大海を夢見るクジラ 2

「あっそ。

 まあ、ゴリラでも何でもいいけど」

 さりげなく相手を毒を吐いてさりげなく物事を進めていく。

 しかも自分の意思で。

 この社会適正がほぼ皆無な気がするバディとやっていけるのはあたしくらいだろう、そう紬は思う。

 まあ、どうでもいいんだけど。

 いちいち、指摘しても本人には刺さらない。

 刺さるとしたら善意による、無二の優しさだ。

 しかし、紬はそんなエサを与える気はなかった。

 海はそういった要素も含めて全部取り入れて、舌戦へと導き勝利する天才だからだ。

 馬鹿と天才は紙一重。

 上手くこちら側で誘導してやればいいのである。

「で、おかしいって何がおかしいのかな、海ちゃん

「ちゃんはいらない」

「じゃあ、阿古屋海さん」

「名前に濁点つけたら殺すからね」

 こえーよ。

「あれよ」

 海は壁際のセキュリティシステムを指差す。

 小さな、拳大くらいの四角いボックスに、生体認証やナノマシンによる波動認証、その他いくつかの複合型警備システムの室内端末。

 これを設置しておくことで、任意の人間しか出入りできなくする。

 そういう前時代でいうところの、合金製の鍵の代わりになるものだ。

「ああ、あれ。

 古いね。うちのと同じくらいじゃない

 紬の自宅は築二百年程度である。

「ねえ、紬ちゃん。

 ミカンっていつから発生したか理解してる

「だいたい、かれこれ四半世紀じゃない

 だったら。と海はセキュリティシステムを指差す。

「あれ、おかしいと思わない

「思わない」

 ああ、なんて馬鹿なんだろう、この子は。

 一瞬、海は憐みの目で紬を見てしまう。

「なんで思わないの

 ここ、東太平洋外殻なのよ

 二世紀も前に使われた施設があること自体が異常でしょ

「違うよ」

「え

 意外な返事に海は戸惑う。

 何が違うというのだろう。

「ここ、東太平洋外殻じゃないし、あのセキュリティシステムも二世紀前のじゃない」

「は

「いますごく間抜けな顔してるよ、海ちゃん。

 かーわいい」

「あんた、殴られたい

 あ、素が出た。

 いつもの丁寧語はこの粗野な内面を隠す仮面だと誰が思うだろう。

 これだけの美貌を持つ女神みたいな美少女に。

「心の声がでてるよ、海」

 勝った。

 少なくともゴリラ、と言われた程度には勝利を勝ち取った気分だ。

「いいじゃない、どうせ紬しか知らないんだから」

 そう。

 二回目のバディを組み収穫にあたっていた時に、数組の窃盗団に襲撃を受けたことがあった。

 もちろん、収穫兼戦闘も報酬には入っているから戦わなくてはならない。

 人間が普段隠している仮面の下の素顔なんてあっけなく出るものだ。よほど周到に訓練されたスパイであっても、どこかでミスをする。

 常人の海や紬が14-15歳の間でいきなり銃弾飛び交う戦闘に巻き込まれたらそんな仮面なんてすぐに剥がれてしまう。

 仮面の下は更に冷酷で粗暴だ。

 それが阿古屋海という女だった。

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