第一話 宇宙で蜜柑がミカンする

 火星産微生物収束型高密度糖分生成植物。

 なんだそれ

 誰でも聞いたらそう思うに違いない。

 このややこしい漢字の集合体には意味があるのだ。

 そう、とても重要な意味がある。

 現代は二十六世紀である。

 地球外に人類は進出し、火星や木星の衛星をテラフォーミング(大気組成分を変化させたりして、地球のように人類が居住可能な惑星に改造する技術)して人類が惑星間移住を始めたのは二十二世紀後半のこと。

 二十三世紀に入ると、亜空間航法。

 通称、ワープ航法が開発されて数光年先にある恒星系に無人探査船を飛ばせるようになった。丁度、細胞内の老化促進する酵素を除外する発明が為され、人類の寿命はそれまでの平均寿命が八十歳前後だったのが、いきなり数百年は可能と言われるようになった。

 ただし、この酵素を除外する研究が実用化され一般に受け入れられてからまだ二世紀もたっていないから、実証はされていない。

 さて、そういう歴史を辿ってきた人類は、二十四世紀後半に入ると死という概念から無縁な存在になってしまった。

 いや、四百年という区切りはひょっとしたらあるかもしれないけれど、今を生きている人達からしたら精神的には無限に近い時間を生きることになるのだ。

 つまり、人類は第二次成長期。

 爆発的な人口増加現象に襲われてしまうことになる。

 二十三世紀には二百億だった人口が、二十四世紀には倍の四百億まで増えた。

 これは到底、太陽圏内にある植民地だけで賄える人口を越えてしまった。

 そこで急遽発足したのが恒星間移住計画。

 簡単にいうと、お隣の恒星にある惑星をテラフォーミングしてそこに引っ越してしまおう計画が立ち上がったのである。

 亜空間航法が確立され、十光年先までの恒星系までなら数年で到達できるようになったこの時代。

 一番近くて太陽に似た恒星があって、惑星も確認されている恒星系に移住するための宇宙船が、火星の衛星軌道上にある造船ドックで急ピッチで製造され、最盛期は年間20隻の恒星間移住用宇宙船が建造された。

 二世紀の歴史を経過して、人類の版図はくじら座からみずがめ座付近にある二十光年以内の恒星系に広がった。

 そして、上記のややこしい名前の植物。

 真空の宇宙で花を咲かせて地球は日本産の蜜柑に似た、巨大な果実を宇宙船の外側に発芽させる真空植物。

 通称、ミカン。

 こいつが発見されたのはくじら座タウ星に向けて送り出された第六次移民船、セルバンテス号が四回目のワープアウトに成功した時だった。

 セルバンテス号は恒星間移送型地球環境保全回転式亜光速宇宙船と呼ばれる正式名称がある。

 めんどくさいので、地球の真ん中をぶったぎって、中世の世界観みたいに半分になった球体を想像して欲しい。

 大地と海面部分が球体の下半分にあり、空と雲がある部分が球体の上部分にある。上部分は透明のドームで覆われていて、小型の地球だと考えてもらうと一番分かり易い。その周りをドーナッツ状の円環が数本回ってこれが推進力や重力力場を管理する役目をはたしている。ワープ時にはこの円環が作動して亜空間への入り口を開き、亜空間内ではこの円環が宇宙船本体を守る力場を発生させる。

 まあ、いろいろと解説するとめんどくさいので、とりあえず光に近い速度で宇宙航行が可能になったのだ。

 そして、このワープを行うには数年単位のエネルギーの蓄積が必要になるから恒星間移送型地球環境保全回転式亜光速宇宙船(ああ、ややこしい。通称、コロニー)は数年間の間、宇宙に蔓延するプラズマ粒子を原動力として船を動かすことになる。

 そんなワープ航法を利用してセルバンテス号は4回目のワープアウト(亜空間から通常空間へと戻ること)を成功させた。

 事前調査ではその宙域には大きな流星群などの脅威はなく、平穏な数年間の航海が待っているはずだった。

 ところが、突然のイオンストームが吹き荒れたのであろうその宙域には、凄まじい量のプラズマ粒子が密集していたのだ。

 その密度に数億年かそれ以上前から火星の奥深くに眠っていた微生物が反応して目覚めてしまった。

 それが、火星産微生物収束型高密度糖分生成植物、ミカンである。

 これは二十世紀に科学者が提唱した、コロニーには大量の土壌を敷けば紫外線を防げる論を元に、小型の地球環境維持可能な宇宙船を作ったことが嬉しい誤算となって起きた偶然の産物だった。

 いかに宇宙船の外殻を強化して製造しても、外部は真空だから腐食しないが内部からの腐食はあるのだ。

 人間の目に見えず、しかし、大気は円環が作る力場で生成され保持されているから人の生存にはまったく問題ない。

 気づかれないまま放置された結果、火星の土は宇宙船の外に少しだけ漏れ出していたのだ。そしてミカンはそこに眠っていた。

 ミカンは宇宙空間に存在する大量のプラズマ粒子を捕食し、地球時間でいうところの180日周期で巨大な黄色い花を咲かせる。

 その後、牡、牝に別れて棲息し、両者は花粉を放出して結束して枝葉を伸ばしミカンと呼ばれる果実をその枝先に開花させる。

 このミカンは幾層もの皮で包まれており、それを人の手で剥くことにより最奥部に良質の糖分が眠る種が収穫できる。この皮は天然の炭素が密集した柔らかい材質で形成されており、人体に対して無害なことから様々な用途に用いられた。(耐熱素材としても数千度の熱に持ちこたえることから宇宙船の外殻装甲板として加工される、柔軟性があることから寝具、衣服の素材になったり、強靭で空気を漏らさず、透過性が高い性質もあり、コロニーの斜光用の透過材に使われたりする)。

 これはセルバンテス号の大きな商売になった。

 なにせ、ほぼ万能に近い加工用途のある商品が、宇宙空間を航行している限り手に入るのだから。

 ミカンが発生した初期、セルバンテス号では以前から組織されていた外殻甲管理組合が主体となって、このミカン問題の調査に乗り出した。タングステン鉱から作られた外殻修理用の刃も通さないミカンの外皮はダイヤモンドよりも硬く、その中を知ることは難しいと言われた。しかし、宇宙服を着てそれに触ってみると外皮はとても柔らかく、ある方向性に向かって剥けばその外皮は数人がかりで剥くことができたのだ。直径五メートルはあろうかというミカン。

 その収穫用に新たに設計・投入されたのが人型に似せた真空作業用人型収穫装置、略称マン・オブ・スティール(MoS)である。

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