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敗者復活枠に選ばれたサンドウィッチマン。しかし「あいつら、どこの事務所や!」 - サンドウィッチマン

今年もM-1の季節です。
いまや国民的人気のサンドウィッチマンは、2007年のチャンピオン。
敗者復活からの大逆転劇を見せたわけですが、あの日までは、その名を知る人も少なく、焦燥の中にいました。
彼らの青春時代から震災後の近況までを綴った『復活力』(幻冬舎文庫)より、M-1で勝ち上がっていったあの「奇跡の瞬間」を公開します。

*   *   *


(撮影:関根虎洸 2007年

【伊達みきお】
ファイナル決勝ネタ「ピザのデリバリー」にかける思い

僕と富澤は、競走馬を乗せて移動する「馬運車」の荷台に乗せられた。そのまま決勝の舞台、テレビ朝日に直行する。

私物は大井競馬場の楽屋に置いたままだった。後でマネージャーが、楽屋に残っていた芸人の私物の山から「たぶん伊達と富澤のヤツだよね」と見当をつけて、適当に持ってきてくれたけど。なんの準備もできないまま、あっという間に移動させられるんだって、そのガチンコぶりに本当に驚いた。

車の外から「がんばってー!」という声援も聞こえたけど、まだわけわかんなくて、返事もろくにできない。瞼(まぶた)の動き、っていうか、瞬きが、ぜんぜん止まらなかった。人間って、ああいう状況に突然放り込まれると思考回路がツーッと止まるって、本当だ。

実は芸人の間だけの、噂があった。M – 1の敗者復活では、舞台上での発表の少し前に、勝ちあがりのコンビがスタッフにこっそり呼び出されて「用意しておいて」と言われると。

あくまで噂だったけど、これだけ大きい大会なんだから、ありえない話じゃないなと思ってた。

それに、僕にも富澤にも、密着のカメラが全然来なかった。ちっとも番組からマークされてないなと思っていたし、文字通り期待はゼロだった。それがいきなり、勝ち名乗りを受けて、敗者復活だからね……。

だからこそ、この瞬間、やっと、M – 1グランプリは正真正銘、ガチンコの真剣勝負なんだなと思い知らされた。怖くて、少しブルッとなったよ。

一方。富澤は、馬運車に乗せられてすぐに、

「何やる?」

と聞いてきた。あいつはもう、決勝戦に臨むスイッチをオンに変えていた。大した奴だ。

僕は反射的に、

「何も考えられねぇ!」

と答えた。富澤は「!?」となってた。そりゃそうだろう。

落ち着け、と自分に唱えて、

「よし、ピザ屋でいこう」

と答えた。

サンドウィッチマンの代表作と言っていい、自信のネタだ。というかあの状況で、すぐやれそうなネタが、ひとつしか思いつかなかったんだ。

「ピザのデリバリー」は、稽古も含め、営業先やテレビでやった回数は、100回を超えるだろう。どこでやっても必ずウケる。肝心なオーディションでも、だいたい受かった。サンドウィッチマンの最大の宝物であり、僕らを世に出してくれた、自慢のネタだった。

ブラックマヨネーズは、M – 1の2005年大会、ファイナル決勝での「ボウリング」のネタを、成仏・封印させたと言っている。あんなに面白いのに。気持ちはわからないでもないけど、ちょっともったいないと思う。

サンドウィッチマンの「ピザのデリバリー」は、そういう感じじゃない。これから一生、どんな現場でもやり続けるだろう。

 

【富澤たけし】
アウェーの空気に包まれていた決勝戦会場

移動中、伊達はハチミツ二郎さんからメールをもらって感激していたらしい。

そこには「優勝あるぞ!」と書かれていた。

なんて優しい先輩なんだ。僕も、すごくありがたかったし、勇気が湧いた。後輩に対して、ああいう気遣いのできる芸人になりたいものだ。

馬運車が都内で渋滞にハマッてしまった。スタッフが慌てて来て「バイクに乗って!」と言う。見ると、2台のバイクが用意されていて、僕と伊達は何だかわかんないままフルフェイスのヘルメットをかぶらされて、ライダーの後ろに乗せられた。コート1枚だったから、走り出すとすごく寒い。スピードもかなり出てて怖かった。決勝進出のコンビに、ずいぶんな仕打ちだなと思った。

テレビ朝日に着いたら、たくさんの人が集まってて、メインの入り口に木村祐一さんがいらした。きちんと挨拶したかったけど、そんな場合じゃなかった。

「すぐ控え室に行ってください! 早く!」って誰かに怒鳴られた。どこだよ知らないよ、そんなの。こっちは今到着したんだ。事前に聞かされてたみたいな体(てい)で言うなよ。『虎の門』で何度か来たテレビ局だけど、あんなに慌ただしくせっつかれる雰囲気は初めてだ。

僕らはふたりとも、まずタバコを1本吸いたかった。

そうしたらスタッフは、喫煙所は決勝のステージ横の、たまり場しかないっていう。わけもわからないまま、たまり場に連れて行かれた。あれは本当だったのかな。タバコを吸う場所なんて、テレビ局にはいくらでもあるだろうに。時間がぎゅうぎゅうに押してたから、一刻でも早く僕らを本番会場に誘導したかっただけなんじゃないか。

たまり場には、ファイナリストのコンビたちが、ずらりと勢ぞろいしていた。

おそろしい空気だった。“緊張感”が、手で触れることができそうなほど、みなぎっている。

親の死に目にでもあったような顔をしている人もいたし、全身から見えない刺(とげ)が立っているような人もいた。どういうわけか、あれだけ人がいるのに、テーブル上の灰皿のタバコのケムリがまったく揺れてなかった︒空気が、濃密に凝縮されているのだ。

出演者はみんな、これから戦地の最前線に送りこまれる、兵士みたいだった。

そこはまさしく、M – 1の本当の「地獄」=決勝の舞台だった。

到着したとき、ちょうどトータルテンボスさんが舞台のセリを上がってゆくのが見えた。

たまり場では、ザブングルのふたりだけが、「よう来ましたね!」って、握手して歓迎してくれた。彼らは僕らと同じく、吉本以外の事務所だったし、ファイナル敗退が決まってたようで、他よりもリラックスしていた。何か気の利いたことでも言いたかったけど……そんな空気じゃない。

僕らが多少なりともテレビ的に有名な人気コンビだったら、あんな空気じゃなかったんだろう。スタッフ側の「誰だ、おたくら?」という視線が痛かった。

スーツ姿のスタッフが妙に走り回ってた。後で聞いたら「あいつら、どこの事務所や!」と大騒ぎになっていたらしい。調べておけよ、そんぐらい。こちとら準決勝に3年連続で出てるんだ。

別に周りがどんな感じでも、平気だった。

ちなみにそのとき、フラットファイヴのマネージャーは、現場で黙ってうつむいて、騒ぎに巻きこまれないようにしてたって。

あと何分で出番なのか、誰も教えてくれない。それでも気にしなかった。とにかくネタだけ、しっかり固めておくことを考えた。

完全アウェーの場所に呼ばれるのは、一度や二度じゃない。そんなので萎縮するほど、青くはない。

なめるなよ。

僕と伊達は、たまり場で1本、タバコを吸った。ふうとケムリを吐いて、やっと普段のテンションに戻ることができた。

そして淡々と、ネタ合わせを始めた。

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