大海を夢見るくじら 1
「あれ、なんだこれ?」
紬は呆れた声を出した。
「破格の待遇ってこと、ね」
海はあっさりとしている。
まあ、こんなところだろうと予測していたような言い様だった。
「なんだよ、あんたにしちゃ大人しいじゃない」
いつもと違うがどうにも不安だ。
まだ怒りのおさまりがつかないのか。
だが、返ってきた返事は別のモノだった。
「だって、あの御門ってマネージャーといい、あのアシスタントといいおかしいでしょ?」
「なにがさ?」
案内された部屋はこれまで体験したことがないような貧相な室内だった。
調度品といい、区切りといい、置かれている所蔵品の古ぼけ具合といい。
まあ、よくこれだけ手入れを怠ったものだといえるほどにみすぼらしかった。
「だから」
「あたしはてっきり、あんたがこの待遇に腹立ているもんだと思ったんだけど、違うの?」
「違うわよ。
たかが二週間じゃない。
別に寝れればそれでいいわよ」
おいおい、この発展した現代で寝る場所があるってのも寂しい意見だね。
そう、紬は思う。
というか、この目の前の絶世の美少女はそんな貧乏に身をやつしたことがあるのだろうか?
何より、よくよく考えればこの二年のつきあいで紬は海のことをあまり良く知らない。
まあ、仕事中もそんな大した会話をすることも少ないから仕方ないといえば仕方ないのだが。
「あんた、こんな場所でも寝れるほど神経図太い女だったっけ?」
あたしは慣れてるか別にいいけど。と紬は続ける。
地球にいた頃はここと変わらないくらい貧しい地域に住んでいたのだ。
「何よ、紬。
人を金持ちの令嬢みたいな言い方するじゃない?」
「違うの?
育成機関じゃ、あんたいいとこのお嬢様で通ってたじゃない?」
「そんなわけないでしょ。
もしそうだったら、なんで奨学金借りたり、こんな命を張らなきゃいけない仕事に就く必要があるのよ」
本当に見る目がないんだから、そう呆れて海は言う。
「なにさ、さっきから見る目、見る目って。
ここみたいな待遇に怒ってるんじゃなきゃ、一体なにに不満なの?
海ちゃん」
「ちゃんはやめて」
気持ち悪いと海は身震いする。
「ちゃん付けで呼ぶならもう少しいい男性に言われたいわ。
紬じゃ無理」
あたしゃ、あんたみたいなめんどくさい女願い下げだよ。
紬は心の中で呟く。
「何か言った?」
「いや、なにも」
そう、と海はもってきた衣服や仕事道具を据え置きのクローゼットに仕舞始める。
「あなた、荷物は?」
ふと、紬がベッドに横になったまま起き上がらないのが目に入った。
「あたしはそんなにないもん。服もさ。
海みたいに化粧道具も多くないし。服なんて適当」
そう言って紬は手荷物を開けてみせた。
ズボンにシャツ、下着にまあその他いろいろ。
基本的にナノマシンを作動させておけば、はるか昔に人類が行っていた入浴の習慣は必要ない。身体からでる汗やその他の排出物をナノマシンが分解してしまうからだ。
その気になれば、食事なしでも数か月は生き抜ける。
その程度には人類は進化していた。
「呆れた。
そりゃインナースーツは必要だけど。
あなた女って自覚あるの?」
こんな色気のない同性を海は見たことがない。
「ええ、一応、女ですけど。
もう4回も同室なのに今更言うことじゃないでしょ、海ちゃん」
ふっと鼻で笑ってやった。
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