30秒で読む「意思決定の脳科学」

外科手術で「感情的部位」を失った人は、一分の隙もない論理的な人間になるわけではなく、「決断を下せない人」になる。意思決定プロセスを脳科学で説明する。

Photo: Flickr / Martin Lopatka

「意思決定の神経科学」について、30秒間で説明することは可能だろうか。わたしは米国で3月10日に出版された『30-Second Brain』の共同執筆者として、その新刊から引用しよう。

古代ギリシャの哲学者プラトンは、人間の感情と理性の関係を「馬と御者」に喩えた。近代の心理学者フロイトは、「本能的な欲求(イド)が自我(エゴ)によって抑制される」という概念を打ち立てた。つまり、ずっと以前から、理性と感情は対立するものと考えられてきた。

こうした見方を神経科学的に解釈すると、的確な判断とは、合理的な前頭葉が、生物進化の早い段階に出現した、感情をつかさどるの部位(脳の奥深くにある大脳辺縁系など)における「動物的本能」をコントロールするものだと思われるかもしれない。

しかし、実際はかなり違う。感情的な情報インプットが生み出す「動機づけ」や「目的」がなければ、効果的な意思決定は不可能なのだ。

脳神経科学者アントニオ・ダマシオの患者「エリオット」を例に取ろう。有能なビジネスマンだったエリオットは、脳腫瘍を切除するための外科手術を受け、脳の「眼窩前頭皮質」を切除された。これは、前頭葉と感情を結びつける部位だった。その結果エリオットは、映画『スタートレック』に登場するミスター・スポックのような、感情が欠落した人間になってしまった。しかし、感情を持たないからといって、一分の隙もない論理的な人間になったわけではなく、むしろ決断を下せなくなってしまったのだ。

こうした症例からダマシオ氏は、「直感的な感情」が人間の決断を支援するプロセスを説明する「ソマティック・マーカー仮説」を唱えるようになった。被験者にカードゲームをさせるギャンブル課題という実験では、プレーヤーが、自分にとって不利なカードを手に取る前に、手に汗をかくことがわかっている。つまり、誤った決断を下したと頭が意識する前に身体が反応しているのだ。

別の箇所からも引用しよう。

われわれは、決断の際に感情が必要だ。感情的なインプットが必要ということは、人間が、従来の経済学が仮定するような「冷たい合理的な行為者」ではないということを意味する。

たとえば、ダニエル・カーネマンエイモス・トベルスキーとともに、損失が感情に与える負の影響は、利益による正の効果の2倍の強さがあることを証明した。

このことは、予見可能なかたちでわれわれの決断に影響している。たとえば、われわれは「失敗した投資」を回収不能と見なすことにかたくなに抵抗しやすいが、そうした行動もこれによって説明することができる。

脳神経科学者アントニオ・ダマシオによるTEDの講演。日本語版はこちら

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なぜ塩だけは「適量」でいいのか?

「わたしたちは常に科学的に計量する──塩以外は」。TEDxRomaで講演を行った2つ星シェフ、ダヴィデ・スカビンへのインタヴュー。彼はイタリア人に完璧な「パスタ・イン・ビアンコ(茹でただけのシンプルなパスタ)」を教えようとしている。

TEXT & PHOTOGRAPH BY ALESSIO JACONA
TRANSLATION BY TAKESHI OTOSHI

WIRED NEWS(ITALIA)

わたしたちは、塩の味を知っていると信じている。台所でも、塩の使い方を知っていると思っている。そこに、TEDxRomaにダヴィデ・スカビンがやってくる。国際的な名声をもつ2つ星レストランのシェフだ。彼は多くの面で、料理が厳密な科学であることをわたしたちに説明する。料理とは、正確な計量と、ストップウォッチによる時間の測定と、わたしたちがレシピと呼び、注意深く従っている詳細な説明書によって行われるものなのだ。

しかしその後、食べ物に塩を加える瞬間がやってくる。そのとき状況が変わる。わたしたちはもはやグラムで考えない。これ以上ないくらい大雑把になって、「適量」の塩を加えるのだ。そして、スカビンにはこのことがまったく納得いかない。


──このようなことになぜこんなに気を使うのですか?

イタリアには、家で争いが起こる理由が2つあります。1つはパスタの塩で、もう1つはサラダのお酢です。わたしたちは家で料理をするとき、常に科学的に計量します。なぜか塩以外は……。塩は、砂糖と違って手で触ります。そもそもイタリアでもヨーロッパでも、わたしたちは栄養所要量の4倍も塩を摂取しています。そして理由は、塩を計量しないというだけなのです。

──解決できる問題でしょうか?

