こんにちは。
カエル塾心屋流リライトカウンセラー りえこです。



最近、反応したことを書きます。
すんごく小さな違和感が
ほんのり現れてはスーっと消えて、
忘れた頃にまたほんのり現れる。
そんな見過ごしてきた違和感が
何だったのか?
やーっと気づけて
やっぱり私なんだなぁー、を
実感したところです。
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息子の送迎で一緒になるママ友さん。
彼女と話すと、
自分の子ども以外の生徒たちの言動を問題視したり
他人の子どもに起きた出来事から
被害者と加害者を作っていたり
それは、学校の運営の仕方が悪いからだ とか
理事長が異業種の人で
教育のプロではないから分かってないんだ とか
先生たちがいっぱいいっぱいで
生徒たちを見きれてないんだ とか
現場が限界を迎えてるから、
私達親たちが何とかしなくては とか
このままでは学校の存続が危ぶまれる とか
署名を集めて直訴しようと考えてる とか
誰でも入学させちゃうのは、経営が厳しいからだ とか
問題のない子ども(発達障害の無い普通の子ども)を
選んで入れて欲しい とか
とにかく、
息子が6月に通学を始めたときから
生徒間で起きる暴力を含むケンカを問題視して
いじめだとか
被害者・加害者という言葉を使って話してくるのが
重たかったの。
そんな彼女の言葉に引っ張られたくなくて
距離を取ってみたり
「そうなんだー」って相づちを打つだけにしたり
話さなくて済むように、さっさと帰ってみたり。
もちろん
「彼女の言葉に引っ張られるのは、なぜ?」っていう
セルフカウンセリングもやってた。
一番は、
彼女の言葉を聞くと不安になって
勝手に心配しだしちゃう私が嫌だったよ。
私を信じてる、
息子を信じてる、
学校を、先生たちを、他の子どもたちを、
全部何があっても大丈夫だって信じてる
そう言いながら、
彼女の不安妄想に簡単に引っ張られる私って
実はちっとも信じてないじゃんって、自分を責めちゃったりねー
あとね。
「学校に一緒に行かない?」「学校で一緒にやらない?」
「子どもたちの学校活動(授業)に一緒に参加しない?」
と頻繁に誘われるから断ってました。
その彼女は知らぬ間に
週に1回『絵本の読み聞かせ』をしに学校へ行ってます。
なんでやるようになったのかは、知らないw
私は、息子を含めた学校の子どもたちのことも
子どもたちと関係性を築いてる先生たちのことも
何も心配してないし
何があってもみんな大丈夫と信じているから
放っておきたいの。
『自由学校』という名前の自由な学校だから、
親が突然授業を参観することも
フラッと行って活動に参加することも
学校側は拒まないけど
そもそも手伝いを求められてもないし
基本、学校は子どもたちと先生の居場所だから
親の居ないところでテキトーに自由に
自分たちだけでやって欲しいし
「来て」や「手伝って」と言われない限りは
行こうと思わないの、私はね。
ケンカや暴力があっても
多少の怪我を負ってきても
息子には解決する力があるし
それを乗り越える力もあると信じてる。
それは息子だけじゃなく、
子どもたち全員に『解決する力も乗り越える力も、ある』と
信じてるの。
実際に息子は乗り越えてきてるし、
今じゃ傷を負って帰ってきても
いちいち報告や説明もしてこないし
多少のことでは、私に助けを求めてこなくなったよ。
私が息子を放っておけるように成長したら、
息子も自分で何とかするようになって、たくましくなった。
「息子の成長が嬉しいっ!」を感じる出来事も
最近あった♪
だから、
彼女からいろんな話しを聞かされると
・勝手に問題を作ってるなー
・いま起きてもない問題を
勝手に起きると信じていて
勝手に悪い妄想をして不安になってるなー
・先生たちは一生懸命やってるのは分かるけど
実績が無いし、若いし、経験が浅いから
余裕が無いんだと思うって、すごくバカにしてるよなぁー
・管理職は上司の機嫌を取ってばかりで
何もしない給料泥棒だから
先生たち全員の給料を同じ額にすればいいのにって言うけど
私にはそう見えないんだよなぁー
・他人を信じられないし、自分のことも信じられないんだなー
・正しい・間違ってるっていつも裁いてるよなぁー
・自分があの子を被害者にするから
同時に加害者を作ってるってことに気づいてないんだなぁー
・あの子(他人)を変えることで
問題は解決できると考えてるんだなぁー
・放っておけないんだなぁー
・○○学校みたいになってないって言うけど、
○○学校みたいになんて、ならないよ。
だったら、不満があって選択しなかった○○学校へ
今からでも行ってみたらいいのに。
選択の自由はいつだって自分にあるんだから。
・私が見てる世界と全く違うんだなー
そんなことを思ってました。
2学期が始まって間もない頃、
他人の子どもに起きた出来事なんだけど
その子どものママさんから悩みを聞いて
その出来事を問題扱いして解決しようともしてたのね。
解決のために、
緊急保護者会を開き
保護者に何度も召集がかかった。
何度も召集がかかることにウンザリして
「それは誰の問題なんだろう」
「本当に問題なのかな」
思わず言っちゃったこともあった。
もう、この「ウンザリした」時点で
私の中に反応が起きてたんだな。
いま書いてて、分かったw
私も旦那さんも
「問題じゃない」
「子ども同士のケンカなんだから、放っておけ」
との考えだったので
「来て欲しい」と個人的に言われても
保護者会へは行かなかった。
そんなこんなあって
彼女から「問題だ」という話しをいろいろ聞かされても
スルーできるようになってきた私が居たの。
いちいち反応しなくなると
私がラクになれたから
それが嬉しかった。
ラクでいたかったから
反応しないように意識してたところもあったんだな、
今さらだけどwww
なのに、だよ。
先週は久しぶりに彼女の重たい話しを聞きながら
「そうなんだー」とスルーしたものの、
いつまでも話の内容が頭から離れなかった。
そんな自分に「あれ?」って違和感を感じた。
『私が彼女の重たい話しを、掴んで離さない』
これまで欠席してきた保護者会には
参加したい、じゃなくて
参加しなきゃいけない、ような義務感が
私の中に生まれてた。
なんだろう?
