-執拗に男女をいたぶる天の邪気―-。-その陰には何があるのでしょうか―-?。
-昔―-ある、誰も住まなくなった、寂しい離島に、一匹の天の邪鬼(あまのじゃく=小鬼)が棲みついて居った―-。
-島には、
-ある長雨の続いた春―-。-天の邪鬼は、本堂の縁側から疎ましそうに雨模様の空を見上げて居って、更に、いつも疎ましいと思っている本尊の木彫りの薬師如来像を睨んで「何が仏じゃ―-こんな雨ですら、お前にはどうにも出来ないくせに―-この木偶が―-」と悪態をついた―-。
-そんなある日の事―-島に一艘の小舟が流れ着いた―-。-乗っていたのは藁の簑を被った若い男女で、
-天の邪鬼は「あれは、どう見ても駆け落ちじゃな―-面白くなって来たわい―-」とほくそ笑んだ―-。
-清吉と妙は、誰も居ない安楽寺の本堂にやって来て雨をしのぎ、つかの間の安堵を得た―-。-天の邪鬼は、若く美しい女の姿に化けて二人の前に現れると、
~七は「皆で食事の用意をせねばな―-」と、妙に籠を持たせ、きのこを採って来る様に促し、清吉には薪を割らせた―-。
-そして、二人っきりになってから七は、清吉の背後から抱き付いて「あたいは一人で、淋しかったの―-」と囁いた―-。
-やさ男の清吉には、自分は女人に好かれるのだという自意識があり、又、先の見えない逃亡生活の疲れから、どうとでもなれという様な気持ちになって、七を本堂に横たわらせ、覆い被さった―-。
-しばらくして、帰って来た妙は二人の、そのあさましき姿を見て、あまりの事にきのこの入った籠を落とした―-。
-その音を聴いて顔を上げた清吉には、嫉妬と怒りと悲しみの妙の眼差しが見えたが、彼女は直ぐに雨に煙る森の方に駆けて行った―-。
-清吉は身を起こしたが、七は下から彼の身体を引き戻した―-。-さすがに清吉は心配になって七の手を振り払うと、雨の中を、妙を追って行った―-。
-その後ろ姿を見て、七は吹き出す様に笑うと、薬師如来像を振り返り「お前の目の前で、これから地獄を見せてやるわ―-!」と毒づいた―-。
-辺りが暗くなって、ずぶ濡れの清吉が寺に戻って来たが、妙は見付からなかったという―-。~七は「仕方ないじゃないの―-雨をしのげるところは、この島ではここしか無いのじゃから、そのうち戻って来るわ―-」と慰めたが、その目は爛々と輝き、口元は笑っていた―-。
-翌日も清吉は妙を探したが、彼女は見付からなかった―-。~七は、森に出掛けてゆき、罠にかかっていたと言って一頭の小さな牝鹿を捕まえて帰って来た―-。
-彼女は「お妙さんの事は心配じゃが、精のつくものを食べないと、清吉さんまで病気になってしまうでな―-今夜はこの鹿をつぶして鍋でも作りましょう―-」と優しく言って、清吉に抱き付いた―-。-その傍らでは、身動き出来無い様に縛られた牝鹿が、涙を流してもがいて居った―-。
-その日、一艘の舟に乗って、一人の僧が島を訪れた―-。
-彼は、
-峇叡は、縛られて動けない牝鹿をじっと見つめていたが何も言わず、本堂に上がり込むと、薬師如来像の前に清吉と七を座らせ、寺の縁起を語り始めた―-。
-江戸の町は、末ながい安泰を祈願した厄よけの造りになっているが、それは
-ところがある時、町の門外の遊び人にたぶらかされた娘が、男に会いたい一心で放火沙汰を起こしてしまい、火あぶりの刑になって死んだが、その魂は怨霊となって人々を呪い、江戸の町は暗雲に包まれた―-。
-天海ゆかりの天台僧達が怨霊を鎮め、遥かに離れたこの島に寺を建てて、娘の供養をしているのだという―-。
-話し終えると、峇叡は、薬師如来像に向かって読経し祈り始めた―-。-清吉も、自分の浮わついた行為を恥じ、悔い改める為に峇叡に倣って傍らで祈った―-。
-すると、七は段々気分が悪くなり、うずくまって、天の邪鬼の正体を現したが、峇叡達はそれに気付かず、更に祈りを続けた―-。
-やがて、天の邪鬼の姿は、本堂の床に沈んでゆく様に消えてしまった―-。-そして、牝鹿にされていた妙は元の姿に戻った―-。
-満天の星の降る夜―-どこか知らない道端に七は倒れていた―-。-そこを美しい若者が通りがかったが、七には、それがあの薬師如来だと直ぐにわかった―-。-「七―- 七―- いつまでそこに居る―-行くぞ―-」と若者は声を掛けた―-。-その言葉に促され、七は立ち上がり、若者の後について歩き始めた―-。
-いかがだったでしょうか―-。
-天の邪鬼の正体は「八百屋お七」だったのですね―-。
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