ユグドラシル運営活動記 (完)   作:dokkakuhei

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2度目の最終日 前編で次回最終回と書きましたが、中後編になりました。中編を見ていない方は先にそちらにどうぞ。


2度目の最終日 後編

 アインズは賊を捕らえるための準備をする。アタッカーにシャルティアとコキュートス、支援にアウラとマーレ、遊撃にデミウルゴス、後詰にアインズ。あらゆる事態を想定しスタンダードな布陣を敷く。

 

「アルベド、なぜお前もいる。」

 

 ナザリックを守っているはずのアルベドもなぜかここに居た。

 

「アインズ様が戦われるというのに盾役がいないのはおかしな話。そして私以上に盾役をこなせる者がナザリックにおりましょうか。ナザリックではパンドラズ・アクターが指揮をとっております。異常があれば即座に連絡がくる手はずとなっておりますので、緊急事態になればデミウルゴスを差し戻せば足りるでしょう。」

 

 アルベドの言に一同は渋い顔をするが、守護者達は守護者統括の決定には口出ししない。アインズも一理ある提案に強くは出れず、結局全員アインズの供をすることになった。皆綺麗に並んでアインズの後ろに付く。

 

 

 

 

「フフ。」

 

 アインズは1人笑みを溢した。本職でパーティーを組んで行動するのは本当に久し振りだ。少しだけ栄光の日々を思い出すことができた。これだけは相手に感謝してやってもいい。

 

 

 ーーー

 

 

「さあ、隠れてないで出てこい。心配しなくても我々の他に見ている奴はいないぞ。」

 

 誰もいない空間に声をかけると、スッと空気に色が付き、目当ての人物が姿を現わす。アインズの知らないスキルなのか見たことがないエフェクトだ。

 

「お初にお目にかかります。モモンガさん。」

 

 モモンガ、という言葉に守護者達は訝しむ。暫く誰もその名で主人を呼んではいない。相手はかなり以前からこちらを知っているのだ。そして更に警戒心を刺激したのが手に持った装備品だ。

 

 聖者殺しの槍に永劫の蛇の腕輪。

 

 やはり只者ではない。守護者達は敵の強さを推し量ろうとじろりと睨め付ける。所々にばさりという翼の音、カチカチという威嚇音、ギュリリという鞭のグリップを握る音が聞こえる。

 

「改めましてカトウです。大所帯でどうしたのですか。もしかして歓迎されてるのかな。」

 

 相手はNPCの視線など意に介さぬように澄ました態度で挨拶をする。

 

「ああ、君には是非うちに来て欲しいと思ってね。」

 

 こいつには色々聞きたいことがある。個人で"二十"を2つも所持しているプレイヤーなどアインズは知らない。ならばやはりシャルティアを洗脳する手段をも持っている可能性があるように思えた。他にもこちらの世界では手に入らない情報を持っているだろう。

 

「折角なのですが、今日のところは顔見せという事でここらでおいとま致します。」

 

 相手は恭しく礼をする。そのまま場を離れようとするが、アインズはそれを押しとどめる。

 

 

 

「逃がさんよ。」

 

 アインズの声と同時に守護者達は相手を囲むように動く。逃げるそぶりを見せるかと思ったが、標的は特段警戒する様子もなく包囲を簡単に許した。

 

(何を考えている?これだけの数を相手取れる自信があるのか。はたまた本当に歓迎されていると思っているおめでたい奴なのか。)

 

 相手の顔を一瞥しても、眉1つ動かさず薄い笑みを浮かべたままだ。ニヤリと上がった口元が神経を逆撫でさせる。アインズとしては何かアクションを期待しているのだが中々仕掛けて来ず、こちらも機を伺うばかりである。

 

 

 

 そんな中、場を動かしたのはコキュートスの一声。

 

「ソノ手ニ握ッテイル物ヲ見セロ。」

 

 

 相手の手をよく見ると確かに2つの"二十"と、指に嵌めたいくつかの指輪の他にまだこちらに見せていない何かを握っている。

 

 空気に緊張の色が濃くなる。誰もが今にでも攻撃を開始しそうだ。

 

 コキュートスの命令に敵は驚いた様子を見せたが、焦っている風でもなく少し笑みを深くした。そして挑発的な言葉を告げる。

 

「見せてもいいんですか?」

 

 相手はゆらりと腕を上げ、そして手の中のものを指で弾いて、中空に飛ばす。

 

 

 

 飛ばしたのはリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン。ギルドメンバーの象徴とも言える指輪。

 

