第四話 東太平洋外殻移送機の闇
「ひでえ……」
紬は呻いていた。
遠慮のない前時代的な猛烈なGに襲われて吐きそうだった。
この現代において最低保全技術として世界中どこにでも配置されていて用いられているはずの重力制御装置はどこにいったのだろう?
体内のナノマシンを総動員してこの強烈なクラスティシャンヌからの華麗なお土産に耐えているが、それも持ちそうにない。
「吐くなら、あっちにしてね」
目の前のシートには、バディ(相棒)の阿古屋海が何重ものバンドで固定されて座っている。もちろん、紬も同様だ。
この状況下で体内の異物を吐き出せば、確かに最初の被害者になるのは彼女だった。
「いや、我慢す、る……」
なんでこうなった?
あまりにもひどい送迎に紬は少し前の記憶を手繰り寄せた。
あれはそう、第八ゲートについた時からこの悪夢は始まったのだ。
クラスティシャンヌの指示書には第八ゲートに16時に集合とあった。
最下層行きの。
その表記からこれまでの通例に則って日本最下層外殻行きのエレベーターに乗り、数時間かけて外殻に行く。そこからクラスティシャンヌの用意したチャーター便で二週間作業を同じくする他の期間工たちと合流して現場に向かう。
それが通例だった。はずだった。
「え、なにこれ?」
最下層行きの第八ゲートに鎮座していたのは、大気圏脱出用の数人乗りの打ち上げ方衛星軌道行きのロケット便だった。
まだ転送技術が未発達で、人体を粒子レベルに分解し、目標地点で再現することが出来ない時代。
惑星軌道上にある宇宙船にパイロットを移送するために使われた代物だ。
まだ、重力制御技術が開発される前の。
「二十二世紀の遺物じゃない。
まだ動いてたんだ、これ」
海が検索した資料から照合してみたらしい。
「マンホーム(地球)時代の航空機だってこと!?」
「そう。
でもこれを動かすのは化石燃料とか水素ガスだったはず。
いまのセルバンテス号では使用が禁じられている燃料よ」
「でも……」
係員がさっさと乗れ、と合図する。
「多分、レトロなだけで中身は最新でしょ?
行きましょ?」
海はさっさと荷物を持って乗り込むための階段を昇っていく。
いやあ、海。
おまえ気づいてないよ。
紬は心中で呟く。
海の大丈夫は、常に大丈夫だった試しがなかっただろう? と。
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