異なる3つの重さの3つのタブレットによって機能する「スカビン・ソルト・システム」をつくり上げました。これらは、アスピリンの錠剤のように、2つに分かれます。全部で9gから26gまで、6つの異なる重さが得られ、一緒に用いることで最大で74,462通りの組み合わせになります。これにより、使う塩の量を正しく量って管理することができます。しかし「スカビン・ソルト・システム」の革新的なところは、茹でるパスタの量や重さだけでなく、茹で時間も考慮に入れていることです。

──つまり、イタリア人の塩の使い方を再教育したいのでしょうか?

最初のアイデアは、完璧な「パスタ・イン・ビアンコ(茹でただけのシンプルなパスタ)」のつくり方を教えるというものでした。とても美しいけれど家では実現不可能な料理を、テレビで紹介することに意味はありません。そんなやり方では、わたしたちシェフは文化を伝えるのではなく、ただの個人的なショーを見せるだけになってしまいます。このためわたしは何か役に立つこと、つまり塩の使い方を変えることを広めようと考え始めました。これは、健康を改善することにもなります。

──塩の使い方を学ぶと、どんないいことがありますか?

「スカビン・ソルト・システム」をつくると、わたしにジレンマが生じました。完璧な料理をつくっても、目の前にいる人がどのように感じるかわからなければ、またその人の基本味(甘味、酸味、塩味、苦味、うま味)がどのように機能するかわからなければ、わたしは詳細な比較ができません。お客さんも、正確には何をわたしにリクエストすればいいのかわかりません。

そこでわたしは計量システムを発明して「スカビン・スケール」と名付けました。これは1から6の段階で、人の基本味と、さらに辛味を感じたいと思う強度を定義することを可能にします。まるで衣料品店に行って、あなたが自分のサイズの服を求めるのと同じです。もしあなたの服のジャストサイズが48なら、50の服を試したり、46の服に挑戦することができます。でも、58の服は選びません。だって意味がないでしょう? それならレストランで食事をするときにも、こういうことができるべきなのです。

──食べ物を意識的に選択できるようになるということですか?

食べ物のIDカードができたら、問題はわたしがシェフとして何をしたいかしたくないかではなく、あなたが誰で、あなたが本当に食べたいものは何か、です。

──さらに「Food Cleanic」プロジェクトがあります。

わたしが最近研究していることです。トリノのモリネッテ病院の胃腸病専門医、マッテオ・ゴス医師と一緒に「Food for Fighting」というプロジェクトを実現しようとしています。わたしたちはセリアック病(グルテンによって引き起こされる自己免疫疾患)の患者から、過敏性腸症候群の患者やがん患者まで、病気を抱える人々に適したレシピをつくろうと共同で研究しています。

こうした人々にとって、食べ物は敵であり疎外の原因となります。わたしは彼らの食事を再び安らぎの時間、他者と喜びを共有する時間に変えたいと思っています。もちろん、食べ物で人々を癒やすカリスマ指導者になりたいとは思っていません。そうではなく食品科学と、食べ物の問題を抱える患者たちとの間をつなぐ架け橋になりたいと思っています。

──しかしそれは、本当に誰も考えたことがなかったのですか?

わたしたちはどのような原材料や成分が健康にいいかを知っていますが、それが同時においしくなるように料理する方法を知りません。しかし、化学療法中のがん患者の口から鉄の味を取り除くことは可能です。わたしならメープルシロップ、醤油、マジョラム、ウスターソースに12時間漬け込んだミラノ風カツレツで、そうすることができます。そしてそういう人々がいる以上は、ほかの人たち(病人もシェフも)この種の新しい料理をつくるためにコラボレーションをするように呼びかけています。

──ネットでの、料理を話題にするサイトやブログの成功をどうみますか?

いいことです。関心、興味、注目が生まれます。「フードポルノ」について論じる人々は、精神的に少し閉鎖的です。伝統に属さないものをすべてポルノだと考えているのですから。そして、ポルノも場合によっては芸術になることを忘れています。それから、もし子どもが母親に、「Masterchef」(BBCの有名な料理番組)で観た洗練された料理をリクエストするとしたら、それは素晴らしいことです。重要なのは、リクエストがあることです。

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