第三話 毒のある生物と同類と?
「まあまあ、そう人様を悪く言うんじゃないよ、海ちゃん」
祖母が夕食をキッチンから運んでくる。
祖母と言っても外見は二十代にしか見えない。
老化を促進する酵素を除外する処理は二十代を越えてから行われるのが通常だからだ。
稀に与えられた寿命を達成するという宗教観に沿って拒否する人もいるが、まあそうは多くない。
紬も二十歳を越えれば処置を受けようと考えている。
それはこの社会では常識だった。
「でも、おば様」
さすがにおばあ様と言うと外見的には角が立つ。
良くておば様が限界だろうと言われていた。
「その子、優樹菜という名前を変えないところから思うんだけど。
今の自分の外見と中身。
その両面で折り合いをつけようとしてるんじゃないかな?」
なるほど、と海はうなづく。
だが、男子を公言しながら女子更衣室で着替えるのは違法ではないのか。
「だってそれやられたら男子の連中が困るだろ?」
紬の意外な言葉に海は顔を上げる。
まじまじと見つめられて変な気分だ。
「何だよ?」
なにかおかしなこと言ったか?
そう聞きたいところだ。
「紬、あなた」
「?」
「たまにはまともな意見が出るのね。その筋肉優先頭でも」
このおしとやかな外見から毒を吐くと、海にあこがれる男子たちに教えてやりたい気分だ。
海の本性を知る一部の女子から海は、毒を精製する白雪姫と呼ばれていた。
「はいはい、もういいよ。そのやりとりは」
紬はこうなると自分から折れる。
舌戦では海に勝てないことを数年の経験で知っているからだ。
「……で、今夜はどうしたんだよ、海」
どっかとリビングルームの食卓に備えられたイスに紬が座り込む。
「果汁園部門遠隔操作保全収穫部からの連絡見てないの?」
「クラスティシャンヌから?
合格通知は読んだよ?」
「違うわよ。
これ」
言って、海は粒子を固めたパネルに投影した画像を投げて寄こす。
「ん?」
見ると、重要補足事項などと書かれた文面が浮かんでいた。
「え!?
今回は東太平洋外殻に収穫地を移動する?」
こんなの聞いてない、そんな顔を紬は海に向ける。
「やっぱり読んでない……。
そうよね、紬は一日に一回自分のメールホルダーを開けばいいほうだもんね……」
呆れたように言われた。
教えて貰ってありがとうございますと言いたいが、何か釈然としないものが残る。
「わ、悪かったね……」
「良いのよ。
今回も相棒はあなただし。
もう逃れられないんだわ、この悪運から」
余りの言いざまに流石にイラっとはするがもう慣れた。
「そうだな、白雪姫」
「何よそれ?」
「いや、なんでもない。
で、いつから集まるんだ?」
そ、こ。
海は下の方を指差す。
「あれ、明後日からになってる。
読んでなかったら間違いなく除籍されてたな、これ」
「そうよ、もうバディも発表されてるから」
連帯責任で賠償金はごめんだわ。
そう、海は言う。
クラスティシャンヌは応募して合格したその瞬間から契約開始に自動的に移行する。そこにはやむを得ない事情(病気・怪我・親類の死亡など)以外での任務放棄に対しては賠償金が発生するのだ。それも、バディ双方に。
「嫌な制度だよな。
その分、仕事の報酬はデカいし、事故とか起きた場合の保険も手厚いけどさ」
「まあ、仕方ないわよ。
あなたもわたしも、同じ奨学生。
あそこと縁を切るためには我慢するしかないわ」
そうなんだよな。
と紬は思う。
これだけの美貌と才覚があればもっとまともな仕事に就けるはずなんだ、海は。と。
まあ、その理由を聞いても教えてくれなさそうだから聞かないが。
「じゃあ、どこで落ち合う?」
ここはリトル東京。つまり、日本だ。
東太平洋外殻までいくには最低でも一日半かかる。
一度、日本最下層の外殻まで出てから、そこから移送機を雇うか、あるならばクラスティシャンヌの専用機に乗らないと間に合わない。
専用機なら費用は最下層まで降りる便だけで済むが、移送機をチャーターするとなると貯めている貯金を崩さないといけなくなる。
下、下。
そう、海の指が指示する。
画面をスライドしていくと、明日の16時に第八ゲート、最下層行きの便に乗るように書かれており、電子チケットも添付されてある。
海用に来ているならば、紬用にも用意されているだろう。
「あなた、自分の確認した方がいいんじゃない?」
「ああ、そうだな」
忘れていた。
自分専用のメールボックスをオープンする。
脳内にあるバイオチップが体内に埋め込まれたナノマシンを神経伝達が起こす生体電流で制御し、各種ネットワークに繋がる仕組みだ。
「あった。
じゃあ、海。
明日、会おう?」
「ええ、じゃあね」
え、食事は?
と悲しそうな顔をする祖母に挨拶をして海は帰って行った。
「紬」
祖母が溜息をついて呼ぶ。
「なに、おばあちゃん?」
「あなたももう少し、ねぇ……」
言いたいことは言いなさい、とでも言いそうな口ぶりだ。
「でも、ね。
あたし、そういうの苦手だから」
「そうじゃなくて……。
あなた、波瀬の名前もってるんだから。
逆にして検索して御覧なさい」
逆?
波瀬 紬。ツムギハゼ?
百科事典にアクセスして脳内で読んでみる。
―ツムギハゼは、ハゼの仲間で唯一、フグ毒と同じテトロドトキシンを持っている。
「おばあちゃん……」
紬は思った。
祖母はあたしの部類に生きる人間じゃない。
間違いなく海の同類だ、と。
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