する。


「プリモ卿。貴公は確かに、今回の結婚式における、ギジェン家側の総責任者だ。そして、この依頼は、ギジェン家単独の依頼である。

 故に、他者が口出しをする事は原則ないのだが、先も言ったとおり両家の釣り合いという問題がある。念のため、正式に依頼する前に、ガジール辺境伯家側の責任者であるルシンダに、確認を入れるべきなのではないか?」


 新郎から新婦に送る物が一億円相当で、新婦から新郎に送る物が百万円相当だったりしたら、流石に色々としこりが残る。


 善治郎の指摘は、極々常識的な事であったため、さしものプリモ・ギジェンもそれ以上ごねることは出来なかった。


「むう……確かに仰るとおりですな」


 とはいえ、世間一般の仕事と比べれば、予算の上限は相当高いことは間違いない。


 それを察したボナ王女は、興奮を隠せない紅潮した顔で、問いかける。


「予算のことはひとまずおいておくとして、資材の調達は如何致しましょうか? 私達はこの国で貴金属や原石の入手ルートがないのですが?」


 ボナ王女の当たり前の懸念事項に、プリモ・ギジェンは今度こそ胸を張ってハッキリと答える。


「それは、私にお任せ下さいっ! 国内はもちろん、カープァ王国と国境を接する国々でしたら、このプリモは『その全て』に伝手を持っております。

 南大陸西部に存在する物に限るのであれば、いかなるご要望にも応えてご覧に入れます」


「ほうっ! それは、頼もしい」


「そうですね、フランチェスコ殿下。そ、それでしたら、珊瑚や真珠なども……!」


「ゴホンッゴホンッ!」


 非常な盛り上がりを見せる、フランチェスコ王子とボナ王女を尻目に、善治郎はわざとらしい咳払いを連発して、プリモ・ギジェンの言葉が聞こえないふりをする。


 カープァ王国と国境を接する国々の中には、先の大戦で徹頭徹尾敵対し続けて、現在も『公式には』国交を断絶している国もあるのだ。


 つまり、プリモ・ギジェンのやっていることは、厳密に言えば立派な密輸である。


 しかし、カープァ王国ほどの大国で国境線を全て封鎖するというのは現実的ではないし、そこまで完全に封鎖して、仮想敵国の情報が一切入らなくなってしまうと、それはそれでまた問題がある。


 そのため、個人レベルでの取引は、こっそりやっている分には、目こぼしをしているのだが、それを王族の前で堂々と宣言されては困る。


「では、素材に関しては、プリモが責任を持って取り寄せると言うことで問題ないだろう。用件はそれだけか?」


 かなり強引に話を進める善治郎に、プリモ・ギジェンは知ってか知らずか、素直にその流れによる。


「いいえ。幸い、式までは一年以上ございますし、可能であれば『結婚指輪』以外にも、式場の飾りについても、お願いできればと考えて下ります」


「式場の飾りですか?」


 聞き返すボナ王女に、プリモ・ギジェンは何度も頷く。


「はい、そうです。シャンデリアや燭台、新郎新婦用の特別な食器など。もちろん、一通りは、当家の方で揃っているのですが、せっかくですからなにか一つは新調したいと思いまして」


 ギジェン家当主の結婚式なのだから、そのくらいの散財は普通と言えば普通なのだが、プリモの個人的な趣味が混ざっていることはまず間違いあるまい。


 プリモ・ギジェンの提案に、金髪の王子と栗色の髪の王女は顔を見合わせる。


「そうなると、私達のどちらか一人が『結婚指輪』を、もう一人が式場の飾りを担当することになるのかな?」


「そうなりますね。フランチェスコ殿下は、どちらがよろしいですか? 私はどちらかというと、指輪の様な小物の方が得手なのですが」


「それは、私達だけで決めることではだろう、ボナ。

 プリモ卿、如何ですか? 仕事の割り振りにそちらのご希望はございますか?」


「両殿下にお任せします。良いパトロンの条件は、職人のやる気を削がないこと。ああしろ、こうしろと、門外漢が横から口を出すことを、喜ぶ職人は滅多にいませんからね」


 いかにも慣れた口調で、そう言ってのけるプリモに、善治郎は頭痛を堪えるように一度強く目を瞑った後、静かに突っ込む。


「プリモ、貴様はいつから両殿下の『パトロン』になったのだ?」


 言われてプリモは、ハッとした後、誤魔化すように笑う。


「申し訳ございません、つい、いつものクセで。まだ、パトロンにはなっていませんでしたね」


 まだ、ということは、今後パトロンになるつもりなのだろうか?


 一瞬そんな疑問を抱いた善治郎であるが、すぐにその疑問を振り払う。


 考えるまでもない。なるに決まっている。


 プリモ・ギジェンとの親交は薄い善治郎でも、断言できる。


 プリモ・ギジェンはそういう男だ。


 故に善治郎は、言わなければならない。


「プリモ。フランチェスコ殿下とボナ殿下は、王家の賓客だ。両殿下に依頼がある場合には、必ず今回のように私に話を通すように、良いな?」


 プリモ・ギジェン自身は、趣味に生きる限りなく無害な男だが、それでもギジェン家の人間である。ギジェン家の人間が、直接双王国の王族と繋がりを作ることを、みすみす見逃すことは出来ない。


「……承知致しました」


 渋々そう答えるプリモ・ギジェンの顔は、おもちゃを取り上げられた子供のようであった。

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