第五話 収穫前夜

「やっぱり大丈夫じゃなかったあああっ

 第一声はその悲鳴から始まった。

 その移送機はまさしく、ロケットだった。

 水素だか石炭燃料だかヘリウムだか知らないが、ロケットは盛大な爆炎と爆風と爆煙をまき散らしながら凄まじいGを乗組員である、紬と海の二人に叩きつけながら衛星軌道上まで数分かけて打ちあがった。

 段階的に補助ロケットを切り離していくタイプではなかったのがある意味幸いだったのか不幸だったのか。 

 二人は育成機関で受けた耐G訓練の数倍の重力に押しつぶされそうになりながら天空の旅人になった。

 あとから気づいたのだが、あれでも重力制御装置は作動していたのだ。

 ただし、あくまで旧式のだが。

 そして赤道上付近まで打ちあがると、そこからは真横に最短ルートで半円球のセルバンテス号の真裏まで移動する。

 そして、太平洋外殻にあるミカン収穫場の外殻甲管理組合アルファのクラスティシャンヌが担当する場所に近い発着場に着陸する。

 時間にして一時間かからない移動だった。

「さいってー……」

「もう、帰りはこれは嫌……」

 二人はぐったりしていた。

 これまでの収穫の期間工で経験した中で、ミカンの収穫場を襲撃してきた窃盗犯や密売組織と近接戦闘した時の次くらいの疲労感に襲われていた。

 確かに、これは最速・最短ルートだ。

 海も紬もそう思った。

 但し、二人の中での史上最悪で最低な、最速・最短ルートだった。

「あたしゃーもう帰りたくなったよ……」

 げっそりとしてロケットから降りてきた二人を迎えたのは、クラスティシャンヌの事務員らしき女性とアシスタントと思しき女性が二人。

「ようこそ、今期もお世話になります、波瀬紬さん、阿古屋海さん」

 にっこりと長い黒髪を後ろで束ねた彼女は言う。

 これまでにあったことのない事務員だった。

「あれ

 いつものセナイさんは

 紬が不思議そうな顔をする。

 毎回、自分たちを含めた日本チームの面倒はセナイ・イルディーボ女史がとりまとめていたはずだ。

「セナイは北アメリカ担当になりました。

 これからは私、御門あずさが管理させて頂きます」

 御門あずさ。

 そう名乗った彼女をどうにも好きになれないと思う紬だったが、それは海も同じだったらしい。

「あの、御門さん。

 失礼ですけど、こんな移動方法はさきに通知するべきではないですか

 重力制御装置はまともに稼働していないこんな旧型を使ってまで移送時間を短縮する必要はあったのですか

 何よりー。

 海は周辺を見渡した。

 通常ならば先着、もしくは同時に集結する日本チームの他メンバーが今回はいない。自分たち二人だけだ。

「ああ、それですか。

 効率を優先することにしたのです、阿古屋さん」

 御門女史は自信に満ち溢れた表情で言う。

「効率

 収穫を効率化する為にわたしたちだけを優先した、と

 海なこの御門という女の態度が気に入らないようだ。

 それは紬も同じだったが、ここで帰る、とは言えなかった。

「そうですよ。

 でもそれは私が決めることですから。

 お二人には明日からの収穫に全力を尽くして頂ければ結構です」

 では、寮へご案内を、とアシスタントに促す御門を再度、海は呼び止めた。

「お待ちください、御門さん」

「マネージャー。私の役職はマネージャーですよ、阿古屋さん」

 立場をはっきりさせた方が話を理解できますか とでも言うかのようだった。

「では、御門マネージャー。

 効率の意味ですが、これまで収穫時には収穫メンバーと、窃盗組織からの防衛を行う警備メンバーとに分かれ、相互協力して任務に当たってきたはずです。明日から収穫を行うの指示に従いますが、わたしたちの警護はどこに

 ああ、それなら。と、御門マネージャーは少し先を指差す。

「今期からは別の警備会社に依頼していますから。

 あなたたちが密漁者を見つけても戦う必要はありません。

 報告して頂くだけで、別の安全な区域で収穫を継続していただければ問題はありません」

 そうか、なら作業がやりやすくなっていいじゃん。

 紬はそう言う。

 確かに視線の先には有名な警備会社のロゴの入った、あまり見たことのない戦闘用と思えるMoSが数台配備されていた。

 でも海には何かが気に入らなかった。

 これまで日本チームは日本外殻で作業してきた。

 いきなり海外に飛ばされ、馴染みの面子にも会えない。

 少なくとも、わたしたちは世界有数の真空農作物収穫人コンビなのだ。

 これまでのアルファが二人に取ってきた扱いとあまりに差が開きすぎている。

「分かりました」

 返事は良い風にしておこう。

 でも、この待遇は気に入らない。

「では、宜しくお願いします」

 そう言って御門マネージャーは専用車だろう。

 黒塗りの社用車で去って行った。

「どうぞ、ご案内します」

 アシスタントの運転するオンボロの輸送車も、これまた乗り心地が悪いと来た。

 だが、紬はもっと居心地が悪かった。

 寮についても海は不機嫌だ。

 こうなると、彼女の機嫌が良くなるまで時間がかかるのだ。

「はあ……」

 つくづく、今回はついてなかった。

 

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