気持ちは1ミリも動いて無いのに
行動しようとするのは、なぜ?
私は学校にも生徒たちにも
問題は無いと思ってる。
問題と思う人の問題だし、
それに反応した人の問題だし。
他人を変えることはできないし。
それで、私は何に反応してる?
そういえば
「俺は保護者会には出ない。車で待ってる」
旦那さんが言ったとき
「息子が世話になってるんだよ。
あまりにも無関心過ぎるんじゃない?」って
ほんの瞬間だけイラッとしたんだった。
・
・
・
↓
↓
えっ!
うそ!!
ソコーーー!!!
やだぁー
それ
ゲスいヤツじゃん!
恥ずかしい
いや、ホントに恥ずかしいヤツじゃん、コレ
良い人に見られたかったってヤツだもん
私、無責任な親に見られたくなーい
信じてるから大丈夫、とかキレイごと言って
やってる事は「厄介なことには関わりたくない」と言わんばかり。
学校にお任せします!って預けっぱなし。
無関心で無責任なだけじゃん。
って言われそうな気がして
白い目で見られるのが怖くて(→妄想だしw
とりま、保護者会に出席だけしとけば
無関心で無責任な親に見られないで済むじゃん♪
だってwww
あぁ 恥ずかしいねぇ〜
これ『私、無関心で無責任な親なんです』
っていう自己紹介だもんwww
まぁね〜
実際そうだしwww
とっくにバレバレだったよねぇ〜
無関心で無責任がダダ漏れてましたよねぇ〜 
ウゲーーー
悶絶!
まだまだ良い人に見られようと
ムダな努力と抵抗をしちゃうのね…
私がどう見られるかなんて、どーでもいいの。
だって絶対に大丈夫だし。
みんな幸せなんだもん。
どんなに不幸と思える状況下に居るとしても
それを感じたくてやってる事だから
あの人は幸せなんだもん。
本当に困ってどうにかしたくなって、
カウンセラーと名乗ってる私に助けて欲しくなったら
「助けて」と言えるはず。
そう、そう。
もともと私は
余計なお節介をする人だったからね。
彼女が他人の悩みを集めて解決しようとする姿は
かつての私の姿そのもの。
私は、
誰かの役に立つことで自分の存在を許していたし
ありがとう、や
あなたのおかげで助かった、と言われることで
自分に価値を見出してたからね。
そんな私が、
自分の息子のことであっても
息子がお世話になってる学校のことであっても
『他人事』『無関心』でいられるって
すごい成長なんだよー
問題が起きる前から、起きそうな問題を妄想して
先回りして手を打っておくことなんて
当たり前にやってたことだから
『信じて放っておく』ができるようになってきたってことは
すごい成長なんだよー
ゲスい方が正解!
※こんな言葉は習ってません
それに、
ずーっと自分のことで忙しいよ。
ZOOMでおしゃべりしたり
カウンセリングしたり
自分と向き合ったり
五感で感じたり
考えたり
探したり
調べたり
計画したり、ね♪
ということで、
今回の件も《ゲスい自分》に着地しました。
反応の原因は、いつだってぜーんぶ『自分』だよ
ってカエル塾で繰り返し習った通り!
私は自分の人生を生きられるようになって
しかも、楽しんで生きられるようなれて
幸せだなぁ〜
って思うよ。
途中にちょこちょこ挟み込んだ写真は、出雲大社
今年の年末年始も、
出雲大社で過ごしたいなぁ〜って思ってて
出雲大社で年末年始を過ごします
出雲大社で過ごしました
ありがとうございます♡
↑アファメーションってヤツ
おしまい