「!!?」

 

 包囲網が揺らぐ。守護者の全てが一瞬気をとられた。

 

 

 

 一番初めに動いたのは敵。次いでアインズ。それに遅れて混乱から即座に復帰したデミウルゴスとコキュートス。

 

「<上位転移>!」「<心臓掌握>」「<次元封鎖>!」「不動明王撃!!」

 

 3つの魔法がほぼ同時に発動する。続いてコキュートスの一刀が炸裂した。土煙が舞い上がる。

 

 守護者達は武器を構えて2撃目に備える。<次元封鎖>が入ったのなら、敵はまだ包囲から脱出していない筈だ。

 

 

 

 

 

 

「ふむ。逃したか…。」

 

 土煙が晴れると敵の姿は掻き消えていた。デミウルゴスは歯噛みする。<次元封鎖>が間に合わなかったのだ。主人が敵の意図にいち早く気が付き動いたというのに自分たちはなんて不甲斐ないのかと。

 

「アインズ様…。」

 

 誰となくアインズに申し訳なさそうな目を向ける。主人はそれに構わず何か考えるそぶりをしている。

 

「アインズ様…どうすれば…。」

 

 縋るように主人の指示を仰ごうとする。

 

 

 

「フェイクだ。」

 

 突然のアインズの言葉に守護者達は目を白黒させる。

 

「さっきのタイミング、確実に<次元封鎖>は入っていた。だが奴は姿を消した。何故ならば<上位転移>という言葉がフェイクだからだ。奴は今迄使っていた隠密スキルを発動させて姿を消し、その上で<上位転移>と言う事で恰も転移が成功したかのように見せたのだ。」

 

 魔法は別に言葉に出さなくても発動できる。言葉にするのは仲間との意思疎通をして連携を取るためだ。相手は『ユグドラシル』の常識を逆手に取った。単独ならこういうプレイングも出来るのかとアインズは少々感心していた。

 

「つまり相手はまだ近くにいる。攻撃してこないところを見ると逃走を図っているのだろうがな。デミウルゴス、<次元封鎖>をかけ続けろ。絶対に逃すな。アウラ、探索スキルを最大限使え。感触的に<心臓掌握>も入っただろうからな、満足に隠密スキルを使えない状態かもしれん。」

 

「「ハッ!」」

 

 

 

(しかしアルベドやデミウルゴスですらフェイクに思い当たらないとは。やはり圧倒的に戦闘経験が少ないな。頭が良くても経験しているかそうで無いかの違いは大きいか。そこら辺が課題だな。)

 

 アインズがナザリック強化のために思案していると、アウラが報告を上げてくる。探知に何か引っかかったらしい。

 

「姿は消していますが、飛行で移動する者あり!南東の方角です!」

 

 その報告にアインズは思わず笑いが溢れてしまう。

 

「ククク。やはりバッドステータスが入った状態では満足に隠密スキルを使えないらしいな。デミウルゴス、先行して<次元封鎖>の領域を広げろ。シャルティア、コキュートスを伴って<転移門>で先回りして足止めを行え。残りは私とともに来い。<集団・飛行>!」

 

「承知いたしました。悪魔の諸相:八肢の迅速!」

 

 デミウルゴスの下肢が膨れ上がり、生命を冒涜した状態変化を見せる。偶蹄類のような足が8つ形作られ土を踏みしめたと思うと、凄まじいスピードで野を駆けていく。

 

「コキュートス、行くでありんすえ。」

 

<転移門>を開いたシャルティアはアインズと肩を並べて戦うのが余程嬉しいらしい。目は狂喜を湛えている。コキュートスは武人然として黙って門に入っていった。それを見届けるとアインズ達は飛行でデミウルゴスの後を追いかける。

 

「アウラ、敵の100メートル以内に入ったら山河社稷図を使え。ワールドアイテムが本物かどうか確かめる。相手がどう出るかも見たいしな。」

 

「承知いたしました。」

 

 さて、どう料理してくれようか。

 

 

 

 ーーー

 

 

 

「はぁ…はぁ…ッ…おげぇ!…ぐぅ…。」

 

 彼は息を切らしながら<飛行>で移動する。息が切れているのはモモンガに喰らわされた<心臓掌握>のせいだ。視界が荒波のようにうねり、酷く吐き気がする。道なりに吐瀉物を撒き散らしながら這う這うの体だ。

 

