(左)冨田恵一さん、(右)imdkmさん(撮影:林直幸)

今、J-POPとは何か?「リズム」から見えてくる2010年代の変化

キーワードは「なまり」、その影響とは

J-POPとは、果たして何か? それはどう変化してきたのか。

そういう問いに対して、音楽産業の構造や、メディアの変遷、聴き方の変化から論じる本は少なくない。また、ヒット曲の歌詞に描かれる情景や心象風景を分析するアプローチも一般的だ。

対して、気鋭の批評家であるimdkm(イミヂクモ)さんが初の著書として上梓した『リズムから考えるJ-POP史』は、そのタイトルの通り「リズム」を軸にJ-POPの変遷を辿る意欲的な一冊だ。小室哲哉、宇多田ヒカル、中田ヤスタカ、三浦大知など数々のアーティストの楽曲がどう新しかったのか、どう時代を変えたのかを、画期的な手法で論考し解き明かしている。

そこで本記事では、J-POPにおける「リズムの革新」について、音楽家、音楽プロデューサーであり『ナイトフライ 録音芸術の作法と鑑賞法』などの著書も持つ冨田恵一さんとimdkmさんとの対談を行った。

いわく、2010年代は「なまり」や「もたり」といった新しいリズム感覚が生まれた時代だったという。一体どういうことなのか?

(取材・文:柴那典、写真:林直幸)

「リズムから考える」画期的なアプローチ

——最初に、冨田さんは『リズムから考えるJ-POP史』を読んで、どう感じられましたか。

冨田:「リズムから考える」と言い切ってるところがすごくいいなと、まずは思いました。僕は音楽を作る側の人間ですけど、imdkmさんも音楽を作るんですよね?

imdkm:そうですね。あまり表立ってリリースやライブをやってなかったですけれど、もともとビートメイクをしていて、その縁でtofubeatsのような人と知り合って今に至るので。今でもDAW(Digital Audio Workstation)を使って音を出したりはしています。

冨田:自分で音楽を作る人が「リズムから考える」というように、ひとつの要素を軸にした本を書いたわけですよね。だからわかりやすく説明できているんだと思います。音楽の3要素を「メロディ」「ハーモニー」「リズム」と考えると、リズムが一番体感しやすい。音楽を専門的に学んでいない人でも、自分が知っている曲を通して、1990年代から2010年代に至るまでのJ-POPの変化をリズムの革新を軸に理解できる。これは画期的なアプローチだと思います。

 

——imdkmさんは、冨田さんがおっしゃったように、専門性のない人にもわかりやすくJ-POPの変遷を解説するという意図はありましたか?

imdkm:もちろんそれはありました。僕は楽理がわかるわけではなく、たまたま学生時代にビートメイキングにハマって、ダンスミュージックを筆頭にいろいろな音楽を聴いてきた音楽好きで。作るのも半分趣味で、ずっとリスナーであり続けた人間なので、専門家という自己認識はないんですね。そういう立場として、どのようにリズムを言語化できるかということをまず考えていました。

ただ、逆に言うと、和声やメロディーに関しては理論の蓄積があるんです。その一方で、現代的なリズム感覚を語るボキャブラリーが少ない。音楽理論の専門書を読んでも、コードやスケールを解説する本はあっても、リズムをわかりやすく噛み砕いてくれる本があまりないんです。そこに対してアプローチしつつ、その道程で見つかった自分なりの知見をどう言語化するかという挑戦という風に自分としては考えています。

——『リズムから考えるJ-POP史』は、書名の通りJ-POPを題材にした一冊です。烏賀陽弘道さんの『Jポップとは何か』や僕が書いた『ヒットの崩壊』がまさにそうなんですが、J-POPについて何かを論じる時には、産業構造やメディアの変遷からのアプローチになることが多いと思うんですね。もしくはアーティストやジャンルを切り口に語るものもある。その中でimdkmさんがリズムを切り口に選んだのは、どんな理由があったんでしょうか。

imdkm:もともと平成が終わるタイミングでJ-POPを振り返ろうという気持ちはあったんです。ただ、そこでアーティストをピックアップしたり、なにかのジャンルを論じていくのはやりづらい。

それはポップがジャンルとしてのオーセンティシティを外れる領域でもあるからだというふうに思っています。たとえばこの本で例に挙げている「トラップ以降」という現象は、ヒップホップというジャンルをはみ出して、他の領域へとひとつのリズムの感覚が波及していったものです。

リズムはジャンルを規定するものであるものであると同時に、そのジャンルを超える可能性がある。だからこそアーティスト主体というよりも、リズムという抽象的なパターンがどのように歴史的に発展したかというアプローチを取ることで、ポップを語れるんじゃないかと思ったんですね。

冨田:J-POPはジャンルじゃないですからね。そもそもポップ・ミュージックというのはジャンルではない。だから、そこに特定のリズムがないのは当然だとは思うんですよ。J-POPをジャンルとして捉えるといろんな齟齬が生まれてしまう。「J-POPのリズムって何だ?」と問われれば「いろいろある」としか答えられない。

だけど、imdkmさんがおっしゃられた通り、ポップ・ミュージックはジャンルではないだけに、時期によりさまざまなジャンルから影響を受けるわけです。しかもその時期のトピックと思しきところから取り入れる。特にリズムに関してはトピックの移り変わりも早く、受けた影響も顕著に聴きとれますからね。リズムを中心にしてJ-POPを総括するという視点はわかりやすく、そして重要なものだと思いました。