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モンスターウーマナイザー 作者:ヒデヒロ

第一章

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 耳には微かだが人の悲鳴が入ってきている。

レーベの背中から降りて目をこらす。



「……見えねー。レーベ、村で何が起こっているか見えるか?」

「見えます。どうやら村がモンスターに襲われているようです」

「この距離で見えるのか、流石だな」


 深月の目には何か大きな陰が蠢いているようにしか見えず、細かい事はわからない。


「……地竜でしょうか、種類までは分かりませんが」

「ちりゅう?」

「ええ。空を飛ばないないドラゴンのことです。『リントヴルム』などが代表格に挙げられます」

「ドラゴン!?」


 ドラゴン。誰もが知っているファンタジーの王道モンスター。

  その力はどの物語の中でも強大で、ただの人間などではとても太刀打ちできない化け物として語られている。


「それじゃあ、あの村は――――」

 「おそらくすぐに全滅するでしょう」


 ファンタジーなしもべの口から、まるでゲームの中の出来事かなにかのように軽く伝えられた、理解できない目の前の現実。


「いかがなさいますか?」

 「……いかがなさいますかって、選択肢なんてあんのかよ?」


 逃げるしかないだろ。ドラゴンを相手に戦うなんてバカげている。

  どこか浮ついた、それでいて冷静な、まるで明晰夢を見ているような頭はそう考える。


 だけど、逃げるということは見捨てるということ。

 今まさに人が殺されているだろう場所に背を向けるということ。


 今聞こえてきた悲鳴は高く、女の子のものだろうか。



 ――――ボク一人が行ったところで何ができるっていうんだ。



 そう心の中で言い訳する。だけどその一方で深月はなんとかできる可能性を見つけてしまっていた。

 もしドラゴンが雌なら『ミツキフェロモン』が効くかもしれないのだ。

 雄か雌か、確率は1/2。コインの裏表を当てるような単純な賭。ただその賭のベットが自分の命だというだけ。


 そして深月には、自分の命を賭けるその勇気はなかった。

  つい先ほどまで普通の高校生だったボクに命を賭けろなんて無茶言うな。いくら人の命が係っていようが即興で賭けられるようなモノじゃない。誰だってそうだ、みんな同じだ、ボクだけじゃない。

 ボクは悪くない、と深月は口の中で小さく呟いた。


「ご命令さえいただければ、あのドラゴン、私がすぐに排除してご覧に入れますが」


 深月の苦悩がわかった訳ではないだろうが、レーベがそう進言してきた。


「……できるのか?」

「私は深月様の剣であり盾であり下僕。命じられればあの地竜の首、必ずや穫って参ります。深月様はただ望むがまま、命令を下して頂ければいいのです」


 ドラゴンの首を穫る。そう言い切った姿に気負いはなく、ただ事実を口にしているように見えた。

 だから深月は罪悪感から逃れるためにレーベに縋る。


「ボクはできればあの村を救いたい。もしレーベにそれができるなら、頼む。救ってくれ」

「はっ!」

「ボクも村に行く、だけどボクのことは気にせずに戦え」


 自分の命令で死地に行く(しもべ)を、せめて見守ろうと思ったのだ。


「わかりました。どうぞ我が勇姿をご覧になっていてください」


 では失礼します。

 と、深月をお姫様だっこした時に見せた、緩んだ笑顔に深月の不安は小さくなった。






 レーベにしがみついて、文字通りのひとっ飛びで村についた深月は自分の選択をすぐに後悔した。


 辺りに充満している濃い血の匂い。飛び散った人間の四肢。

 そして人の上半身をくわえているドラゴン。

 トカゲと蛇を合わせたような風貌で、鋭い爪と牙を持ち、地を這うような体勢でいる。その高さは4メートル、体長は15メートルに迫ろうかという巨体で、ギラついた目で次の獲物を探している。



 ――――ああ、ここは日本じゃないんだ。



 この世界に来てすぐにモンスターに襲われ、レーベのような存在に出会ってなお、深月はどこか他人事のように感じていたのだ。映画を見ているみたいにまるで現実味がなかった。