 尤も彼はモモンガから逃げ出す気は無い。一時離脱をしたのは王国兵とモモンガを引き離すためだ。兵を戦いの巻き添えにしては元も子もない。その為にわざわざ隠密方法はスキルではなく<完全不可視>にグレードダウンさせて此処まで来たのだ。気付いて貰わなければ困る。

 

 今頃は探知系の職を取っていたダークエルフあたりが自分の痕跡を見つけているだろう。

 

 

 

「そろそろ準備するか。」

 

 彼は永劫の蛇の腕輪に願いを込める。世界の仕様を変えるアイテム。

 

「<ーー>の変更を申請。」

 

 彼の言葉が終わると腕輪の装飾の蛇は役目を終えたように力無く解け、腕輪ごと霧散していった。『ユグドラシル』ではこのアイテムの発動エフェクトだったが、こちらの世界でもうまくいったのだろうか。

 

 後は最後の仕掛けを準備するだけだ。

 

「<ーー>。………。上手く行ったな。」

 

 彼は永劫の蛇の腕輪で仕様が変わった魔法の効果を確認する。想定通り問題なくいっているようだ。

 

 

「さて、残りの懸念材料は、と。」

 

 彼は先ほどの相手の様子を思い出す。こちらがワールドアイテムを所持しているにも関わらず、いきなり包囲を敢行した。モモンガはNPCに多大な執着を抱いていることからNPCが危険な目に遭うことは許さないだろう。つまりは後から現れた2体もワールドアイテムを所持していると見て良い。

 

 ともすれば、状況はあちらにとって頗る有利。まともに戦えば十中八九何も出来ずに終わるだろう。だが先のモモンガの行動は同時に相手が油断していることも教えてくれた。のこのこと自分の前に出て来た。つまり自分を脅威と認識していない。ただの狩りの対象としか見ていないのだ。

 

 モモンガの想定は大体当たっている。殆どの探知を誤魔化せるほどの強力な隠密スキルを身につけているということはその他戦闘能力はかなり低いと見て良い。単独なら恐れる必要はない。しかしそれは『ユグドラシル』プレイヤーならばの話だ。

 

 まだ付け入る隙はある。一度で良いのだ。モモンガに攻撃するチャンスは。

 

 一度だけ出来ればまだ"希望"は繋がる。

 

「俺の希望…。」

 

 

 

 モモンガ。

 

 

 ーーー

 

 

「アインズ様!近いです!」

 

 アウラがシモベからの報告を受け、敵の情報を伝える。

 

「場所は特定可能か。」

 

「ハッ、匂いで追っていますので視認はまだですが、発見は時間の問題かと。」

 

「匂い?」

 

「どうやら胃の中身を戻しながら進んでいるようです。」

 

「クク、汚いヘンゼルとグレーテルも有ったものだな。」

 

 アインズの冗談に周りの守護者達も同調して嘲笑の声を漏らす。敵の無様な態様に完全に気を抜いてしまっている。先程のリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンには多少驚いたが、リングの数を確認したところ良く似てはいるが至高の41人が作ったものではないことが判明した。

 

 ゴミ屑の分際で至高を騙るとは万死に値する。しかもあろうことか例え模造品であったとはいえどそれを投げ捨てるとはいよいよ持って度し難く、愚か者の極みである。

 

 守護者達の頭は相手への侮蔑で支配され、一刻も早く賊を葬り去らねば気がすまないといった様子。アルベドなどは目が血走っている。

 

 

 

 

「アインズ様!敵が移動をやめました。」

 

「先回りに気が付いたか、それとも諦めたか。デミウルゴス、前進を止めよ。アウラ。」

 

 アインズは<伝言>でデミウルゴスに連絡を取りつつ、アウラに合図をする。アウラは後ろに背負った巨大な巻物を広げその名を呼ぶ。

 

 

「山河社稷図!」

 

 

 広げた巻物から前方へ放射状に靄が放たれたと思うと、水墨画のような絵画世界があたりを覆い尽くす。僅かな間に完全な隔離空間が形成された。

 

 

 

「どうだ?奴は逃れたか。」

 

「いえ、山河社稷図の効果範囲内にいるようです。」

 

 アウラの報告を受けてマーレは思いついた疑問を口にする。

 

「と、いうことはワールドアイテムは、に、偽物だったってこと…かな。」

 

「マーレ、そうとも限らないさ。ワールドアイテムを持っていても許容すれば効果を受けることができる。この方法で確かめられるのは相手がワールドアイテムの効果を拒絶した時、相手が本物のワールドアイテムを持っているということだ。効果を受けたということは真贋不明のままだな。」

