ユグドラシル運営活動記 (完)   作:dokkakuhei

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冒頭いきなりグロテスクな表現があります。
早く退避するんだ!どうなっても知らんぞーーッ!









6日目

 下火月?日 ??:??

 夜の帳を切り裂いて紅い炎が空へと立ち上る。街の区画を取り囲むように突如現れた炎の壁は闇夜の対比と相まって、街を照らし出すイルミネーションのようだった。

 

 しかしその内側は凄惨な殺戮現場と化していた。悪魔が跳梁跋扈し、この世の地獄のような様相だ。噎せ返るような死の臭いが充満する中、目を背けたくなるような暴虐の限りが尽くされている。

 

 悪魔達の目的は人や物資を集めることにあるらしく、広場に沢山の生きた人間が並べられていた。こんな状況ではパニックを起こし、遮二無二逃げ出そうとする者がいそうなものだが不思議といない。その理由はそこら中に転がっている死体にある。それも普通の死体ではない。

 

 力任せに四肢を引き千切られた死体。腹部を轢断され中身をぶち撒けている死体。上から無理矢理潰され頭部が胴体にめり込んだ死体。雑巾を絞るようにねじ切られた死体。肩口から腹まで大きく斬り裂かれた死体。無数の穴を開けられ向こう側が見える死体。原型を留めず肉の塊に成り果てた死体。

 

 どれも見せしめに殺されたような悲惨な状態だ。これを生産している現場に出くわしたら大抵の人間は恐怖で動けなくなってしまうだろう。それこそが目的なのだ。

 

 この方法は一々<魅了>を掛けて回るより手っ取り早く、何より悪魔の嗜虐性を満たすことができる。ここに転がる死体達は民衆の抵抗する意志を圧し折るために不幸にも生贄にされた者の末路であった。

 

 いや、死ねただけまだ幸運だったのかもしれない。あの悪魔たちに出会ってこれ以上苦しみを与えられないのだ。捕らえられるよりか遥かにマシだろう。

 

「これは…。」

 

 続く言葉がない。彼はこの死地の中にあって未だ正常な思考をぎりぎり保っていた。今まさに悪魔の一体が捕まえた人間を地面に擦り付けて擂り身にしている所を見ている。

 

 捕らえられた人間の中には堪らず嘔吐する者、声を上げて泣く者、自決をしようとする者が出る。そんな時は悪魔達が下卑た笑みを浮かべながら近づき、和を乱した者を死体の仲間に加えてやるのだ。それも特別豪華な拷問付きで。

 

 広場に残された者が出来ることはじっと動かず押し黙ることか、気絶してしまうことぐらいしかなかった。

 

 彼の中にわずかに残っていた人間性が不快感を訴えている。これはモモンガがやっているのか。奴はこんな無抵抗の人間を容易く殺す事を許容出来るのか。

 

 一方で、別の感情も浮かぶ。ここは仮想現実だ、何人死んだところで現実(リアル)ではないと、この景色を容認しようとする自分がいる。

 

 

 

 脳が警鐘を鳴らす。生理的嫌悪が頭の中を暴れ回っている。

 

 理性が麻酔を打つ。ここは現実じゃ無い。大したことではない。

 

 

 

 彼はこの死地の中にあって()()()()()()()()()()()()()()()()()。異常だ。彼は冷静に観察している自分に気がついてしまった。

 

 なんで俺は平気なんだ。モモンガもなんでこんな事をして平気なんだ。

 

 そもそもモモンガがイグヴァルジを殺した時、なんで同じ感情を抱かなかったんだ。俺は人間だぞ。モモンガも人間の筈だ。

 

「精神汚染…?」

 

 彼は現代病の名を口にする。電脳空間に長く居過ぎる事で脳がリアルとヴァーチャルを区別できなくなる病。統合失調症の一種として医学的にも認知されている、電脳空間の役割(ロール)が自我を侵食してしまう精神病だ。

 

「リアルじゃないから平気なのか?」

 

 

 この体はデータで出来ている。でも感情は?この感情も造られたものなのか?それに自分のリアルの身体はもうなくなっているのだ、自己を証明出来るのは今持っているものだけである。では現実とはなんなのだ?

 

 りあるとはなんだ。これはゲンジツではない。この感情はホンモノだ。ここはげんじつではない。

 

 ここは…現実…?

