大海を夢見るクジラ 4
さーて、名探偵海ちゃんの推理はどう冴えるのかな?
紬は海が見た目以上にコロコロと変わる雰囲気も持っているのが大好きだ。
才色兼備、優麗な美少女と言われたところでその中身にある感情が氷の様に冷徹なのか、マグマのようにたぎる激情なのか。
それは触れてみなければわからない。
そしていまそれをバディという特等席で見れるのは自分だけなのだから。
楽しい、楽しい。
しかし、海はそんな気は微塵もないようで。
「まあ、いいわ。
これが2世紀前に使われたセキュリティシステムでも何でも。
疲れたから寝る。
あなたの相手すると疲れるの、おやすみなさい」
「えー……!」
そんな海ちゃん。
そんな据え膳食わさぬみたいな。
蛇の生殺しじゃない。そんなの。
彼女に迫られてさあこれからだ、なんてなったベッドの上でやっぱり疲れたから寝ましょう、とすげなく去られる男性の気持ちってこんな感じなのだろうか?
「いま夜の二十時よね?」
海は腕の携帯端末にホログラフのデジタル時計を投影させて言う。
「そうね」
「明日何時からだったかしら?」
「えーと……四時」
「わたし、また朝が苦手だからってあなたを起こす毎日を送るの嫌なの」
だから早く寝る、と?
「でも、四時起きだから……。
早く寝ても、ね?」
「でも?
じゃあ、自分で起きる?
遅刻したら多少減給されるけどその分、多く回収すればいいし。
四回遅刻・早退したら一日分減給よ?」
自分で起きれるなら、どうぞ。
「うぅ……わかりました」
「はい、素直で宜しい」
負けた。
少々勝った気分でいるといつも覆される。
この子には完勝しないと駄目なのだ。
また海のペースで一日が始まりそして終わる。
「あんたって本当に性格悪い」
「あら、今頃気づいたの?
遅くない?」
もういい。
紬は海に背を向ける。
しかし、ここは間違いなく日本最下層外殻だ。
そしてここにある建物は2世紀前のものを模したものか、それとも別のことに使われていたか。
多分、後者。
最下層外殻への貫通工事とそのメンテナンスにこの寮は使われたのだろう。
かといって使い古された感はあるが掃除はされている。
いきなり使うために掃除されたようには見受けられない建物の状況もそんな気がする。だけど、最下層外殻のメンテナンスなんていまではアンドロイドの仕事だ。人間が泊まり込みでやる時代は終わったのだ。
「と、いうことは……」
「ま、せいぜい、アルファ内部の一部が、あれでしょ。
スキャルピングしてるんでしょ」
「ってことはスキャルパー(鞘取り人)がいるってことか」
「そう。密猟者がいるはずよ。
でも、この会話も聞かれてる可能性あるかもね」
「そしたら明日からが大変だな」
多分、そこまで緻密な計画ができる組織じゃないと思うけど。
でなければ、あんな御門なんて人間が出てくるはずがないのだ。
「まあ、出方見て決めましょ?
はい、そうなったら寝るわよ」
「なに、その手?」
こいこい、と海が手招きする。
あ、そうだ。
この子、抱き枕がないと寝れないんだった。
荷物には……見当たらない。
「さっさと来る。
抱き枕」
「あたしかよ!?」
「いつものことじゃない」
いつもって……。
あんたが忘れた二回目だけじゃない。
「ほら、これ上げるから」
予備の寝具を格納庫から出して丸めて渡してやる。
「ばか」
なんだその言葉は。
結局、翌朝に紬が目覚めた時、彼女は人間抱き枕と化していた。
「誰だよ、朝起こすの嫌とか言ったやつ。
あんたが一番、寝相悪い上に起きないじゃん……」
さーどうやって叩き起こすか。
午前二時半。
まだまだ海は目覚めそうになかった。
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