 

「アインズ様。恐れながら愚見を申し上げてもよろしいでしょうか。」

 

 アルベドが声を上げる。アインズは止めるそぶりを見せないと、そのまま口を開く。

 

「先程のリングといい、ワールドアイテムといい、相手は創作系のスキルかアイテムを持っているのでは。奴が持っているものは何れも個人では入手するのは不可能に近いかと。全てそっくりな偽物ではないでしょうか。」

 

 アルベドの言に双子も揃えて首を縦に振る。アインズは少し考える仕草を見せて返答を出した。

 

「確かにどれも手に入りにくいアイテムだ。ただリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンに関しては兎も角、ワールドアイテムは本物だと私は思う。ワールドアイテムは強力故に実は制約が多かった。見た目を変えることはできなかったし、どのデータクリスタルを使っても似たアイテムを作ることはできなかった。恐らくゲームバランスを考慮した結果だろう。」

 

「ゲームバランスですか…?」

 

 アルベドの問いにアインズはゴホンと咳払いをする。

 

「まあ、クソ運営でもそこらへんは節度があったということだろう。ん?…運営?」

 

 

 

「アインズ様!敵の反応が再び消えました!」

 

 なにか引っかかったが、今は目の前の状況に集中する。

 

「<心臓掌握>のバッドステータスから回復したか。追跡は続行できるか?」

 

「此処まで近ければ見失いません!」

 

 アウラのシモベの中には<完全不可視>どころか<完全不可知>すらも看破するものがいる。狭い範囲しか探知できないが、近くにいることがわかっていれば探すのはそう難しいことではない。実際、痕跡を探ると敵はまだ絵画世界にいることが分かった。

 

 アウラの案内でアインズ達も絵画世界に突入する。

 

「こっちです!」

 

 僅かな痕跡を辿り、アインズ達は進む。敵との距離は徐々に縮まっているようだ。そして先に絵画世界に入っていたデミウルゴスとも合流した。<伝言>でやり取りをしているシャルティアとコキュートスもこちらに向かっている。このまま挟み撃ちだ。

 

 

 そしてついに敵が逃げ込んだと思われる窪地に辿り着いた。直径100m、深さ10m程のそれはまるで隕石が落ちたクレーターの様だ。その中心に奴の痕跡がある。

 

 

「カトウ!お前は完全に包囲されているぞ!諦めて出てきたらどうだ!」

 

 

 

 アインズの声が響き渡る。皆最後の痕跡のある場所に目を向け、即座に行動できるように武器を構えている。

 

 数秒時が流れ、痺れを切らしたアインズが右腕を顔の上まで挙げた。攻撃の合図だ。

 

 守護者達がまさに攻撃に転じようとした時。

 

 

 

「モモンガ!」

 

 

 

 敵がアインズを呼ぶ声。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ーーー

 

 

 彼はモモンガから離れる間、初めに<完全不可視>を使って移動していた。わざと姿のみ消し、他の痕跡を残して適当なところで追いつかせるためである。手負いを演出出来れば一石二鳥だ。そして相手が油断しているところにスキルを使用することで身を隠し、不意打ちをする。

 

 これが彼のできる精一杯の作戦であった。

 

 山河社稷図を使われたが問題ない。彼は3km程南に移動した後<完全不可知>を発動させた。最高位の隠密魔法だが、同位階の探知魔法なら痕跡を見つけることは可能である。この状態で地面が少し窪んだ、浅い盆地になっている方へと歩を進める。まるで追い込まれて辿り着いたように。

 

 窪みの中心に来ると、次はスキルを使って限りなく痕跡を消す。最早理論値上で最高の探知系ユニットでしか彼の痕跡を探ることは難しい。

 

 彼は来た道をなぞるように引き返す。バックトラックを応用した戦法だ。<次元閉鎖>を唱えながら追い縋るスーツの悪魔を躱し、逆方向へと向かう。そして<飛行>で頭上を越えるモモンガ達を見送る。

 

「良し、バレていない。」

 

 このまま後ろから追跡し、最高の攻撃チャンスを待つだけだ。

 

 

 そしてそのチャンスは訪れた。

 

 

 ーーー

 

 

 アインズ達は突如後ろから現れた敵に対処することが出来ない。

 

「I wish!!<ーーーー>!!」

 

 超位魔法<星に願いを>が発動される。指輪が光を放ち、青い魔法陣が展開される。そして即座に願いは叶えられた。

 

 精神沈静化でいち早く混乱から復帰したアインズが高速で頭を回転させる。

 

(奴は何を願った?あの構えは聖者殺しの槍を使うつもりか?ワールドアイテム所持者には効かないはずだ。)

 

 隣でアルベドが防御スキルを発動させている。シャルティアが怒号と風切り音を上げ、吶喊していく。敵は変わらずワールドアイテムの使用体制のままだ。

 

(まさかあり得るのか?ワールドアイテムは受け入れればワールドアイテム保持者も効果を受けることが出来る。他にも抜け道が?)