 

 

 ーーー

 

 

 下火月4日 22:23

 王都、夜の帳が下りて人々が休息に入る時間帯に複数の箇所で人知れず戦闘が起こっている。蒼の薔薇を始めとする討伐隊がこの街に巣食う犯罪集団の拠点に同時攻撃を仕掛けているのだ。

 

 彼は戦闘箇所の一つに来ている。六本指だか七本指だかの麻薬部門の本部だ。とはいっても蒼の薔薇の戦士と忍者の2人と戦っているのは犯罪組織ではなかった。1匹のメイド服を着た蟲の化け物だ。

 

 彼は<アイテム検索>で出したゴーグルをかけている。これは常時<生命の精髄>と<魔力の精髄>を発動させるマジックアイテムだ。もちろん<虚偽情報>は看破する。

 

「やっぱりおかしいな。」

 

 HPやMPの量から見て、忍者のレベルは40程しかない。しかし、レベル60台でしか取得できないニンジャのスキルを使っている。やはり『ユグドラシル』由来のデータではないのだろうか。一方で異形種の方はフジュツシのようだ。パラメータ的にはレベル60前後で、スキル構成もレベルに準じたもののように見える。

 

 こちらはアインズ・ウール・ゴウン関係者だろう。若干のデザインの差はあれど、ナザリックで見た眼鏡のメイドの服と同じものを着ている。

 

 というか犯罪組織はどこいったんだ。何故こんな所でこの両者が戦っているのか分からないが、貴重なデータを取る機会なので最大限利用する事にする。

 

 戦士と忍者はレベルの差にしてはいい勝負をしているが、力の差は一目瞭然だ。すぐ決着かと思いきや戦闘に仮面の乱入者があった。蒼の薔薇のマジックキャスターだ。

 

 彼女は他2人より強く、1人でも互角に化け物と対峙している。どうやら土属性のエレメンタリストらしく<水晶騎士槍>などでうまく立ち回り、一進一退の攻防を演じている。それに痺れを切らしたのか異形が切り札らしきものを使う。

 

 メイドの下顎が縦に割れ、ごばぁ、と黒い靄を出し始めた。よく見れば小さい蟲の大群である。それに対抗してかマジックキャスターが白い煙を異形に吹きかける。特別ダメージは無さそうな煙だったので初めは目眩しかと思ったが、蟲にだけダメージが入ってるのを見て『ユグドラシル』にない魔法だと気がつく。

 

「完全にバ◯サンかキン◯ョールだこれ…。」

 

 文明の利器に似た魔法で逆王手だ。彼は部屋の隅で動かなくなった黒いアレを思い出していた。

 

 

 蒼の薔薇は難敵を倒した達成感か、互いに笑顔を見せ合っていた。しかし、すぐに気を引き締めると油断なく異形に止めを刺しに近づこうとするが、

 

「それぐらいにしていただきましょうか。」

 

 今度は異形の方に仮面の助っ人だ。沈む夕日を思わせる臙脂のスーツ、特徴的な尻尾を持つ悪魔の登場だ。

 

 

 

 

「いやいやいや、それ仮面の意味ないから。バレバレだからね。ギャグでやってんのか。」

 

 最近ラナーの部屋で見た悪魔の姿だった。悪魔はメイドを逃すと恭しく挨拶をする。そして初手で<次元封鎖>を使った。

 

「しまった。巻き込まれた。」

 

 ツッコミに気を取られて油断したのか、転移を封じられてしまった。これではとっさの回避ができない。仕方がないのでちょっとだけ高い場所に移動する。

 

 そうしてる間に蒼の薔薇の戦闘人数が減っていた。あの悪魔相手では流石に相手にならない。悪魔がレベル差の暴力で相手をいたぶっているのを見ていると、ヒュルルル…ゴン!

