明石順平著「人間使い捨て国家」は刺激的なタイトルだが、内容はそれ以上に刺激的である。そして、ブラック企業を容認する国家を糾弾する内容を想像していると(僕はそういう内容と想像していた)、いい意味で裏切られる。なぜなら現在の日本社会全般の問題に切り込んでいるからだ。ブラック企業問題に関心がない人に読んでもらいたい。そういう意味で、今、読んでおくべき本なのだ。
ざっくりとした内容は、2000年から現在まで約20年間の労働環境にメスを入れながら、今の日本社会の問題点をあぶり出すと共にこれからの日本がどうあるべきかの提言である。ブラック企業と対峙している著者なら、ルポ風にブラックな現場に近いルポも書けたはずだ。そのほうが劇的で告発の色合いは濃くなる。だが本書はあえてそういう手法を取っていない。ブラック現場とは少し距離を置き、データと法と判例から事案を浮かび上がらせる手法を選択している。それが成功している。なぜか?それはブラック企業と対峙する弁護士という立場から淡々と事例を解説するからこそ、かえって悲惨な状況が浮かび上がってくるからだ。そしてそれが相応の説得力を持って出来るのは著者がブラック企業と日々対峙しているからこそだ。とある準ブラック環境で「大変だ~」「死にそうだ~」と騒いでいたフミコ某というクソブロガーとは説得力がまるで違う。
本著で、低賃金と長時間労働がこの国の低迷の原因と著者は断言している。そして安すぎる残業代が残業抑止力として機能していない実態、企業が残業と長時間労働で利益を出す理由、そこから、ここ20年で目にする機会の増えた派遣、コンビニ、外国人労働者、国家公務員、公立校教師、消費税アップという事例が、いかに労働者を搾取しているのかを炙り出していく。ほとんど近年の日本社会の問題を網羅していく様は痛快であるとともに愕然としてしまう。まさに使い捨てである。
著者の指摘はシンプルだ。「罰則が軽すぎる」「努力義務しかない」「そもそも罰則がない」。要するにペナルティがペナルティとして機能していないために強い立場にあるものが弱者を搾取し続ける構造が成立している。そして、その仕組みが強い立場にあるものの手で、強い立場にあるものの良いように作られてしまっていると著者は厳しく指摘している。特に、名前を変えただけ、誤魔化し、抜け道の多さ、財界からの要請で政治が労働者を騙して搾取する政策を作っていく過程には驚いてしまう。一部の人間の利益のために、働き方改革という表向きのスローガンのもとで行われている弱者からの搾取を著者は明らかにしている。
本書を読み終えたときブラック環境に対する怒りが強くなるとともに、目先の利益しか考えていないブラック環境が日本をダメにする主犯という思いが強くなる。日本はこれから人口が減っていく。働き手も減る。労働者を大事にして生産性をあげていくしか生き残る道はないのだ。「命より優先すべき利益などない」「今が異常なのである」著者は形を変えて繰り返されるフレーズだ。これを悲痛な訴えで終わらせてはならない。僕らは奴隷じゃないのだ。(所要時間20分)