大海を夢見るクジラ 3
「そうだね、あたししか知らない」
仮面の外れた人間は瞬間的には本能を晒せる。
でも、それは長く続かない。
ある一定の時間を越えたら羞恥心と後悔で自分を閉じ込めてしまう。
まるで、名前のように貝殻に閉じこもり、ひたすら仮面の修復に取り掛かる。
その間、用意してある第三の薄っぺらい仮面をつけて取り繕うのだ。
だから、周囲には誰も近寄らない、近寄らせない。
そんな自分を知り、受け入れてくれる存在か、もしくは引かずに適当に受け止めてくれる存在以外は。
海にとって紬はどちらだろう?
まだ、判別がつかないまま4回目のバディになって一日目だ。
あと、二週間。
本当に問題なく過ごせるのだろうか?
「ま、いいんじゃない。
それよかさ、あんたの推理間違いだらけ。
どしたんさ、海。
らしくないよ?」
間違いだらけ?
何が違うのだろう。
紬は窓の外を見ろ、そう指差している。
「あ……」
海は気づいた。
ここは東太平洋外殻じゃない。
日本最下層外殻だ。
ただし、相当中国大陸寄りの。
「気づいた?」
ニヒヒと紬が笑ってみせる。
「いつ?」
いつ気づいたの?
「え?
シャトルから降りた時かな?」
あ、信じられないって顔してる。
紬は更に勝利を増やした気になった。
「なんで?」
「なんでって。
じゃあ、海はどうやって気づいたのさ?」
「わたしは、リングの形状から」
リング。このセルバンテス号の周囲を回る軌道上に設置された、ドーナッツみたいなやつ。潮汐や惑星自転・公転に必要な重力制御を司り、大気圏をその内側に存在させるための装置。そして、リングの外には力場と呼ばれる、一種の壁。
前時代に流行ったSF的に呼ぶなら、バリアー。
もしくはフォースフィールド。
「リング?
あんなのどれも同じじゃない。色も形も。
どうやって見分けれるのよ?」
ふふん、と紬は指を振ってみせる。
「みんな気づいて無いだけだよ。
第一リングは少し青みがかってるし。第二リングは内側が第三リングの外側と交差する時に多分、力場の関係だろうけど。少しだけ楕円になってる。第三リングは一番外側だけど、その分、力場と真空との距離が近いからこう」
と、紬は丸めた掌の一部を外から押すような仕草をする。
「内側に凹んでる。少しだけ。
で、その三本が交差してるとこを観察すると、いまどこにいるかとか。
おおよその位置はつかめる」
呆れた……。
自分でも知らなかったことをこの子は気づいている。
しかも少しだけ空を見上げただけでそれに気づくなんて。
「で、誰がゴリラ?」
あ、気にしてたんだ。
「ごめんなさい……」
「んーんーいいね、海ちゃん。
素直ってそんなことを言うのよ」
おーおー、怒ってる怒ってる。
これでまたそっぽ向かれたら困るがまあ、それはないだろう。
何故なら、謎解きみたいな推理物は海が一番好きなジャンルの小説だからだ。
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