第二話 外殻甲管理組合アルファと期間工
宇宙船セルバンテス号には特殊な仕事が存在する。
それは年に二回、外殻に自生し発芽するミカンを収穫する仕事だ。
それを統括管理するのが、外殻甲管理組合アルファ及びその他の組合であり、その統括下に組織された果汁園部門遠隔操作保全収穫部。通称、crustacean(クラスティシャンヌ)である。語源は甲殻類から来ているらしいが詳しいことはよくわからない。
そう、めんどくさいことはどうでもいいのだ。
地球歴でいうとことの十三歳になるとこのクラスティシャンヌに期間工として登録することができて、巨大な人型の旧世紀的にいうロボットの操縦士になれる。それはセルバンテス市民にとっては大きな意味でも成功でもある。
なぜならば、期間工は大金が手に入るからだ。
力場と呼ばれる真空空間と宇宙船を隔てる見えない壁に守られているものの、外殻上での作業は死亡率が高い。そこで雇用金額は高額になる。
また、大型作業用機械MoSのパイロットになるには、適正というものが存在する。それはミカンの外皮を剥く作業には緻密な緩急と柔和を操る感覚が必要だということだ。その為、育成期間に応募する人員は若く繊細な神経伝達を行える層。つまり、十代前半から二十代半ばまでの男女に限られてくる。
その為、MoSは若年層に広く門戸が開かれた短期間で大金を得ることのできるアルバイト、として十代後半の男女に大人気なのである。
そんな訳でめんどくさいことが大の苦手で人並外れた運動神経と育成機関トップクラスのMoSとの神経伝達速度を誇る波瀬紬(ハセツムギ、女、16歳)と眉目秀麗かつ容姿端麗。抜群のMoSの操縦成績とシュミレーターによるミカンの収穫率を誇る才色兼備な阿古屋海(アコヤカイ、女、16歳)が同期だったことは偶然中の必然であり、二人一組で相棒ーバディーを組むミカン収穫制度においてバディを組んだのもまた必然と言えるだろう。
そんな訳で、二人は出会ったのだ。
たった二週間という収穫期間だけの相棒として。
「うっし。
まあ、当たり前だよな。あたしが合格しなくて誰がうかるんだよって話だ」
紬は祖父母と住む3LDKのマンションの自室で、人生四回目になるクラスティシャンヌの期間工採用通知を手にして喜んでいた。
両親は先にくじら座タウ星に移住しており、あと六年ほどかけて出会う予定だ。このセルバンテス号に乗り合わせた運命だというべきだろうか。
運動しか才能がないと自覚していた紬に、その才能を活かす職場がある。
そんな話を聞いたのが数年前。
倍率の高い育成機関に入学し、一般社会人の年収の十年相当に比する学費を賄うために、非合法の夜の仕事にでようかどうしようかと悩んでいた時にいくつか応募していた奨学金制度の一つに合格した。
これで当面の資金はどうなるかと思ったのもつかの間、奨学金とは名ばかりの返済が必要な形式、もしくは育成機関卒業後は嫌でも数年間のMoS乗りにならなければいけないと気づいたのは間抜けにも入校した後だった。
「まあ、お金が稼げるからいいんだけど……」
十代前半で旧地球時代の日本円にして数千万単位の借金を背負ったことを自覚したときは、世界が闇に包まれた気がした。
あと数回。正確には4回。
つまり連続して二年。
なんの問題も起こさずに二週間の収穫を終わらせれれば、返済せずに済むし、一度の収穫でこのセルバンテス号で働く一般人の数年分の資金も手に入る。
資金ができてタウ星にまで無事にたどり着けば、いつも世話になっている祖父母にまともな土地付きの家も購入してあげれるかもしれない。
そんな淡い期待を抱いていることは誰にも言わないが。
とりあえず、祖父母には挨拶をしていかなければならない。翌週から再度、クラスティシャンヌの寮に二週間お世話になることを。
そんなことを考えていると丁度、夕食時だったからかリビングにおいでと声がかかる。
祖父母二人だけだと思って自室から出た紬は、見慣れた相方の姿をそこに発見した。
「海、あんた来てたんだ?」
自分より少しだけ背丈の高い長髪の美少女がそこにいた。
「相変わらず、乱暴な物言いね、紬は。
名前はわたしと違って女の子らしいのに」
海と呼ばれた少女は残念そうにため息をつく。
「そう言われてもなあ。
あたしはずっとこれだし。
優樹菜(ゆきな)みたいに、ボクとか言わないだけいいと思うんだけど?」
「あの子は心は男子だから……」
海は迷ったように言う。
二人と変わらない年代の育成機関の同期、冴木優樹菜は本人も周囲も既知の性同一性障害と旧時代に呼ばれていた存在だ。
ただ、本人が外見を男子のようにするのではなく、(偽って)女子の制服を着ていたり、社会的にも女子として生きているのはある意味疑念があるところだ。
現代では望むなら遺伝子操作技術により、男性から女性。女性から男性へと外見をほぼノーリスクで変更することができる。
精神的な性別が数十あると理解された現代は、外見を好きなように変えることも一つのファッションなのだ。
ただし、そこに犯罪性が伴わないならば、だが。
「あいつ、合法的に女子の部屋に入るからなあ。
なんだっけそういうの?」
「変態、って言うのよ。
自覚してやってるなら生きてる価値ないわね」
海は美しい外見からは想像できないような毒を吐いて捨てた。
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