 

「ぶべらっ!」

 

「ん?今なんか。」

 

 上から降ってきた黒い塊と衝突、そのまま突き飛ばされるようにしてゴミ箱に墜落した。

 

「それで私の敵はどちらなのかな?」

 

 しかも無かったことにされてる…。

 

 

 ーーー

 

 

 下火月5日 00:47

 黒甲冑と悪魔の戦いは2、3剣戟を結んだだけで悪魔の撤退という結果に終わった。悪魔は撤退先で何やら良からぬことをしでかすつもりのようだが、モモンガの方は一旦依頼主の侯爵に確認するため王城の方へ向かうらしい。どちらについて行くか迷ったが、ラナーの様子も見ておきたいので王城に行くことにした。

 

 王都の一室、真夜中だというのにここには血気盛んな冒険者達がありったけ集められていた。どうやらラナー主導のもと、先の戦いでヤルダバオトと呼ばれた悪魔を国家級の災厄として討伐班が組まれるらしい。先鋒はモモンガ扮するモモンが受け持つ。お前らどっちも悪魔と知り合いだろうが、なにを企んでいるのだか。

 

 だが人々がモモンガに向ける視線を見るうちに次第にこの茶番の意味を理解した。

 

「ははーん。自分にしか解決できない騒ぎを仲間に起こさせてそれを見事解決。さらに名声を高めようって魂胆だな。」

 

 この大掛かりなマッチポンプに協力するラナーはモモンガから何か見返りを受け取っているのだろう。昨日の観測アイテムに映っていたのはその取引現場ということか。さて、種も割れたことだし先回りして悪魔の方にでも行くかな。

 

 

 

 向かう先で彼はこの世のものとも思えぬ地獄絵図に遭遇する。

 

 

 

 ーーー

 

 

 下火月5日 5:52

 激動の夜が過ぎ去り、朝日が街を照らし出す。人々に一時の安堵を齎したそれは同時に魔の夜がどれ程凄惨なものかを具に写し出した。暗くてよく見えていなかった街の傷が白日の下に晒されたのだ。建物は壊れ、道路はめくり上がり、生きた人の気配がしない。

 

 ただそれでも人々が絶望に打ちひしがれなかったのは、燦然と輝く希望がそこにあったからだ。闇より暗い漆黒の鎧、されども魔に誅を成す人類の救世主モモンが居たからである。

 

 そこにいる皆が羨望の眼差しでモモンを見る。ただ1人を除いて。

 

 その眼差しの主は悩んでいた。一体これから自分はどうすべきなのだろうかと。この世界でどう振る舞えばいいのだろうかと。1人の人間として?それとも…。

 

 彼が平凡な一般人だったという証拠は最早失われてしまった。彼は自分の身体を見る。そこには何の細工もしていない初期アバターの姿があるだけだ。いつもの仕事着(ユニフォーム)である。

 

 そんな自分の姿を見てふと気付く。そうだ。この世界に来た時から自分の役割(ロール)はすでに与えられていたのだ。

 

「確か、"人は誰でも役者である。誰しもが人生という舞台で一役演じなければならぬ"だっけ。」

 

 彼は大昔の人の言葉を思い出していた。

 

 彼は1人の人間であると同時に『ユグドラシル』運営である。プレイヤーの為に仕事をしなくては。何のことはない、原点に立ち返っただけだ。

 

 初めてこちらに来た時から今までは異常事態の時運営ならどうするかという行動指針で動いて来た。これからは通常通りの運営としての活動をして行こう。

 

 今、王都に遅れて彼の夜も明けた。

 

 

 ーーー

 

 

 ここはナザリック外敵対策本部。アルベドは室内に設置されたモニターを微動だにせず見つめている。軍のトップが外部で作戦中につき、今は彼女が全権代理である。

 

 アインズとシャルティアの戦いが外敵に観察されていた以上、今回も潜入者がいる可能性がある。先の作戦の折、王都に配置されたアイボール・コープスの数は1800。その全ての視覚情報がこの一室でモニタリングされていた。

 

「何か怪しい動きはあったかしら。」

 

 アルベドは部下に尋ねる。

 

 定時報告としては、使用者不明の転移痕跡等は発見できず、未だ収穫なしであった。今回はいなかったのかとアルベドが結論を出そうとしたところ。

 

「報告しようかどうか迷いましたが…。」

 

 モニター670-675を担当している部下が手を挙げる。聞くと、アインズが蒼の薔薇とデミウルゴスの戦闘に割って入った時、空中で何かにぶつかり軌道が僅かにずれたように見えたとの事。確認すると注意しなければわからない程度だが確かにそう見える。

 

「これ気になるわね。後で姉さんに逆行探査してもらうように頼みましょう。あなた、お手柄かもね。」

 

 

 ーーー

 

 

 




いい感じに主人公がイカレてきましたね。

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