平成28年度に厚生労働省が発表した人口動態統計特殊報告によると、結婚時に夫の姓を選択した夫婦の割合は、40年前では99%。2015年でも96%を超えている。結婚したら夫の姓に変えることは、今現在でも日本では「標準」だ。

でも、その標準像の裏にある「姓を変える苦労」を、姓を変えなかった夫達はどこまで分かっているのだろうか。少なくとも私は、結婚してから10年が経ち、妻が感じる「苦労の本質」を告白されるまで何も分かっていなかった

キャリアの事実上のリセットになる場合も

姓を変える苦労は既婚女性が生きていくあらゆる場面で起こるが、まずは、妻が仕事上で経験したある出来事を紹介したい。

妻はかつて、大学院に進学し自然科学の研究を行っていた。在学中に受けた壮絶なマタハラにより、博士号を取得後キャリアを変えたことは以前の記事「子連れの妻が『Dr.』であることを空港で疑った日本の深い闇」に書いたが、ハラスメントだけでなく、在学中に結婚し戸籍上の姓を変えたことも妻を悩ませていた。

中でも代表的なのが、論文や学会発表における著者名の問題だ。研究業界では例えば、「(旧姓) 著, 2019」の論文の次に「(新姓)著, 2020」の論文が出ても本人を知らない研究者からは同一人物による論文だとは分かってもらえない恐れが大きい。研究業界に限ることではないが、名前が前に出る仕事のキャリアを築くうえで、途中で仕事上の名前を変えることは、キャリアの事実上のリセットに繋がりかねない大きな出来事である。

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しかし日本の研究業界には、旧姓の使用に後ろ向きな風潮があり、妻も結婚後に論文を書くにあたり研究室や学会関係など色々な方面から姓の変更を勧められた。

この背景には、所属機関への登録などにおいて日本では旧姓を使用できない場面が多々あるため、手続き上の面倒を避けるために戸籍上の姓に切り替えた方が合理的だという考えがあるわけだが、そこに個人の意思またキャリアへの配慮は感じられない。

結果的に妻は、それまで通り旧姓を使った著者名で論文を出版する選択をしたが、研究者として十数年働く私の知る限りでも、多くの女性研究者が旧姓の使用を断念したり、事実婚を選択しているという現実がある