 

 アインズは意識が加速され圧縮された時間の中で相手を観察する。

 

(!!永劫の蛇の腕輪が無い!発動させた後か!?何の仕様が変わったんだ!?)

 

 デミウルゴスも腕輪の事に気が付いたらしく、支配の呪言で相手を縛ろうとしている。焦っているのか聞き取れるような言葉を喋っていない。

 

 敵の槍が白く輝き、続いて相手自身の体も光りを放つ。

 

(畜生!ワールドアイテムさえ持っていれば安全だと胡座をかいて居たのが間違いだったというのか!)

 

 シャルティアのスポイトランスが敵を貫き、コキュートスの斬神皇刀が腕を切り飛ばした。しかし発動は止められない。相手の身体が光で白く塗りつぶされたと思うと、槍に巻き付くように吸収され一体となっていく。槍はその輪郭を曖昧にしていき、一条の光となって真っ直ぐに放たれた。

 

 目指す先はアインズ。

 

(クソ!何で油断したんだ!何でこいつは後ろから現れた!?何でワールドアイテムを持ってる!?何で俺達に接触してきた!?何で、何で、何で…!)

 

 

 俺はナザリックを守れないのか。

 

 

 エルフの双子が攻撃の射線に立ち塞がる。アルベドがヘイトを稼ぐスキルを必死に乱発し、アインズを抱くように身を挺して光りを待ち受ける。

 

 

 しかし光は酷薄にも3人の間を縫い飛び、アインズに突き刺さらんとする。

 

 

 アインズは出来る事は無いというように顔を伏せ、目を閉じた。

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?」

 

 

 そこにいる全員が予想を裏切られた。誰も欠けていない。

 

 アインズは自分の身体を調べる。致命傷どころかダメージすら負っていない。

 

 守護者達は目を白黒させている。今日で一体何回目なのか。

 

 まるで悪い夢であったかのように身体中の緊張が解け、思わずだらしない姿勢になってしまう。

 

 

「ツマリ、ワールドアイテム保持者ニハワールドアイテムハ効カナイトイウ事ガ再確認サレタ訳ダナ。」

 

「全く、人騒がせでありんす。」

 

「ハハ、ハ。良かった〜。」

 

「皆、だらけすぎよ。」

 

 アルベドも注意するが、その表情に厳しさは無い。取り敢えず何事もなかった安堵感が強いのだろう。そんな中デミウルゴスは浮かない顔でアインズに話しかける。

 

「申し訳ありません。生け捕りの予定でしたのに我等の力が及ばず…。」

 

「よい。今回は脅威が解除されただけでも収穫があったというものだ。」

 

 

 ザリリ…ザ…ザ…全プレイ……適用…

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「ピコン」

 

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「! 今の音、聞こえたか?」

 

 ゲームのシステム音のような、久し振りに聞いた音がした。

 

「? い、いえ、どうかされたのですかアインズ様?」

 

 アウラは心配そうにアインズを伺っている。他の者も同様である。どうやらアインズにしか聞こえなかったようだ。

 

「気のせいか…?疲れているのか。」

 

 

 

 

 

 

 

 

『一件メッセージが入っております。再生します。』

 

 機械音声が辺りに流れる。今度はその場にいる全員に聞こえたようだ。

 

「<伝言>?」

 

<伝言>に留守電機能があるなんて聞いたことがない。余りに奇怪なことに皆首を捻る。そんな場の空気を無視して<伝言>が再生される。

 

 

「モモンガ様。このような形でご挨拶することお許しください。こちら、『ユグドラシル』運営でございます。」

 

「ハァ?」

 

「モモンガ様。ゲームのサービス中にこのような事態になり申し訳御座いません。我々として全力で対処しようとしましたが力及ばず、現在解決策を見出すことが出来ておりません。」

 

「はぁ。」

 