 それがここにきてやっと、血の匂いを嗅ぎ、死体を見て、そしてようやく理解できた。

 この世界じゃ人間なんてすぐに死んでしまう。今まで暮らしていた場所とは世界の厳しさがまるで違うのだと。


「それでは深月様はここで見ていてください」


 レーベは抱えていた深月をその場でそっと降ろし、逃げまどう村人の流れに逆らい一人地竜の方へ向かって歩いて行く。


「れ、レーベ! 行くなっ、戻って来い! 逃げるぞっ!!」


 深月が大声で叫ぶがレーベは振り返らない。

 レーベが深月よりも身長が高いといってもせいぜい180後半程度、人間大だ。とてもではないがドラゴンと戦うなんてことができる大きさではない。


 認識がが甘かった、甘すぎた。

 自分の馬鹿な命令のせいで死なせてしまうなんて、それこそ馬鹿らしい。

 頭に浮かんだのはレーベがドラゴンに咬みちぎられる画。


「くそっ!!」


 あいつをこんなところで死なせてたまるかっ!


 震える足を叱責しレーベの元へ走り連れ戻そうと腕を掴んだと途端、空気が一変した。

 全てを覆い塗りつぶさんとする、圧倒的な存在感が場を支配した。


「ひぃっ!!」「な、なんだっ?」「あ、あ……ああ……」


 必死に逃げまどっていた村人たちも逃げることを忘れ、足を止めこのプレッシャーの源に目を向ける。



 ――――これは、初めてレーベに出会った時の……。



 あの時はただただ恐ろしいだけだった存在感が、今は不思議と優しく感じられる。

 気がつけば深月は、掴んだレーベの腕を離していた。


「ご心配ありがとうございます深月様。ですがそれは無用というもの。深月様が手に入れた剣は深月様が振るえばどのような名刀よりも鋭利に鮮やかに、目の前の障害を斬り裂いてみせましょう」


 その言葉は宣言であり誓い。深月のためにレーヴァイアが決めた覚悟のほど。

 こんなものを見せられては引き留める事などできない。ただ信じてしもべを見送る。


「……さっさと終わらせろよ? ボクがしっかりお前の活躍見といてやるから」


「はっ!!」


 地竜とレーベの距離は20メートルほど、体勢を低くしていきなり現れたレーベという異常を警戒している。

 レーベが一歩踏み出すたびに地竜の警戒の度合いが増す。

 深月にもわかる、あの地竜はあきらかにレーベのプレッシャーに気押されているのだ。

  つい先ほどまでこの場の絶対的強者だったドラゴンが怯み、攻め倦ねている。


「どうした、来ないのか? 先手は譲ってやろう」


 レーベが立ち止まり、挑発するように両手を広げてみせる。

 地竜が選んだ攻撃は、一番の破壊力を持つその巨体を存分に生かした突進。

 あれだけの質量でありながらそのスピードは目を疑うほどに速く、大量の砂埃を上げながら小さなレーベに向かって突き進んでいく。

 激突する直前、巻き上げられた砂が深月の視界を遮りレーベと地竜の姿を隠した。


「レーベッ!?」


 さきはああ言ったが、冷静に考えるといくらレーベが強いとしても、様々な英雄憚の中で最強を誇るドラゴンに勝つのは難しいのではないか。

  最悪の想像が頭をよぎる。

 必死に目を凝らし砂埃が収まるのを待った。


「ふっ、こんなものか。この程度の力で我が君の旅路を妨げたとは、許せんな」


 砂が風に運ばれ、元に戻った深月の視界に入ってきたのは、地竜の突進を事も無げに片手で受け止めている(しもべ)の姿だった。

 レーベの涼しげな姿とは裏腹に、足下は大きく地面にめり込んでおり衝突の凄まじさを物語っている。


「身の程を教えてやろう」


 レーベが握り潰すように力を込めると、地竜は痛みで躰を曲げ悲鳴にも聞こえる雄叫びをあげた。


「深月様の御前だ、()が高い。――――頭を下げろっ!」


 そしてそのまま地竜の頭を地面に叩きつけた。

 その一撃は地面に蜘蛛の巣状のヒビを入れて、地竜の牙を、骨を砕き、命を刈り取るには十分過ぎる一撃。


「深月様がお望みならば、私は神さえも殺してみせましょう」


 そして地竜を一撃で葬ってみせたモンスター娘は、まったく気負いなく当たり前のように深月に微笑んだ。



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