「そして、大変厚かましい事なのですがモモンガ様にお願いが御座います。というのも、どうか貴方自身が『ユグドラシル』プレイヤーであった事を忘れないでいただきたいのです。」

 

「…。」

 

 

 

 

「最後に一番大切な事を。」

 

 守護者達は不穏な空気を感じ取り、身構える。

 

 

 次の瞬間、けたたましいファンファーレと共に大音量で音声が響く。

 

「『ユグドラシル』をプレイしてくれてありがとう!モモンガ!クソ運営より。」

 

 嵐のような拍手喝采の音。王道RPGのエンディングの様だ。スタッフロールが流れるかと思ったがそんなことはなかった。

 

『メッセージを終了します。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?それだけ?」

 

 なんのことか分からない守護者達は互いに目を合わせるばかりだ。

 

 

「あっはっはっは!」

 

 突然アインズが大声で笑いだす。その声はいつもの威厳に満ちた声でなく、単純に1人の男が感情のままに笑っているようだ。守護者達はアインズが状態異常にかかったのかと驚き慌てている。

 

「ふはは、ホント最後までクソ運営だな畜生!はっはっは!」

 

 緊張から解き放たれたからか、精神安定化の次から次へと笑いが起きる。

 

「こんなくだらないことのために戦争に割って入って、<伝言>の仕様変更の為に永劫の蛇の腕輪を使って、自分を犠牲にして、俺に対する願いが『ユグドラシルを忘れるな』だと?クク。」

 

 はぁ、とアインズは溜息をつく漸く精神安定化が追いついたようだ。

 

 

 

 

「奴は私を殺せたと思うか?」

 

 その問いに答えられるものはいない。相手がもし永劫の蛇の腕輪で願った仕様変更が別のものだったら、あの時<星に願いを>の内容如何によっては本当にワールドアイテムでアインズをこの世から消しされたかもしれない。

 

「約束か。つまり奴は私に掟の剣を突き出したというわけだ。本当ならお前を殺すこともできた。約束を守ってもらう代わりに助けたやったのだと。」

 

「そんな!奴の不敬な行動を気に止める必要などございません!アインズ様に代償を求めるなど、言語道断でございます!そもそも約束など弱者のためにある事、アインズ様には相応しく有りません!」

 

 アルベドが食い下がる。他の守護者も当然の事だと同意している。

 

「そうだなアルベド。本当にくだらない事だ。このような約束、反故にしても咎める者はいまい。今しがた消えてしまったのだからな。」

 

 

 

 そう言った後、アインズは少し皆から視線を外す。宛ら遠い何処かに想いを馳せる様に。そして言葉を続ける。

 

「だが、圧倒的な力を持っていても、必要がなくても、敢えて約束を守る。それが器だと私は思う。」

 

 その言葉に反論する不届き者はここにはいない。

 

 

 

「それにしても『ユグドラシル』を忘れるな、か。」

 

 アインズ…モモンガはゲームをプレイしていた十年余りを思い出していた。PKにあっていたこと。ギルドを立ち上げたこと。ギルドマスターとしてナザリックを守っていたこと。そして仲間との思い出の数々。

 

 鈴木悟として、1人の人間として純粋に楽しんでいたこと。

 

 こちらの世界に来て、忘れかけていたこと。あの気持ち。

 

 

 モモンガは大きく溜息を漏らす。そこに後ろ暗さは一切無い。

 

「分かったよ、クソ運営。約束だ。」

 

 モモンガは満足そうに呟いた。

 

 

 

「して、アインズ様。これからどうなさいますか?戦場に戻りますか?」

 

 アルベドが問う。

 

 

 

「ん、いや、ナザリックに帰ろう。今日は気分が良い。どうだ、帰って昔話でもしてやるぞ。」

 

 その言葉に守護者達の目は一斉に輝きだした。

 

「ペロロンチーノ様の話がいいでありんす!」

 

「あっ!シャルティア狡い!先にぶくぶく茶釜様の話をして下さい!」

 

「まあまあここは落ち着いて、間を取ってウルベルト様の話にしましょう。」

 

「ドコガ間ナノカ。デミウルゴス。」

 

「た、多数決にしましょう。」

 

「こらあなた達、節度を持ちなさい。」

 

 

 

 ナザリックメンバーは楽しげに自分たちの家に帰っていった。

 

 

 

 

 

 ーーー

 

 

 

 

 この日、王国と帝国の戦争での死者は68名。歴史上で最も被害が少ない戦いとなった。

 

 

 

 

 


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